Act.128:魔王軍侵攻
回り込むなんてだりーことしてねぇで、直接行け。
カオスの言葉通り、カオスとクロードは2階廊下から外へ直接下りた。そうして、真正面から魔王アビスとラスターとノエルを見据える。もっとも、カオス達は真正面に居るそれが誰なのか知る由もないのだが。
「…………」
アビスはゆっくりとカオス達の方に視線を向ける。『C』に関しては焦る必要はない。希望を言えば、『A』を執行する為に少し間を置いておきたい。ならば、ここでちょっと相手してやるのもいいかもしれない。視線を変えながら、そのように考えていた。
そんなアビス達にクロードは問う。
「貴様等、魔族だな? 一体何者だ? このような場所に一体何の用があって来たと言うんだ?」
「フッ、一度に色々訊くものではないぞ。質問は一つ一つ行っていくものだ。もっとも、される質問全てに答えてやる程暇ではないがな」
アビスは笑う。カオスはそんなアビスに目は向けず、残りの2人に視線を向けていた。ノエルとラスター、その名前をカオスは知らないのだけれど、長い黒髪の男、ラスターの顔にはちょっと見覚えがあった。そう、一度会っているのだ。
カオスはラスターを指差して確認するように問う。
「お前、確かアヒタルで会ったよな? あの電波塔のある丘で」
「よく覚えていたな」
ラスターは感心したように言う。ラスター自身、自分が覚えられているとは思わなかった。フローリィやロージアのようにそこそこ長く接した訳ではなく、あの一瞬にしか顔を合わせていない。忘れていて当然と思っていた。
それはカオスも思っていた。向こうが覚えている訳ないと。
「お前こそな」
「そうでもないさ。私の場合、お前の話はフローリィやロージアから聞かされていたからな」
だから、ケースとしては異なる。ましてや、目の前に居るこのカオスという男は『C』である。魔王軍として求める2人の男の内の1人である。忘れる訳がない。
「知り合いか?」
ラスターと話したカオスに、クロードは話しかける。
「知り合い? ん~、そこまではいかねぇな。一度ツラ合わせたってだけだ」
初対面ではないが、知り合いって程ではない。実際、カオスは目の前に居る黒髪の男の名前を知らない。
もっとも、そんな男の名前なんかは正直どうでも良かった。しかし、フローリィやロージアと関わりのある者がこうして来ているということは、この3人がどういう集団なのか想像はつく。
そして、問う。
「お前等、魔王アビスの配下だな?」
「ボク等2人はね」
そんなカオスの問いに、ノエルは彼女自身とラスターを指差しながら答える。その横で、アビスはちょっと笑いながら答える。
「まあ、確かに俺は手下、ではないな」
「何?」
手下ではない。
その言葉に、カオスとクロードは首を傾げた。手下ではないとはどういうことなのか。考えを巡らせていた。手下ではないのなら、兄弟とか親戚とかそういった関係なのだろうかとか、色々と考えを巡らせていたのだけれども、それらはあくまでも推定でしかない。想像だ。
だから、クロードは問う。
「手下ではない、とはどういうことだ?」
「フッ」
アビスはまたちょっとだけ笑ってから答える。
「本人」
と。自分自身に指差しながら。
「!」
どんがらぴっしゃ~ん!
という風に、雷を受けたんじゃないかって程にクロードは驚いた。このような場所に、魔王であるアビス自身がやって来るとは夢にも思わなかったのだ。
しかし、カオスは驚きかなかった。ちょっと深く考えてみれば、これは予定調和だ。月朔の洞窟、そこでフローリィは言っていた。そこでのやり取りが思い出される。
『まあ、いい。でも、そうやって力を求めるということはだ、前の戦いから16年経った今でも魔王アビスは勇者アーサーに復讐するつもりなのか?』
『勿論よ』
そう問うカオスに、フローリィは即答していた。
『あたし達は決して奴等を許しはしないわ』
それは魔王アビス軍の総意。
それはフローリィの意志。
魔王アビスはアーサーによってその家族を奪われ、フローリィは実の両親を失った。その恨みは、憎しみは、例え16年経とうと、100年経とうと、それを晴らすその日まで消えはしない。
それを考えれば、ここに魔王アビスが来たのは不自然ではない。アーサーがその姿を現しているのだから。他の関係の無い人間が極力少ない場所に。
「ふぅ」
やれやれ。
そう言うかのようにカオスは溜め息をついた。それからアビスに訊ねた。
「一応訊くが、ここに来た理由は?」
「知れたこと」
理由など、答えるまでもない。このような場所に来て、求めるものは1つしかない。
勇者抹殺。
アビスの目的はそれだけ。
その勇者は戦っていた。そこからすぐ近くの大会会場のリングの上で、その優勝者であるリスティアと手合わせをしていた。拳、蹴り、魔法、あらゆる攻撃が飛び出し、あらゆる戦いが繰り広げられていた。
これはエキシビジョンである。戦って勝ったからといって何かメリットがある訳ではないし、負けたからといって何かペナルティがある訳でもない。ただの遊びである。だが、それでも真剣に戦っていた。少なくとも、リスティアは真面目に戦っていた。
その裏、カオス達とアビス達は対峙している。
勇者抹殺。
まあ、そんなところだろうな。
カオスはその目的を知っても驚かなかった。それしか考えられないからだ。むしろ、観光旅行と言われた方が驚くってものだ。
その横で、クロードはピリピリしていた。アーサーを殺させてはならない。絶対にならない。そのように思っていた。アーサーは国の要、彼を今殺されては国が滅茶苦茶になるに決まっている。そのように考えていたからだ。
「ま、そういうことだ」
そんな2人の思考は気に留めず、アビスは喋る。
「故に邪魔はしないでもらおう。逃げられてはたまらないのでね」
「それは出来ない」
どけと言うアビスに、クロードはキッパリと断る。
「騎士とは、民を守る者」
「お前は騎士じゃねぇだろー」
カオスは真面目に話すクロードに、要らぬツッコミを入れる。が、クロードは気にしないで意見の続きを述べる。
「そのような者が、国の要となっている国王を殺そうとする者を見逃すだと? そんなこと出来るわけがないだろうが」
「フッ」
アビスは少し笑う。悪い気はしていなかった。人の全てが憎い訳ではないが、この男もまた好意の持てる系統の人間であるように思えた。ただ。
「良い精神、心がけではある。が、それだけでは何にもならないとお前も分かっているだろう? 特にその疲弊しきった肉体ではな。時間稼ぎにすらなれんぞ」
「くっ!」
図星であった。それはクロード自身にも分かっていた。仮にカオスと2人でアビス1人と戦ったとしても、あっと言う間に負けてしまうだろうと。倒されてしまうと。その上、相手は3人。勝ち目はゼロだ。
「た、確かに俺じゃお前に傷1つ負わせられないだろう。健全な状態でもな」
「分かっているなら退くがいい。人間の命とは我々魔族や神族と比べると、花火のように一瞬で儚いものだ。せいぜい大切にするんだな。安心したまえ。我等とて、無駄な殺生をするつもりはない。ましてや、退く者を後ろから狙うなんて真似はせんよ」
アビスはクロードに撤退を勧める。殺す目標はアーサーだけだから、他の者の命をいたずらに奪うつもりは毛頭無いと。
そんな雰囲気は、クロードにも感じられていた。ここで尻尾巻いて逃げれば、アビス達は自分を追ってはこないだろうと。知らんふりしてやり過ごすのは簡単であろうと。
だが、その瞬間に騎士としての誇りもプライドも全て失われる。今までの生き方も、目標も、全て汚されて消える。ならば、騎士として生きて、騎士として死ぬ以外に道は無い。
クロードは迷わない。
「ふざけるな! 例えその命を落とそうとも、戦わなければならない時があるのだ! そう、それが今だ! 守るべき者の為、国の平和の為、俺はお前達と戦う!」
「フッ」
アビスはまた少し笑った。ちょっと良い気分だった。
「本当にお前は良い精神をしている。部下に欲しいくらいだ」
「な、ふざけるな!」
クロードは馬鹿にされたと思い、そのようにいきりたった。だが、アビスには柳に風、何の効果も見せなかった。もっとも、彼としてはクロードを侮辱したわけでも何でもなくて、本当に心からそのように思っただけであったのだけど。
「だが、まあいい。俺は急がねばならん」
ノエルの方に視線を向ける。
「ノエル」
「分かってる。コイツも相手すりゃあいいんだろ?」
「ああ。任務の件と併せてな。出来るか?」
「もっちろん。ラクショー、ラクショー♪ こんな疲れきった奴等相手だからねぇ」
も? コイツ、も?
その言葉に、カオスはちょっとひっかかった。
「コイツも、だと? と言うことは、もしかして…」
「当然だ。お前も数に含まれている」
アビスは当然だとカオスに言う。カオスにしてみれば、当然視なんてされたくはなかった。この国がどうなろうと、身の回りの人間と自分さえ無事ならばどうでもいいのだから。
だが、このまま無視は出来ない。そう宿命づけられた。
ノエルもカオスに言う。
「元々、ボクの任務は君を狙うことだからな」
「チッ」
あの骸骨野郎、ガイガーとかいう奴の恨みなのか?
カオスは舌打ちした。ただ、舌打ちしながら少々疑問に思った。確かに、魔王アビスとその仲間達は自分の仲間を大切にしているように見える。しかし、アビス本人や他の魔の六芒星の様子を見ると、明らかにガイガーだけが浮いていた。悪い意味で。逃げる人間を襲ったり、不必要な殺生をしようとするのは、会った限りで言えばガイガーだけだ。
それを踏まえると、ガイガーは遅かれ早かれ粛清されるべき人物であったように思われたが。
今は考える時間が無い。事は一刻も待たずに進んでいく。アビスが待たせない。待たせずに、ラスターにも指示を言い渡す。
「ラスターは予定通りだ。今すぐにイノシカチョーの援護に行ってやれ」
「承知。では」
ラスターはアビスに会釈をすると、パッと消えた。消えたように見える程に高速で立ち去っていった。会場の中へと入っていった。
「待て! 逃げるつも」
「やめろ」
去るラスターに止まるように言おうとクロードは考えていた。言って止まるとは思わなかったが、ここから先に進ませるのは良くない、してはならないと思ったのだ。だが、そんなクロードをカオスは止める。
それはクロードとしては納得出来ることではなかった。
「何を言うか? ここで逃がしてしまったら、何にもならんだろう? 止めねばならんのだ!」
「戦力分断したがっているならば、勝手にさせておけばいい。どのみち、俺達2人だけで奴等3人全ての食い止めは不可能だ」
「…………」
言われなくても、その通りである。ただの素人相手ならいざ知らず、今目の前に居るのは魔王アビスとその部下。そんな3人を相手にしては、どんな策を用いようとも勝てる訳がない。
カオスは言う。
「俺達は俺達で、やれることをやれる範囲でやりゃあいい。他にも人は居るんだし、何でもてめぇで抱え込まないことだ」
「そうだな」
クロードは納得する。そう、カオスの言う通りなのだ。その上、自分がいかに欲張ったところでどうにもならないのもクロードは分かっていた。頭の端の冷静な部分では。
「フッ」
そんなカオスとクロードのやり取りを見て、アビスは少々嬉しい気分になっていた。カオスの年代では、まだまだ自我が強く、独りよがりになって暴走しがちだ。だが、こうして冷静に戦局を捉えられている。それは評価すべき箇所であり、カオスが良い師に恵まれたことに他ならない。
良く実ったカオス、その姿を見てアビスは嬉しく思ったのだ。そして、今後が楽しみだと感じていたが。
「俺もそろそろ行くぜ。ノエル、後は頼んだ」
「ああ、任せとけ。そっちこそ、御武運をなっ!」
親指をグッと立てて、ノエルはアビスを見送る。互いの健闘を祈るように。それを見て、アビスもそこからあっさりと立ち去った。大きく飛び上がり、会場の中へと消えていった。行き先は言うまでもなくアーサーの所。最終目的へと至る。
そんな2人に、緊張感のようなものはなかった。余裕だったのだ。油断ではない。長い年月を経て、今日という日を迎えた。その年月と綿密な準備による確固たる自信が彼等にはあった。
「チッ」
口惜しそうにクロードは舌打ちする。この手で国を直接守りたかったのだ。その横で、カオスは眉1つ動かさない。どうでも良かったのだ。アーサーも含めて、そういった立身出世にも興味は無かった。
「さて、と」
ノエルはローブに手をかけ、それを脱ぎ捨てる。すると、その中からは袖の無いワイシャツに黒のスパッツ、黒いブーツといった非常に動き易い軽装となった。それだけで、彼女が格闘戦、手足を使った接近戦が得意であると理解出来る。
言動からそんな雰囲気はあったけれど、その事実は自分達にとって厳しいものとなるだろう。カオスはそれを理解した。魔法に偏った者だったりすればこういう戦闘では隙につけ込みが不可能ではないが、ノエルのようなタイプにそれは非常に難しい。
倒す為なら、実際にその実力を上回らければならない。カオス達は2人ではあるが…
「悪いが、2人でやらせてもらうぞ。戦力分断はそっちで勝手にやったんだからな。文句は言わせねぇぜ?」
「構わねぇよ。つか、こっちだって元からそのつもりだったしな!」
2人ではあるが、ノエルが接近戦を不得手としていないならば、勝つのは不可能に近いだろう。カオスはそのように感じていた。ノエルが未熟者なら良いのだけれど、こうしてアビスと共に少数精鋭で来ている以上、そんな可能性はゼロだ。少なくともロージアやフローリィと同等、もしくはそれ以上と考えた方が良いだろう。
しかし、クロードはそれをまだ理解出来ないままであり、心の中で密かに喜んでいた。よし。相手は上級魔族ではあるけれど、あくまでも女性。女性相手に拳を振るうのは躊躇しそうだし、我々2人は今回の大会で随分と消耗はしているけれど、それならば…
「あ~。言っとくけど、最初から全力は出しておいた方がいいぜ? 2対1でもなっ!」
ノエルは、手足をほぐしながらそのようにカオス達に告げる。
「ハッキリ言って、ボクはロージアよりも強いからな。覚悟しとけよ?」
「…………」
ロージア?
「誰だ、そりゃ? カオス、お前は知っているのか?」
それが誰なのか、クロードには分からなかった。だから、カオスも分からないだろうとは思いながら、一応隣に居るカオスに訊ねる。そんな質問に、カオスはやる気の無い声で答える。
「ああ。ロージアってのは、俺が準決勝で戦ったデオドラント・マスクだ。あの顔面薔薇タトゥーのな」
「な、何?」
クロードは絶句した。カオスが準決勝で戦った相手、デオドラント・マスクは強敵だった。全開のカオスでさえ、策を弄してやっと勝てた相手だった。自分ではとても勝ち目はないとクロードは思っていた。
そんなロージアより、自分は勝っている。
ノエルは当然のようにそう言い放っていた。目の前にある現実、それは自分の思っていたものよりも遥かに厳しい事実であった。今更ながらであるが、クロードは思い知らされていた。