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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter6:魔王
149/183

Act.127:侵攻

どーでもいい茶番が長いです。

カット? しませんが、それが何か(笑)?

 ザー。ザー。シャワー。

 シャワー室では、温かな水が流れ続けていた。それが肌に当たり、そこから出て来ていた汗等の汚れを綺麗に洗い流す。それにより、さっぱりした自分に戻れる。

 シャワー室では1人、人がシャワーを浴びていた。そう、シャワーシーンです。が、お色気シーンにあらず。なぜなら、シャワーを浴びていたのは男、カオスだったから。


「しゃあねぇ。戻るとすっか」


 シャワーの水を止め、カオスはタオルを手に取る。着替えて、元居たあの控え室に戻ろう。そのように考えていた。サボりは考えていなかった。そうすれば、後々もっと面倒になるからだ。ルナとか、ルナとか、ルナが、グチグチグチグチ愚痴を言うに決まっているのだ。



◆◇◆◇◆



 トラベル・パス試験会場の秘密の地下エリア、そこにはイノイノとシカシカとチョウチャウのモブ3人が密かにやって来ていた。そのエリアの廊下を真っ直ぐに進んでいって、その最奥の扉の所に辿り着く。その前に、3人は立ち止まる。此処が目的地。……多分。

 扉の横にはプレートが付けられてある。しかし、そこには何かを特定するようなものは書いていない。ただ、“XXX”と書かれてあるだけだった。


「何だありゃ? 伏字にしたら、却って怪しさ大爆発って感じじゃねぇか」


 この中には他人には見せたくない何かがあります。声を大にして言っているようなものだ。本当に隠したいのならば、そこに意味は無い。寧ろ、足手まといとなろう。

 それならば、いっそデタラメなプレートにすれば良いのだ。


「給湯室とかな」


 けれど、地下の最奥にある給湯室、それもまた怪しすぎる。


「では…」

「もう、いい加減に無駄な思考はやめい」


 下らない思考モードに入ったシカシカを、チョウチャウは止める。


「さっさと行くぞ。余計な時間など何処にも無いのだろう? そんなの気にするでない」


 目を光らせる。ビカーン。

 そう。これはリベンジなのだ。さっきシカシカに言われたことを、今度はチョウチャウが言っているのだ。無駄、無駄、無駄と。


「分かってるよ」


 しょうがねぇなぁ。

 そう言いながら、シカシカは目的地であるこの秘密部屋の扉を開ける。そこには鍵はかかっておらず、押すことによってゆっくりとその中を曝していった。

 そして、完全に開かれる。ドーン!


「ぬっ!」

「だっ!」

「誰っ!」

「だー!」


 結界室の中に居た術師4人は、部屋の扉を開け放った闖入者3人へ一斉に眼を向ける。ここに来るというだけで不審者。術者4人の彼等に対する不信感はMAXであった。

 そんな嫌な視線を向けてくる。だが、それはシカシカにとっても予想済み。当たり前田さん家のクッキーと思っていたことだ。だから、そんな場面でもマイペースに名乗る。


「フッ♪ 俺達に名前を訊くとはな!」


 シカシカは2人に目配せをして、景気良く叫ぶ。


「行くぞ!」

「「応っ!」」


 まずはイノイノが行く。取り出した大きな斧を頭上でグルグルと振り回し、それを掲げる。掲げつつ、力強いポーズを取りながら叫ぶ。


「イノイノ!」


 自分の名を。

 そして、次にチョウチャウが行く。魔導師らしくロッドをグルグルと振り回し、それをチアリーダーのバトンのように掲げる。そうやって気持ち悪いポーズを取りながら叫ぶ。


「チョウチャウ!」


 自分の名を。

 そうして、最後にシカシカが行く。拳と足を空手の型のように動かしつつ、ポーズへと変えていく。それをひとしきりやった後、両手を頭上でクロスして叫ぶ。


「シカシカ!」


 やはり、自分の名を。そうやって、3人が揃った。


「「「3人揃ってぇ~」」」


 そうしたら、今度は3人が一度に動き出す。3人のコンビネーションでポーズを取り始め、声も合わせる。そして、ピシッピシッと要所要所でポーズをきめて、最終的なポーズへと至ったその瞬間に声を合わせて叫ぶ。


「「「花札戦隊イノシカチョー!」」」


 ぱんぱかぱ~ん♪

 気持ち良くポーズをきめ、気持ち良く自分達の名前を名乗った花札戦隊イノシカチョーであった。その彼等の前で、結界師達は絶句する。心の底から呆れていた。

 そんな彼等の中に、どうしようもない程の痛々しい静寂が流れた。ありとあらゆる意味で、コイツ等は怪しい。結界師達はそのように感じていた。

 だが、そうやって呆れていても仕方ない。気を取り直して、結界師達はイノシカチョーに向き合う。


「そ、そのお主等がこんな場所に一体何の用だと言うんだ?」


 此処はリング上の試合のとばっちりを観客が受けないように結界を張っている場所である。重要ではあるが、それだけでしかない。それ故、どんな悪人がここを支配したところで、それによって得られるメリットは無いように思われた。

 しかし、シカシカは言う。


「知れたこと! この結界室は、これから我等の支配下に置く」

「な、何だと!」

「馬鹿を言うな!」

「そんなこと、させてたまるか!」


 結界師達は次々と反発する。どのような脅しにも屈しない。この会場の人達の命を守る為、例え何があっても結界は張り続けていようと誓っていたのだ。

 けれど、そんな結界師達の反発にもイノシカチョーは涼しい雰囲気のままだ。予想通り。そして、それに対する準備もしてきてある。シカシカは言う。


「それが出来るのさ。そして、お前達はそうしなければならないのだ。それが例え、不本意であったとしてもな」

「その通り」

「ふざけるな! 我々は命に…」

「言っただろう? そう“しなければならない”んだと。チョウチャウ」

「うむ」


 シカシカに言われ、チョウチャウは自分のローブの懐から1冊の手帳を取り出した。それを広げて、その中をチェックする。それから、目の前に居る結界師達の1人を真正面から見据える。まずは結界師達の中では最も若い、頬にニキビを残す中年男だ。


「まずは、ムワンザ=ソクナハ」

「ぬおっ! どうして俺の名を!」


 名乗っていないのに。それなのに、相手方は自分を知っている。それに対する驚きは大きなものだった。

 だが、それだけではない。チョウチャウは続けて手帳に書かれてある内容を読み上げていく。


「ムワンザ=ソクナハ、43歳。既婚。妻1人、子2人の4人暮らし。子は長女ドドマ14歳に、長男ザンジバル11歳か。お、一姫二太郎じゃないか。理想的な生まれ方だのう。やるな、お主♪」

「いや、それはどうでもいいし」


 シカシカは悪乗りするチョウチャウに静かに突っ込みを入れる。が、チョウチャウはマイペースに手帳の内容の続きを読み上げていく。


「で、妻タボラ40歳は最近料理教室に熱心に通ってはいるものの、スキルアップの兆しは全く見られない。料理は不味いまま。嗚呼、哀れ♪」

「いや、それはもっとどーでもいいし」

「まあ、最近はスーパーのお惣菜も美味いしのぅ、いっそスパーッと諦めて、だ」

「ほら、次行け。次だ次」


 ありとあらゆる意味で呆然としている結界師ムワンザの前で、悪乗りしているチョウチャウをシカシカが止めていた。その2人は、実に楽しそうだった。その楽しそうな雰囲気のまま、チョウチャウは次のターゲットに移る。

 次はムワンザの隣に居る高齢者1歩手前の男、バーコードハゲのオッサン。


「次に、ムブジマイ=カアミミ」

「儂か!」


 ムワンザについてあれだけ詳細に知っていたので、ムブジマイは自分の名を知られているのに驚きはしなかった。だが、そんな彼の耳にチョウチャウの悪魔の“口”撃が襲い掛かる。


「妻はカレミエ57歳。今はその妻と2人暮らし。1人息子カナンガ28歳は、一昨年にイレボ26歳と結婚したのを機に独立。それから少し寂しい時期を過ごしたけれど、昨年は初孫にあたるルブンバシが誕生。最近はハッピーハッピー♪ オゥ、イエー。お爺ちゃんは孫にメロメロです♪」

「ぬ、よく調べとる」


 ムブジマイの心臓はドキドキしていた。別に悪事はしていないのだが、冷や汗もタラタラであった。そんな彼の耳に、悪乗り絶好調のチョウチャウがニヤニヤしながら襲い掛かる。


「そのハッピーの勢いもあってか、最近は社交ダンスに夢中。プッ、その顔で。クラムチャウダーで顔洗って出直してきたまえ、このバーコードハゲ」

「顔は関係ねーっ!」


 シカシカはもう止めない。ありとあらゆる意味で疲れた。その横で、チョウチャウの悪乗りはフィーバーモードに達していた。


「大会にも出てみようかと画策し、妻と交渉中ではあるが、それは難航しておる。つか、無理じゃろ。ププププー♪」

「本当なんですか、ムブジマイさん。ニヒヒヒヒ」


 ムブジマイの横で、紅一点の結界師であるゾンバはにやにやと笑っている。笑いながら、ムブジマイをからかっている。そんな彼女に、ムブジマイが言うのはただ1つ。


「黙れ」

「どんなダンスを踊るのかなぁ。私も見てみたいなぁ~」

「そこっ! ゾンバ=ニヤメ! お主も笑いことではないぞ!」


 チョウチャウは、ゾンバを指差す。けばけばしい厚化粧をした紅一点、ゾンバが次の標的となった。しかし、ゾンバには自信があった。


「ふふふのふーん。私には家族なんていないわよ~?」


 これまでチョウチャウは家族関係の事を暴いてきていた。それを踏まえると、ずっと独身でいつづけていたゾンバには、曝されるような事柄は無いのだ。

 独身。そして、親も既に亡くなっている。


「うむ、確かに。自称49歳、実年齢54歳のオールドミスではあるな。と言うか、何かねこの年齢詐称は。しょぼい差だこと。ボケるなら、もっと大きくボケなさい。もっとも、その下品な化粧のせいで実年齢以上に老けて見えるのは否めないんじゃがの~♪」

「うっさい。黙れ、骸骨野郎! お前のような骨なんかに私の乙女の夢が分かるか! その5歳にどれだけの夢と希望が託されているか分かるかー!」

「50歳をとうに過ぎて誰が乙女か、このババァ」


 チョウチャウはつっこむ。


「ババァだな。間違っても乙女ではない」

「そうっすね。ババァっすね」


 そんなチョウチャウの言葉に、ムブジマイとムワンザは賛同する。ゾンバにおちょくられたムブジマイは特に強く。そう、最早この結界師達の間にチームワークというものはなくなっていた。最初からあったのかどうかも分からないけど。

 そんな結界師達の前で、チョウチャウは手帳を読み上げていく。ゾンバの秘密を曝す。


「しかしこのババァ、なんと只今不倫の真っ最中。ババァなのに。イヤ~ン♪」

「ブッ!」


 曝されないだろう秘密をあっさりと暴露されて、ゾンバは噴き出す。口から汚い唾と涎を。


「不潔な!」


 噴き出した唾と涎に対してではなく、不倫という不道徳に対してムブジマイは激昂した。人生58年、真面目に生きてきた彼にとって、不倫という不道徳は犯罪に匹敵する程に許せない悪事であった。


「ゾンバ、今すぐそのような関係を清算し…」

「尚、そのお相手は…」


 激昂するムブジマイの言葉を遮るように、チョウチャウの悪魔の“口”撃は曝されたくないことを暴露する。


「今、隣に居るマラカル=スカンチ63歳」

「ブバッ!」


 チョウチャウは残った4人目の男、この結界師達のリーダー格である髪の無い老人を指差す。マラカルは何も言わないが、その反応が図星であるとはっきり物語っていた。


「正に汚れた関係。老いらくの醜い夜♪ ワハハ、2人の絡むシーンなんか金貰っても見たくないもんだのぅ」

「マラカルさ~ん」


 ムブジマイは疲れていた。心の底から疲れていた。後輩の不実な関係を諌めようとしていたのに、その肝心の相手が自分達のグループのリーダーだったからだ。格好がつかない。締まらないのだ。

 それもまたショックであった。



「お、お前等…」

「一体…」

「わ、我々を…」

「どうする…つもりなのじゃ?」


 それから少し経って、それぞれショックを受けて憂鬱モードに陥った結界師達は、その気分が一向に晴れないままイノシカチョーに向き合う。その要求を一応訊ねる。

 だが、それは愚問。それは、さっき入った時にシカシカが言ったのと変わらない。シカシカはもう一度言う。


「言っただろう? この結界室を支配下におくと」

「ま、まさか、結界を外せと言うのか? そうしたら、ここに来た観客達にどれ位の被害が…」

「違う」


 焦ったようにまくしたてるムワンザに、シカシカははっきりと断言する。否定する。


「逆だ。結界は張り続けてもらう。エキシビジョンが終わるまで、何が起ころうとな」

「?」


 ムワンザは解せなかった。そして、それは他の3人にとってもそうであった。なぜなら、そのシカシカの言っているのは自分達に与えられた仕事だからだ。強引に要求されるまでもなくやっている仕事、それをこのような脅迫紛いのやり方で改めて要求する。その意図が全く見えなかったの。

 それは勿論、他の3人にとっても同じことであった。



◆◇◆◇◆



 トラベル・パス試験会場の選手専用の2階通路、そこをカオスは1人歩いていた。後はただ待合室に戻るだけなのだが、そこでカオスは見知った男に会った。


「クロードじゃねぇか。こんな所で何をしてるんだ?」


 ここは選手専用のスペースである。それだけを考えれば、出場したクロードが入る分には何の問題も無い。ただ、この後のスケジュールには、もう表彰式くらいしか残されていない。騎士試験に合格しなかったクロードには、ここは既に用の無い場所である筈なのだ。


「カオス・ハーティリーか」


 別にクロードは驚かない。会うだろうとは思っていた相手だ。驚かず、その理由を話す。


「どうやら、俺が今回の技能賞に選ばれてしまったみたいでな」

「技能賞?」

「あー、お前は初出場だから知らんのか。騎士になれなかった者の中から敢闘賞と技能賞をそれぞれ1人、計2人を選出して讃えるってものがあるんだ。今年の技能賞は俺、敢闘賞はアッシュになったらしい。中にはそれを今後の自慢の種としている者もいるようだが、実際の価値としては何の役にも立たないどうでもいい代物だよ」


 そして、溜め息をつく。こんなものはどうだっていい。クロードは心の底からそう思っていた。

 だからぼやく。


「こんなもの貰ったところで、嬉しくも何ともない。って、聞いてるのか?」

「…………」


 カオスはクロードの話もろくに聞かずに、あさっての方向を向いていた。真面目な顔をして。

 そして、呟くように言う。


「感じる」


 その言葉だけでは、クロードは何だか分からなかった。だから、訊ねた。


「何を?」


 と。しかし、その言葉を発した瞬間、クロードも何をカオスが感じたのかを理解した。言葉を聞かずとも、それが何なのか悟った。


「あ、ああ。感じるな。魔力だ。見知らぬ魔力を秘めた奴が、近くに来ている。大会に夢中になっていたら気付かないのかもしれないが、こんな静寂の中に居るとよく分かる。かなりの使い手がすぐ近くに居る。抑えてはいるが、それでも力はとても大きく、そして禍々しい」

「ああ」


 その通りだ。カオスは言う。そして、もっと言ってしまえばこっちだとクロードを導く。通路の外側に行き、そこから外の様子を窺う。すると、そこのすぐ外では3人組の白いローブをすっぽりと被った怪しい連中が歩いていた。

 その3人、それが禍々しい魔力の発信源である。


「あいつ等だ」

「!」


 そのカオスの声は小さく、クロードの耳に届くだけといったものであった。が、それにその3人組は気付いた。近くにある気配、自分達に向けられた視線に気付いたのだ。3人組は立ち止まり、カオスの方を向く。長い黄緑色の髪が肩の辺りで2つに分かれている女のノエル、長い黒髪の男のラスター、そして長い金髪の男のアビス、その3人組であった。

 そして、カオスとアビス、これが両者の初対面だった。


「見付かったか」

「ああ」


 しかし、別にカオス達はガッカリしたりしない。隠れる気もなかったから。もっとも、カオス達には目の前に居る3人組が何者であるのかを知る由はないのだが。

 ただ、迷い込んだ人達ならば、ここから去ってもらおう。不審者ならば、ここから排除しよう。そんな風に思っていただけだ。何者なのかはどうでもいいとも思っていた。そして、それがどちらであるにしても……


「だりーけど、行かなきゃなんねぇみてーだな」

「そうだな。そうと決まれば、早速回り込んで奴等の前に…」

「待て」


 自分達は2階に居るのだから、まずは階段へと向かって、そこから1階へと下りてから奴等の目の前に回り込んで出よう。

 そのように提案して、駆けて行こうとしたクロードをカオスは止める。


「何だ、カオス? 止める気か?」

「そうじゃねぇよ。回り込むなんてだりーことしてねぇで、直接行けばいいじゃん」


 2階から一気に外へ。奴等目がけて飛び降りてしまえ。その距離は3メートル程度でしかないのだから、そこから飛び降りるのは普通の人であっても大したことではない。ましてや、それ以上の肉体を持つ彼等からしてみれば尚のこと。


「あ? ああ、そうか。そうだな」


 そのことにクロードは気付いていなかった。ちょっと動転していたようだった。


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