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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter6:魔王
148/183

Act.126:余興

「今から15分後、優勝者であるリスティア・フォースリーゼ選手にはエキシビジョン・ゲームを行ってもらいます」


 試験の係員はそう告げた。


「えきしびじょん? 何だそりゃ?」


 カオスは覚えがなかった。ただ単に大会の流れについて聞いていなかっただけなのかもしれないが、そのような言葉はカオスの頭の中には入っていなかった。


「毎年試験、そして大会の優勝者が決まった後にやっているオマケの試合ですよ」


 だが、隣に立っているリスティアは知っているので、カオスに教える。そして、それに付け加える形で、係員もそれについての説明を添える。


「ええ、そうです。このエキシビジョンでは、例年通り我等がアレクサンドリア連邦の国王であるアーサー様と手合わせして頂きます」

「はーん。そんなのがあるんだ」

「カオスも出たかった?」


 ルナはカオスに訊ねる。カオスも国王であるアーサーと戦ってみたいかと。

 ルナとしてみれば、機会があればやってみたいというのが正直な想いではあった。だが、カオスの答はいつも通りだ。


「やなこった。だりーし。ったく、俺じゃなくて良かったぜ」

「そ」


 ルナは苦笑いをする。おかしくも思わなければ、嫌に思いもしない。いつも通りだから。逆に、ここでやりたくてしょうがないといったようなやる気に溢れた答をされる方が、とても不気味な気がルナにはしていた。今更ではあるが。


「それで、その後に閉会式と表彰式がありますので、それまでは帰らないで下さいね」


 皆の前で、新たに騎士となった者達を改めて発表するのだと言う。言われてみれば至極もっともであり、試合に勝って決まりましたよというだけでは締まりが悪いというものだ。


「ぬ」

「帰らないでよ、カオス」


 分かってはいるが、面倒臭い。とっとと家に帰ってダラダラしたい。

 そのカオスの願いは、まだ当分叶えられそうになかった。


「ではリスティア選手、15分後までに用意を整えて下さいね」

「分かりました」




「さて、行くとするか」

 第一特別観覧室、そこでアーサーはその腰を上げた。

 特に全力を出して戦う必要の無いお手合わせだ。肩肘張る必要は無い。ただ、それでもこの国の国王として、16年前の勇者として、みっともない姿は衆目に晒せないというのも事実。だから、アーサーは少し早めに席を立つ。試合の前に少し体をほぐすのだった。



「さて、行くとするか」

 選手控え室、そこでカオスはその腰を上げた。


「って、どこへよ? 帰るなっつってんでしょー」


 当然のように選手控え室から出ようとするカオスに、ルナの無慈悲なツッコミが入る。授業のようにエスケイプするんじゃないという言葉だ。

 面倒臭い式典からエスケイプしたいのはやまやまではある。だが、今回はそれではない。カオスは言う。


「シャワーと着替え。汗とかで気持ちわりーからな」

「早く戻ってきなさいよ?」


 そういうのならば、ルナとしては文句の言いようがなかった。常に監視下に置きたいというのはやまやまだけれど、自分も試合後にシャワーと着替えは済ませてあるので、それをカオスに禁じるような事は言えないからだ。

 そういう風に、選手控え室では試合会場とは対照的に静かな時間が流れていた。

 その試合会場、そこの端の目立たない場所では、1人の男がその会場の様子を見渡していた。トーナメント戦は終わり、これからエキシビジョンへと移る。アーサーが出て来て、その優勝者と手合わせをする。

 その男、眉の無い男はニヤリと笑う。


「そろそろですね」


 その時を待っていた。男は告げる。密かに持っていた小型の通信機器に向かって。


「そろそろ時間です」

『了解。お前は引き続き他の連中と共に結界の保守に向かってくれ』

「はっ。了解しました」


 キレ良く返事をして、その眉の無い男は去っていった。会場の観客席から、その姿を消した。その事に気付いた者は誰も居なかった。

 それは微細な変化。だが、確実な変化。

 しかし、会場の者達は誰も気付かない。会場では、何の問題もないかのようにスケジュールが進められていく。何も告げられていない、何も気付きようのない司会兼審判の女性が進めていく。次はエキシビジョンのスタートだ。


『それでは、毎年恒例のエキシビジョンです。このエキシビジョンでは、今回の優勝者が我等が国王、アーサー様と戦ってもらいます。それでは、まずは今年の覇者の入場です』


 そして、リスティアの入場する南ゲートに手を翳す。


『リスティア・フォースリーゼ!』


 ドドーン!

 その言葉と共に、南ゲートが開かれる。それと同時に、その花道の横に取り付けられてあるパイロが火を噴き、その入場に華を添えるのだ。その中から、リスティアはゆっくりとその姿を現した。決定戦、準決勝、決勝、今日だけでもリスティアは3戦を行っているのだが、それのどれもが苦戦にはならなかったリスティアに、疲れの色は全く見えない。万全であるようだった。

 そんなリスティアの紹介を司会として始める。


『今大会初出場ながら、圧倒的な実力によって優勝した強豪であります。すぐに騎士として第一線での活躍が期待される彼女ではありますが、このエキシビジョンではどのような戦いをくり広げるのでしょうか? 非常に楽しみであります!』


 そうしてリスティアを一通り紹介すると、司会はその視線をリスティアとは逆側の北ゲートの方に向ける。手を翳し、紹介する。


『そして、その彼女を迎え撃つのは我等が勇者、アーサー!』


 ドドーン!

 その言葉と共に、今度は北ゲートが開かれる。それと同時に、その花道の横に取り付けられてあるパイロが火を噴き、その入場に華を添える。その中から、アーサーはゆっくりとその姿を現した。ゆっくりとマイペースに、だが威風堂々とアーサーは歩いていく。その姿を見て、観客達は今までにない位に大きな歓声を上げた。

 2人は歩いていく。そうして、ほぼ同時にリングへと上がり、自分の相手を真っ直ぐに見据える。だが、そこには張り詰めたような空気は無い。そこは、エキシビジョンであるが所以であった。

 アーサーも言う。


「これは余興だ。肩肘張らず、気楽にやるが良い」

「…………。はい」


 正直、リスティアとしてはあまり承諾したくなかった。勇者アーサーと呼ばれる者が、どのような実力の持ち主なのかその体でもって体感してみたかったからだ。勇者と呼ばれた男の、その全力がいかなるものなのか知りたかったのだ。例え、それであっと言う間に負けてしまうのだとしても。

 もっとも、自分はまだまだ未熟でそれを見るに値しないというだけなのかもしれないけど。

 リスティアはそんな少しつまらない気持ちでエキシビジョンに臨んだ。


『それでは始めて下さい』


 だが、それをカオスに言ったら笑われるだろう。リスティアはふとそう思った。そんなに見たいなら、出させてやればいい。リスティアのイメージの中のカオスは、そう言って笑っていた。

 アーサーとて勇者として、英雄としての面子があるから、余興と言っても負けてはいられないだろう。負けそうな状況に追い込めば、嫌でもその実力を発揮するに違いない。リスティアのイメージの中のカオスは、そう主張するのだ。

 嗚呼、その通りですね。

 リスティアはそう思う。そう思いながら、リスティアは構えながらその魔力を充溢させるのだ。


「来い」


 自然体のままのアーサーは、構えたリスティアを誘う。かかってこいと。胸を貸してやると。

 そんなアーサーは、この時は余裕たっぷりだった。平和な心境だった。それは、対等な勝負では相手を馬鹿にしていると捉えられてもおかしくはないだろう。だが、リスティアは文句を言わない。言えないと分かっていた。そう。これはあくまでも上の者への挑戦であって、対等な勝負ではないのだ。

 だから、リスティアは謙虚な気持ちのままでアーサーに向かっていく。真っ直ぐに攻め込んでいく。足を踏み込み、大きく回し蹴りを繰り出す。

 アーサーはその蹴りを、しっかりと腰を落として腕で防御する。

 回し蹴りによって翻ったリスティアの体、その隙を殺す為にリスティアは間髪入れずにアーサーに向かって肘打ち。それをまた、アーサーは防御する。

 だが、それでいい。リスティアにとって都合良い。その肘打ちは、あくまでも時間稼ぎ。翻った体を元に戻す為に必要な時間稼ぎ。それにリスティアは成功し、体勢は元に戻った。そこからすぐさま前方に踏み込み、リスティアは正拳で突きを入れる。それをアーサーは流し、防御する。

 その直後、アーサーは反撃する。リスティアと同じく正拳を繰り出した。けれど、それはリスティアもアーサーの行動の予想として考えていた。上手く腰を落として、それを回避。

 そこからはパンチとキックと、それに対する応酬の嵐であった。右、左、右、左、上、下、上、下、攻撃と防御は休まらず続けられていく。凄まじいスピードで繰り返される。

 それが色々と場所を変えながら続けられていたけれど、双方共に決め手を欠いたまま少しの時間が過ぎていっていた。そして、 力、そして魔力で互いに押し合うが、膠着状態なのは変わらない。

 そして、その数瞬後にそうやって相手にダメージを与えようとするのを両者は諦める。相手を押し切るにはもっと力が必要だし、仮に押し切ったとしてもそこで得られるメリット、ダメージはあまり大きくはならないからだ。

 互いに魔力を前に放出し、その反動で後ろへと下がる。相手から距離を取る。少し上空に舞い上がり、体勢を整え直しながら両者共に綺麗に着地した。そこで、エキシビジョン開始から初めて、この試合内に静止の時間が生まれた。


「おおっ!」

「すげぇ!」

「最高だ!」


 これは何もかかっていないただの手合わせ。だが、それに見合わない勝負を2人は繰り広げている。それを目の当たりにして、観客はとても大きな歓声を、驚きと喜びの声を上げるのだった。


「…………」


 強い。

 リスティアはアーサーのことを素直にそう感じていた。今の動きだけで分かる。完全に手抜きの状態で戦われても分かる。相手の方が自分よりも数段上、もしくはそれ以上の実力の持ち主であると。

 ずっと国王としての任務に追われている上、肉体的にもピークの年齢を過ぎているから、いい加減衰えてきているだろうと踏んでいた。だが、それでも圧倒的な強さを秘めている。

 これは現役で魔王アビス軍と戦った時と同等の力なのだろうか? それとも、衰えた上でなおこの力を持っているのだろうか?


「…………」


 アーサーはそのような感想を抱いたリスティアの様子を見て、少し口元を緩める。あのリスティアの驚きは、まだまだ青いという証拠。原石が綺麗に磨かれるのは、まだまだ先の話。まあ、しょうがないと思いつつも、アーサーはそれがちょっと楽しみだった。



◆◇◆◇◆



 トラベル・パス試験会場の人気の無い場所で、怪しい男3人組が話をしながら歩いていた。一番前を歩いていた眉の無い男は、後ろを歩いている2人に今回の目的地を改めて確認する。


「調査によると、この下にあるんだな?」

「うむ。間違いない。この下に、術師が4人おる。その4人が力を合わせて、リングの攻防から観客連中を守る結界を張り続けておるのだ」


 小さな魔導師は答える。


「…………」


 眉の無い男はこれからやるべき任務について考え直した。慎重に、だが素早く正確にやらねばならない。しかも、相手は全力で戦ってる連中の攻撃さえも、難なく無効化させてしまう連中だ。強敵に違いない。

 それを……


「そんな重要な任務を、我々だけで出来るのだろうか? 失敗は許されないのに」

「心配いらんじゃろ」


 だが、その小さな魔導師は楽観的だった。


「結界の術師と普通の戦士や魔導師は違う。結界の術師は、その能力にのみ長けている人物が多い。偏っていれば偏る程に、強い結界が張れるようになるからな。だから、結界の力が強くなればなる程、その者の強さのバランスは非常に悪くなってしまうのだ。そのような者は戦闘、特に前線には向かぬ」


 そう知っていたからだ。その反面で、と言いながら自分を指差す。


「こっちには魔術の儂、チョウチャウと」


 大きくゴツイマッチョマンを指差して、


「パワーのイノイノ」


 眉無し男を指差して、


「スピードのシカシカ、お前を合わせての3人。パーティの中で前衛と後衛でしっかりと役割分担されていて、非常にバランスの良いものとなっているじゃないか」


 そして、それだけではない。


「なんと、それに加えてラスター様がこちらに援軍に来て下さるとおっしゃっていたしな」

「おおっ! それでやっと安心だ」

「…………」


 ラスター様が居れば、それだけでオールオッケー。

 シカシカの言葉の意味にチョウチャウは絶句し、その言葉を失った。自分達が努力してコンビネーションを築き上げるよりも、ポッとやって来る強い味方の方が頼りになると言われたのだから。

 それは確かに真実であろう。自分達が束になってかかっていても勝てない方である。だが、それはそれ、これはこれとして……


「何だか納得出来ぬものが…」

「さー、さっさと行くぞ。余計な時間など何処にもないんだ」


 愚痴を言いそうなチョウチャウを遮って、シカシカは先へと進めていく。時間が無いのを良い言い訳にして逃げたのだ。しかし、シカシカの言う通りに余計な時間は無いと言っても良い。


「…………」


 チョウチャウは言いたい言葉を抑え、その先へと足を進める。シカシカとイノイノ、頼りになる仲間と共に目的地へ。


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