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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter5:トラベル・パスBランク試験
146/183

Act.125:頂上決戦

☆対戦組み合わせ☆

 決勝

15:  リスティア・フォースリーゼ vs カオス・ハーティリー

「…………」

 アーサーは憮然とした表情のまま報告を聞いていた。ターゲットを人に知られない内に葬る。手負いの相手故に難しくはないミッションと踏んではいたものの、返ってきた報告は討ちもらしたというとても悪い報告だった。

 一般人に漏れて、そこから大騒ぎにされるよりはマシであるとは言え、状況としてはとても悪い。デオドラント・マスクはすぐに体力も魔力も、負傷さえも回復させる。対戦相手であったカオスによって作られたその絶好の機会は、すぐに失われる。だからこそ、あそこで討つべきだった。

 それなのに……


「逃げられた、か」

「申し訳御座いません! この咎は、いかなる罰をもってし」

「罰? そんなものはどうでもいい」


 アーサーはお決まりの謝罪をしようとするエミネウスの言葉を途中で遮る。そんな定番の台詞なんか最後まで聞いても時間の無駄。そんなのを聞いても、何の得にもならない。意味も無い。


「謝るだけならば、どんな馬鹿にでも出来る。それより、これからどうすべきなのかを考えろ」


 過ぎたことを悔やみ、詫びるだけでは先には進めない。過去を悔やむのではなく糧として、今や未来にとって良い方向へと活かさなければならない。その為に、どうすれば良いのか熟考しろとアーサーは言った。


「…………」


 これから?

 エミネウスは悩む。


「確かに、あの場で静かに殺れればベストではあった。だが、奴が逃げた手段が瞬間移動魔法(インスタンテ)であるというならば、逃げた場所は限られる。ゲート、もしくは街の外のどちらかにな」


 街の中で瞬間移動魔法(インスタンテ)を発動すれば、マジックゲートの効果で強弱に関わらずそこに強制的に飛ばされる。それを避けつつ、安全な場所へと行くには街の外に出るしかない。


「では、今からすべきことは分かるな?」


 エミネウスの目はその色を取り戻す。それからエミネウスはその正解を理解したのだとアーサーは悟った。


「そう。マジックゲート、もしくは街の出入り口の守備だ。兵士連中がそこに居るだろうから、お前達はそのヘルプに行け」

「はっ!」


 キレ良く返事をして、エミネウスは下がった。部下達をつれて、街の守護へと向かっていった。エクリアはその姿を静かに見送った。結局エミネウス達は、暗殺を遂行出来なかった。だが、彼らに対する不快感を拭うことは出来ないままだった。

 もっとも、それでもこのまま平和に終わるならばそれでいいのだけど。


「これで、一件落着でしょうか?」

「まあ、そうなるのだろうな」


 アーサーはエクリアの意見に反対しない。


「力も残っていないだろうから、デオドラント・マスクが今日これ以上街に近付きはしないだろう。懸案事項はそれに乗じた他の魔族の侵入だが、アレが大きな騒ぎにならなかった以上、それもまた低い可能性であろうな」

「そうですか」


 エクリアはホッとしていた。

 誰も死なず、誰も傷付かない。そのまま事を荒立てずに終着を迎えてくれる。治安を司る者としては甘いと言われるかもしれないけれど、そのまま終わってくれるのならばそれがベストであると思っていた。

 それがフラグであると知らぬままに。



◆◇◆◇◆



 会場は沸き立っていた。休憩時間である30分が終わり、この大会のファイナルである決勝戦が行われる。泣いても笑ってもこれで最後で、どうしてもテンションは右肩上がりに上がってしまう。

 そうしてテンションを上げながら、観客は選手の入場を待つ。少しして、司会兼審判の女性のヘッドホンに選手入場の準備が整った知らせが届くと、彼女は早速その入場をコールする。


『それでは、只今より決勝戦を開始します! リスティア・フォースリーゼ対カオス・ハーティリー! 両選手の入場です。どうぞ!』


 ドドーン!

 その宣言と共に、北門と南門のゲートが開かれる。それと同時に、その花道の横に取り付けられてあるパイロが火を噴き、その入場にまた華を添える。

 そんな華と、観客のこれ以上ない位に大きな歓声を浴びながら、カオスとリスティアは入場を開始した。その2人を、観客の熱い声援が飛ぶ。

 それを見ながら、実況アナウンサーは話を展開してゆく。


『さあ、とうとう決勝戦となりました。観客の熱い声援と拍手の中、両選手の入場が行われております。両者共に決勝戦に残るだけある実力者ではありますが、カオス選手は準決勝のデオドラント・マスク選手との戦いで、大きくダメージを負ってしまいました。そのフォローをどう行っていくのでしょうか』


 実況アナウンサーはいつになく饒舌だった。正に絶口調(ぜっこうちょう)であった。だが、そんな彼に解説のモナミは水を差す。


『あの』

『はい。何でしょう?』

『ダメージをどうフォローするかとか言っていましたけれど、カオス選手の怪我…治っていますよ?』

『あ…』


 実況アナウンサーは、唖然とした。言われて初めて気付いたのだ。カオスは既に怪我も何も無い綺麗な体で現れたということに。


『…………』

『…………』


 少しの間、放送席に気まずい空気が流れる。それをどうこうする能力は、まだその実況アナウンサーには培われていなかった。そんな彼を、解説のモナミがフォローする。フォロー的に、カオスの様子の解説を入れ始める。


『あれは回復魔法ですね。試合中では自分自身でやらなければなりませんが、戦っている最中でなければ、試合後だろうと試合前だろうと、そういったもので治療してもらうのは自由ですからね。この大会はとても怪我し易い場でもあります。その為、色々と対処を準備していたのでしょう』

『では、カオス選手は万全、従来通りの戦いが出来るようになっているのですか?』

『いいえ』


 だが、それでも万全ではない。そうはなれない。モナミは断言する。


『回復魔法で治るのは、あくまでも怪我だけです。それがどんなに強力な魔法だとしても、そこには一切の例外もありません。要するに、回復魔法では体力や魔力は一切回復出来ないんです』

 だから、例え無傷の状態に戻ったとしても、それは本来の姿ではない。体力や魔力に関しては、あくまでも試合後の状態と何も変わっていないのだから。

『それでは、その体力と魔力を回復するにはどうしたら良いのですか?』


 減りっぱなしではないだろう。それを行えば、体力や魔力が回復するという、何らかの方法がなければおかしい。実況アナウンサーはそのように考えた。それ故の発言だった。質問だった。

 その彼の推測は正しい。間違ってはいない。ただ、大袈裟なだけだ。モナミは言う。


『それは簡単と言うか、単純ですよ。十分な栄養と休息、それのみです』


 その言葉を聞いて、実況アナウンサーはつまらない顔をする。そういうのではなく、何かしら変わった解答があるのではないかと密かに期待していたのだ。しかし……


『普通ですね』

『普通ですよ』


 ケッ。

 カオスはちょっとイラついていた。唾でも吐き捨ててやりたい気分だった。緊張感の欠片も無いマスコミの2人のぬるい掛け合いがつまらなく、ちょっと腹立たしいものだったからだ。

 まあ、どうでもいい。

 カオスはそう思うことにして、意識を無理矢理試合に戻す。その頃には試合の準備が整い、カオスとリスティアはリングの上で真っ直ぐ対峙していた。そこから待ち時間は無い。司会兼審判の女性によって、すぐさま試合開始はコールされる。


『それでは決勝戦、始めて下さい!』

「はっ!」


 カオスは魔力を充溢させ、それを燃え上がらせる。それは炎のようになり、カオスの身を守るように覆う。そして、それは大きな力ではあった。


「おおっ、すげー! カオスの奴、まだこんなに力を残してたのかよ!」


 だから、アレックスは驚いた。観戦しながら思ったのだ。あの激しい戦いを経た後のこのカオスにも勝てないと。こんなに凄まじいパワーを、まだ残しているのだからと。


「…………」


 リニアはカオスの様子を見ながら思う。確かに、今のカオスの魔力も凄いとは思う。ただ、それはあくまでも一般人的な観点から見ればの話である。並みの術者、戦士を相手にしている場合にのみ言えることである。

 先程まで、準決勝までのカオスを考えれば、あの程度の魔力では話にならない。


「ダメね」


 マリフェリアスも言う。


「全然ダメ。話にならんわ。あの程度の力しか使えないようではね」


 そう。カオスだけでなく、リスティアもまた並みの戦士ではないのだから。


「おらっ!」


 カオスは駆け、真っ直ぐにリスティアに向かっていく。しっかりと腰を落として、その拳を繰り出してゆく。相手が素人ならば、それでお終いになってしまうような素早く、かつ綺麗な流れの攻撃だった。


「…………」


 しかし、その攻撃をリスティアはあっさりと流す。川の流れのままにたゆたう水草のように自然に。滑らかに。

 それはただの自然な攻防の流れであった。そのように見え、そのように感じられていた。しかし、その1つの流れだけでリスティアは悟ってしまっていた。

 カオスは本来の力の半分さえも出せていないのだと。

 このまま打ち負かしてしまうのは容易い。だが、それでは決勝戦としての盛り上がりには欠けるだろうし、カオスの心も傷付けるだろう。

 だから、リスティアは合わせる。カオスの今の力に合わせて、スピードもパワーも大きく抑えた状態で反撃をするのだ。


「…………」


 それだから、カオスもそれを食らわずに済んでいた。きちんと防御し、きちんと反撃をする。そんな余裕のある攻防を繰り広げていた。そんな不自然。

 右、左、右、左、カオスとリスティアは互いの拳と拳で攻防を繰り返す。それは端から見れば、素人目で見れば十分に激しい戦いであるかのように見えた。

 だから、実況アナウンサーは言う。


『おおっ! カオス選手、あの激闘の後であるにも拘らずリスティア選手と互角の攻防を繰り広げています!』

『いいえ』


 だが、玄人である解説のモナミは、そんな言葉をあっさりと否定する。

 あれは互角の攻防ではない。そのように見えるだけであって、断じて違うのだ。


「あれは…」


 ルナも気付いている。知っている。リスティアを。

 1つ衝撃が生じ、カオスとリスティアは後方に飛ばされる。互いの間合いが広がり、着地した所でカオスとリスティアの2人はそこで足を止める。


「ふぅ」


 カオスは溜め息をつく。カオスも気付いている。知っている。リスティアの性格を。リスティアがこういう所で変に遠慮をする性格であると。

 それがつまらない。ゲームとしても面白みに欠ける。弱者は強者に叩きのめされる。そういう場面さえもまたゲームの醍醐味の1つであるのだ。それを、リスティアは知らない。

 だから、言う。


「何やってんだ、リスティア? お前の実力はこんな程度のもんじゃないだろう? 下らねぇ遠慮なんかしてんじゃねーぞ。ルナを倒したその力、俺に見せてみろよ」

「!」

「こいつはゲームだ。楽しい楽しいゲームだ。それだっつーのに、そんなつまらなぇ遠慮なんかされちまったら白けるじゃねぇか」

『!』


 実況アナウンサーは驚く。顎が外れる程に驚愕する。だが、モナミは驚かない。そうであると気付いていたのだ。それ故、一言言うだけだ。


『そういうこと』

「…………」


 リスティアは少し考えた。残念ではあるけれど、ここでカオスの本当の実力を見れないのは明白。体力も魔力も、満タンの時のそれとは随分と違うからだ。これは最初からフェアではない戦いだった。

 だが、カオス自身が言っているように、ここで変に遠慮をしていること自体も相手にとって失礼であるとはリスティアにも分かっていた。

 そのどちらを取るか? 本人が望むのならば、そうであった方が良いのなのだろう。

 リスティアは心を決める。


「そうですね。確かに、それでは失礼でしたね。それではお見せしましょうか。私の実力を」


 そうして見せる。リスティアは魔力をきちんと充溢させる。ほとんど消耗していないリスティアの魔力は、綺麗に燃え上がっていた。それは大きな力を示し、今のカオスのパワーとの圧倒的な差を見せ付ける。

 だが……


「そう。それでいい」


 カオスは言うのだ。それでいいのだと。そうでなければ、この戦いに意味などないのだと。

 覚悟は決まっている。準備は出来ている。カオスはきちんと構えを取って、リスティアに真っ直ぐな視線を向ける。


「来い」

「ええ」


 リスティアは真っ直ぐにカオスに攻め込んでいく。拳と拳を交える。

 そこには策も何も無い。だが、リスティアにとってみればそれで十分だった。今のカオス相手では、策などなくても簡単に勝てるからだ。力で押し切ってしまえば、そこで全てはお終いになる。

 これは真剣勝負としては非常につまらない。リスティアの望んでいた勝負の形とは全く異なる全く楽しめないものであった。しかし、こうして真っ直ぐに拳と拳を交えている。それ自体は、悪い気がしなかった。無理な話ではあるけれど、ずっとこうやって拳を交えていたいような気がしてならなかった。




 そして、その宴はすぐに終わりを告げる。カオスの体力と魔力の低下のせいであった。

 試合開始から約5分後、カオスは敗れた。


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