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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter5:トラベル・パスBランク試験
145/183

Act.124:30分間

☆対戦組み合わせ☆

 準決勝

13:〇 リスティア・フォースリーゼ vs ルナ・カーマイン   ×

14:× デオドラント・マスク    vs カオス・ハーティリー 〇


 決勝

15:  リスティア・フォースリーゼ vs カオス・ハーティリー

 わいわい。ざわざわ。がやがや。

 カオス対ロージアの対戦の終了後、緊張の失われた観客席はざわついていた。ただ好き勝手にお喋り。そんな状態であった。

 はぁ、終わった。終わった。疲れたなぁ。

 そう思いながら、カオスはのんびりと花道を退場してゆく。しかしながら、そんなカオスの態度と思惑とは関係無しに、大会は進められてゆく。司会兼審判は進めてゆく。


『え~。それでは、只今より30分間を休憩と致しまして、その後から決勝戦を開始します』


 そんな声が響く。カオスの耳にも届く。


「あ」

 その彼女の一言で、カオスは思い出させられた。つい今まですっかり忘れていたことを。

 カオス対デオドラント・マスク(ロージア)は準決勝である。そう、“準”決勝である。それすなわち、勝ってもまだ1試合残されているのだ。

 その相手はリスティア。ルナを打ち倒したリスティア・フォースリーゼである。


「ぬああああっ!」


 忘れていた!

 カオスは唖然とした。ロージアに勝つことに意識を取られ過ぎて、リスティアとの試合をすっかり忘れていたのだ。だから、もうリスティアにぶつけるような体力も魔力も無い。何処にも無い。


「…………」


 馬鹿ね。

 その退場しているカオスの様を見ながら、ルナは思った。そんなもんだろうと。




 N待機室、北側の選手待機室に、試合を終えたロージアは戻ってきていた。試合に敗れはしたものの、お互いに試合という範疇内で手を尽くし、正々堂々と全力で戦い合ったのだから、悪い気はしていなかった。満たされた気持ちでいられた。

 その部屋の入口に立つまでは。

 嗚呼、そういう訳ね。

 ロージアは気付く。不穏な気配に。カオスが人間界に生きる者の中での良い面であるならば、ここに潜んでいる者は悪い面。善人面していながら狡賢く、陰でコソコソと汚い真似をする、そんな人間。

 私を暗殺するつもりか。

 試合の後に疲れきったところを狙う。そんな卑劣な手段を取ろうとするのは、汚らわしい暗殺者でしかない。だが、試合の終わった後、観衆は少なからず全力を尽くして戦ったデオドラント・マスクを褒めてくれていた。その場で殺しはせず、人の目に見えぬ場所、つまりはここで殺ろうというのだろう。

 それを指示しているのは、疑うまでもなくアーサー。

 ロージアはそう推理する。現実として直視する。だが、絶望はしない。悲嘆もしない。そういうものなのだと聞かされてきたから、寧ろその陰鬱な現実が可笑しい位だった。


「ひい、ふう、みい、3人か。隠れてないで出て来なさい」


 ロージアは物陰に潜んでいる汚らわしい気配に話しかける。


「…………」


 その者達は少し躊躇った。だが、そこで潜んでいても意味が無いと悟り、そこから姿を現した。ロージアの察知した通り、3人の暗殺者がロージアの前に横一列に並んだ。

 真ん中に居るのが、暗殺部隊隊長エミネウス。線の細い輪郭と、顔を大きく隠すように伸ばされた髪が特徴的である。彼の両隣に居るのは、両方共彼の部下に当たる者である。1人は毛を全て剃り落とし、変装をし易いような姿にしており、もう1人はヘルメットをすっぽりとかぶって、その素顔が見えないようにしていた。

 とりあえず、エミネウスが話しかける。


「良く分かったな。魔力や気配は抑えていたつもりだったが。試合後で疲れているのに、随分と鋭いじゃないか」


 気付かなければ、気付かない内に殺していたのに。

 エミネウスの言葉には、そんな意味が込められていた。それはロージアにも分かる。分かった上でその言葉の意味には無視する。

 ただ、普通に答える。


「ゼロにはなっていなかったからね。その魔力も。汚らわしい気配も」

「まあ、いい」


 それはエミネウス側としても同じ。此処におしゃべりをしに来た訳ではないのだから。

 目的を果たすだけである。


「国家保安の為だ。お前には、此処で死んでもらう」


 エミネウスは告げる。死刑を宣告する。


「…………」


 そのような目的で、彼等は此処に来たのだろう。ロージアはそう予想してはいたが、それを今ハッキリと告げられたのだ。そう。まさしく予想通り。

 そして、想定通り。


「フフフフ」


 ロージアは嗤う。こんなに愚かしいものなのかと。器が小さいものかと。


「やはり、そうくるのね。聞いた通りのやり口。ええ、みみっちく、そして卑怯」

「…………」


 ロージアが誰から何を聞かされていたのか、エミネウス達には想像がつかなかった。ただ、具体的内容は分からなくとも、このアレクサンドリア連邦を罵っているのは事実。

 口には出さないが、それがとても不満であった。怒りに感じていた。

 だが、それもどうでもいい。


「貴様がこの国をどう思っているかなんて、もうどうでもいい。これ以上下らん問答をするつもりもない。今すぐ、おとなしく死ぬがいい」


 どうせ殺すのだから。今ならば、殺せるのだから。


「何しろ、試合で体力も魔力も使い果たした貴様だ。我等相手には勝てん。どう転んでもな」


 奇跡でも起こらない限り。


「そうね。確かに。しかし」


 それはロージアにも分かる。どう戦っても、今目の前に居る男3人と戦って、彼等に勝つのは不可能だと。体力と魔力が十分な状態だったら何とかなったのだろうけど、今はそれを言っても詮無きこと。無いものは無い。

 けれど、だからと言ってここで死んでやるつもりもない。


「しかし、もう1回くらいならば魔法を放てる」


 だから、そう言いながらなけなしの魔力を充溢させ始める。身に纏い始めるのだ。

 みっともない最後の悪あがき。

 エミネウスはそう感じた。次にどのような攻撃が来るのかは、魔力を充溢させただけでは分からない。ただ、魔力の量がたかが知れているので、どのような攻撃を繰り出したところで、それが強力なものになることはありえない。

 だから、嗤う。


「悪あがきか。いいぜぇ。好きなだけするがいい」

「はああああっ!」


 ロージアは残りの魔力を激しく燃え上がらせる。具現化する。

 そうして攻撃態勢を整えて、目の前のエミネウス達に厳しい視線を向ける。その視線を感じたエミネウス達は、すぐにロージアの攻撃が来ると感じ取った。

 来る!


「なんてね♪」


 ロージアは舌を出す。


「え?」

瞬間移動魔法(インスタンテ)


 瞬間移動魔法(インスタンテ)、溜めた魔力でロージアはそれを発動した。ロージアの体は眩しい光に包まれ、その場からその姿を消した。厳しい視線も、攻撃を仕掛けようという体勢も、その瞬間移動魔法(インスタンテ)を覚らせない為のフェイク。エミネウス達は、そのフェイクにまんまとひっかかった。

 ロージアは完全に首都アレクサンドリアから撤退した。

 首都アレクサンドリア内での瞬間移動魔法(インスタンテ)では行き先はマジックゲートに限られてしまうので、その外に行き先を指定したのであろう。それは、エミネウス達にも予測はつく。なぜなら、マジックゲートというものはその性能上あくまでもそこに入る者を制限するものだけであって、出る者に関してはフリーパスだからだ。


「に、逃げられた!」

「糞っ! 攻撃と思い込ませる罠だったか!」


 悔しさに任せ、床を叩いたりするが、もう遅い。瞬間移動魔法(インスタンテ)の尾行は不可能であるから、発動させられてしまっては見送るしかない。それでお終いだ。

 追うことは出来ない。


「…………」


 首都アレクサンドリアから、ロージアの魔力が消えた。それは、そこから立ち去ったのを意味する。それが合図。空を見上げながら、グラナダはそれを悟った。主の帰還を知った。


「終わったか?」

「ええ。ロージア様は帰ったわ。私達もあの五月蝿いのを放して、帰りましょう」

「そうだな」


 そう言いながら、グラナダ達は用の済んだデオドラント・マスクを解放する。陽動としてトラベル・パスBクラス試験に参加するには、人間としての籍が要る。トラベル・パスも要る。だが、魔族にはそれがない。だからこそ、参加者であった彼を捕らえ、ロージアはその彼になりすまして参加した。

 試験は終わった。ならば、もうその男には用は無い。何処へなりとも行って良いのだ。だから、五月蝿いその男を眠らせて、首都内の何処か適当な場所に置き去りにして、グラナダ達も去ることにした。

 瞬間移動魔法(インスタンテ)。出入り口が厳しくなっているのは周知済みなので、彼女等もその魔法にて首都アレクサンドリアから姿を消した。

 全ては魔王アビス達の作戦通り、つつがなく進められていた。それをエミネウス達は少しずつ知らされ始めるのだ。




 アレクサンドリア連邦首都アレクサンドリア、トラベル・パスBクラス試験会場の選手控え室、カオスはそこで決勝に控えて休んでいた。疲れもある。ロージアから負った怪我もある。それを姉マリアの治癒魔法によって、その怪我を癒していた。

 それはルールから逸脱はしていない。試合中に他者の助けを借りるのは言語道断であるが、試合前や試合と試合の合間にそういう治療を受けたり、何かしらの食事等を取ったりするのは禁じられていないから、治療自体はしてもらっても良いのだ。

 しかし……


「決勝は棄権したら?」


 治療してもらっているカオスに、その様子を見ながらルナはそう進言する。


「んあ?」

「だって、アンタはもうマトモに戦える状態じゃないでしょう?」


 それは何も言われなくてもルナには分かる。そして、マリアにも。


「そうね~。治癒魔法では体力の回復までは出来ないからね~」


 そう。治癒魔法で治すのは、あくまでも怪我のみ。体力や魔力までは回復出来ない。それを回復するには、良く休んだり食事を取ったりするしかない。つまり、即効的には出来ないのだ。

 だから、30分後に戦うのだとしたら、体力も魔力も使い果たした状態で戦うしかない。それではマトモに戦うのは不可能。ルナの言葉はそれを前提としたもっともな意見であった。

 だが、カオスはその言葉に首を横に振る。


「いや、俺は出るよ」

「バッ! そんな無理なんかする必要ないじゃない!」

「ハン。無理もクソもねぇよ。ただ、棄権なんざカッコ悪いからしたくねぇだけだっつーの。棄権なんかで負けるくらいだったら、戦って負けちまった方が何万倍もマシってもんよ」


 傷の治療を終えて、カオスは椅子から立ち上がる。そして、同じ控え室で控えていたリスティアに向かって言うのだ。


「ま、そんな訳だ。だから、お前も試合で変に手を抜いたりするんじゃねーぞ」

「え? あ、はい」


 突然自分に話が振られるとは思っていなかったので、リスティアはちょっと戸惑った。戸惑い、その勢いのままに肯定をさせられたのだった。


「…………」


 こんな試合、意味なんか無い。

 ルナは思う。お互いに全力を尽くせて初めて公平な試合と呼べるものなのに、今のカオスにはもうそれが出来なくなってしまっている。始める前から不公平なのだ。だから、やって得は無い。意味も無い。


「まあ、カオスちゃんの好きにしたらいいわ~」


 しかし、マリアはそんなカオスの言葉にあっさりと許可を下す。

 ここまで来て、最後は試合放棄で負けてお終い。それがカッコ悪いと感じるカオスの気持ちは良く分かる。多分、自分が同じ立場だとしても、そのように感じるだろう。そして、ここで限界まで戦ってみれば、カオスがどれ程まで戦えるのかという部分が見えてくる。その点で言えば、公平に戦えない決勝戦も意味が無くはない。


「でも、1つだけ覚えておいて~」


 ただ、それには1つ条件がある。


「私が許可するのは、これが“試合”だからなのよ~?」


 そう。命を落とさないのが条件。自分の限界を知って、そこで死ぬ。次の戦いに活かす為にした行為だというのに、それではやった意味が全く無くなってしまう。ただの愚行だ。だが、“試合”ならば、戦いにおいて命を落とすことはない。ましてや、相手はリスティアである。善か悪か判断したら、確実に善にカテゴライズされる人物が相手である。何の心配も無い。

 だから、許可するのだ。今回は特別だ。


「これがぁ、実戦だったりしたら倒してでも止めるからね~♪」

「…そら、そうだろ」


 命を懸けた実戦では無理をしない。

 それに関しては、カオスも同意見。命は1つしかないのだから、馬鹿な真似をして死んでしまっては、悔やんでも悔やみきれない。そのように解るからだ。


「分かってるなら、いいわ~♪」


 そんなカオスの理解度が分かるのか、マリアはカオスを笑顔で見送る。そして、その頃にはもう、休憩時間の30分が終わるのだった。


「時間です。準備をお願いします」


 係員がやって来て、そうカオスとリスティアに入場の準備を促す。

 別に準備するものは無い。カオスとリスティアはすぐに動き出す。導く係員のままに、入場門の方へと歩いてゆき始めた。途中までは一緒に、そして少し経ってからは南北に別れ、それぞれの門に各々向かっていく。

 思うところは何も無い。ただ戦うだけだ。




 選手控え室、静寂の中カオスは入場の時を待つ。この試合は負けるだろう。勝てる訳がない。カオスは分かっていた。だが、心は落ち着いていた。何の乱れも無く、ただその時を待っていた。

 そうして、カオスがその控え室に入って1分もしない内に、その部屋に備え付けられてあるスピーカーから選手入場のアナウンスが流れる。入場の時間、試合の始まりだ。


「さて」


 カオスは立ち上がる。景気付けに拳を叩いて、真っ直ぐに歩いてゆく。


「行くか」


 カオスは行く。迷わず、真っ直ぐに。ただ正面だけを見据えて。

 カオスは行く。最後の戦場へ。必勝ならぬ、必敗の戦場へ。


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