表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter5:トラベル・パスBランク試験
144/183

Act.123:ゲームの結末

☆対戦組み合わせ☆

 準決勝

13:〇 リスティア・フォースリーゼ vs ルナ・カーマイン   ×

14:  デオドラント・マスク    vs カオス・ハーティリー


 甘い。そいつは追尾型の魔法攻撃だ。どんなに逃げても、何処までも追いかけていってぶつかってゆく。そうしてダメージを与える代物だ。1回や2回避けたところでどうにかなるようなものを、こんな局面で撃ったりしねぇよ。

 もう、最後の局面なんだから。

 そのカオスの予定通り、カオスの放った魔法攻撃はロージアに向かって逆戻りしてきた。再びロージアに襲いかかってゆく。


「くっ!」


 力は殆ど失われている。だからこそ、ここで避けない訳にはいかない。だから、避ける。ロージアは横にステップして、その攻撃から回避する。その魔法攻撃はロージアの横を通り抜けた。が、無論そこで終わるようには出来ていない。さっきの通りである。

 その魔法攻撃は、そこからさらに軌道を変えて、ロージアに向かって突撃してゆく。ロージアに向かって突き進んでいく。


「チッ!」


 まあ、最初避けて、それが追いかけて来た時に予想はついていたけれど。

 面倒になった。ロージアはそう思った。そして、リングの上を駆けてゆく。素早く。だが、そんなロージアの後を、カオスの放った魔法攻撃は執拗に追いかけてゆく。前後左右、そして上下、余す所無くその魔法攻撃は追撃をかけてゆく。

 ただ避けるのは不可能。

 少しして、ロージアはそのように思うようになった。ただその攻撃を振り切るのは不可能であると。実戦で体力も魔力も十分に残っているなら別かもしれないが、現時点ではロージアにその方法は見当たらなかった。

 ならば、方法は1つ。対策は王道だけれど、その1つ。

 ロージアはそう思い、それを行動に移し始める。


「では」


 リングの上空にまで逃れていたロージアは、浮遊に向けていた魔力の使用をやめて、リングの上に降りてきた。それを追い、カオスの放った魔法もその移動方向を下へと修正する。

 それを確認してから、ロージアは体を翻し、サッとリング上を駆け始める。カオスの方へと、真っ直ぐに向かっていった。

 その対応策は王道。術者の直前でその攻撃を回避して、その攻撃を術者にぶつける。ありきたりではあるが、効果的な対応策ではある。しかし……

 予想通りだ。

 放ったカオスとて、それを予想しなかった訳ではない。もっと言ってしまえば、それを予想した上で、それでもその攻撃を放ったのだ。

 そして、事はカオスの予想通りに進んでいく。ロージアは素早くカオスの直前にまでその間合いを詰める。そうして、カオスの直前でその接近をピタリと止める。

 その絶妙な間合い、そこでロージアは力強く地を蹴り、大きくその進行方向を変えた。真っ直ぐ進んでいたところを、カオスを前にして一気に左折した。

 ロージアは行った。その後を、カオスの放った魔法攻撃が追おうとする。しかし、その魔法の玉はロージアの切り替えし程大きく方向転換は出来ない。結果としてロージアの行った方向を向くとしても、少々オーバーランしてしまうのは目に見えている。

 そして、その軌道上にカオスは居る。そのままではカオスに激突。


「フフフッ」


 勝った。

 ロージアはその瞬間、自身の勝利を確信していた。カオスはそのまま自爆して、その場に倒れるであろうと。しかし…


「…………」


 実に予想通り。そこまでは、頭に描いたフローチャートのままに進んでいる。

 強がりでも何でもなく、カオスはそのように思っていた。もっとも、そうでなければ、それに対して何かしらがなければ、この局面で一般的に愚策と言われるような技を出しはしない。

 後は出来るか出来ないかの問題だ。いや、やる。


「おおおおっ!」


 カオスは気合いと、なけなしの魔力を燃やす。燃やし、それを左手に充溢させる。それは攻撃するのには不十分であったが、ただ魔力を具現化させる程度にはなった。

 それを、カオスは拳ごと自分の放った魔法攻撃の玉にぶつけた。


「おらああああっ!」


 ドグアッ!

 爆発音のような大きな音と共に、カオスは自身の放った魔法の玉を殴りつけた。左から体を捻りながら。

 それはボレーシュート。サッカーで言うところのボレーシュートであった。自分へと向かってきた魔法の玉を、拳ではあるが、その勢いを殺さぬまま無理矢理軌道を変えたのだから。

 それがカオスの策。それは見事成功し、魔法の玉は再びロージアの後を追う。カオスの拳による、さらなるスピードを得ながら。

 追うのだ。その玉を見ながら、カオスの脳裏には、その策のきっかけとなった出来事が思い出されていた。




 それは昨日の模擬戦、グレン(偽)との戦いの一幕であった。

 ホワイトホールを成功させ、グレン(偽)にその技を直撃させたカオスは、その達成感に笑う。普通ならば、グレン(偽)はそれで大ダメージだ。その爆発煙の中、大怪我を負っているに違いない。


『ふふふふ』


 そのカオスを見て、マリフェリアスは笑う。上空を見て、グレン(偽)の魔力を探知すれば分かる。これはグレン(偽)とグレン(本物)は同じ。こういうケースでも同じと分かったからだ。

 爆発煙は晴れていく。風と共にそれが消えていった時、カオスも気付かされる。


『え?』


 カオスの目に、上空のグレン(偽)の姿が映る。


『何!』


 上空の爆発煙の中から現れたグレン(偽)の服は、爆発の影響を受けて所々切れたりほつれたりして、ボロボロになっていた。だが、肝心のその中のグレン(偽)そのものは、全く傷を負っていなかった。かすり傷も、切り傷も、どんな怪我さえも負っていない、無傷の状態だった。

 まるで、爆発や技の直撃そのものがなかったかのように。


『む、無傷? んな、馬鹿な!』


 カオスには信じ難かった。技をマトモに食らって無傷、そのようなことは物理的にありえない。そのように感じていた。

 しかし、マリフェリアスは驚きもしない。彼女の中では当然の事。


『そりゃ、そうだ』


 マリフェリアスは言う。


『なぬ?』

『カオス、さっきのアンタの攻撃は、あくまでもグレン(偽)の魔力と技を返しただけのもの。自分の魔力で傷付きはしない。一流の魔導師には可能なこと。出来ること。私にしても、グレンにしてもね。だから、今のグレン(偽)も無傷という訳よ』

『きったねぇー』


 カオスは驚愕する。そして、叫ぶ。考えもしなかったことだ。

 これが可能だと言うならば、魔法によるあらゆるリスクが回避される。今のように大技を返されるしっぺ返しの類が無効になるのは勿論、放出系の魔法で自分にも危害が加わる可能性も回避される。それを身につけて、防御だけでなく攻撃においても繰り出せる手法を大幅に増やせる。それは、戦いにおいて大きなアドバンテージとなる。

 という所まで考えが至ったところで、カオスは思い、洩らす。


『いいな、それ』


 自分にもあれば、それでいい。そうしたいな、とカオスは思っていた。




 そう。“それ”なのだ。カオスは最後の最後で“それ”に挑戦し、成功させた。

 魔法の玉はロージアの後を追う。カオスの拳による、さらなるスピードを得ながら、その背中を狙う。


「え?」


 カオスに当たっている筈の魔法の玉。もう、既になくなっている筈の魔法の玉。その魔法の玉が、まだ自分の後を追っている。さらにスピードを上げて、追っているのだ。

 カオスの直前で、見事に攻撃を回避したロージア、作戦を成功させたロージアは、そこで自分の勝利を確信していた。そんなロージアに、その追撃に対して為せる事は無かった。




 ドンッ!




 鈍い音が響き渡り、カオスの魔法攻撃はロージアの背中に命中した。魔法の玉は、駆けるロージアの姿勢をさらに前傾へと圧しながら、そこにダメージを与えた。


「あ、ああ…」


 ロージアの意識は飛びかける。最後の最後のそのダメージは、ロージアからその意識を摘み取らんとしていた。最後の一撃になろうとしていた。

 だが、まだ勝負は終わっていない。それで気を失っていたとしても。10カウントが終わる時、ダウンして気絶した時、場外に落ちた時、そのどれかを審判が確認して、勝利を宣告するまでは終わりではない。油断してはならない。

 だから、カオスは駆ける。残りの力を振り絞って、ロージアの背中へと向かってリングを駆ける。飛び上がり、その背中に蹴りを食らわせる。

 それは魔力も何も籠もっていなければ、フォームも滅茶苦茶。そんなただ足を振り回しただけの美しさの欠片も無い蹴りだった。

 しかし、それだけで良かった。気を失っていたロージアはその蹴りをそのまま食らう。そして、その体は蹴りによってさらに前へと押しやられた。滅茶苦茶なフォームで繰り出したカオスは上手く着地出来ず、リング上に倒れこむ。ロージアの行く末を見守りながら。自分の放った最後の攻撃の結末を見届けながら。

 そして、その蹴りが、この勝負の終止符となった。

 場外。そう。魔法攻撃を背中に食らっただけではリング上に倒れる筈だったロージアの体は、最後のカオスの蹴りによってその位置をさらに前方へ、リングの外へと動かされた。

 落ちる。そうして、ロージアは落ちる。気を失っていたロージアは浮遊も出来ず、そのまま落ちていった。場外の芝生の上へ。

 ドサリと。

 体を、場外である芝生の上に。

 その瞬間、会場は水を打ったような静けさに包まれた。誰もが息を呑んでいた。だが、その直後にそれを打ち破るように司会兼審判は試合終了を宣言する。


『場外。それによりこの試合、カオス・ハーティリー選手の勝利です!』


 高らかに。


「おおおおっ!」

「すげぇぞー!」

「2人共最高よっ!」


 司会兼審判のその宣言の瞬間、観客の大歓声が爆発したように湧き上がった。感情が溢れ出た観客は、自身の中に湧き出た強い感動を、その心のままに叫び続ける。


「よっしゃ!」


 そんな大歓声の中、カオスはガッツポーズを出した。大きく掲げた。アレックス戦の勝利の時にも、クロード戦の勝利の時にもなかった。初めてのことである。

 観客は関係ない。他の誰かも関係ない。ただ、自分の中にある力を余すこと無く出し切り、その末に勝利を手に入れた。それに対する単純な喜びであった。


「…………」


 大きな観客の歓声、それでロージアは目を覚ます。失った気を取り戻す。背中に当たった攻撃から、ここに居る現在までのタイムラグ、この芝生の上という場所、そこからロージアは自分の現状を把握した。

 ゲームは終わった。負けた。自分は負けたのだと。


「油断大敵だったな、ロージア」


 その背中に、カオスが話しかける。


「カオス君」


 振り返るロージアの顔に、試合の時のような鋭さは無い。もう、対戦相手でも何でもないのだから。

 カオスは言う。試合を振り返りながら。


「アレは、最後の誘導弾は回避するんじゃなくて、相殺した方が良かったかもな。魔力をケチらずに、そうしておいた方が確実だった筈だぜ」

「あー」


 そう言われれば、そうだったかもしれない。

 ロージアはそう思った。直前で回避というのがあまりにも定番過ぎる対処法だったので、そこまで考えが至らなかったのだ。本来はそこまで考えを巡らせなければならなかったのに、それをしなかった。それを油断と言われれば、油断だったのかもしれない。

 けれど。


「けど、あそこで反射されるとは思ってもみなかったわ」


 それは想定外。それも事実。


「俺もな」


 それはカオスも同じ。


「って、ええっ?」


 やらかした本人も想定外でどうする?

 ロージアはおかしなことだと感じていた。だが、それはカオスからしてみればおかしくも何ともなかった。普通だとでも言うようにカオスは言う。


「一流の使い手は、自分の魔力で自分が傷付きはしない。ならば、放った魔法の玉をボレーで返すのも出来んじゃねぇかって思ってな。ま、やったことなかったんでぶっつけ本番だったんだけどさ、やってみたら出来たといったところなのさ」

「…………」


 これか、今回の試合で私に足りなかったものは。

 ロージアは悟った。リスクの高いものを使ってでも勝とうとする勝負に懸ける気迫、最後の最後まで自身の勝利を信じ、その時まで戦い抜こうという信念、そういう面が自分には足らなかったのだと。

 正直、力や魔力、スピード等の身体的側面では負けていなかった。寧ろ、ロージアが勝っていた。だが、そういう内面で、楽しい格闘ゲームは勝敗のどうでもいいゲームと捉えがちだったロージアは、モチベーションでどうしてもカオスには勝てなかったのだ。遊びでも、いや遊びだからこそ真剣になれるカオスには。

 何にしろ、自分の負け。それが事実。まだまだ未熟だったという話だ。

 ロージアは認める。


「今回は私の負けね」

「次はパワーでも勝つ。覚悟しとけよ?」


 パワーでは勝てなかった。それは、カオスも分かっていた。ただのぶつかり合いでは勝てなかったと。だからこそ、その足りないものを補う為に最後の最後までリスクの高い挑戦をし続けていたのだ。だが、それが毎回功を奏するとは限らない。今回は運が味方しただけだ。つまり、まだまだ未熟だったということ。

 そう。お互い未熟。

 それを2人が察知したのかどうかは分からない。だが、カオスとロージアは、お互いの健闘を讃え合ってハイタッチするのだ。そして、約束する。


「またね」

「またな」


 再会を。

 それからカオスとロージアは体を翻した。お互いに背を向けて、そこから去っていくのだ。試合は終わった。ゲームは終わった。ならば、退場してゆくだけ。祭が終わった時の神輿のように。


「2人共よくやったー」

「最高の試合よー」

「カッコイー」


 そんな2人に、観客達は名残惜しむように次々と歓声を浴びせる。退場する2人に、お疲れ様と暖かい声援をプレゼントするのだった。


「…………」


 そんな暖かい一般観客席、それとはうって変わってアーサーの居る第一特別観覧席では、水を打ったような静けさに包まれていた。

 アーサーは何も言わない。ただ、その口元を少し歪めただけだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ