Act.121:格闘ゲームⅤ~拮抗~
カオスは駆ける。ロージアも駆ける。相手に向かって真っ直ぐに、その拳を繰り出す。
まずはカオスの攻撃が炸裂。体を翻しながら、流れるように相手の懐にまで入り込み、そこから肘打ちを食らわせる。
ロージアはそれをマトモに食らう。食らい、ダメージを受け、体勢を後方へと崩される。が、それ以上の隙は見せない。すぐに体勢を整え直す。
その上で、ロージアは攻撃を仕掛ける。拳を振るう。腰を捻りつつ、踏み込まれたままの短い間合いでも勢いが殺されないように、回すようにしながら拳をカオスの鳩尾に叩き込んだ。
今度は、それをカオスが食らってしまう。ダメージを受け、身体は腹部で折られたように前のめりになる。
だが、それで終わるようなカオスではない。倒されたならば、ただでは起き上がってこない、何かしら必ず拾ってくるのがカオスである。それは今回においても同じ。カオスはロージアの攻撃によって体勢が前のめりになった。ならば、それを利用するまで。
カオスは前のめりになった態勢を自らさらに進めて勢いをつけ、そのまま膝蹴りに入った。
ダメージを受けながらの反撃は、見事に命中する。カオスの膝蹴りは、ロージアの顎にヒットした。そして、それによってロージアは少し後ずさり、そこで間合いが少々開いた。
ならば、普通の蹴りにも十分な間合い。だから、そこからカオスは間髪入れずに普通の蹴りを繰り出し、それを命中させた。
ロージアはこれにより大きく後方へと飛ばされた。カオスはそこからさらに追い討ちをかけんとした。地を蹴った。
そして、追いつく。勢い良く地を蹴ったカオスは、先回りしてロージアのすぐ側にまで追いついた。それと共にカオスは軽く飛び上がり、ロージアの横に自分の位置を合わせる。
そして、ロージアを蹴る。ボレーシュートだ。
その蹴りも、ロージアに見事に命中。飛ばされていたロージアは、その方向から無理矢理左折させられる。リングに向けて斜め下に叩きつけられるように。
だがそのまま、やられるままのロージアではない。ロージアはそうやって勢い良く叩きつけられそうな自分の状況を逆に利用し、体のバネを使って思い切り跳ねた。
そのまま180度、ロージアは戻っていく。カオスの方に真っ直ぐ戻っていく。そして、そのまま反撃。肘打ちを繰り出してゆく。
それは瞬きも出来ない位の一瞬の出来事。それに対して、ボレーシュート後で空中に浮いたままのカオスは対応出来ず、その攻撃をマトモに食らってしまった。
今度はカオスが飛ばされる。まずは軽く。だが、ロージアはそこで容赦しない。攻撃を受けて、そこで隙を作ってしまったカオスに対してさらに追撃をかける。
蹴り。ロージアは回し蹴りをカオスに食らわせて、カオスを大きく蹴り飛ばした。
カオスは大きく後方に飛ばされた。しかし、そこでカオスとロージア両者の間に間合いも生まれた。カオスはその間合いを使って、バック転しながら体のバランスを整えた。
しかし、それもまた隙。ロージアはその場から魔力を波状にして放ち、カオスに追撃をかける。それは真っ直ぐにカオスに襲いかかる。襲いかかり、飲み込んでゆく。
回避は出来ない。カオスはそれを食らってしまう。けれども、ただ食らいはしない。しっかりと、腕と魔力でガードはした。もっとも、それでも受けたダメージはゼロにはならなかったが。
そうして魔力の波はカオスを飲み込み、さらに突き進んでゆく。そして、リングにぶち当たってその石版を穿ち、砕き、粉々にする。
土埃を上げ、砕け散ったリングの石版の破片とその下にある土が舞い上がる。それらが火災時の煙のように舞い上がり、その中に居るカオスの姿をかき消す。
それは上手い具合のカモフラージュ。
カオスはそれを利用する。その中から、カオスもまたロージアと同じように魔力を波状にして反撃をする。
リングを覆い尽くす煙の中、その魔力の波は真っ直ぐにロージアに襲いかかっていった。
リングを覆い尽くす煙、それはロージアにその接近を気付かせない大きな要因となった。ロージアは気付けなかった。その魔力の波が煙を抜けて、自分の目の前にその顔を出すその時まで。
回避は出来ない。ロージアはそれを食らってしまう。防御も何も出来なかった。ただ食らうだけだった
そうして魔力の波はロージアを飲み込み、さらに突き進んでゆく。そして、リングにぶち当たってその石版を穿ち、砕き、粉々にするのだ。
さらに生まれた新しい煙、その中からロージアは飛び出してくる。カオスに襲いかかってくる。ダメージは受けたが、それで即座に戦えなくなるようなものではない。まだまだ十分に戦える。その気力も衰えてはいない。
そうして真っ直ぐにカオスに向かっていく。カオスも、それを迎撃する。ぶつかり合う。
拳と拳、足と足、魔力と魔力、それらが激突する。最早何度目なのかさえも分からなくなっているが、それがお互いにぶつかり合ってその優劣を競う。右、左、右、左、攻撃は行われてゆく。攻撃、防御、攻撃、防御、互いに繰り返す。
だが、それではキリが無い。
そのように考えたカオスは、左手に密かに魔力を少々多めに充溢させる。
そして、放つ。ダーク・マシンガン速射式を。
まず1発。それが、ロージアの顔面に当たり、ロージアを後ずさりさせる。そこから間髪入れずに2発、3発、ダーク・マシンガンは射出されてゆく。
けれど、ロージアもさるもの。最初の1発は食らってしまったが、その後の攻撃に関してはふらつきながらも紙一重で避ける。そして、そのまま後手後手に回ってしまいもしない。そこから反撃に移る。
ロージアはダーク・マシンガンから避けながらも少しずつカオスとの間合いを詰めてゆき、一定の場所まで来たところで飛び上がり、そこから一気に間合いをショートレンジ、もしくはクロスレンジにまで詰めようとする。
そんなロージアに、カオスは標準をすぐに定めてダーク・マシンガンをお見舞いする。が、それはロージアには当たらなかった。正確に言えば、当たらなかったのではない。当たったのだ。ロージアの幻影に。残像に。
それに気付いた時には、もう遅い。カオスの背後には、既にロージアが立っていた。ロージアはそこから攻撃を繰り出す。真の反撃を行うのだ。
両手を組んで1つの拳として、それを大きく振り下ろす。それは振り下ろされた鉄槌のような大きな力を生み、それがカオスへと炸裂する。カオスはそれを食らい、大きく飛ばされてしまう。
だが、場外にまでは行かない。その途中の所で踏ん張ったカオスは、リングの上にきちんと静止した。しかし、そんなカオスにロージアは間髪入れずに追撃をかける。飛ばしたカオスを躊躇無く追いかけてきていた。
しかし、それはカオスも予想済み。だからこそ、カオスは体勢を整え直しつつも、そのロージアの接近を感じてそのタイミングを計っていた。返り討ちにするタイミングを計っていた。
そして、炸裂する。カオスは回し蹴りをロージアに。
それは見事に炸裂し、ロージアを蹴り飛ばした。だが、そのまま飛ばされるにまかされるロージアではない。魔力を周囲に軽く放って体を回転させ、その勢いの方向を180度逆に変えてみせた。
飛ばされたロージアは、今度は真っ直ぐカオスの方に飛んでくる。そして、拳を振るう。そこまでの時間は非常に短いものだった。カオスによってつけられた速度、そしてロージア自身が付け加えた速度の加算により、普段のロージア以上のスピードで反撃を食らわせた。
だから、カオスに回避は不可能。その攻撃をマトモに食らい、マトモに飛ばされた。
飛ばされた。このままでは場外負けになる。
そう感じたカオスは、自身の後方に軽くダーク・マシンガンを数発放って、その勢いを殺す。そうして、場外負けから逃れつつ、その視線をロージアに戻す。
ロージアは真正面にいる。そのロージアに向けて、カオスは真っ直ぐに攻め込んでいく。背後に撃ったダーク・マシンガンの勢いを加え、ハイスピードでその間合いをクロスレンジにまで詰める。
そして、攻撃。カオスはロージアを殴る。
それはただの物理攻撃でしかなかった。だが、いい加減体力も魔力も集中力も消耗してきているロージアは、それに反応しきれずに食らう。
だが、勿論それだけで終わらせるロージアではない。そのカオスの攻撃に対して、すぐさま反撃のパンチを繰り出してくる。
それもただの物理攻撃でしかなかった。だが、体力も魔力も集中力も消耗してきているのは、カオスも同じ、お互い様であった。だから、カオスもそれに反応しきれずに食らってしまう。
カオスは飛ばされる。砕けたリングの石版の上に落ちて、そこから土埃を上げる。それが大きく舞い上がって、その土埃が奇しくもそこからカオスの姿を一瞬だけ失わせるのだった。
カオスはそれを利用する。その悪くなった視界を利用し、カオスの黒い手が土埃の中からロージア目がけて真っ直ぐ伸びて来たのだ。
黒い手。そう、前回の対クロード戦で使った手の形を模った魔法剣の応用物である。それがすばやく伸びて来て、ロージアの足首をギュッと掴んだのだった。それがカオスの反撃に対する反撃。
ロージアを捕らえた。
そのことに成功したカオスは、遠心力を使いながらロージアをグルグルと時計回りに大きく回す。グルグルと何度か回した後、その勢いのままロージアを上空目がけて放り投げた。ジャイアントスイングを食らわせた。
ロージアは上空へと飛ばされる。大きく、大きく。
だが、それが数秒経った頃、十数メートル飛んだ所で、ロージアは止まる。空中に浮けるという術を使って、その場に止まった。そして、そこからカオスを見下ろす。その姿を、カオスは見上げる。
「はあっ! はあっ! はあっ! はあっ!」
「はあっ! はあっ! はあっ! はあっ!」
互いに息は切れ、体力も魔力もかなりの量を消費していた。だが、戦意は衰えていない。それを、対峙している2人の目が物語っていた。
この戦いを諦めない。
2人はそう思っていた。だが、こうして2人は静かに対峙している。拳も何も交えずに。久々に2人の動きは止まり、静かな時が流れるようになった。その静かな対峙が、息を呑むようにして戦いを見守っていた観衆の我を戻す。
「おおおおおおおおっ!」
観衆は歓声を上げる。そして、こんな戦いを見せてくれた、魅せてくれた2人に、賛辞の言葉を浴びせるのだ。
「すげぇぞ!」
「カッコイー、カオスー♪」
「デオドラント・マスクも最高だー!」
会場の誰もがカオスとロージアの健闘を讃え、その戦いの観戦を楽しんでいた。
◆◇◆◇◆
「…………」
自分だけの特別観覧室で、アーサーもその試合を静かに観戦していた。
マズイな、この傾向は。
アーサーは密かに思う。観客のこの状態はアーサーにとって、ひいては国にとって良くない傾向である。そのように感じていた。
デオドラント・マスクは魔族である。だがこの状況下では、奴が魔族だと公表したとしても、観衆は正々堂々とした綺麗な戦いを見せてくれた奴を、そのまますんなりと受け入れてしまうだろう。あのデオドラント・マスクは、魔族としては好感が持てるだろうから。ここでは、魔族=悪という方式が当てはまらない。それを掲げての処理は難しい。
観衆はデオドラント・マスクに対して少なからず好感を持っている。その好感を踏み躙るのは、今後の国の状況を考えれば悪手でしかない。政府に対する反発は生むべきではない。
「チッ」
面倒になったな。
アーサーは思う。ならば、こちらが打つ手は別方向であると。そして、呼ぶ。
「エミネウス」
「はっ。ここに」
すると、アーサーの後ろに控えていたエクリアの隣、何も無かったその空間に、パッと1人の男の影が現れた。顔が隠れる程長い黒髪をたたえたその男は、アーサーに対し真っ直ぐに向き合った。
その態度は非常に丁寧なもの。だが、その隣に現れた男に対し、エクリアは不快感を抱かずにはいられなかった。
隣に来たのは暗殺部隊隊長のエミネウス・マクグレンという男である。暗殺部隊の隊長が呼び出されたということは、そういうことだ。
そして、そういう任務をアーサーはエミネウスに下す。
「エミネウス、仕事だ。場所はN待機室。時刻はもう少々経った頃といったところか。時間は試合状況にも、そして勝敗にも左右されるが。そして仕事内容は、言わずとも分かるな?」
「はっ」
仕事内容、それはデオドラント・マスクの素性を(形式的に)確認して、必要に応じてそれを排除する事。人に知られないように、その者を暗殺する。そんな汚い仕事である。
「…………」
口には出さないが、そんな汚れ仕事に対して、エクリアは不快に思っていた。
◆◇◆◇◆
「はあっ! はあっ! はあっ! はあっ!」
「はあっ! はあっ! はあっ! はあっ!」
試合会場では、カオスとロージアの対峙が続いていた。息を切らしながら、少しでも体力を回復させながら、互いの動向を探っていた。どう動くか、動かないか。それだけではあるが。
疲れたな。だりーな。
カオスは心の底からそう思う。だが、それはお互い様とも分かっていた。ロージアも確実に疲れている。互いに怪我をし、疲れているのだと。
だが、この試合が終わって、どっちが勝ったのだとしても、勝った方はこれで終わりではない。まだもう1戦、リスティアとの試合が残されている。だから……
カオスは、そしてロージアはお互いに鋭い視線を向ける。動きの、戦いの準備を整え直す。
互いに怪我をし、疲れている。だから、この辺りで終わりにするのだ。次の激突で、この戦いの決着をつけるのだ。
お互いにそのように思いながら、カオスとロージアは残りの魔力を振り絞って、それを力へと変えていった。
☆対戦組み合わせ☆
準決勝
13:〇 リスティア・フォースリーゼ vs ルナ・カーマイン ×
14: デオドラント・マスク vs カオス・ハーティリー