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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter5:トラベル・パスBランク試験
141/183

Act.120:格闘ゲームⅣ~裏側~

☆対戦組み合わせ☆

 準決勝

13:〇 リスティア・フォースリーゼ vs ルナ・カーマイン   ×

14:  デオドラント・マスク    vs カオス・ハーティリー


「諸君! 王国は今、危機に瀕している!」


 兵士の詰所、そこの朝礼をする場所で、臨時集会が行われていた。その詰所でのリーダーが壇上に上がり、集まった部下達に檄を飛ばす。

 このままではいけないと。


「先程こちらにも連絡があった。魔物共は現在行われているBクラス試験を陽動にして、この首都への侵攻を図っている! いいか。これは首都、そして王国の危機なのだ!」


 拳を振り上げ、大きく兵士達にアピールする。


「愛する者を守る為、愛する国を守る為、今こそ立ち上がれ! 剣を持ち、戦いへと赴くのだ! 魔物の侵入を絶対に阻止するのだ! いくぞ!」

「おおっ!」


 鼓舞された兵士達は、拳を高らかに掲げ、叫ぶ。腹から精一杯声を出して、その士気を高める。


「それではそれぞれの持ち場へ行け! 行って、首都の守りを堅固なものにするのだ!」

「おおおおっ!」


 兵士達はそれぞれのグループに分かれ、散っていった。その表情には気合いが溢れており、モチベーションは最高潮であった。その部下達の顔を見送りながら、その檄を飛ばしたリーダーは満足そうな表情を浮かべた。

 だが、その彼の後ろ、そこに立っていた彼の秘書の女性は不安を隠せないままだった。彼女は彼に問う。


「魔物侵入はあくまでも可能性の段階の話であり、確実ではない話の筈です。それなのに、あのように断言して煽ってしまっても宜しいのでしょうか?」


 それで何も起きなければ、兵士の士気は一気に下がってしまうのではないか? もしかしたら、それをキッカケに不満が爆発したりしないだろうか?

 そんな不安がよぎった。だが、リーダーは断言する。


「構わぬ」

「え?」

「魔物が本当に来たのなら、あのモチベーションは戦いにおける武器へとなるだろう。そして、魔物が来なかったとしても、『お前らの気迫に魔物は負けて、侵入を諦めたのだ』とでも言ってやればいい。それもまた、奴等の今後のモチベーションとなるだろう」


 そして、少し間を置いて言う。


「これは必要なのだ。今後を考えればな」

「…………」


 秘書の女性は何だか分からないままであった。



 一方、トラベル・パスBクラス試験会場、そこでは引き続きカオス対ロージアの戦いが続いていた。ひび割れ、傷付き、大きな穴も開いていて、そこから煙も出ているリングの上、カオスとロージアの2人は対峙していた。対峙し、お互いの様子を窺う。

 体力も魔力も、お互いに結構消費していた。戦いはずっと続いてきて、お互い体力も魔力も消費し、消費させてきた結果である。これからもそれが続いていくだけだ。

 後は根競べ。様子見の必要は無い。


「はっ!」


 カオスは地を蹴り、再びロージアに向かっていく。攻め込んでいく。

 今のところ、これと言った奇策は無い。そんな場面ではないので、ただ真っ直ぐに攻め込んでいくだけだ。カオスはしっかりと地に足をつけ、それを軸としてロージアに真っ直ぐ殴りかかる。

 綺麗な音がした。

 ロージアはそれをしっかりと防御。その腕で、正統的に。

 そして、それを防御しつつ反撃。これもまた正統的に。もっとも、これはあまりに正統的だったのか、カオスはしっかりと防御してみせる。

 だが、ロージアの反撃はそれだけではない。ロージアはそこから頭突きも加えた。防御して、体勢がちょっと変わった瞬間の隙を狙ったロージアの頭突き攻撃だった。


「くっ!」


 カオスはその攻撃を食らってしまう。少し後ずさり、体勢を崩してしまう。

 だが、それで終わるようなカオスではない。カオスはその次の瞬間に体勢を整え直すと、ほとんど間髪入れない状態でロージアに対して反撃に移った。


「ぅらっ!」


 それはロージアにとっても予想外の早さだった。カオスが繰り出したのはただのパンチであったが、その拳をロージアはまんまと食らってしまった。

 ダメージは受ける。だが、やはりそこから反撃に移る。ロージアも拳と蹴りで応戦する。それに対して、カオスも同じく応じていく。

 拳と拳、蹴りと蹴り、魔力と魔力、カオス対ロージアの戦いは肉弾戦となってゆき、それぞれの体力と魔力を少しずつだが、確実に削っていくようになっていた。


「双方、共に全力ですね」


 エクリアはそのように判断する。


「ああ。そのように見えるな」


 アーサーもその見解に異論は無い。双方、特にロージアはここで全力を尽くして戦っている。間違いはないだろう。

 それを考慮すると、此処に何らかの陰謀は感じ取れない。この大会を利用してロージアが何らかの行動を起こすのだとしたならば、ここで全力を尽くして戦うデメリットはあっても、メリットは何処にも無い。

 それはエクリアも分かる。だから思うのだ。


「もしかして、杞憂だったのでしょうか?」

「分からん。杞憂かもしれんし、そうでないかもしれん」


 だが、アーサーは断言しない。


「いいか。例え杞憂であったとしても、最後まで決して気を抜いてはならん。戦場では、いつでもそのような隙が死を招いているのだからな。だから、分かるな?」


 首都防御網を巡らせる。この心配事が杞憂でなかったならば、それに対してこれで対処出来るようになるであろう。杞憂であったならば、杞憂であったと言って笑えばいいだけだ。後者は問題とすべき点はない。ならば、やるべき行動は一つ。


「大会終了までは現状を維持しろ」

「はい」


 エクリアは歯切れ良く返事をしたが、アーサーはその言葉をろくに聞いてはいなかった。彼の頭の中にはこの局面における色々な展開がイメージとなって渦巻いていた。

 エクリアが思っていた、魔族が何かしら企んでいるか否かはどうでもいい。それはあくまでも表立って行動出来るか否かの違いでしかない。後者であり、相手がどのような行動に出るにしろ、向こうも表立っていないので、こちら側としてもやりようがある。無論、開き直れば表立つこととなり、そうなればこちらも表立てるようになるので、こちらの思う壺となるのだが。

 そこまで考えて、アーサーは自分でも気付いていた。予感を感じていた。この胸の中にあるざらつき、違和感は、何かしらが良くない方向へと向かっているのではないかと。

 とてつもない嫌な予感は、もうすぐ現実のものになってしまうのではないかと。



◆◇◆◇◆



「はっ!」


 カオスとロージアの戦いは派手に続いている。カオスは地を蹴り、再びロージアに向かっていく。攻め込んでいく。

 今のところ、引き続いてこれと言った奇策は無い。お互いに。それぞれの肉体と肉体、ぶつかり合うだけの肉弾戦は続いている。カオスもロージアも己の力を尽くすだけ。

 カオスはしっかりと地に足をつけ、それを軸としてロージアに真っ直ぐ殴りかかる。

 綺麗な音がした。

 ロージアはそれをしっかりと防御。その腕で、正統的に。

 そして、それを防御しつつ、反撃。これもまた正統的に。もっとも、これはあまりに正統的だったのか、カオスはしっかりと防御してみせる。

 無論、ロージアの反撃はそれに止まらない。しっかりと足を踏み込んだロージアは、そこから薙ぎ払うように回し蹴りを炸裂させた。


「チッ!」


 防御が間に合わず、カオスは蹴り飛ばされた。が、そこですぐに踏みとどまる。リングにしっかりと足を踏みしめて、そのまま逆転してロージアに向き合う。そこから、反撃する。

 殴る。カオスはロージアを殴り飛ばした。


「くっ!」


 これはロージアも間に合わなかった。ロージアは魔力のたっぷり籠められたカオスの拳によって大きく殴り飛ばされた。

 ダメージ、そして間合い。飛ばされたロージアは、空中でバランスを整え直しながら綺麗にリングの上に着地。そして、カオスの方に視線を戻した。そんなロージアに対して、カオスは動きを見せなかった。その場面でのさらなる追撃はなかった。

 さて、次の局面ではどうしようか?

 ロージアは思いを巡らせる。そう、これは楽しいゲーム。楽しめるのならば、単純に楽しめばいい。

 そして、ロージアはハッキリと覚えていた。このゲームに参加する前に魔王アビスの言っていた言葉を。自分のすべき行動を。




『例え正体がバレたとしても、可能な限り全力で戦え。無論、命が脅かされるようならば逃げても構わないといった程度だが』


 アビスは言った。


『え?』


 ロージアはその言葉が不思議だった。バレてしまったならば、もうその時点で離れるべきであると思っていたのだ。だが、アビスはそうは思わない。


『その方が陽動になって助かる』


 そのように考えるのだ。だから、アビスはロージアに言う。


『だから、ロージア。お前は難しく考える必要性は何も無い。お前はお前で、ゲームを楽しめばそれだけでいいのさ』


 これは楽しいゲーム。楽しめるのならば、単純に楽しめばいい。そして、それがこれからアビス達のする行動の隠れ蓑となるのだ。アビスにとって非常に都合がいいのだった。



◆◇◆◇◆



「行くぞ!」

「おうっ!」

「急げ!」


 首都アレクサンドリアの街道を、甲冑を身に纏った兵士達が駆けて行っていた。普段から、首都の中に兵士が居なかった訳ではない。だが、このように表立って兵士のグループが駆けて行くことは無かった。

 だから、賑やかながらも平穏のままの街の風景からしてみれば、それは明らかに異質のものだった。おかしな光景であった。

 住民達は首を傾げる。


「何なんだ、あれは?」

「騒々しいですねぇ」

「埃が舞うじゃないか」


 だが、この16年で平和ボケしている住人達からすれば、そんなものはどうでも良かった。ちょっと気には留めた、その程度のものだった。

 その後ろの喫茶店で、ゆったりとしたローブを着た3人組は、落ち着いた雰囲気で茶を飲んでいた。3人はその兵士達の方に一瞬だけチラッと視線を向けたけれど、興味をなくしたようにすぐに視線を元の位置に戻す。

 その3人の中で長い黒髪の男、ラスターは言う。


「恐らく、彼等はこの首都の周辺警備へと向かったのでしょう」

「まあ、間違いないな」


 それを聞いた長い金髪の男、アビスもその意見に同じだった。それ以外に、兵士達が慌しく外へと出て行く理由は考えられないからだ。

 そして、そのようになった原因は……


「多分、ロージアの変装が解けたのだろう」

「でも、この街の中でまだロージアの魔力は感じられます。まだ戦っているみたいですね」

「恐らく失格にはしなかったのだろうな」


 いくら魔族的な雰囲気を持ち合わせているのだとしても、人間達の間で上級魔族とされている者達の容姿は、人間のそれに酷似している。だから、ハッキリとした根拠があった上で、それを周りの観衆達に証明出来なければ、ロージアを失格には出来ないだろう。アビスは分かっていた。

 そして、例えそれが証明されたところで、ロージアを失格にはしない。リングの上やその会場にロージアを置いておけば、そこだけにロージアの居場所は限られる。そうすれば、どのような行動に出るのか把握し易いと考えるだろう。そうすれば、そこに居るアーサーも対処のしようがあるという事になるのだ。アビスは分かっていた。


「この街は、呪術によってインスタンテ、瞬間移動魔法では自在には入れないようになっているからな。これから何かしらの者が侵入するのならば、外部からの動きをチェックすればそれで良いのだろう」


 魔法で来れば、その術者の強弱に関わらずゲートに飛ばされる。ならば、そのゲートをきっちりと管理すればいい。物理的に来るならば、入口やその近辺をさっき行った兵士達に警護させれば良いのだ。アビスは分かっていた。それに対する反撃も。


「それは防御としてはなかなか良いものだ。兵士をアンテナ的な要素としてしか使わないのだとしてもな。だが、既に入ってしまっているならば、その策は何の意味もなさない」


 アビス達は既に首都アレクサンドリアの中に入っていた。こっそりと。そして、その首都アレクサンドリアの中の喫茶店にてのんびりと茶を飲んでいた。

 アーサーの取った対策は、これからの侵入を未然に防ぐという目的ならば優秀である。かなりの効果を発揮するであろう。だが、既に侵入してしまった者に対しては効果が無い。意味が無いのだ。

 アビスは侵入していた。ラスターとノエル、その3人だけで地味に。


「今回は表立って軍を使わなかったのが良かったですね」


 ラスターは言う。


「そうだな。今回は戦争ではないので大袈裟に事を運ぶつもりはなかったというのもあった。それが今回は功を奏したのだろう」


 静かに、穏やかに、目的を達成する時まではすんなりと事を運びたい。力押しにすれば、そこに軋轢が生じて無駄な犠牲を生んでしまうから。それが、先の大戦においてアビスが学んだことだった。

 魔族とて成長はする。そして、それだからこそ今はこうして此処に静かに居られる。


「後は、時が満ちるのを待つだけだな」


 今はまだその時ではない。目的を達せられる時刻までまだ少し時間がある。

 だが、そこまでのアーサー対アビスの裏の心理戦では、今のところアビスが1歩も2歩もリードしていた。それを、アーサーは勿論気付けないままでいた。


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