Act.119:格闘ゲームⅢ~被弾~
☆対戦組み合わせ☆
準決勝
13:〇 リスティア・フォースリーゼ vs ルナ・カーマイン ×
14: デオドラント・マスク vs カオス・ハーティリー
カオスの友人、サラやアメリアは心配していた。カオスのこれからを。あのデオドラント・マスクという人物がどういうものか彼女達は全く知らないけれど、魔族というだけでデオドラント・マスクという人物は凄く不安にさせられた。
「カオス、大丈夫かな?」
「魔族だったら心配よね~」
その心配は丸っきり的外れではない。
ロージアを知らぬマリフェリアスは、そのように感じていた。もっとも、ロージアのその落ち着いた佇まいから、彼女自体はそれ程危ない人物ではないようにも感じていたが。
ただ、もう少し情報は持っていたい。少しは知っていそうなルナに訊ねる。
「ルナ」
「あ、はい」
「あのデオドラント・マスクの正体、ロージアって女はアビスの配下でしょう?」
魔族特有の禍々しい魔力を持っていながら、あまり邪悪な雰囲気は見せず、その言動も落ち着いている。それは、他ならぬ魔王アビスに似ていた。その配下なら、主の影響も受けていよう。
そして、アーサーのお膝元である首都アレクサンドリアにやって来るような魔族なんてものは、アーサーに対して恨みを持っている魔王アビスとそれに連なる者しか考えられない。
だから、マリフェリアスはそのように予測を立てた。
そんなマリフェリアスの思考はルナには分からない。だが、それは当たっている。ルナは首を縦に振る。
「はい。まあ、名前と氷の魔法を得意としているって程度しか知りませんけど」
後は、激情家であるフローリィやガイガーと比べて、ロージアは落ち着いた性格をしているといった点だけである。ルナ本人が見聞きしたものはそれだけであった。
しかし……
「ああ、でも、もうあいつらはカオスの命を狙ってはいないみたいですよ。だから、カオス狙いでここに来たんじゃないと思います」
「そうね~」
それには、マリアも賛同する。カオスの命狙いで、ここに魔王アビス関連の者が来る訳はない。それは自然だった。
まずは、そのようにカオスが言っていたこと。そう。月朔の洞窟でフローリィがカオスに言った、魔王アビス軍はカオスの命を狙わないという言葉である。その言葉を100%は信じられないのかもしれない。ただ、丸っきりデタラメでそう言ったとは思えないのも、また事実であった。
そして、ここはカオスの地元ではない。カオスだけを狙うのであれば、もっと別の場所に現れる筈。ある程度調査をすれば、ルクレルコ・タウンにまでは行けなくとも、それに近い線までは行けるのだから。
その2点から、カオス狙いではないと思われた。
「まあ、そうでしょうね」
マリフェリアスも賛同する。未だにロージアの目的は見えないけれど。
「魔王であるアビス自体が無駄な殺生を嫌っているからね、とりあえずカオスがここで故意に殺されはしないと思うよ」
そう思うのだ。そういう心配は問題ではないと。杞憂であると。
ただ、その一方で不安材料は残っていた。何かあるような気がしてならなかった。
◆◇◆◇◆
カオスとロージアは、変わらず激闘を繰り広げていた。カオスは真っ直ぐロージアに向かう。間合いに入り込み、右のパンチを繰り出すが、ロージアはそれを紙一重のサイドステップで回避。
無駄な動きはしない。ロージアはすぐさま反撃。パンチ、キック、パンチ、キック、どんどん繰り出していく。しかし、無駄を極力省き、隙を少なくする動きを心がけているのはカオスも同じ。カオスはロージアの攻撃を全て完全に防御してみせた。
そこから、合間を見てすぐさまカオスの反撃に移る。拳を繰り出してゆく。
だが、ロージアはそれをただ回避するだけではなかった。それを掴み、カオスを捕らえてしまう。そこからカオスをグルグルと回して遠心力を加え、一気に放り投げた。
「チッ」
カオスは飛んだ。勢い良く、大きく飛ばされた。その勢いは、なかなか止まるものではない。
このままでは場外負けになってしまう。
そのように感じたカオスは、まずはそれを阻止しなければならなくなった。そして、その方法はすぐに見つかる。相殺である。
カオスは左手を進行方向とは逆向きに向けて、そこから右手に魔力を充溢させ、それを放出する。軽く魔力を放出した後、カオスの体は後方への吹き飛ばしを止めた。
『おおっと、カオス選手! 機転を利かせて場外負けは免れた!』
そのカオスの行動に、実況アナウンサーは褒める。だが、その実況アナウンサーにも分かっていた。そのままでは、まだそのピンチの状況を逸してはいないと。
なぜなら…
『しかぁし、まだカオス選手は依然として空中! ピンチなのは変わりないかー!』
そう。カオスの体はまだ浮いたまま。そこに追撃をかけられれば、さっきの状態に逆戻りとなってしまうのだ。だから、現在の状況もあまり芳しくはない。即死は免れたが、それだけといった状況である。
「フン」
それはカオスにも分かっていた。そこから出る為にはどうすれば良いのかまで含めて。だから、実況アナウンサーの言ってるのは、カオスからしてみれば下らない心配でしかない。
カオスは再び左手に魔力を充溢させ始める。そして、そこからすぐさまクルーエル・ハンズを発動し、それをロージアに向けて放った。
そう。答は簡単だ。追撃をかけられる前に、こちらから反撃してしまえば良い。
放たれたカオスの黒い手は、真っ直ぐにロージアに向かい、あっと言う間にロージアのその頭を掴んだ。そうしてロージアの頭を掴むと、そのまま一気にロージアをグイッと上方へ引っ張り上げた。
ロージアの体は、空中へと上げさせられた。その一方で、カオスの体は重力と引っ張った反動で下へと向かっていった。上と下、カオスは今まで不利である上であったのだが、この一手でその上下は逆転した。
「くっ」
そんなカオスの行動は早かった。だからロージアはそれに対して、阻止が出来なかった。とは言え、そのまま終わるようなロージアではない。終わるようなロージアならば、カオスは苦戦しない。だから、ここでもロージアは動く。
ロージアは空中で体を翻して止まる。足場の無い空中、そこでロージアは床があるかのように立ち止まった。そう、浮いたのだ。
「…………」
空中に浮けるのか。予想通りとはいかなくとも、予想した範囲内ではあるな。
強がりでも何でもなく、カオスは正直にそう思っていた。グレンは浮くことが出来ていた。それどころか、人間であるクロードでさえも浮くことが出来ていた。ならば、ロージアが出来ないと思うのは、自分勝手な思い込みでしかない。だから、期待なんかしていなかったのだ。
その期待しなかった通りとなっただけ。
「さて」
Cである彼ならば、これで死ぬことはないわね。
ロージアはそんなカオスに対してそう予想しながら、魔力を一気に両手に充溢させる。そうして、それをすぐに空中からリングに向けて降りているカオスに向けて放った。
「!」
マズイ。
カオスはそう思った。何かしら反撃してくると思ってはいたけれど、それでもそれは早過ぎる。今の状態では、カオスにとっては非常にマズイ。
なぜなら、この状況下では返し技であるブラック・ホールが使えない。ブラック・ホールはきちんと地に足がついていないと使えないので、どうしても。
だから、食らう。カオスはロージアの魔力の放出をその身に食らうしかなかない。せいぜい出来るのは、ガードする程度だけ。ただ、それもたかがしれている。しないよりはマシといった程度でしかない。
それは分かっていた。だが、カオスはそれを分かりながら防御し、その攻撃を食らっていた。
魔力の雨、無慈悲な攻撃がカオスに降り注いでいた。ロージアの攻撃は轟音を立てながらリングを穿ち、月面のクレーターのように大きな丸い穴をそのリングの上に作り上げていた。その中心部に、カオスは居る。そして、攻撃を食らい続けていた。
「あ、ああああ……」
アレはマズイ。どんな人間でも死ぬんじゃねぇか?
アレックスはそう感じていた。実際問題として、アレックスがその場に居たとしたら、何も出来ないままに殺されていたに違いない。
カオスはそんなアレックス自身よりかなり上の実力を持っている。それは分かっているつもりであった。だが、カオスが人間である限り、どんな実力を持っていたとしてもあの攻撃を食らってしまえばただでは済まないだろう。そう思わせる何かが、あのロージアの攻撃にはあったのだ。
「…………」
しかし、おかしい。
その一連の動きを見ながら、リニアは首を傾げていた。策士であるカオスらしからぬ失策であったからだ。ここはブラック・ホール。これからの局面を考えれば、ダメージを避ける為にそれは絶対に外せないところだった筈なのだ。それなのに……
「マリア」
「何かしら~?」
「何故、カオスはブラック・ホールを使わなかったんだ? あそこでは、ブラック・ホールでかわすのがベターであった筈だ。ただ回避出来ればそれがベストだろうが、ああやって食らってしまうよりはよっぽどな」
ロージアの反撃への反応が、予想以上に早かった。その為に、自在に動く事がままならない空中では、その反撃に対する対応が間に合わなかった。だから、回避は出来なかった。それは分かる。ならば……
リニアがそこまで思考したところで、マリアからの回答が返ってくる。
「出来なかったのよ~」
「出来ない?」
「ブラック・ホールは発動中に動いちゃいけないの~。全くダメという程じゃあないけれど、居場所を変えることは出来ないわねぇ。そうした時点で、そのブラック・ホールは消えてしまうの。だから~」
「宙に浮けないカオスがそれを発動するには、しっかりとした足場も必要となるわけか」
「そういうこと~」
「成程な」
リニアは納得する。確かに、使えないのならば仕方ない。それだけの話ではある。これからの試合展開にとって良くはないが。
「でも~」
しかし、マリアは全く不安そうな顔はしない。
「あの程度でやられてしまうような鍛え方はしていない筈よ~」
マリアの自信は揺るがない。カオスに対する信頼も揺るがない。あそこでやられているとは微塵も思っていないのだ。
確かに。
その言葉に、今度はルナが納得する。一緒に鍛錬を積んでいたルナは、カオスの鍛え具合に関しては他の人達と比べて理解が深い。そう自負している。だからこそ、ここでも分かる。カオスはあの連続攻撃でダウンしてしまう程度ではないと。
そして、そのリングの煙と土埃の中で、カオスは元気にしていると……
その試合のリングの上。ロージアは空中に浮きながら真っ直ぐにリングを見下ろしていた。下にはリングがある。地震か何かの災害に遭ったように破壊されたリングからは、大きく煙と土埃が立ち込めていたので、その中の様子は窺い知れない。
だが、カオスは生きている。あの中でカオスは生きている。それだけは、その見えぬ視界の中から感じられるカオスの魔力からすぐに分かりはした。
しかし、ダウンはしているのだろう。
そう思ったロージアは、チラリと司会兼審判の女性に目を向ける。そして、促す。
「カウント、お願いします」
「あ、ハイ!」
まあ、あまり意味はないでしょうけど。
ロージアは思っていた。カオスは無事であると。元気であると。姿は見えなくても、ロージアの先程の連続攻撃を食らった前からほとんど衰えていないカオスの魔力が、それを如実に物語っていた。
だが、ゲームはゲーム。そのルールにある以上、カウントは取ってもらわなければならない。だから、頼むのだ。
そして、それを受けて、司会兼審判の女性はリングのカオスの居る穴の方へと近寄ろうとした。その瞬間の出来事であった。
カオスの居る穴から突然閃光が生まれ、それが穴を覆っていた煙や土埃を吹き飛ばしたのだ。
「キャッ」
司会兼審判の女性はそのいきなりの出来事に驚き、その場で尻餅をついて転んでしまう。転んだ。だから、その閃光に巻き込まれなかった。まあ、幸いではあった。
その閃光は真っ直ぐ貫く光の柱となって、そのまま真上へと轟音を立てながら上がっていった。
「!」
それは油断。それは慢心。
カオスはダウンしているとばかりに思っていたロージアは、その出来事に対する対策が出来なくなっていた。気が付いたころにはもう遅い。自分を襲う光の柱はもう目の前だった。
回避も何も間に合わない。
「くっ!」
ロージアは、せめて左手を前に突き出す。ある程度魔力の通っていた左手はつかの間の盾となり、カオスの攻撃を一瞬だけ和らげてくれた。その間にロージアは出来るだけ魔力を上げていって、防御体勢を幾分かマシなものに変えていく。
だが、それでもその魔力の柱に圧されていく。
「くっ、くくくくっ!」
抑えても、抑えても、ロージアをどんどん圧していく。初動で一気に大きな魔力を放って攻撃を仕掛けたカオスに対し、ロージアはスタートダッシュで大きく遅れてしまった。だから、そこから一気にスパートをかけたところで後の祭り。間に合わなかった。
そして、貫く。ロージアの防御を貫き、カオスの放った魔力の柱は天空へと昇っていった。そして、リング上に蔓延していた煙や土埃と共に、その姿を消していった。
「おおっ!」
「すげぇ!」
「最高だ!」
アレックスや観客達は、歓声を上げる。傷付いてはいるものの、元気そうなカオスの姿が穴の中から現れたからだ。
ロージアの先程の連続攻撃は凄まじかった。彼等からすれば、その渦中に居て生きているだけでも賞賛ものだというのに、そこから反撃を食らわせたのだ。一矢報いたのだ。それは大いに彼等を驚かせた。だから、惜しみない賛辞を贈るのだ。
そのカオスは、その穴の中から上空に居るロージアに向かってニヤリと笑う。
「目には目を、歯には歯を。そして、不意打ちには不意打ち、だぜ? ロージアよ」
「…………」
上空のロージアは、カオスの不意打ちに耐えた。ダメージを受けなかったわけではないのだが、即興とは言え魔力を防御の鎧に変え、そのダメージを低く抑えた。煙の中、とりあえず五体無事なロージアが現れる。そして、下方に居るカオスを眺めながら思う。
本当によくやる。さすがは『C』といったところでしょうか。さて、それではその今の底力は一体どれ位のものなんでしょうか。見せてもらいましょうかね。
この楽しいゲーム、それを心底楽しもうとロージアは思うのだ。