Act.118:格闘ゲームⅡ~氷解~
☆対戦組み合わせ☆
準決勝
13:〇 リスティア・フォースリーゼ vs ルナ・カーマイン ×
14: デオドラント・マスク vs カオス・ハーティリー
試合続行。
デオドラント・マスクが魔族であろうと試合は中断しない。そのまま続行とする。アーサーは国王の権限で、この大会の主催者の権限で、そのように決定した。
だが、本当にそれで良かったのだろうか? 何か間違いは、見落としはないだろうか? 妹の友人であるカオス君を危険に晒すようなことはないだろうか?
なぜなら、あのデオドラント・マスクは魔族だとしたならば、上級魔族。
エクリアはアーサーの指示に従いつつも心配であった。だから、マイクを切った後にアーサーに訊ねる。
「これで、良かったんでしょうか?」
「何がだ?」
「あのデオドラント・マスク、おそらく9割9分間違いなく魔族です。それも、かなり上位種に入る魔族です」
その言葉を聞いて、アーサーは幽かに口元を歪める。この離れた場所で、デオドラント・マスクの魔力を察知し、その特性が見えるとは思わなかったのだ。分かってはいたが、エクリアも今後のアレクサンドリア連邦にとって欠かせない逸材となろう。それが嬉しかった。
だが、この局面ではそれでいいのだ。
「9割9分、99%という訳だが、それは100%ではないのだろう?」
疑わしきは罰せず。それが司法の基本。罰は確実でなければならない。罰せられる者は100%悪でなければならない。冤罪はもっての他。それは司法の権威を地に落とす。
だから、疑わしいだけの人間を裁いてはならない。それが、国民の前で振舞うべき権力者の姿である。そのように見せなければならないのだ。
だから……
「まあ、100%でも試合中止になんか出来ないがな」
アーサーはそう言うのだ。
「え?」
「理由は概ねさっき選手や観客なんかに言ったのと同じだ」
理由。魔族だろうが何であろうが、そのような者と戦うのが騎士たる者の務めである。敵前逃亡は許されない。
それは分かる。だが、そうは言っても死ねば終わりである。騎士は失われる。その危険を少しでも避ける為に、そういう場合は複数の騎士で相対するのが現状であった。1対1は殆ど無いと言ってもいい。
だが、ここではそうしろと言っている。概ね、さっきの理由で。そう、概ね。と言うことは……
「しかし、“概ね”とおっしゃるからには、他にも理由はあるという事ですよね?」
「勿論だ」
アーサーは認める。隠さない。エクリアは治安を司る国の幹部である。隠す必要も無い。
「もう1つの理由はな、デオドラント・マスクをリングから離さないことだ」
このリング上、監視の行き届く範囲内にその姿を留めておくのだとアーサーは言う。ここで追放すれば、ある意味デオドラント・マスクは自由の身となる。好き勝手に行動出来るようになってしまう。そうさせるのには、まだ早い。そのように考えていた。
「そしてこの場合、あのデオドラント・マスクがこの試験を受けにやって来た経緯は、大まかに分けて4つ挙げられるだろう?」
「4つ、ですか?」
「ああ」
そうだ、とアーサーは頷く。そして、以下の4つを挙げた。
1つ目は最悪のケース。デオドラント・マスクは魔族で、何か悪事を企んでいる。
2つ目は次に悪いケース。デオドラント・マスクは魔族ではないが、何か悪事を企んでいる。
3つ目はそうでもないケース。デオドラント・マスクは魔族ではあるが、何も悪事を企んでいない。
4つ目は理想のケース。デオドラント・マスクは魔族ではなく、何も悪事も企んでいない。
それらのどれに当てはまるのかは、今のところはまだ全然分からない状況であった。だが、そういう場合は常に最低最悪のケースを想定して行動すべきである。そうすれば、いかな悪いことにも対処は出来るし、そんな悪くならなければ結果オーライで喜べばいいだけだから良いのだ。
今回もそうだ。そうすべきなのだ。だから、アーサーは動く。
「エクリア」
「はい。何でしょう?」
「部下を手配しろ。仕事だ」
◆◇◆◇◆
人気の少ない会場裏の関係者以外立ち入り禁止の通路、そこをルナは歩いていた。予め教えられた場所を思い出しながら、1歩1歩着実に進んでいた。そして、その目的地に辿り着く。
「ここね」
4階のBの第2特別観覧室、マリアやマリフェリアス達が観戦している部屋だ。試合に敗れてからシャワーと着替えを済ませたルナは、もう選手ではないのでマリア達の居る観覧室へと戻っていた。
ルナはゆっくりそのドアを開けると、その中に、目当ての人物達が居るのに気付く。
「あ、いたいた」
「あ、ルナちゃん~♪」
「あ、来たか」
そして、それは向こう側も同じ。マリア達は振り返り、ルナをそこに迎える。
ルナはゆっくりとその試合の見える場所に、今の試合の様子を訊きながら歩いて近付いていく。
「どうですか? カオスは……」
「見ての通り、膠着状態だ」
リニアは抑揚無しに答える。
膠着?
ルナはその言葉に違和感を持った。ただの1対1の戦いにおいて、動きが無くなる状態が生まれるとは思ってもみなかったからだ。
何なんだろう?
そう思いながら近付いていって、その試合の様子を見る。そして、腰を抜かす程に驚くのだ。
「ロ、ロージア! 何故ここに?」
驚き、その名を叫ぶ。ルナからすれば、ロージアはここでは丸っきりの異質の者であり、全く考えられなかったオーパーツのようなものだったのだ。
だから、叫んだのだ。その名を。その、名を。
「アレが、デオドラント・マスクの中身だよ、ルナ」
マリフェリアスはルナに説明する。そして、問う。
「で、アレは魔族。ルナ、何か知ってるね?」
少なくとも名前は。
マリフェリアスはそのように確信していた。なぜなら、その名をルナは既に叫んでしまっているのだから。
「はい」
ルナは嘘をつく気は無いのか、マリフェリアスを信用しているのか、素直に首を縦に振る。確かに、知らない訳ではないのだ。
しかし……
「名前を知ってる位でしかありませんけど」
その程度でしかないのだ。
「まあ、そんなものか」
マリフェリアスは別に落胆しない。どんな経緯で知り合ったのかは知らないし、どうでも良いが、魔族であるあのロージアという女が、そう容易に自分についてのデータを人間であるルナに洩らすとは思えなかったからだ。それは人間と魔族、両者の関係を考えれば普通なのだから。
「ロージア」
ルナはもう一度その名を呟く。そして、その疑問をもう一度考える。
ロージア、どうしてここに?
その疑問が晴らされる。その時はないと知っているのに。
◆◇◆◇◆
カオスは駆ける。駆け、その間合いを詰める。そして、そのまま力強く軸足を踏み込み、腰をしっかりと入れてロージアに先制攻撃。拳を繰り出す。
ロージアはゆらりと後方に少し下がりながら間合いをずらしつつ、その攻撃の軌道を自分からずらす。そして、そこから間髪入れずにカオスの拳とは逆方向に軽くステップして、そこからカオスに向けてカウンターパンチを繰り出す。
攻撃直後で、カオスには隙があった。だが、そうやってくるのはカオスにはとっくにお見通しだったので、カオスはそれに対してしっかりと対応をする。手を添えてその攻撃を流し、無理なく防御した。
「やっ!」
だが、ロージアの攻撃はそこで終わらない。そこからさらに拳を繰り出していく。次々と拳を繰り出していく。
カオスは少し後方に下がりながら、それらの攻撃を逐一処理していった。防御していった。
が、そのまま圧されるカオスではない。反撃を行う。半歩後ろに下がって間合いをずらし、ロージアの攻撃のリズムを崩す。そこからまた1歩踏み込んで、攻撃に移す。自分のターンへと持っていく。そうして、今度はカオスがどんどん攻撃を仕掛けていった。次々と拳を繰り出していった。
ロージアは少し後方に下がりながら、それらの攻撃を逐一処理していった。防御していった。
が、そのまま圧されるロージアでもない。このままでは埒があかないので、そこに変化を入れる。カオスからの攻撃を防御するのではなく、その攻撃に対して自分もまた攻撃を加えた。
そこに生まれえるのは、大きな反動。大きな力。
それにより、カオスもロージアも2人共大きく後方へと飛ばされた。ダメージは双方共に受けていないが、間合いは大きく開いた。ロージアが狙ったのは、それであった。
「アイシー・バンブー」
そして、その直後にロージアは攻撃に入る。素早く魔力を充溢させ、それを放つ。アイシー・バンブー、それがどういう技なのか月朔の洞窟での戦いで知っているカオスは、素早く自分の居る場所を移す。その射程から逃れるのだ。
その瞬間であった。カオスの足下から、氷で出来た竹が何本も生えたのは。その竹が、移動しているカオスを追う。
だが、カオスとて逃げ回るだけではない。動きながら魔力を左手に充溢させ、それで魔法剣を精製する。
そして、それを振るう。
「うらぁっ!」
カオスは全てのアイシー・バンブーを斬り捨てるつもりでその剣を大きく振るった。剣は大きな円の軌道を描き、生えた竹を全て薙ぎ払う算段だ。
だが、その軌道の中には自分も入ったままだ。
魔法剣が発動したその瞬間にそう察知したロージアは、一緒に切り払われるのを避ける為に大きく上へと逃れたのだ。
そうするのは、カオスにも分かっていた。別にそれでロージアにもダメージを与えてしまおうという、一石二鳥的なことは考えていなかった。そこまで期待なんかしていなかった。
ロージアは予想通り避けた。それでも、カオスはその剣を大きく振り回した。そう。それは、アイシー・バンブーを切り払う為だけに精製した剣なのだから。
そして、斬る。斬る。斬る。
大きく刃を伸ばした魔法剣は、ロージアの生やしたアイシー・バンブーを残らず綺麗に斬り捨てていった。斬られたアイシー・バンブーはすぐに動かなくなり、ただの氷の塊となった。その氷の塊も、真夏の太陽に照らされ、あっと言う間に消えてなくなったのだった。
アイシー・バンブーは片付けた。そこから間を置かずに、カオスはロージアが逃れた上空へと視線を向ける。上空ではロージアがまだ浮いたままだ。チャンスである。
カオスは魔法剣を消すと、すぐに浮いたままとなっているロージア目がけて飛び上がった。真っ直ぐに、かつ素早く。上空で、落ちてゆくだけのロージアに追撃をかけるのだ。
「はっ!」
そんなロージアに、カオスは拳を振るった。それは隙だらけのロージアを捉え、大きなダメージを与える。そして、大きく後方に体は飛ばされ、上手くいけば場外でその試合は終わりとなる。
その筈だった。が、カオスの攻撃はロージアには当たらなかった。カオスの拳がロージアの姿を捉えたというその刹那、ロージアの姿は煙のように忽然と消えてしまったのだ。
これは…
「残像か!」
「その通り」
ロージアは答える。カオスの真上で。隙だらけのカオスの真上で。
「くっ!」
気付いた時には既に遅い。ロージアは右手に籠められた魔力を、カオスに向けて放つ。
それは、拳のようであった。その魔力の塊はカオスを殴りつけ、下方のリングに向けて一気に叩き落した。それまで、1秒弱の瞬間の出来事。カオスは抵抗も回避も出来ぬまま、ほぼ無抵抗状態でリングに叩きつけられた。
その衝撃は大きかった。カオスの落ちた箇所のリングの石は叩き割れ、大きく飛び散っていった。土埃は舞い上がり、その破壊力の凄まじさを物語っていた。
あの中に、カオスは居る。
死ンダ?
アレックスは観戦しながらそう危惧した。自分なら、絶対に死ぬ。と言うよりも、普通の人間ならばあの衝撃に耐えられない。死んで当たり前。そのように思っていた。そう。普通の人間ならば。
だが、マリア達は全く心配していなかった。あの衝撃を受けただけで死ぬ、もしくは戦えなくなる。そのような軟弱な鍛え方はしていない。
そして、マリア達の確信していた通りとなる。カオスは叩きつけられてすぐ、周囲の石を破壊してその中から飛び出したのだ。
「ふん」
リングの上に綺麗に着地し、その土埃を払う。そんなカオスからは、何らかのダメージを受けたようには見えなかった。
そのカオスの近くに、ロージアは着地する。その顔からは、悲嘆といったマイナス面は見られない。どれもこれもロージアの予想通りであった。カオスは『C』である。ならば、この程度の攻撃で大きなダメージを受ける訳がない。そう思っていたし、その通りだった。
その予想通りの好結果に、ロージアは嬉しく思う。楽しく思う。そして、笑う。
これは、ゲームなのだ。
カオスも分かっていた。だから、カオスもこの楽しいゲームに対し、面白そうに笑うのだ。