Act.117:格闘ゲームⅠ~波紋~
☆対戦組み合わせ☆
準決勝
13:〇 リスティア・フォースリーゼ vs ルナ・カーマイン ×
14: デオドラント・マスク vs カオス・ハーティリー
首都アレクサンドリアの外れにあるあばら家の中、マスクを被った男は捕らえられていた。
これは不覚であった。彼はそう思っていた。だが、こうやって捕らえられたのは、自分が何かしら重要な理由で捕らえられているのだと思っていた。自分が何かしら重要な役割を持っているので、こうして狙われているのだと思っていた。そのことを、捕らわれながらも少し誇りに思っていた。
だが、それは思い上がり。グラナダは時間が来れば何もしないで解放すると言う。
お前は殺すまでもない。彼女の言葉はそう言ったも同然だった。だから、侮辱されたと感じていた。それ故に激昂。
「舐めるな。舐めるな、魔族共。このデオドラント・マスク様を舐めるんじゃねぇぞ、コラァ!」
仮面をつけた男、デオドラント・マスク(真)は叫ぶ。が、グラナダ達はそんな彼の言葉に耳を傾けない。聞いても意味なんかないし、何の得にもならないからだ。
「こうね。ここにルーク」
「ふむ。この1手はきついな」
「って、そこっ! 暢気にチェスなんか指してんじゃねぇ!」
デオドラント・マスク(真)は激昂していた。腸は煮えくりたっていた。が、グラナダ達はやっぱりそんな彼の相手はしない。その程度の、どうでもいい人間だったからだ。
◆◇◆◇◆
試合会場は大きな歓声に包まれていた。そこで、カオスとデオドラント・マスク(偽)、ロージアは対峙していた。そこで、その姿を晒されたロージアは1つの疑問を抱いていた。
デオドラント・マスク、何となくそんな気はしていたのだが、やはりお前だったようだな。
カオスはデオドラント・マスク=ロージアだと判明した時、全く驚かずにそのように言った。それがハッタリとは思えなかったし、カオスが意味の無いハッタリを言うような人物だとも思っていなかった。だから、何かしらの根拠があって、そのように判断していたのだと感じていたのだ。
だが、ロージアにはすぐにその理由や根拠が分からなかった。だから、訊ねる。
「何故、私だと?」
確信を持っていたのか?
「3つ、理由がある」
カオスは答える。隠す必要もないと感じていたからだ。
「まず1つ目、お前はこれまで全く喋らなかった。これが、明らかにおかしい。素振り等からして、周囲の声が聞き取れるのは明確だったし、仮に聴覚が全く無い人物であるにしても、全く声を出さないというのは明らかに異質だった。どのような人物であれ、自然に振舞っていれば、気合いやそういった箇所で少なからず声は出すものだからな」
えい、とか。やあ、とか。そいやー、とか。そういった意味のある言葉ではない、ただの音の塊でさえもロージアはデオドラント・マスクとしては出さなかった。
「まあ、マスクの構造上とかで出ないというのも考えられなくはないけど、そこまでするメリットがあるとは思えないからな。声を聞かせたくないという結論に落ち着いたのだ」
正体がばれるから。
「2つ目、それはさっき俺の空中からの攻撃への反撃をやめたこと。条件反射のようなもので、お前は反撃をしようとしたのだろう? だが、やらないでやめた。それも、上空に俺が居るかいないか確認しないままにな。それすなわち、その反撃に使おうとした技は見せられないということになる」
正体がばれるから。
「声を聞かせられない。技を見せられない。そして、姿を見せられない。それらは、全て正体を晒したくないといった理由でしかありえねぇだろ?」
そう、その通り。
この正体、魔族だというのは絶対的に隠し通す。基本的に人間は魔族に対して排他的であるから、知られると色々と都合が悪くなるだけだ。
あの計画を遂行するには。
ただ、今となっては知られても問題は無い。無理なく実行出来るだろう。
ロージアはそのように感じていた。それどころか、むしろ自分自身がスケープゴートになるので都合が良いとも考えていた。だから、今となってはどうでもいい。
「まあ、あとは勘のようなものだな」
カオスは締めくくる。
「そして3つ目、それはお前が氷魔法を得意としていたこと。そして、立ち居振る舞いなんかから、俺には正体はお前しか浮かばなかったって話さ。ま、もしお前が全く見ず知らずの人間だったとしたら、これは全然意味ねーけどな」
「成程」
ロージアは納得する。完璧であろうとしても、ボロは出るものだと感じていた。いや、もしかしたら、むしろ完璧であろうとすればする程に、そういったものが出ているのかもしれない。そのようにも感じていたのだ。
だが、もうそれはどうでもいい。
「お前がどうして、この大会に出て来たのかは、俺には分からねぇ。つか、どーでもいい。ただ、これはゲームだ。デオドラント・マスクがロージアであってもなくても、お前の仮面を破壊した所からゲームはスタートだって思っていたのさ」
「それで、仕掛けを?」
「そうさ」
カオスは言う。
隕石の大群の如き魔力の塊が、カオスとちょっと離れた場所に居たデオドラント・マスクに降り注ぐ。爆音を轟かせながら、リングを穿ち、土埃を上げ、さらにデオドラント・マスクに当たってデオドラント・マスクにダメージを与える。何度も、何度も直撃する。避ける暇も無い出来事だった。
その出来事全ては、自分の仕掛けだと。偶然なんかではないのだと。
「仕掛け?」
「さっきの突然の爆発ですか?」
特別観覧席で観ていたサラとアメリアには、カオスとロージアの話が、何が何だかさっぱり分からなかった。突然何か爆発が起こって、その場所にデオドラント・マスクは居合わせてしまい、その結果として被っていた仮面が壊れてしまった。そのように感じていた。
だが、それは違う。アリステルは補足説明する。
「あの爆発は、カオスのダーク・マシンガンによるものじゃ」
「クロード戦でも使った技ね」
リニアは確認する。
「そう」
相違ない。だが、正確でもない。
「ダーク・マシンガンには2種類あってな、速射式と充填式に分かれておる。速射式とはその名の通り、魔力を変換したらすぐさま放つといったスタイル。これは素早くどの方向にも魔力が続く限り撃てる。一方、充填式にはそのような効力は無い。充填する時間が必要であるし、単一方向にしか撃てない。充填した量の魔力しか撃てない。そんなデメリットばかり目立つ代物ではある。だが、そいつにはある程度の時間とっておけるというメリットがあるのだ」
「成程、ね」
ダーク・マシンガンの技の特性を聞いて、リニアは納得する。どうしてあの時、あの場所でダーク・マシンガンが炸裂したのか理解したのだ。
だが、サラ達にはピンとこなかった。技の説明をされただけだから。だから、訊ねる。
「どういうこと?」
「さっきの戦いを思い出してみろ」
リニアは言う。
「先程、カオスが上空に上がった時、リングに落ちたロージアにダーク・マシンガンを放っただろう? 充填式のを」
「あ、うん。って、ああっ!」
「そう。その時、カオスは充填式のダーク・マシンガンを使った。だが、カオスはその時にそのダーク・マシンガンを全て使ったわけではない。あの仮面破壊に流用する為に、ある程度とっておいたのだ。それをする為に、わざわざ時間のかかる充填式を選んだのだ」
「そうか。成程ねー♪」
サラ達も納得する。
「その後、リングでの格闘戦にもちこんだのも、視点を上に向けさせない為だ。圧されているように見せかけたのは、そのダーク・マシンガンの射程圏内にロージアを導く為だ。つまり、先程までの戦いは全てカオスの手中にあったという訳だ」
リングの上、カオスとロージアは対峙していた。2人の心に乱れは無い。だが、観客の心は乱れ始めていた。
それは、ロージアのその姿にあった。ロージアの尖った耳、その雰囲気、それは魔族のそれであったからだ。1人、2人、ロージアは魔族ではないかと気付くようになる。
「あいつら何を喋ってんだ? ちっとも聞こえなかったぜ」
「つか、あの顔面刺青、魔族じゃね?」
「ビールいかがですか~? お安くしてますよ~」
「おお、そんな感じかも」
「ビール㊥1つと、ツマミにピーナッツおくれ」
「きっと魔族だ。怖い。きゃーん」
その観客の声は、リングの上に居るカオスとロージアにも聞こえていた。だが、しばらくは2人共そういった声に反応をしなかった。ロージアはこうしてここに出たからには、カオスはデオドラント・マスクの正体がロージアだったからには、このような反応を起こす者がいても不自然ではないと思っていたからだ。
ただ、気分は悪い。非常に悪かった。その人々の戸惑いも、恐怖も、何もかもが気に入らなかったのだ。
そんなカオスの思いとは裏腹に、放送席では淡々と話を進めていた。
『デオドラント・マスク選手が、もしかしたら魔族なんじゃないかという声が出ていますが、どうなんでしょうか? どちらなんでしょうか?』
『さあ? 分かりません』
解説のモナミはハッキリとした回答は避ける。人間と上級魔族、その他亜人達、見た目が多少違う場合はあれど、そこに絶対的な区別方法は存在しない。モナミはそう分かっているから、それは出来なかったのだ。
しかし……
『しかし、デオドラント・マスク選手が魔族だとしたならば、魔族にはこの大会への出場資格はありませんので、魔族だと判明したその時点でカオス選手の無条件勝利が確定しますね』
「どうしたんだ? とっとと調べろー」
「魔族は失せやがれー」
「もたもたすんなー」
観客の罵声が聞こえる。それは、カオスにとってはとてつもなく不快だった。訳はカオス自身も分かっていなかったが、その周囲の心の狭さに苛立ちを感じていたのだ。
「魔族なんて汚らわしい奴は殺しちまえ!」
「魔族は退場だー」
「消えろー」
そして、キレる。
「下らねぇ」
声は大きくなかった。だが、自然と良く通る声で、カオスは言った。
下らない。下らない。何もかもが下らなく感じられていた。
「こうして此処にコイツが立っているってことは、それだけでコイツには出場権があるって話じゃねぇか。それなのに、今更出場権だとか、何だとか、細かいことウダウダ言ってんじゃねぇよ。もう準決勝だぜ? コイツが何者かだ? そんなのどーだっていいじゃねぇか。下らねぇ」
「…………」
観客席の喧騒は退いていく。ここで文句を言うのは、人間として器の小さな者のすることだ。ここでさらに文句を言うのは、自らの器の小ささを周囲にアピールすることに他ならないと理解していたからだ。
言える言葉を失っていたのだ。
「マイクを繋げ」
「はい」
その静寂をぬって、アーサーはエクリアに命じて、特別観覧室のマイクを会場全体に繋ぐように命じる。エクリアは手早くその作業を終えて、アーサーの声をこの会場に居る人全員に聞こえるようにしたのだった。
その作業が終わった事を確認し、アーサーはその声を出す。
『あ、あ。リングの2人、大会実行委員、観客、要するに皆の者、聞こえるか? アーサーだ』
「…………」
アーサー、国王か!
カオスとロージア、そして他の人達、その場に居る全員がアーサーの次の言葉を黙って待った。
アーサーは言う。
『アレクサンドリア連邦国王として、この大会の主催者として、命じる』
この度の騒ぎにおける判断を。
『この試合、続行とする』
やめにはしない。調査も何も行わず、そのまま続行だと決めたのだ。
『そこのカオスの言う通り、そのデオドラント・マスクが魔族かどうかなんてどうでもいい。そして、例えデオドラント・マスクが魔族なのだとしても、そういう連中と戦うのがこれから騎士になるカオスの役目だ。騎士に敵前逃亡は許されん。オーディンの言った言葉だが、その通りという訳だ』
「…………」
チッ。偉そうに。
カオスはそのアーサーの言葉が気に食わなかった。
こうして対峙してしまったのだから、元から戦うつもりではあった。だが、そのように命じられるかのように言われると気分が悪い。
「睨んでいるな」
「言い方が気に入らないみたい~♪」
そんな心情を、マリアとリニアは理解していた。その上で、そんな暢気な話をしていた。
が、同じく見ていたアレックスは、不安な感情を隠せないでいた。もしあのデオドラント・マスクが魔族なのだとしたら、カオスの命が危ないと思ったのだ。
魔族とは悪辣な魂を持つ者である。どんな残虐な行為に走るか分かったものではない。だから、この戦いは命のやり取りを伴わない試合ではあるのだけれど、ここでカオスが殺されないとは限らない。もしかしたら、殺されるかもしれない。
そのように思い、アレックスは友として心配していた。だから、思う事は1つだけ。
死ぬなよ、カオス。
死。死ぬ。死ぬかもしれない? そのように心配されたカオスは、いたって平然とした顔をしていた。ここで命をかけるつもりなどないのもあるが、命のやり取りを前提とした戦いも経験済みなので、今更動揺するような事ではないというのも理由としてはあった。
何にしろ、これはゲーム。
「という訳で、ゲーム再開ってなる訳だな」
「そうね」
そのようにカオスの言った事に相槌を打ちながら、ロージアは自身の纏っていたローブに手をかけた。そして、それを一気に脱ぎ捨てる。
だぼだぼしていたローブ、それを脱いだその下には、もっと体にフィットした動き易い服装が隠れていた。だぼだぼしたローブが姿を隠す為の代物なのだとしたら、その中に着ていたこの服装は戦う為の代物だ。
ロージアは臨戦態勢に入ったようだ。
そして、ゲーム再開。
「行くぞ」
「どうぞ」
その声を待った訳ではないが、カオスはその声の直後に駆け出す。ロージアに向かって、真っ直ぐにその間合いを詰めてゆく。
その姿を見、構えを取りながら、ロージアは自身の心がこれからの楽しみに高鳴っているのを感じていた。
Code C、その対象であるカオス、その現在の実力はどの位なのかと。
楽しみになってきたのだ。