Act.116:仮面武闘会Ⅱ~解法~
☆対戦組み合わせ☆
準決勝
13:〇 リスティア・フォースリーゼ vs ルナ・カーマイン ×
14: デオドラント・マスク vs カオス・ハーティリー
あの動きはおかしい。カオスは思う。
今、デオドラント・マスクは俺が上空に居なかったから、その反撃をやめたのではない。奴は俺が上空に居るか居ないか確認する前に、その反撃用の魔力の充溢をやめていた。反撃を思いとどまっていた。
その理由は何か? その技を見せたくなかったのか? もしくは見せられないか?
だとしたら、他人様に見せられない技、そのようなものがあるのだろうか? 仮にあったとしても、それを反射的な反撃用として使うとは思えない。そういう技はえてして取っておきになる。
だから、やはり何らかの理由があって、そこでは反撃は諦めたとなる。
カオスの思考がそこまで行く頃にはデオドラント・マスクも起き上がり、その視線をカオスへと戻していた。戦いの再開だ。
「…………」
カオスとしては、さっきのデオドラント・マスクの動きは納得出来なかった。だが、戦いは再開するし、ここで考えていても結論は出ない。デオドラント・マスクに訊ねたところで喋る訳がない。そもそも、何かしらの言葉を喋ること自体期待が出来ない。
だから、カオスは少々強引に結論付ける。
デオドラント・マスクの頭部を覆っているその仮面、それを奪ってしまえば秘密は全て曝け出されると。そして、それが終わってから、このゲームは始まりを告げるのだと。
その準備は整っている。後は、デオドラント・マスクに気付かれないようにそこまで導いてゆくだけだ。次の局面では、そこへ上手に導くのが目標だ。
カオスはそう思いながら、再び戦いの中へと帰っていった。
「はっ!」
カオスは駆ける。駆け、デオドラント・マスクとの間合いを詰める。
その間合いを一気に詰めたカオスは、そのまま攻撃に移る。駆けた勢いを、そのまま足に乗せた飛び膝蹴りだ。それをデオドラント・マスクに向けて真っ直ぐに繰り出した。
が、それをデオドラント・マスクは防御。左の手のひらでその勢いを殺し、その攻撃を無効化する。そうした上で、反撃する。防御では使わなかった右手を突き出した。
「チッ」
舌打ちしながらも、カオスはその攻撃をしっかりと防御。一度飛んだ足をリングの上に踏みしめて、体をきちんと安定させる。そのようにして、さらに相手の攻撃を手のひらで流して防御をした。
だが、それには少々時間を要した。その時間のロスを、デオドラント・マスクは逃さない。そこからさらに追撃をかける。今度は左の拳を繰り出した。
時間のロスはあった。しかし、カオスにとってそれは防御が出来なくなる程ではなかった。だから、その攻撃もカオスはきちんと防御してみせる。攻撃、防御、攻撃、防御、繰り返す。
よし。計算通りだ。
カオスは顔には出さなかったが、少し喜んだ。カオスの策謀は上手く進んでいる。あれもこれもどれも、まだカオスの思惑通りに進んでいる。
後はこのままゆっくりと後退してゆけばいい。
カオスとデオドラント・マスクは、拳と拳の激戦を繰り広げていた。その中だけでは、少しデオドラント・マスクが圧しているように見えた。だから、皆思う。デオドラント・マスクの方が強いのかなと。
だから、皆知らない。それは全て、カオスの策謀の内なのだと。その思い込みが、それに気付かせない。そして、それまでもがカオスの策の内なのだ。
じわりじわり、カオスはそうやって進めていっていた。
◆◇◆◇◆
その頃、首都アレクサンドリアの郊外、祭の影響によって人気のほとんど無い場所で、1人の女が歩いていた。ピアス等でギラギラに飾り立てていた女の姿は魔族のそれに見えていたが、人々はそれを見ても無関心だった。女は手足がそれぞれに2本ずつ、顔も人のそれと変わらないので、人間に見えなくもなかったからだ。上級魔族はそうであると大体の人は知ってはいたけれど、それでも自分に危害が及ばないならば放置で良いと考えていた。面倒は避けたかったし、実際彼女が彼等に対して牙を剥いていた訳ではないので、彼等としてはどうでも良かったのだ。
その外れにある人の住まなくなったあばら家、そこにその女は帰った。家のドアを躊躇無く開け、中で留守番していた男に声をかける。
「ただいま。どう? 彼はおとなしくしている?」
「ああ。グラナダか。まあ、さっきまではおとなしかったぜ。お前が食材を買い出しに行った時はな」
女、グラナダと同じようにピアスでじゃらじゃらと飾りつけ、その上に左肩にタトゥーを入れている男は、そのように答えた。答えながら、その場所に案内する。
「もう、3日になるからな。さすがに疲れたのだろう」
そのあばら家の地下、そこには地下牢のようなものが備え付けられていた。そして、そこには仮面をつけた男が1人、鎖に繋がれ拘束されていた。
「!」
繋がれた男はグラナダ達がやって来たのに気付き、その目を覚ます。
だが、グラナダ達は気に留めない。男に対して何の遠慮もせず、その側にずかずかと近寄ってゆく。そんな2人に対して、男は激昂する。
それも変わらない。3日も続けていたことだったが。
「き、貴様等っ! 魔物だな、こんな非道な真似をするのは! 殺す! 絶対に殺してやる! 悪劣な魔物は全部な!」
男は息巻く。拘束されてから3日経っているけれど、その激情は何ら変わるところはなかった。その持続力だけは、賞賛に値するものだった。
だが、それに見合う実力は無い。強さは無い。殺すと言っても、脆弱な下級魔族を殺めるだけの力さえも持ち合わせていない。それは拘束した時に行われた、彼の激しい抵抗の割りにあっさり捕らえられたことからもすぐに分かっていた。
だから、グラナダ達にとってその男の戯言はどうでも良かった。虫けらの如き小物が、ただ五月蝿くしているだけだから。
「元気そうね」
「まあ、拘束しただけで、他には何もしていないからな。食事も与えているし」
繋いだ、それ以外は男に対して酷い行為を行っていない。刺青の男はそういう意味も含めてそのように答えた。そう。拷問の類は一切行っていない。なぜなら、この繋いだ男から何かしらの情報を引き出す、そんな目的で拘束しているわけではないからだ。そして、それはもうすぐ終わる。
だから、グラナダは余裕たっぷりの笑顔で、拘束されている男に対してニヤリと笑う。
「そう、いきり立たなくても大丈夫。遅くても後数時間後には解放してあげるから。フフフ」
「なっ! それは憐れみのつもりか!」
拷問の類を一切行わず、脅迫の類も一切行わず、時間が経てば解放する。そんな理屈は通らないと、その繋がれた男にも分かっていた。だから、このいきり立った感情を抑えつける為に、グラナダは口からでまかせをいっているのだと思っていた。
けれど、それは嘘ではない。少なくともグラナダは、数時間後には男を解放する手はずになっていると理解している。その理由も含めて。
「憐れみ? そんなんじゃないよ。ただ、アンタを拘束する意味がなくなるだけ。目的は達せられるからね。じゃ、アンタは解放してよし。そういう風になるじゃないの」
何も危害を加えず、その目的は達せられる。それが本当かどうか、男には分からなかった。だが、彼はそれを理解したと仮定したとしても、その上で自分はこの目の前の魔族達に馬鹿にされている事に気付いた。
「そうじゃない。そんなのはどうでもいい! それより、何故俺を殺そうとしないんだ?」
ここで自分の怒りを買った。それを魔族達が理解できていない訳が無い。ならば、その後の復讐を恐れ、何かしらのアクションを避ける意味で、解放なんかしないで殺す。それが王道パターンだ。男はそう思っていた。
しかし、グラナダは鼻で笑う。
「殺す理由なんか何処にもないじゃない」
「な! チャンスじゃねぇか!」
「チャンス? そうね。確かに、チャンスね。でも、それが何?」
相手は何よりも格下の相手。そんなチャンスなんか使っても使わなくても、大した差は無い。そこからさらに、その実力の無さから、彼が何かしらのアクションを起こそうとしても、口だけで何も実行出来もしない。文句を言いながら、諦めるだけだ。そうなると、グラナダは分かっていた。
陰鬱な一般人と変わらないのだ、この繋がれた男は。
「アンタみたいな一般人、殺したところで何の得にもならないでしょう? 生かしていても何の害もないでしょう?」
街に居る人物Aを殺すのと同じ。騒ぎになるだけで、メリットは無い。
だが、それは繋がれた男にとって、最大級の侮辱であった。まあ、実際に馬鹿にはされていたのだが。
「なめんじゃねぇぞ、コラァッ! 俺様は騎士となり、この国で大活躍する(予定の)男だぞ! ひれ伏せ! そして、恐れやがれー! って、無視すんな、こんチクショー!」
グラナダと刺青の男は、もうその男に背を向けて立ち去っていた。そう。拷問等をするつもりのないグラナダ達からすれば、あの暗愚な男が元気であれば良かったのだ。男は元気である。ならば、そこに居る用は無いという訳になる。話をしながら、そこから別の部屋に移る。
「ロージア様は?」
「まだ。解放はロージア様からの指示を受けてからでいいでしょう。計画はつつがなく進んでいるみたいだからね」
「そうか」
「もう、オーケーだな」
別の場所で、首都アレクサンドリアの中心部に程近いパーラーのテーブルで、ローブについたフードを深く被っていた3人組の中の1人の男が、そのように言って口元を少し歪めた。
そう。ここまで騒ぎにならずに来た。
「ああ。後はその時間になるのを待つだけだ」
◆◇◆◇◆
そして水面上、試合会場ではカオスとデオドラント・マスクの試合が続いていた。グラナダ達がどうでもいい話を繰り広げていた間にも続いていたのだ。先程の格闘戦は。
格闘戦。そう、カオスとデオドラント・マスクは、拳と拳の激戦を繰り広げていた。その中だけでは、少しデオドラント・マスクが圧しているように見えた。だから、皆思う。デオドラント・マスクの方が強いのかなと。
だから、皆知らない。それは全て、カオスの策謀の内なのだと。その思い込みが、それに気付かせない。そして、それまでもがカオスの策の内なのだ。
そうしながら、カオスはその立ち位置を少しずつ後方へとスライドしていった。そして、それが尚のことデオドラント・マスク優位と、観客に強く印象をつけた。
『カオス選手、圧されてますね』
『そう、見えますね』
この試合、カオスはデオドラント・マスクに圧されている。素人である実況アナウンサーは、その見解に全く疑いを持っていなかった。デオドラント・マスクの方が強いのだろうと思っていた。
だが、玄人であるモナミは、その見解をすぐには信用しなかった。一応相槌は打っていたのだけれど、心の何処かでちょっとひっかかるものを感じていた。
「…………」
違うね。
玄人中の玄人、マリフェリアスはその見解を心の中で完全否定していた。カオスがこの試合圧されている? それは間違いだ。大間違いだと。
試合を行っているデオドラント・マスクは、客観的に試合の状況を捉えられないので、中々気付けないだろう。だがこの観覧席、少し離れた場所で冷静な心で客観的に見れば、その見解が的外れだとすぐに分かる。
カオスは圧されているのではない。わざと、そのように装っているのだと。
バキッ!
カオスは殴られ、後ずさる。そこからさらにデオドラント・マスクは踏み込み、追撃をかけようとする。そして、攻撃。カオスはそれを間合いギリギリでかわしながら、さらにバックステップで間合いをキープしようとする。だが、それをデオドラント・マスクは許さない。さらに踏み込み、短い間合いを取り戻そうとする。
が、それがカオスの罠。そして、その時点で完成である。獲物はかかった。
今だ!
「ナイスよ。カオスちゃん~♪」
カオスは素早く魔力を発動させる。それを観ながら、マリアは弟を褒める。その瞬間の出来事だった。マシンガンのような音が、静寂の空を切り裂いた。
隕石の大群の如き魔力の塊が、カオスとちょっと離れた場所に居たデオドラント・マスクに降り注ぐ。爆音を轟かせながら、リングを穿ち、土埃を上げ、さらにデオドラント・マスクに当たってデオドラント・マスクにダメージを与える。何度も、何度も直撃する。避ける暇も無いくらいに。
ただ、その与えたダメージの量は期待出来ない。カオスもその点は期待していない。放たれた魔力の1つ1つの力は弱く、それらを総合したとしてもたかがしれていた。だから、それだけでデオドラント・マスクを倒せるとは最初から思いもしなかった。目的にもしていなかった。
「終わったか」
カオスはちょっと碧空を眺め、それからデオドラント・マスクのほうに視線を戻した。さっきまで轟いていた爆音は収まり、会場には観客の驚きの声以外は聞こえなくなっていた。さっきの攻撃の余韻を残すのは、デオドラント・マスクを覆う土埃だけとなっていた。
さて、罠そのものは上手く作動したのだけれど、目的の方は達せられたかな?
カオスは少々期待しながら、土埃の中のデオドラント・マスクの様子を窺う。
突然の爆発の跡、土埃の中では、小さな破壊音が起こり始めていた。金属のようなものが割れ、砕け、それらが散ってリングの上に散乱している音だ。
それすなわち、仮面の破壊。
壊れる音がする。ああ、そうか。成功したんだな。
その音を聞きながら、カオスは自分の作戦が成功したんだと確信していた。そこには、少しの喜びがあった。口元を少し緩めていた。
一方、カオスの策にはめられたデオドラント・マスクは、何の憤りも感じていなかった。自分の顔を覆っているマスクが壊れ、散っていく様を見ながらも、ただ無感情であった。
ああ、壊れてしまったか。ならば、もう隠しようがない。そして、もうこの位の時間になったのだ。隠さなくても障害は無いだろう。こちらとしても、オーケーだ。
デオドラント・マスクはそう判断し、その口を開いた。
「最初からこれが目的だったのかしら?」
デオドラント・マスク、彼女はカオスに訊ねる。
「ああ、そうさ。当たり前だろう?」
その声、聞き覚えがあるな。やはり……
そう思いながら、カオスは答えていた。
「ふふふ」
その言葉を聞いて、デオドラント・マスクは笑う。そうだろうとは思っていたのだが、やはり自分は上手く嵌められてしまったのだ。もう、笑うしかない。
そして、そうしている間に、カオスの奇襲によって巻き上がった土埃は晴れていく。デオドラント・マスクの仮面の下の顔は晒されていく。
その姿を見て、カオスは驚かない。むしろ、カオスからしてみれば予定調和であった。
「デオドラント・マスク、何となくそんな気はしていたのだが、やはりお前だったようだな」
髪は完全に剃ってあり、頭皮が丸見えであった。眉も全て落としてあり、そこには何も無い。額には大きな薔薇の花の刺青が施されてあり、そこから右目には短い茨の、左目には長い茨の刺青が瞼の上から通してあり、頬にまで至っていた。目は猫のように丸く鋭かった。マスカラ等でアイラインも彩ってあり、そこはパッチリとしていた。そして、唇には真紅の口紅が塗られてあった。化粧はバッチリだ。
そう、その者は……
「ロージア」
魔王アビスの配下で魔の六芒星、ロージアその人であった。