Act.110:闇と光の対峙Ⅴ~横綱相撲~
☆対戦組み合わせ☆
二回戦<Bランク試験合格決定戦>
9:× Dr.ラークレイ vs リスティア・フォースリーゼ 〇
10:〇 ルナ・カーマイン vs アッシュ ×
11:× オーディン・サスグェール vs デオドラント・マスク 〇
12: クロード・ユンハース vs カオス・ハーティリー
終わりだ、クロード・ユンハース。お前の負けだ。お前は過ちを犯したからな。
過ち?
そこを疑問に思った。過ちと言うからには、失策であるからだ。実力云々ではなく、悪策を用いた事による失態だという事だ。
では、それは何処か?
カオスとクロード、双方の様子を見てみる。カオスはまだ平然としている。その一方で、クロードは非常に疲労していた。だが、その両者にそれ程の差があるとは思えない。つまり、ある時点から、クロードが奥の手を使った時点から、こうなってしまったのだろう。
そこで、いち早くモナミは納得する。
『成程。確かに、彼は過ちを犯しましたね』
『ど、どういうことです? クロード選手は何かいけないことをしましたか?』
『コストです』
訳の分かっていない実況アナウンサーに、モナミはとりあえず結論だけを言う。コスト、今もたらしている結果に対する費用であると。
『コスト、ですか?』
『ええ』
そして、そこから追加して説明してゆく。
『自分と全く同じ姿なだけでなく、パワーもスピードも何もかも同じの分身体を魔力で創り上げる。それは確かに凄い技です。ですが、当然凄い技や魔法というのは、凄ければ凄い程に使用する魔力の量も跳ね上がっていきます』
1つより2つ。2つより4つ。魔法の規模が大きくなれば、それだけで使用する魔力はどんどん大きくなっていく。
そして、それはクロードの奥の手もそう。
『クロード選手の出した分身術に使う魔力の量は、普通の破壊魔法とは比べものにならない位に大きくなっている筈です。破壊魔法や回復魔法といったものは1度放ってしまえばそれでお終いですが、ああいう魔法は何もしなくても、分身体を維持しているだけでもどんどん魔力を消費していきます。それが、自分とそっくりの優秀な分身体ならば余計にそうなるでしょう。そんなのを使い続けていては、すぐに魔力は底をついてしまいます』
「そういうこった♪」
カオスは笑う。勝ちに対して貪欲ではなかったが、勝てるとそれはそれで嬉しい。
「チッ!」
クロードは悔しさを露わにする。自業自得とは言え、この失策は非情に痛かった。
実際、この奥の手が非情にコスト高なのは知っていた。だからこその“奥の手”だった。そして、それだからこそラッシュをかけて一気に倒してしまおうという算段だった。だが、それを知ってか知らないでか、カオスはむきになったりしないで、のらりくらりと魔力の消耗を待っていた。
くそ。
クロードはそんな悔しい思いのまま分身体を消した。そこに流れた魔力が、再びクロードに戻ってくる。だが、それは元の量ではない。消耗し、失われてしまい、元々のよりもかなり少ないものとなってしまっていた。
だが、それを悔しく思っても、後悔しても遅い。使った魔力は戻らない。クロードは知っている。理性は失わないままだ。
「…………」
では、どうする?
クロードは考える。失ってしまったものを今更考えてもしょうがない。考えるべきは、その上でどのようにしたらこのカオスという男に勝てるのかということだ。
ディヴァイド・ヴィジョンは、もう通用しない。他の手を考え、実行しなければならない。
そこに至るまではあっと言う間だった。その素早さ、駄目なものは駄目と切り替えられる潔さを、カオスは凄いと思っていた。普通ならば、そんなに簡単に自分の技を諦めきれないものだ。もっと悪あがきをして、その結果取り返しのつかなくなる。そのケースばかりだ。
だが、クロードはそこまで馬鹿ではなかった。通用しない技は、奥の手を名乗ったものであっても、それをすぐに切り替える。
では、どうする?
体術は、既に通用しない。互いに同じ条件下であっても、体術はカオスの方が僅かに上手であった。今の状況は、体力的にもカオスと比べて圧倒的に劣る。よって、パワーもスピードも出せず、手も足も出ない状態となるだろう。
かと言って、1発逆転狙いの遠距離魔法はもっと駄目だ。あのブラックホールがどれ位の頻度使えるか分からないけれど、カオスが消耗しているように見えない以上、今も使えると思って当然であろう。
そんな力と力のぶつかり合いは駄目だ。もっと自分にしか無いものを出して、それによって圧倒的な優位に立たなければならない。
自分にとって圧倒的に有利な……
「はっ!」
そこで、クロードは気付いた。自分にとって、対カオスにおいて圧倒的な優位に立てる場所は空中であると。飛べる自分と、飛べないカオス、それだけで地の利は圧倒的に自分にある。クロードはそう考えていた。
「ハッ」
やっと、そのことに気付いたか。
カオスはそう思った。クロードの考えがそこに至るのは当然だ。冷静な思考と判断力を持っていれば。それが出来ない程クロードは馬鹿ではないとカオスは思っていたし、そんな浅はかな願望も抱いてはいなかった。
リングを残らず壊せば、そこで足場は無くなる。そうなると、空に浮くことの出来るクロードと違い、俺は場外に落ちるしかない。実戦と違い、場外=負けとなるこの試合では、その時点でお終いとなってしまう。それをやれればこの試合はクロードの勝ちとなり、それを防げば俺の勝ちとなる。
カオスは分かっていた。そして、自分がどうすればいいのかも分かっていた。暢気に壊す暇は与えないと。
そして、今までの通例からすれば、リングの上を覆っている石のタイルだけでなく、下の盛り土も場内と認識されている。それどころか、リングが形として残っていれば、そのリング内ならばどんなに下に掘られても場外にはならないと判断されている。
それを考慮に入れると、クロードはリングの全てを破壊しなければならない。その方法もなくはないが、自分が相手ではそれも難しい。そうカオスは踏んでいた。
なぜなら、このリングの全てを破壊するには大きな魔法1発で消し飛ばすのが最も効率良く、最もコストのかからない方法だ。だが、そうしようとして放った魔法は、ブラックホールによって吸収されてしまい、その効果はなくなってしまう。それどころか、魔力の消費によって状況はさらに悪化する。
そして、それだからと言ってリングを逐一破壊してゆくのは骨が折れる。むしろ、無理。無謀。壊している間も戦闘は続いている。戦っている最中にそんな余裕があるのならば、場外負けなんてせこい方法をとらなくても十分に戦っていける筈だ。
「…………」
カオスはクロードを見る。クロードは未だに肩で息をしている。その消費は、見るだけで素人にも酷いと分かる。だが、その眼は死んでいなかった。勝利を探して、何かしらしようとしていた。希望を抱いていた。
だが、甘いな。
カオスは思う。実際、クロードが勝つ方法なんてもう何処にもないのだと。自分の勝ちは揺るがないのだと。油断でも慢心でもなく、客観的にそう判断出来る。こちらがきちんと対応すれば、リングを消し去る方法なんてクロードには残されていないのだから。
だが、それでもこのリングを消し去るしか勝ち目はない。それも、1発の大きな魔法で消し去るしかない。それが出来なければ、この試合に勝てず、今年も騎士にはなれなくなってしまう。
クロードはそう悟っていた。そして、どうやってカオスにそれを無効化してしまうブラックホールを作らせないか考えを巡らす。
「よしっ!」
そして、その直後にクロードは飛び上がる。リングから真上に大きく飛び上がった。10数メートル上がったクロードは、そのままそこで停止した。
『おおっと! クロード選手、上空へと飛び上がった! 浮遊術を使い、空中で停止しています!』
『カオス選手の手の届かない場所に行き、体力の回復をする狙いでしょうか?』
「はあっ! はあっ! はあっ! はあっ!」
クロードは、空中でも息を切らしていた。ディヴァイド・ヴィジョンによる消耗は激しく、そこでもまだ全然回復には至っていなかった。疲労を多く溜めたままだった。
「んー」
ありゃあ、動くつもりはねぇなぁ。
カオスは上空に逃れたクロードを見上げつつ、そのように推測する。クロードはそこから降りてきて戦うつもりはないのだと。そして、そこから積極的に攻撃を仕掛けてはこないのだとも。
なぜなら、そこから無闇に魔法を放てば、それらは全てブラックホールに吸収されてしまい、その意味を為さなくなってしまう。それを防ぐには、ああやって上空に留まって相手の接近を誘い、その隙を狙ってリングを破壊するしかない。
カオスはそのようにクロードの企みを推測した。だから、勿論そんな企みには乗らない。そして、その企みを破る方法も簡単だ。
そう。下から遠距離魔法で攻撃すればいい。
「ダーク・マシンガン」
カオスは素早く右手に魔力を充溢させ、それを上空に向かって放つ。
黒い魔法のマシンガン。無数の黒い弾丸は、どれもが上空に停止しているクロード目がけて飛び上がっていった。
「くっ!」
クロードはそれを1つ1つ避けていく。飛べるとは言え、地上よりは自由の利かない上空である。消耗したクロードからすれば、それを回避するだけで精一杯だった。
が、カオスの攻撃はそれだけではない。もとい、それがメインではない。
「クルーエル・ハンズ」
カオスは左手に魔力を充溢させる。黒い魔力の塊が現れ、カオスの左手を覆う。それを、カオスは上空に向けて大きく翳す。
すると、その黒い塊はカオスの手を模ったまま真っ直ぐ上空に居るクロードに向かって伸びていった。黒い手、それはどんどん伸びていって、ダーク・マシンガンを避けるだけで精一杯だったクロードを捕らえる。がっしりと掴んで、それを離さない。
「なっ!」
クロードはその現状に驚きを隠せないが。
「遅ぇっ!」
カオスはその黒い手をクロードの体に巻きつけて、その拘束を強化する。
「くっ! ああっ!」
クロードはその拘束を解こうとする。だが、クロードの手足は既に締められており、どうにもこうにも出来ない状態であった。
『な、何ですか? あれは』
『おそらく、1回戦で見せた魔法剣の応用形であると思われます。刃ではなく、手を創り出したといったところでしょう』
『そんなのが可能なんですか?』
『不可能ではないです。創るのは同じですから。寧ろクロード選手の分身体よりシンプルじゃないですか』
『ああ、そうですね』
「うあああああっ!」
そんな解説を2人がしている間にも試合は続く。カオスは伸ばした黒い腕を再び縮めていった。一気に縮め、上空で捕らえたクロードを自分の方に引き寄せた。
クロードは引き寄せられる。パワーも何もロクに残っていないクロードは、抵抗出来ないままにカオスの方に引き寄せられる。そして、すぐにカオスの目の前だ。
引き寄せられる。その間に、カオスはクルーエル・ハンズを使っていない右腕に魔力を充溢させていた。そうして攻撃力を増した拳を作り上げておいて、引き寄せたクロードにその拳を叩き込んだ。
「ぐはっ!」
拳が叩き込まれる。そして、その直前にクルーエル・ハンズはカオスによって消されていたので、クロードの体はその勢いのまま大きく飛ばされた。そのまま飛ばされれば、場外へと落ちてしまう勢いだ。
だが、クロードは抵抗出来ない。浮遊したり何かして、留まることも出来ない。もう、クロードは気絶していた。そうして、そのまま場外に落ちた。
落ちれば負けとなる場外に、落ちた。
クロードは落ちた。
そして、宣告される。
「場外! カオス・ハーティリー選手の勝利です! よって、今年最後のBクラス試験合格者はカオス・ハーティリー選手になりました!」
「おおっ!」
「凄いぞ!」
「カッコイー♪」
観客の人々は、次々と賛辞の言葉を飛ばす。勝利したカオスに、そして敗れはしたものの全力を尽くして戦ったクロードに、観客は惜しみない拍手を贈った。
その中を、カオスは涼しい顔をして歩いていた。退場門へと向かっていた。
「…………」
つ、つええええっ!
そのカオスの姿をテレビで観て、アレックスは驚愕していた。リニアに言われてはいたけれど、ここまで差があるとは正直思っていなかった。
だが、今なら心の底から言える。
あんなカオスと戦いたくなんかないと。