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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter1:トラベル・パスCランク試験
13/183

Extra Act.01:歌は世界を救う……かもしれない?(って疑問形かよっ! 言い切れよっ!)

えー……

要するに番外編です。本編と言うか、物語の流れとは関係ありませぬ。

 ある日のルクレルコ・タウンのルクレルコ魔導学院の音楽室、カオスはそこで一人立っていた。立ち、自分の今までの人生を振り返っていた。適当に。

 トラベル・パス試験云々による特訓に次ぐ特訓、そうした血生臭いと言うか暑苦しい展開の連続で忘れていないだろうか? 肝心なことを。

 そう。俺は別に強くなりたい訳じゃない。なぜなら、俺は歌手だからだ!

 カオスは叫ぶ。心の中で。そして、カオスは仕切りなおす。仕切り直し、そして始める。最高の歌手になるための練習を。


「まずはこいつからだな」


 息を整え、心を落ち着かせる。


「カオス・ハーティリー、代表曲『森の中の乙女』」


 誰かが聞いている訳ではないのだが、これから歌う曲名を告げる。そうやってしっかりと整えてから始めるのだ。目を閉じ、詩の世界を思い浮かべながら歌い始める。カオスのファンタスティックな歌声が、アレクサンドリア連邦東方、ルクレルコ・タウンのルクレルコ魔導学院内に大きく響き渡る。


 ホゲララー! グァゲラブェバラドゥゲザベラゥグラーーーー!


 カオスの歌声、もとい騒音は、世界に存在する全生物の聴覚を破壊するような怪音波を発し続けた。毎度おなじみ超破壊音が、ルクレルコ魔導学院の人間全てに襲い掛かる。

 カオスは気持ち良く歌う。フォグェラブベラチョグラヒャラリルヲェジャベリアラゥァ~!

 人々は苦しむ。地獄を見る。


「うわっ。うわわわわっ! な、何コレ?」

「耳がおかしくなるー!」

「死ぬー!」

「助けて、お母さ~ん!」


 人々は悶絶し、倒れる。脂汗を滝のように垂れ流し、涅槃の世界を脳裏にイメージしながら、その意識を次第に失い始めていた。その生命を無残に閉じかけようとしていた。しかし、そこに救世主の登場。ジャジャーン♪

 救世主ルナは走る。走る。走る。生徒達を苦しめる、毒の元凶である音楽室に一直線に。

 ルナは駆ける。駆ける。駆ける。口から煙を吐き出しながら、機関車のようにシュッポシュッポシュッポシュッポ、ピー♪


「カオスーッ!」


 怒りのまま、憤りのまま、ルナは音楽室の扉を思い切り開け放つ。バチコーン!


「お前は、歌うなっつってんだろうがー! 公害だっ!」


 グッと足を踏み込んで一気に間合いを詰めて、そこから腰をしっかりと落としたルナのパンチが炸裂する。鉄拳が飛ぶ。ドグアッ!

 カオスはそれをマトモに食らう。それにより大きく飛ばされて、カオスは空の星となった。キラリと輝く星となって、凶星となって、これからも人々を照らし続けるだろう。何はともあれ、そうして人々は救われたのだった。お終い。

 ……にはならない。



◆◇◆◇◆



「ったく、ルナの奴は」


 ルクレルコ学院の音楽室で歌っていたカオスはルナにそこから追い出され、ルクレルコ・タウン外れの森の中に来ていた。カオスは面白くなかった。せっかく調子が出てきたところだというのに、そこでお終いにさせられたからだ。


「アイツは、アイツは、アイツはッ!」


 カオスはイラついていた。どんなことであれ、やっていることを途中で途切れさせられたらイラつくものだからだ。


「げーじゅつを愛でる気持ちというものがないのか!」


 叫びながら、魔力を解き放つ。少しの間大きくカオスの身体を輝かせ、それからすぐにその輝きは失せていった。そんな少しの間ではあった。だが、そうやって力を使ったことでカオスの苛立ちは少しスッキリしたのだった。


「まあ、いい」


 カオスは思う。ルナが芸術のゲの字も分からないような人間だとしても、それは人それぞれというものだ。人の無関心というものは、強制してどうにかなるものではないし、そこまでしてやる気はカオスにはなかった。


「ルナは芸術には無関心。ならば、俺がいつか大ホールでコンサートするようになったとしても、アイツにはチケットはやらん。アイツにやるくらいならば、犬にでもくれてやった方がマシというものだろう」


 大ホールでコンサート?

 自分の独り言で、カオスはその中のその言葉に引っかかった。そして、その様を妄想してみる。

 たくさんの観客で埋め尽くされた大ホール、そこでは皆が自分の歌が生で聴けることを楽しみにしている。そこに威風堂々と登場してゆく。オーケストラを連れ、クワイアを連れ、その中心で堂々と歌うのだ。カオス・ハーティリーの歌声を皆に届けるのだ。

 いいっ! 最高じゃねぇか!

 カオスは思う。それが究極の理想であると。そして、思う。そのような究極の理想へと至る為に今の自分がすべき事は、ひたすらに練習あるのみであると。

 だから、再開する。足をしっかりと肩幅に開く。胸に手を当て、その呼吸を整える。身体は真っ直ぐ向けて、目は真っ直ぐ正面を見据える。そして、始める。


「森の中の乙女」


 やはり誰かが聞いている訳ではないのだが、これから歌う曲名を告げる。そうやってしっかりと整えてから始めるのだ。目を閉じ、詩の世界を思い浮かべながら歌い始める。カオスのファンタスティックな歌声が、ルクレルコ・タウンの森の中に大きく響き渡る。


 ホゲララー! グァゲラブェバラドゥゲザベラゥグラーーーー!


 カオスの歌声、もとい騒音は、世界に存在する全生物の聴覚を破壊するような怪音波を発し続けた。毎度おなじみ超破壊音が、森の生物全てに襲い掛かる。

 カオスは気持ち良く歌う。フォグェラブベラチョグラヒャラリルヲェジャベリアラゥァ~!

 動物達は苦しむ。地獄を見る。涎を垂らしながら、その身体を震わせる。目を白黒させながら、悶絶する。鳥は空から落ち、獣は地面をのたうち回った。生きとし生ける者、その誰もが死を意識していた。

 その地獄の時間は数分続き、そこで不意に終焉を迎えた。カオスが1曲歌いきったのだ。その時だった。

 パチパチパチパチ……

 カオスの後方から、パチパチと拍手を贈る者がいた。その者はゆっくりと草むらの中から姿を現し、カオスの前に立つ。


「いやはや、実に素晴らしい歌でした」


 老夫が一人現れ、その男に続いて若い男が一人現れた。二人共身なりは綺麗にしており、それなりに良い暮らしをしているようには見えた。ただ、その服装はこの辺りで見かけるタイプとは違っていた。

 一言で言うと、地元に合ってない。少なくとも余所者であることは一目瞭然だった。


「そいつはどうも」


 カオスは一応自分の歌を褒められた礼はするが、ちょっとその二人を不審な目で見ざるをえなかった。この辺りでは見かけないカッコウ、そして見かけない連中、怪しいなと。魔族の類ではなく、きちんとした人間であるのは分かっているのだが、目的が見えない。

 そんなカオスの思考に気付かないのか、気付いてもスルーしているのか、その老夫はマイペースに話を進める。身振りを加え、少々大袈裟に。


「しかし、歌う場所が良くない。貴方がどんな素晴らしい歌を歌ったとしても、この辺りでは聴いてくれるのは森の獣くらいしかいません」

「そりゃあ、まあ。そうだが」


 ルクレルコ学院を練習場所にするとルナに追い出されたので、仕方なくこういった人気の無い場所で行っているのだ。まあ、それでも練習は他人には見せないというのが歌手のお約束でもあるから、それはそれで構わないとはカオスも思っていたが。

 それでは良くない。老夫はそのように言うのだ。一人より二人、二人より三人、歌はより多くの人に届けなければならないのだと。


「貴方の歌を世界中に届けたいと思いませんか?」

「余の元に来れば、それが可能だ」


 老夫がずっと喋っていたが、そこで老夫の後ろに立っていた若い男が口を出した。

 それなりの身分にいるから、そのような大きな態度であり、なおかつ大きなことを口走ったりするのだろうことは、カオスも分かっていた。だが、訊く。


「何ものだい、アンタ達は?」

「私はラクイ王国宰相の、セバス=チャンです。そして、こちらがラクイ王国国王のコラタ王になります」


 老夫は自分で名乗りつつ、後ろに居る自分の主も紹介する。カオスはその紹介を聞きながら、傾げていた頭をさらに傾げて訊く。


「ラク、イ? 聞いた事ない名前だな」

「ふぅ。王国と言っても、アレクサンドリア連邦内に昔あった小国の一つに過ぎないからな。まあ、知らないと言っても無理はなかろう」


 自称若い国王は、客観的に自分の国を述べる。


「国土も小さければ、資産も乏しい。だが、それでも王国としても力はまだ存在する。個人でどうこうするよりも、遥かに大きな力がそこにはある。分かるな?」


 小国であっても、国としての資産は一個人のそれを遥かに凌ぐ。そして、国としての役割上、他国要人とのコネクションも豊富に持っている。それらを全て力と呼ぶならば、どんな小国であったとしても侮れない力があるというものなのだ。

 コラタ王はそう述べて、その事はカオスにも十分過ぎる程に分かることだった。ずっと森の中に燻る身としては。



◆◇◆◇◆



 そしてラクイ王国王城、カオスは怪しげな人達の誘いを受けてのこのことやって来ていた。それだけ自身の歌を上の方に持っていきたいという情熱が強かったのだ。決して話の展開の都合上ではない。

 その王城の中にある一室、そこにセバスはカオスを案内した。


「ここです。とりあえず、この部屋をご自由にお使い下さい」

「随分重そうなドアだな」


 カオスはその入口を見てそのような感想を抱いた。出入りをするのも面倒臭くなりかねないような、重々しいドアがそこにはあったからだ。


「ここは完全防音の部屋になっていますからね」


 そんなカオスの感想に、セバスはにこやかにそう答えた。


「ここは王城故に、色々な者が出入りします。そんなことはないとは思いますけれど、貴方の練習の様を見聞きして良からぬことを考える輩もいるかもしれません。盗作とかね。だから、このように万全を期しておけば、そのような心配もする必要はなくなると考えた訳です。ご安心して、作詞作曲や練習に励んで下さい」

「成程ね」

「もっとも、中には予算の関係上まだピアノが一つあるだけですけれど」


 小さい王国なので、まだ実績等が何も無い者に対してそんなに予算を割けない。ただ、これはあくまでもスタートラインであるだけなので、今のところはこの程度で我慢して欲しい。そのようにセバスはカオスに詫びる。

 だが、カオスは首を横に振る。


「そんなことない。これだけあれば上等だよ」


 カオスはそう言う。詫びられる理由は無い。これだけの好待遇をしてくれるのならば、もうこれ以上望むことは無い。それ以上望むのは贅沢というものだ。そう思うのだ。


「そうですか。それならば良かった」


 セバスはカオスの言葉を聞いて、にこやかに笑う。決められた予算内で最善を尽くしはしたものの、それではまだ不十分だと思っていた。だが、それでも喜んでもらえたのならば、それはそれで良かったのだ。嬉しく思った。

 一つ心配事項が消えた。


「では、とりあえずはこんなところです。私は失礼しますが、ここでの練習ならば好きなだけやってもらっても構いませんよ」

「何だ。練習を見ていかないのか?」

「聴いていきたいのはやまやまなのですが、宰相という職務上、私には他にも職務がありましてね。とても忙しいのですよ。残念ではありますが、それは本番の時の楽しみにとっておくことにしますよ。では、失礼します」


 そう言ってセバスは部屋の扉を閉めて出て行った。完全防音の部屋の中、カオス一人が残された。その去った背中を見て、カオスはまだ訊いておくべきことがあったような気がしてならなかったが、一刻を争うようなことでもないのも分かっていた。だから、放置する。


「まあ、いい。練習するか」


 カオスは大きく息を吸って、とりあえず発声練習から始めようと思った。そのところで、カオスは気が付いた。何をセバスに訊くべきなのか思い出したのだ。

 まずは、いつまでもこの王城の中に居ることは出来ないから、少なくともどこかしらのタイミングで帰宅しなければならない。その上で、最低でも姉であるマリアにはこのことを告げなければならない。そんな自由はきくのだろうか? それが1点目である。

 次に、公演等のスケジュールは今のところどうなっているのだろうか? そういったことが少しでもハッキリしているのならば、それに合わせて今後の生活を調整したりしなければならなくなる。だからこそ、それは知っておかねばならないのだ。それが、2点目である。

 まずはそんなところである。とりあえず、あのジジィに訊いておくか。

 カオスは自分を誘った張本人であるセバスに訊くことにした。そして練習を延期して、扉を開けてその部屋から出た。

 とは言え、左右の分からぬ場所である。訊こうと思っても、カオスには何処に行けば目当ての人物に会えるのかどうかも見当がつかなかった。

 職務もありますし……

 その時、カオスはセバスがそのように言って部屋から出たのを思い出した。セバスがそのように言ったからには、それをすべき場所に居るのだろう。それならば、それらしき場所を適当に探せば会えるのだろう。

 そう思い、カオスは王城の中をセバス目指して探索に出かけたのだった。いざとなったら、奴の場所を適当な奴に訊けばいいと思いながら。


「あ~、だるいわ~。やってらんないのよねぇ~」


 カオスは物陰から見ている。あるメイドの姿を。彼女は鼻糞をほじりながら、何もかも面倒臭そうな顔をして廊下を歩いていた。そして、鼻糞を丸めて飛ばした。メイドとしてと言うか、女子として終わってる感じだった。


「へっへっへ♪ いいオッパイだなぁ~♪」


 カオスは物陰から見ている。ある警備兵の姿を。彼は王城警備の任務についていながら、その場でエロ本を見ていた。警備を疎かにして、エロ本に夢中になっているのだ。兵士としてと言うか、男子として終わっている感じだった。


「愛してるぞ、サブ」

「お、親方♪」


 カオスは物陰から見ている。ある庭師二人の姿を。親方と呼ばれる中年の男と、サブと呼ばれる坊主頭の若い男二人が、潤んだ瞳をしながら抱き合っているのだ。愛を語りながら。両方共痛んだジャガイモのような醜い顔した男同士の醜い抱擁、そして、口づけ。それを見せられたカオスは吐きたい気分になった。嗚呼、男として終わっている感じだった。


「アハハハハハハハハ」

「ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」


 カオスは物陰から見ている。ある通行人達の姿を。彼等は被り物をして、愉快そうに笑いながら歩いていた。王城内で被り物、それだけでも変態的であるというのに、その被り物そのものもダメだった。なぜなら、その被り物がチ○コだったのだ。言うまでもなく人として、生物として終わっている感じだった。


「…………」


 終わっている。終わっている。この王国、何もかもがマジで終わっている。

 カオスはそう感じていた。一部しか見てはいないのだけれど、それだけで判断するとこの国の人間は末期的症状であるように見えた。人として。

 まあ、どうでもいいか。

 カオスはそう思う。歌えるというからここに来ただけなので、特別に深く関わるつもりはなかった。あくまでも、ホームタウンはルクレルコだからだ。そして、今はそれを問題視するような時でもない。今知るべきことは、あくまでもあの宰相の居場所だけである。

 そう、宰相。


「ん?」


 そうか。

 カオスの中に、今からすべきことのイメージが浮かんだ。あのジジィは宰相であり、その職務に行った。それならば、大体国王の所に居るのが普通なのではないか。とりあえず玉座に行ってみれば、何かしらが分かるのではないか。まずは、玉座に行くことを最初の目的にしようと。

 そう決めたカオスの横目に1つの看板が入ってきた。そこには、こう書いてあった。



『←玉座 TAMA-ZA』



 タマザじゃなくて、ギョクザだろうが。つーか、そんな矢印置いて場所を知らせちまってもいいのかよ!

 カオスは心の中でつっこんだ。激しくつっこんだ。だが、言葉にはしない。ありとあらゆる場所でボケ倒しているこの王国に対して、かける言葉など最早存在しない。キリが無く、疲れるだけだからだ。あ~、だるいわ~。鼻糞丸めて飛ばしてやろうかしら。

 でも、とりあえず行ってみよう。

 他に行く場所は無かったので、カオスはその矢印に従って進んでいった。そうして歩く事数分、カオスは行き止まりに辿り着いた。その奥に、大きな扉がある。そこには記されてあった。『TAMA-ZA 玉座にようこそ』と。

 本当にここかよ?

 カオスは疑った。当然である。しかし、カオスの耳にその中から人の話し声が聞こえてきた。小声で何を喋っているのかまでは判別出来なかったが、それは先程会った国王と宰相のものであるように思われた。

 どれどれ? かっくに~ん♪

 カオスは、その扉に耳を当てる、すると、中での話し声がある程度クリアーに聞こえるようになった。何を話しているのか分かるようになった。

 国王のコラタと宰相のセバスは話し合っている。コラタは疲れたような口調でセバスに言う。


「…越しで聞いたのだが、それでも十分過ぎる程に分かる。奴は噂以上の男だったみたいだな」

「そうおっしゃって頂けるならば幸いです」

「あのカオスとかいう男の歌声、思った以上に酷い騒音だった」


 酷い騒音だった。

 騒音だった。

 騒音だ。

 そのコラタの言葉が、カオスの頭の中で反芻される。素晴らしい歌声と人を持ち上げておきながら、コラタ達はカオスの歌を酷い騒音だと思っていたのだ。

 そんな会話を本人が盗み聞きしているとは知らず、コラタ達は話を続ける。


「ハハハッ。耳栓である程度はガードしたものの、まだ何か耳の辺りがガンガンと痛くてしょうがない」


 少しコラタは笑う。だが、すぐに真面目な表情と口調に戻って言う。


「だが、それでいい。その酷い騒音がいいのだ」

「そうですね」

「ああ。奴には馬車馬のように働いてもらわねばならん」


 コラタは言う。



「我が国の音声兵器として」



「!」


 オンセイヘイキ。どういうものなのかカオスには想像がつかない。だが、あの二人が自分の歌声に対してロクでもないイメージを抱いていることだけはハッキリと分かった。歌手としてこれ以上はない位に侮辱されていることだけは分かった。


「そうしてアーサーなどではなく、このラクイ王国がこの大陸を統べるのだ」

「…………」


 カオスの怒りの炎が点火されているとも知らず、コラタは大きな野望を誇らしげに宰相のセバスに語る。笑う。

 そんな無礼者二人にどうしてくれようか? カオスは怒りの炎を燃やし続けていた。滅茶苦茶にしてやるのは簡単だが、それでは面白くない。何かしら愉快に成敗してやりたいものだ。そのように考え、カオスは色々とイメージを浮かべてみた。

 その結果、カオスは一つのアイディアを思いついたのだ。ニヤリと邪悪な微笑を浮かべる。


「セバス。そういう訳だ。キーマンが手に入ったのだから、気合いを入れて頑張るぞ」

「はい」


 そう話を締めくくったところで、玉座の入口のドアがノックされる。コンコン。


「誰だ?」

「俺」


 カオスは言う。その声から、コラタは声の主がカオスである事を悟った。オレオレ詐欺じゃあるまいし、ここできちんと名乗らないのもどうかと思ったが、細かい事を言っても詮無き事なのでコラタはつっこまない。つっこまずに入室を許可する。


「ああ。入ってもいいぞ」


 コラタが入室を許可すると、カオスはそのドアを開けて部屋の中にゆっくりと入ってきた。普通の表情のまま、そのままゆっくりとコラタ達の方に歩み寄る。


「何か用か?」


 予期せぬカオスの訪問に対し、コラタはそのように訊ねる。


「今後のスケジュールについて一切聞いていなかったからな。それについて訊きに来たんだ」


 カオスはしれっと、普通の話題を持ち出す。ただ、それもまた嘘ではない。セバスから今後の向こうの予定していたスケジュールについて聞かされていなかったのも、また事実。

 セバスもそれを思い出す。


「ああ。そう言えば、申しておりませんでしたね」


 それから、セバスは一つ咳払いをする。それから、述べる。


「少々言い辛いのですが、予定は今のところ白紙です。公演をするにしても、これから場所をキープしたりしないといけないですから、まだまだそれまで時間が必要なのです。カオスさんがここに来て頂けたのも今日ですからね」


 それ故に予定とか組むのも今日から始まるのだとセバスは言う。だから、色々とアポを取っているしばらくの間はどうしても白紙になってしまうのだと。


「成程ね。まあ、仕方ないな」


 カオスは、表面上は納得したようにみせる。


「ええ。ですから、決まるまでしばらくは曲作りと練習をしていて下さい」

「へぇ」


 カオスは邪悪に笑う。カオスの中では、持っていきたい方向に話は行ったのだ。だから、カオスはここで言う。


「でも、とりあえず1曲できたぜ」


 と。


「は、早いですね」

「まあ、できたと言っても、元々完成直前の曲だったからな。ここでやったのは、正直最後の仕上げだけのようなもんだ」


 実際は何もしていないのだが、嘘も方便といった感じでサラッと嘘をつく。本当はラクイ王国に来る前に完成していたのだ。だが、それをセバスが知る由はない。信じる。


「そうですか」

「ああ。じゃ、そういうことで」



「ここで早速披露」



 カオスは言う。発表する。せっかくここに招待してくれたのだから、新曲をいの一番聴かせてあげよう。目の前で、生でたっぷりと聴かせてあげよう。そのように言うのだ。


「な!」

「のあっ!」


 それは想定外。コラタとセバスの予想外の出来事。

 彼等は焦る。焦って、何とかやめさせようとする。ここで歌わせると、それは敵国を葬る為の音声兵器で自滅するようなものだからだ。


「キョ、今日はヒッ、日柄が悪いと言うカッ、仕事がッ」

「今はソッ、そんな気分ぢゃねぇえと言うカッ、すぐにダイヂな用ががががっ!」

「問答無用」


 必死に言い訳して、それをやめさせようとするコラタとセバスの言葉を、カオスは一言で切り捨てる。どんな理由を上げてやめさせようとしても、それら全てが詭弁にしかならない、後付の苦しい言い訳でしかないと分かっているからだ。このラクイ王国に誘った言葉故に。

 そう。


「素晴らしい歌なんだろう? ありがたく聴けや」


 ウケケケケケケと、主人公にあるまじき笑い声と共にカオスは新曲を発表する。



 新曲

 タイトル:一目惚れシンドローム

 作詞者:カオス・ハーティリー

 作曲者:カオス・ハーティリー



 新曲の初披露が始まる。カオスは笑顔でポーズをきめながら、マイクを手に取る。そう。マイクを!


「うきょ、うぎょぎょぎょぎょぎょぎょ!」

「まままままままいくまででででっ!」


 聴く前から魂の抜けかかっているコラタとセバスの前で、カオスの新曲は容赦なく披露される。


 バラグラドゥラビャランゴベラダビャチャエヘラテュラベジャミャリャオリツガー!



◆◇◆◇◆



 悲鳴が乱れ飛び、人々は混乱に陥る。ラクイ王国王城はおおいに揺れた。

 ひび割れた王城、それと共にコラタ王達の野望はひび割れ、崩れ去っていった。そう。その破壊の声は救世主だった。カオスの歌は、悪しき野望から世界を救ったのだ。

 ……本人は不本意だろうがね。


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