Act.108:闇と光の対峙Ⅲ~総合戦~
☆対戦組み合わせ☆
二回戦<Bランク試験合格決定戦>
9:× Dr.ラークレイ vs リスティア・フォースリーゼ 〇
10:〇 ルナ・カーマイン vs アッシュ ×
11:× オーディン・サスグェール vs デオドラント・マスク 〇
12: クロード・ユンハース vs カオス・ハーティリー
リングの上、カオスとクロードはまたまた真正面に対峙する。双方構えて、相手の出方を窺う。だが、いつまでもそうやって待ってはいない。また、クロードから動きを見せる。
「行くぞ」
「勝手にしな」
宣告するクロードに、覇気の無い返事をするカオス、そういったところまでさっきと同じだった。もっとも、そういう性格的なところは変わりようがないのだが。
クロードは少し口元を緩め、笑う。そうして、地を蹴って続く戦いへとその身を投じてゆく。
カオスとクロードは、三度ぶつかり合う。拳と拳、足と足、魔力と魔力、それぞれを尽くしながらぶつかり合う。その力は一向に衰えを見せない。先程まで見せていたのがピークではなく、まだまだ戦いはその熱さを増していた。パワー、スピード、その切れ味と威力は増していた。
「す、すげぇ」
「な、何だよアイツ等は」
「あれがピークじゃないのかよ?」
再び熱き格闘戦を繰り広げているカオスとクロードの姿に、観客は驚きや戸惑いを隠せない。カオスとクロード、2人の繰り広げている戦いはそれだけ彼等にとっては常識の範囲外な代物だった。
普通の生活や普通の武術、そこでは決して見られない戦いがそこにはあった。
「♪~」
それを観ながら、マリアは機嫌良さそうに笑っていた。笑顔を見せていた。その同僚の姿を、リニアは少し呆れたような顔で見ていた。
カオスが、弟が、ここまで成長してくれたのを喜んでいるのだろうか? それとも、まだまだ何かあるというような余裕の笑みなのだろうか? もしくは、活躍している弟を誇りに思っているのだろうか?
リニアは色々と考えてはみたが、そこからマリアの本心は分からなかった。マリアはいつでも笑顔なので、却ってその考えている事は見えにくかったりした。
そして、その間も戦いは続く。その後も戦いは続く。
「かはっ!」
その時、クロードの拳がカオスの顔面に炸裂し、カオスは吐血させられていた。そして、その衝撃によって、その体勢を後方へと崩されかけた。
だが、カオスはそれを最小限に止める。足を踏ん張り、後方へ飛ばされないようにしつつ、被爆によって生じた隙を最小限に押さえ込んだ。その上、そうしながら追撃をかけんとするクロードを迎え撃つ。
真っ直ぐに拳を突き出してくるクロード。カオスはその拳をいなしつつ、クロードの鳩尾に拳を叩き込む。強く炸裂させる。
「がっ!」
吐血。今度はクロードが吐血する番だった。そして、それによってクロードの身体は前屈みに大きく曲がり、バインダーのような2つ折りになる。
そして、それが隙。勿論、その隙をカオスは逃さない。追撃はかけられるだけかける。それが常識。
前屈みになったクロードを、カオスは蹴り上げる。地面と平行のようになったクロードの上半身の、鳩尾の部分を持ち上げるように蹴り上げた。
鳩尾への連続攻撃。そんなダメージに次ぐダメージ。クロードはそのダメージを受けつつ、さらにその蹴りによって大きく上空へと飛ばされた。そう。大きく、強く。
「くっ!」
その飛ばされたクロードの頭の中は、一瞬そのダメージ、痛みによって思考回路は麻痺させられていた。それを故意に狙っていた訳ではなかったが、カオスはそのクロードにさらなる追い討ちをかける。容赦しない。
クロードを蹴り上げたとほぼ同時にカオスはリングを蹴り、クロードを追って飛び上がった。魔力を足に籠めて飛び上がったので、それは凄まじいスピードだった。あっと言う間に飛んでいったクロードに追いつき、それを先回りする。上空でバックを取るのに成功する。
その頃にはクロードも復活し、空を舞えるのを活かして上空で止まったが、手遅れ。カオスは躊躇わず、前に居たクロードをリングに向かって殴り落とした。指と指とを絡め、両手で拳を作り、それを振り下ろしたのだ。
それは隙だらけのクロードにクリーンヒットする。マトモに当たり、クロードを遥か下のリングへと叩き落した。
クロードは一直線に落ちる。空を舞う術も殆ど効果の起こらない勢いだった。それから、クロードは地面に叩きつけられると一瞬で判断する。だが、それならばせめて打ち所は良くしないといけない。そう考え、体勢をある程度整え直して、リングに着地するのだった。足だけでなく手も使い、きちんといくらか勢いを殺しながら。
「チッ!」
クロードは舌打ちしながら立ち上がろうとする。周りの様子を把握し、カオスの位置を把握し、反撃を試みる。だが、それによってすぐに自分が拙い状態であると悟らされる。
カオスはすぐに見つかった。自分の目の前に立っていた。
反撃の隙は与えない。カオスはクロードをまた蹴り飛ばす。今度は横方向に。大きく蹴り飛ばすのだ。
「くっ!」
クロードは再び大きく飛ばされたが、今度はカオスの位置をその注意から外さない。きちんと何処に居るのか、何をしているのかを気を払いながら、その体勢を整え直す。そうしてリングに足を着け、カオスの方を振り返る。それと同時に、手に魔力を集中させる。
きちんと注意していた結果だ。その方向に、カオスは居た。
それを見て、確認して、それからすぐさまクロードはカオスに向けて反撃の放出魔法を放つ。普通の者なら骨も残らない程の、強力な放出魔法だ。それを、躊躇なく放った。
クロードの魔法は太く大きな光のラインとなり、カオスに向かって真っ直ぐに襲い掛かっていった。それはカオスにも把握出来ていた。だが、カオスは避けない。避けようとしない。
それを見て、クロードは驚愕する。
「どうした! 何故避けない? 抵抗しない?」
それはまるで自殺願望者のようであった。それは愚か者のようであった。それでは、ただ食らうだけ。無駄死にだと。
「まさか」
まさかとは思っていた。観客であるリニアも、そうであるわけがないと思っていた。だが、それはゼロの可能性ではない。どんな荒唐無稽な仮説であっても、それは絶対的なゼロの可能性にはならない。
だが、それはゼロである。マリアは言う。
「大丈夫よ~。アレは、カオスちゃんの手だから~♪」
「え?」
そして、それはマリアの言う通りになる。
カオスはニヤッと笑う。そうして、左手をそのまま真横へと翳しながら、あの言葉を唱える。
「ブラックホール」
それは非公開である対グレン(偽)の時と同じ。カオスの横に空間の亀裂が生じる。その亀裂の中に、クロードの放った魔法は引き寄せられるように吸収されていった。その魔法を吸い尽くすと、その亀裂は役目を終えたのを告げるように、そこから消えてなくなった。
そうして、リング上には静寂が戻る。何事もなかったように。クロードが何もしなかったように。無論、それは本当ではない。ただ、クロードからしてみれば真実だ。そう。クロードは大きな魔力を費やして魔法を放ったが、それは何の効果も与えてはくれなかったのだから。ただの無駄だったのだから。
「な、なななな」
その事実に、クロードは戸惑う。そのようなことがあってたまるものかと、狼狽していた。そのクロードに、追い討ちをかけるようにカオスはペコリと頭を下げながら言う。
「ご馳走様♪」
嫌味を。
「はああああ?」
その言葉が、戦いの当事者であるクロードを大いに混乱させるのだ。
だが、外で観ているだけのモナミは冷静だ。冷静に、その戦況を見極める。見極めが出来る。
『解説のモナミさん』
『はい』
『ク、クロード選手の放った魔法のレーザービームのようなものがなくなりましたけれど、カオス選手は何をしたんですか? 何かしたんですか?』
『どうやら、空間に穴を出して、そこに食わせたようですね。技の名前も“ブラックホール”と言っていましたから、引きつける性能もあるんじゃないかと思われます』
『そ、そうなんですか? 変わっていますね』
『ええ。変わっています。相手の攻撃への対処としては、普通は回避するか、捌いて軌道を逸らすか、同じ攻撃をぶつけて相殺するかのどれかに分類される筈ですからね。“食う”というのは、それの何処にも分類されません。回避か捌きに似ていますが、何か違いますね。これまで普通の戦いに身を置いていたクロード選手としては、こういった変わり種の技には大いに混乱しているんじゃないかと思いますよ』
「…………」
実際、クロードは混乱していた。さっきの反撃は、かなりの魔力を費やしての反撃だった。あれで倒せるとは思っていなかったが、あのように軽く処理されてしまうとも思っていなかった。
だが、それらは全て過ぎ去った過去。今更悔やんでも時は戻らないし、なくなった魔力も戻ってはこない。それならば、ここから仕切り直すつもりでやっていこう。ここから戦いを始めるつもりで、気持ちを切り替えていこう。
クロードはそのように気を取り直した。だが、そのクロードは失念していた。
そう気持ちを切り替えていること自体が隙なのだと。そして、対戦相手のカオスは、それを見逃してくれる程甘くはないのだと。当然である。試合は続いているのだから。どんな理由があろうと、そんな隙を見せる方がマヌケなのだ。
「あ」
だから、気持ちを入れ替えたクロードの視線の先に、さっきまでそこに居て、今も居る筈だったカオスの姿は無かった。クロードの死角をつき、そこから姿を消したのだ。
「よう。久し振り♪」
カオスの嫌味は絶好調だ。意地悪く笑いながら、軽くクロードのバックをとっていた。そして、躊躇もせずに右手を翳して、そこに魔力を軽く送る。それだけでカオスには良かった。
それだけで出来る。
「ホワイトホール」
それと同時に、カオスの右手の直下の空間がひび割れ、そこに亀裂が走る。その隙間から、魔力の塊がレーザービームとなって放たれたのだ。その光線が、クロードを襲う。
「なっ!」
隙だらけのクロードには、確実な防御類は何も出来なかった。もっとも、至近距離で、大したチャージも無しにそのような技を出されてしまっては、普段通りのクロードでもマトモな対処は出来なかっただろうが。
だから、これが精一杯。手を突き出し、体の重要な部分である頭部や心臓部を庇うだけ。
カオスのホワイトホールから放たれた光の放出魔法が、クロードを飲み込むようにして貫いてゆく。リングを穿ち、空を切りながら、リングの端にまでその傷痕は残された。その中で、クロードはせめて場外に落とされないように踏ん張っていた。
少々経って、その光の魔法は消える。クロードは何とかしてそのリングの上に残っていられた。無論、ダメージは大きく受けてしまってはいたが。
「へぇ。思ったよりもやるじゃないか」
カオスは残ったクロードを見て、面白いものを見るようにそう言った。
実際、カオスとしては面白いのだ。吸収するブラックホールから排出するホワイトホールに至るまでの過程、それはカオスにとっては大量の魔力を使うような大技ではなかった。普通の魔法に過ぎなかった。だから、ここで終わってしまうのはいささか尻すぼみのような気がしてならなかったのだ。もっとも、今回のこれでこの試合はますます自分にとって有利となり、公平でも何でもなくなっていると知っての上ではあるが。
「なっ」
面白そうに笑っているだけのカオスの向こうで、クロードは驚愕していた。このようなことがあってはならないと思っていた。
何の溜めも無く、大技レベルの放出魔法をカオスは繰り出した。そのように見えたのだ。しかも、カオスは殆ど魔力を消費しているように見えない。あれが彼にとって大した量ではないのか、それとも何らかのカラクリがあるかどうかは分からない。
だが、このままでは駄目だとクロードは思い始めていた。
『解説のモナミさん、いかがでしょう?』
『そうですね。このまま、何も無ければ、クロード選手は負けてしまいますね。現段階では魔力も、格闘も、カオス選手の方が1枚上手のように見えます。そして、何よりカオス選手の方が上手いです、戦い方が』
「くっ」
そんなのは、クロード自身も分かっていた。だから、それは悔しい。だが、その一方で嬉しくもあるのだ。このように、目標があること、挑戦するということは、戦士として喜びなのだから。
「面白い。まさか、こんなにも追い詰められてしまうとはな」
「…………」
だが、カオスは笑わない。これからどうなるか分かっているからだ。そう、これで終わる相手だとはカオスは思っていない。
「ふ~ん」
ちょっとイマイチね、あの男は。
マリフェリアスはカオスと戦っているクロードを見てそのように判断した。その判断基準は、前回の対魔戦争の時の幹部連中。そうやって比べる自体クロードにとっては酷ではあるが、騎士と名乗るからにはその位やってもらわなければ困るともマリフェリアスは思っていた。そして、アレクサンドリア連邦の騎士連中には、そのラインに達している者は殆どいないというのも感じていた。それは、この試験の仕組みによる功罪。どんな者が出場者であれ、毎回4人を合格にしてしまうその仕組みによるものだ。
もっとも、私にとってはそんなことはどうでもいいんだけど。
「ま、私には関係ないしー」
マリフェリアスはそこまで思考を巡らせておいて、最後はそのようにして丸投げにしてしまう。面倒臭かったのだ。自分がやらなくても良いと思っていたのだ。
そして、そのマリフェリアスの関係無い所で、カオスとクロードの戦いは続く。
「ああ。本当に面白い」
クロードは言う。
「まさか、ここまで追い詰められてしまうとはな。どうやら、奥の手を使わないといけないようだ」
「まあ、そうなるだろうね」
「ですね」
観戦しているルナもリスティアも驚かない。当然そうなってしかるべきだと思っていたのだ。予定調和だ。そして、それはカオスにとっても同じ。予定通りの展開だ。奥の手の1つや2つはあると思っていたのだから。
「チッ。もったいつけてカッコつけやがって」
どうせ見せるのだから、あれこれウダウダ言ってないで、とっとと見せればいいのだ。
そんなことを思いながら、カオスはちょっと毒づいてみた。