Act.107:闇と光の対峙Ⅱ~肉弾戦~
☆対戦組み合わせ☆
二回戦<Bランク試験合格決定戦>
9:× Dr.ラークレイ vs リスティア・フォースリーゼ 〇
10:〇 ルナ・カーマイン vs アッシュ ×
11:× オーディン・サスグェール vs デオドラント・マスク 〇
12: クロード・ユンハース vs カオス・ハーティリー
リングの上、カオスとクロードは対峙している。真っ直ぐに見据え合っている。
二人の間に緊張感が走る。これからが本番とでも言うように。
「すぅ。はぁぁぁぁ」
カオスはゆっくり息を吸い、それをまたゆっくりと吐く。体の巡りを良くしてから、力を入れる。魔力を充溢させてゆく。
カオスの魔力はゆっくりと充溢が始まっていたが、溢れる魔力の増加量は充溢させる毎に跳ね上がり、それはすぐに莫大な量となっていた。
カオスの魔力がオーラとなり、鎧となり、カオスの体を包む。
「ふふふふ」
それを見て、クロードは楽しそうに笑う。真剣な戦い。それこそがクロードの望みであり、楽しみである。だからこそ、これからが非常に楽しみだった。
そして、クロードもそれに倣う。自身の魔力を充溢させる。同じように、魔力の鎧を身に纏って、それを力としてゆく。
騎士等の、真の実力を持つ者同士の戦いとはそういうものなのだ。それぞれ魔力の鎧を纏いながら、相手の鎧を破壊せんとする。力を尽くし、それを破壊し、そこから肉体を破壊するのだ。そういう戦いとなる。
それは死闘。これから始まるのはそういった死闘なのだ。
そして、始まる。誰かが合図した訳でも何でもないが、カオスとクロードは互いに攻撃を仕掛けてゆく。地を蹴り、相手に向かって襲い掛かる。
まずは物理の接近戦。拳と拳を交える肉弾戦。カオスとクロード、相手に向かってほぼ同時にパンチを繰り出した。その瞬間に同時と分かったので、やはりそれぞれ同時に拳の軌道を曲げて、それが相手の攻撃からの防御となるように仕掛け直す。
その拳同士がぶつかる。それぞれの魔力、力と力がぶつかる。双方の力の大きさはほぼ均衡しており、カオスとクロードはそこで動きを止めざるをえなかった。そのまま時が過ぎる。そう思われた。だが、双方共にそうはしない。その拳を二人共早々に退いて、次の攻撃を繰り出す。カオスは蹴り、クロードは拳だった。
そして、その攻撃も同時に繰り出されたので、そこでまた拮抗状態となる。だが、それはさっきの拮抗状態よりも早く崩れる。カオスが自ら自分の体勢を後ろに崩したのだ。そうして、カオスは自分の体を意図的に後方へとゆらりと倒した。
それによりクロードの体はバランスを崩し、前方へと倒れそうになる。それはふんばれそうにない。いや、仮にふんばれたとしてもそれは大きな隙となると思い、クロードは前方に倒れそうになるのを利用して、その流れに乗っかって、下方に居るカオスに倒れ掛かると同時に追撃をかけた。
だが、カオスは意図的に倒れた。そう、作戦上だ。だから、そうされる前に、手をしっかりとリングにつけて受身を取りつつ、その反動をバネにして、すぐさまクロードに攻撃を仕掛けた。バネと勢いをプラスした下方からの蹴りだった。
それが見事に当たる。カオスの魔力がたっぷり入っている蹴りが、クロードの腹部にクリーンヒットした。クロードはその蹴りによって大きく上方へと飛ばされた。ビルの何階にも匹敵する程、大きく空へと飛ばされた。
それは、さらなる隙。追撃のチャンス。それを逃しはしない。
カオスは地を蹴る。飛び上がり、クロードに追い討ちをかけんと空へと向かっていく。だが、それはクロードにも分かっていた。感知したとかそういうのではなく、戦士としてそうするであろうといった予測からだ。自分もカオスだったならば、そうしていたに違いないからだ。
クロードはカオスを迎撃すべく空中で体勢を整え直す。空であっても、魔力を軽く放ったり、風を利用したりすれば、体勢の1つや2つ、整え直すのは難しくはない。
カオスがクロードに迫った頃には体勢の立て直しは終わり、クロードはカオスを迎撃する。殴りかかってきたカオスの拳を流し、それを防御。その直後、そこからの反撃としてクロードもパンチを繰り出す。が、そっちもカオスによって流され、防御される。
そうして、空中での格闘戦が始まった。タイムリミットは地面に着くまでの5秒。そう、たったの5秒。だが、そこでもカオスとクロードは死力を尽くすかのように全力で戦う。
5。
カオスは蹴りを繰り出す。クロスレンジである為、リーチの関係上膝蹴りだ。しかし、それはクロードによって防御される。手のひらで押さえ込まれる。いくら魔力がコーティングされているとは言え、腰の力も入らず、勢いも生まれていない膝蹴りでは、その程度の防御で十分だった。クロードにとって、害は無かった。
4。
その反撃として、クロードはその膝蹴りを押さえた部分を支点として、体ごと回したような回し蹴りを放った。その遠心力を攻撃力に換えた十分に威力のある蹴りだった。が、それをカオスは回避する。体を前傾させて、その攻撃の軌道から逃れた。
クロードの攻撃は、パワー重視のものだった。だから、その分予備動作が少々長くなってしまった。それを見ておけば、カオスからすればその軌道を読むのは簡単だった。
3。
それにより、今度はクロードに隙が生まれる。外した回し蹴りによって、カオスに背中を向ける形となってしまった。そこを逃してはならない。カオスは攻撃を仕掛けようとする。
が、その前にクロードがカオスに攻撃を仕掛けた。腰をひねり、肘を引き、それをクロスレンジの位置に居るカオスの腹に叩き込む。
背中を向けたら、隙だらけになるのは承知。ならば、やられる前にやれといった戦法だった。無論、そこまで計算していた訳じゃない。そのようなリスクが高いばかりの戦いはしない。その場その場の対処でしかない。だが、それも戦い慣れたクロードの技術の1つだった。
2。
クロードの肘打ちを食らったカオスは、そこから反撃を仕向ける。肘打ちのダメージで多少こちらの動きが鈍ろうと、背中を向けた上に攻撃を仕掛けたクロードが、体勢を整え直すより早く攻撃する事は可能だ。カオスは肘を曲げリーチを短くした拳を、クロードの背中に叩き込んだ。それにより、クロードに小さなダメージを与えた。
肘打ちと背中への拳、空中戦でのダメージは5分5分。もっとも、そのどちらもがしばらく時が経てば消えてしまうような些細なものだったが。
1。
次の瞬間に、両者共に地面に落ちてしまう。叩きつけられてしまう。それは避けておきたい。その為、カオスとクロードは互いに攻撃を仕掛け合い、それをぶつけて、パワーを爆発させて、そこに反発力を生んだ。その勢いで、互いの間合いを長くしながらも、落ちていく下へと向かう勢いを、そのまま横方向のものへとスライドさせたのだ。そうして、落下によるダメージを防ぎつつ、空中での格闘戦は終わりを迎えた。
だが、試合そのものは終わらない。カオスとクロードはリングに足を着けると、その瞬間に相手に向かって襲い掛かった。その間、0.1秒にも満たなかった。空中で互いに距離を取っている間に、相手の位置を捕捉していたので、目標を探す時間がゼロだった為だ。
カオスは駆ける。クロードも駆ける。だが、そのままぶつかるのでは芸が無い。カオスは左足を外側に踏み込み、そこを軸足として右にその移動を変える。そうして少し距離を取った後、クロードを中心部として弧を描くように動きながら隙を窺うといった戦法ではあった。
が、それは不可能となる。クロードもカオスに倣って直進を止めた。カオスが真正面に居ないのならば、自身の戦法に意味は無いからだ。地を蹴りつつ、カオスの位置を探す。今までに無い程に速いスピードで。しかし、それはカオスも同じだった。
そして、それが観客達を驚かせる。
『あ!』
それは実況アナウンサーも同じ。驚嘆の声を上げさせられる。
『二人共消えました! リング上から忽然とその姿を消し去りました!』
実況アナウンサーには、カオスとクロードの姿は見えなくなっていた。ただ、そこからカオスとクロードがいなくなったわけではないことだけは勘付いていた。姿は見えずとも、戦いの音だけは聞こえ続けているからだ。攻撃、防御、攻撃、防御、二人のそれらの行為は、音だけとなって観客に届けられた。
「ふ、不思議だ」
アレックスは首を傾げた。どのような魔法を使ったんだ、何時の間に二人共そういう魔法を使ったんだ、と疑問に思っていた。魔法による効果で、自分にはその姿が見えないものだと思っていた。
打ち、守り、打ち、守り、ただ音だけが耳に聞こえる。ただ、それは普通の観客にとってだけだった。控え室に居るルナとリスティアや、特別室に居るマリアやリニアは、全く驚きもせずにその戦いを観ていた。
それを見て、リスティアは感心する。
「強いですね。二人共」
「そうね」
ルナとしては、カオスがこの位は最低でもやると分かっていた。だから、カオスに関しては驚かなかった。ただ、クロードに関しては少々驚いていた。女性観客達からキャーキャー黄色い声援を受けていたので、実力の伴わないアイドル的なものかと思い込んでいたのだ。だが、こうしてその堅実な強さを見せられると、それは全くの誤解であると悟らされていた。
「いい動きじゃないか」
「でしょ~♪」
リニアは自分の生徒がここまで成長してくれたのを素直に喜んでいた。マリアはカオスがここまで成長していたのは分かりきっていたので、とりたてて喜びはしない。ただ、こうしてカオスと張り合えるクロードという存在は、カオスにとって有用な存在であると喜んでいた。それだけでも、カオスにこの試験を受けさせた甲斐があるというものだった。
『ふむ。今のところ、互角の攻防のようですね』
解説のモナミは、驚いている実況アナウンサーを放っておいて、冷静に戦局を分析していた。カオスとクロード、双方がどれ程の余力を残しているのかまではこの時点では計れないが、今のところどちらか側に大きく有利な状況というわけではないと彼女は踏んでいた。
『って、ええ!』
そのことに関しても、実況アナウンサーは驚く。
『か、解説のモナミさん。リングの上では何が起こっているのですか? 私には何も見えないんですけど』
『ん?』
モナミは少しきょとんとした顔をする。別に特別なものがリングの上で繰り広げられている訳ではなかった。そう、彼女からすれば。ただ、それがそのまま一般の人間に通用するものでもないのも、彼女は分かっていた。
だから、答える。解説を請け負う者として。
『ああ、普通に殴ったり蹴ったりして戦っているだけですよ。魔法の類はその攻撃や防御等の、肉体の強化以外には使ってはいないので、本当に純粋な肉弾戦と言えるでしょう。ただ』
モナミは付け加える。
『ただ、そのスピードは非常に速いので、戦いに身を置いていない通常の人には全く見えないのかもしれませんね』
その解説の言葉に、アナウンサーは驚く。
『ほ、本当ですか? 魔法か何かで姿を消したのではなくて』
『ええ。そんなことはしてないですね』
普通の人達には、目にも映らない戦い。そのようなものがあるなんて、実況アナウンサーは分からずにいた。だが、こうして目の前にそれは繰り広げられている。ならば、彼としても認めざるを得なかった。自分達と、騎士になるような者達のあまりにも大き過ぎるレベルの差を。
そのテレビを観ていたアレックスも驚く。自分は戦いに身を置いている戦士であると思っているのに、そのレベルは一般市民と大して変わらないと判断されてしまったも同然だった。カオスやルナ達によりも、そこら辺の人々の方が近い。こんなショックなことはなかった。
そうしている間にも、目にも映らないハイスピード名戦いは続いていた。が、それは突如として終わりを告げる。カオスがその足を止めたのだ。それにより、まずはカオスの姿が皆の目に映るようになる。
「はっ!」
その足を止めたカオスに向かい、クロードが真っ直ぐに駆けていく。多々なる方向転換による視界の攪乱、それを含めての目に映らぬ戦いだった。だから、一直線に向かっていくクロードのその姿も、また観客の目には映るようになった。
クロードは真っ直ぐにやって来る。そのクロードを、カオスは迎え撃つ。右手に魔力を集中して、それをクロードに向かって解き放つ。
「ダークマシンガン」
黒きマシンガン。魔法の散弾銃。カオスの右手から、無数の魔法の黒い弾丸が撃ち出され、それが真正面から接近してくるクロードを襲う。流れ弾はリングを割り、地を抉り、土埃を上げる。その急激に悪化した視界の中で、ダークマシンガンはクロードを急襲した。
これはたまらない。受けていられない。
クロードは即座に判断して、そこからの離脱を図る。ダークマシンガンの1つ1つのダメージは小さいが、それを連続して食らうとよろしくないと感じ取っていた。
クロードは地を蹴り、上空へと逃れる。視界の良い上空に逃れ、そこから眼下のカオスを狙い撃ちしようという算段だ。
だがしかし、それは見破られる。カオスはそれを看破していた。元々、ダークマシンガンで倒すつもりなど毛頭なかった。そもそも、相手を即倒せるような技でもない。だから、ダークマシンガンを撒餌にして、そこから上空に逃れさせる。その隙を演出させたのだ。
だから、それはクロードが土埃の中から飛び上がったのとほぼ同時であった。カオスはダークマシンガンの射出をやめ、そこから地を蹴ってクロードに向かって飛び上がった。
「なっ!」
それは、クロードにとって予想外だった。自分が飛び上がれば、何かしらの反応を示すだろうとは思っていた。あのままダークマシンガンを撃ち続けるような愚物ではないとも思っていた。だが、このような早い判断を下すとは思っていなかったのだ。
だから、反応出来ない。そして、その隙をカオスは逃さない。空中で無防備になっていたクロードに、強く蹴り込むのだ。それは、クロードにクリーンヒットする。クリーンヒットし、クロードは横方向、斜め下へと大きく蹴り飛ばされた。
クロードの体は飛ばされる。飛ばされ、飛ばされ、そこは……
『おおっと、クロード選手飛ばされた! そこは場外だ! その下の地面に着いてしまったら、それでお終いだ! しかし、これはもうどうしようもないか!』
実況アナウンサーは叫ぶ。そう。場外である。リングの外に出てしまうのだ。そして、それをカオスは狙っていた。騎士になれるかどうかを決める決定戦であるとはいえ、これはまだまだトーナメントの途中。この辺りで早々に勝ちを決めれれば良いな、と思った上での作戦だった。
だが、それは実らない。場外方向へと大きく飛ばされたクロードではあったのだが、地面に着く前にそこでピタリと止まってみせた。空中で静止してみせた。重力に逆らって。
「な!」
カオスは驚く。他の皆も驚く。
『おおっと、クロード選手、何と空中で止まりました。宙を浮いております!』
「チッ。早々上手くはいかないか」
カオスは舌打ちをしながら、真っ直ぐリングの上に着地する。ただ、その顔にはそんな悲愴さは無い。これで自分の出来ることは終わりではないし、昨日のグレン(偽)との戦いで、こういう術があるということ自体は知っていたので、術に対する驚きもない。
一方、クロードはゆらりと浮遊しながら無事にリングに戻る。ここでの試合は体がリングの外に出てしまっても、地面に触れていなければOKなので、この時点では負けにはならない。ゆらりと、余裕の面持ちでリングに戻る。
そして、リングの上で面と向かったカオスに対して誇らしげに言う。
「フッ。このクロード・ユンハースに場外負けは存在しない。だから、倒したいのならば、その力で来るんだな」
「ケッ。面倒くせーな」
さっきの策に対して、多大な期待を抱いていた訳ではない。それで終わったら楽だ。簡単だ、という棚から牡丹餅的なものでしかない。それがなくなっただけだ。とは言え、別にバトルジャンキーじゃないカオスからすれば、勝ちを拾えなかった展開は面倒臭いものに変わりはない。嗚呼、だらけてぇなと。
その言葉にクロードは絶句する。彼の思った以上に、カオスはマイペースな男だったと。