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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter5:トラベル・パスBランク試験
126/183

Act.105:騎士道精神Ⅲ~理想と意地~

☆対戦組み合わせ☆

 二回戦<Bランク試験合格決定戦>

 9:× Dr.ラークレイ       vs リスティア・フォースリーゼ 〇

10:〇 ルナ・カーマイン     vs アッシュ          ×

11:  オーディン・サスグェール vs デオドラント・マスク

12:  クロード・ユンハース   vs カオス・ハーティリー

 オーディンは再び全身に魔力を行き渡らせる。魔力で肉体をコーティングして、それを攻撃力と防御力の増強に当てる。パワーファイターの典型的な戦闘術であり、馬鹿の一つ覚えとしか言えないやり方だけれど。

 オーディンはそれしか出来ない。それしか取り柄はない。そして、他の方法を探るなんて、今までの人生を否定するような真似も出来ない。


「はっ!」


 オーディンは正面から攻め込んでいく。しっかりと踏み込んで、魔力の籠もった回し蹴りをデオドラント・マスク目がけて炸裂させる。

 デオドラント・マスクはその攻撃を回避しない。罠を仕掛けて陥れもしない。防御してみせるのだ。その腕で。

 デオドラント・マスクはオーディンの攻撃を防御する。その体勢はぶれない。ビクともしない。全く利いていないという証拠だ。


「…………」


 全力の攻撃、それがノーダメージで防御されてしまったことに、オーディンは少なからず戸惑っていた。だが、すぐに思考を切り替える。

 防御しても体を使っている限り、ダメージがゼロというのはありえない。ならば、どんどん攻めていけばそれは次第に大きなダメージとなるだろう。ノックアウトさせられるだろう。

 そう考え、次の攻撃を繰り出す。だが、それも防御される。

 それならば、さらに次の攻撃、はなかった。デオドラント・マスクはオーディンの2つパンチを防御すると、そのまま間を置かずに反撃に移った。腰をしっかりと落とした右の回し蹴りだ。

 それがクリーンヒットして、オーディンの体は大きく飛ばされた。地面に着き、その勢いのまま数メートルリングの上を滑っていって、やっと止まった。

 その結果、場外には落ちなかった。だが、オーディンはダメージを食らった。圧倒するつもりが、却って吐血する程の隠しようのないダメージを与えられてしまったのだ。


「くっ」


 そこでオーディンは気付く。悟らされる。自分はパワーでも押され始めていると。口から漏れる鮮血と、体に残る痛みが、それを如実に語っていた。

 負けると。


『勝負ありましたね』


 解説のモナミも、そう冷静に切り捨てる。もう、オーディンには勝ち目は無いと。


『え? そうなんですか? まだ1発食らっただけですし、オーディン選手はタフそうですけど』

『でも、パワーでもスピードでも勝てないようでは、手も足も出せない状況だと思います。失礼ですが、頭脳面でも勝てそうにないですしね』

『成程』


 実況アナウンサーは納得する。納得してしまう。確かにそう言われてみれば、オーディンにはデオドラント・マスクを倒す為の手段が無い。偶然を祈るしか、彼には残されていない。そして、偶然なんかはない。

 それはオーディン本人が一番良く分かっていた。しかし、オーディンは退かない。退くという選択肢は、彼の中には存在しない。


「くそぉおおおおっ!」


 オーディンは限界まで己の魔力を充溢させ、それをエネルギー波にしてデオドラント・マスクに向けて放った。当たれば金星、大ダメージに至る必殺攻撃だった。

 しかし、デオドラント・マスクはその攻撃にすぐに気付いていた。むしろ、そうやると予測済みだった。だから、そんなのはデオドラント・マスクにしてみれば稚拙な攻撃に過ぎない。蹴飛ばされた直後の魔法攻撃さえ回避したデオドラント・マスクである。直立時に放たれたそんな攻撃を回避するなんて、朝飯前の余裕のことだった。

 そのようなことにも気付けない程、オーディンは頭に血が上っていた。

 デオドラント・マスクはオーディンの攻撃を余裕でかわす。そして、そこからスライドし、またオーディンの背後に回る。スピードではどうしても敵わないオーディンは、そこでもまた隙だらけの背中を提供してしまう。

 その背中を、デオドラント・マスクは蹴る。サッカーボールのように蹴る。

 それがまたクリーンヒットして、オーディンの体は大きく飛ばされた。地面に当たり、その勢いのまま数メートルリングの上を滑り、やっと止まる。

 その結果、今度も場外には落ちなかった。だが、オーディンはまたダメージを食らった。吐血する程の隠しようのないダメージを、与えられてしまった。体の表面、皮膚も傷付き、出血し始めている。とうにオーディンは限界を越えていた。

 それはオーディンも心の中で理解していた。だから、思う。思い知らされる。

 勝てないと。どうやっても勝ちようがないと。

 それでもオーディンは立ち上がる。ゆっくりで、その足取りは不確かだけれど、立ち上がってデオドラント・マスクの姿を真正面から見据える。戦意は衰えていない。勝機は無くとも、オーディンは己の戦いを捨てる気は毛頭無い。

 その姿に、観客は戸惑う。


「ま、まだ戦うつもりなのか?」

「もう充分やったじゃねぇか」

「勝てっこねぇよ」


 だから、やめろ。やめるべきだ。観客はそう思っていた。これ以上戦っても、痛い目に遭うだけで、何にもならないのだから、この辺りで退いてしまった方が賢明だ。そのように思っていた。だから、オーディンの非合理的な行動に戸惑いを隠せなかった。

 その考え方は、正しいのだろう。客観的に。それはオーディンも分かる。だが、従わない。

 守るべき主義・主張があるのだ。オーディンは、それを息切らしながら叫ぶ。


「騎士とは、護る者だ。守護者だ。その背中に、数多の民衆の命を背負い、戦う者だ。敗北、逃走は、そのまま民の死を表す。故に、騎士たる者に『退却』という文字は存在しない! 存在してはならない! それこそ俺が目指す騎士、持つべき騎士道精神だ!」


 そして、締めくくる。


「だから、このオーディンにも『退却』という文字は無い。もし、俺に勝ちたいと言うのならば、俺を殺せ! それ以外はない!」


 立つ力がある限り、戦い続けるのだとオーディンは言った。相手が強大で、自分には勝ち目がゼロなのだとしても。それが、騎士となる者のすべきことなのだと謳った。

 そのオーディンの姿は堂々としていた。迷いも何も無い。自分の往く道に疑いを抱かず、その目にも一切の曇りは無い。

 そのオーディンの姿を見て、デオドラント・マスクのリアクションは皆無だった。ただ、降参はないとは理解したのか、その指で黙ってオーディンを手招きする。かかって来たいならば、来ればいいという挑発だ。


「ハハッ」


 それを見て、オーディンは嬉しそうに笑う。彼にしてみれば、自分の考えに応えてくれたことになるのだ。


「かかって来いってか? 上等だ。行ってやるさ。何度でも。何度でも。何度でもなっ!」


 満身創痍の体に鞭打って、オーディンはデオドラント・マスクに向かって攻めかかろうとした。地を蹴り、駆け出す。そして、攻撃。

 だが、その攻撃はデオドラント・マスクには届かなかった。攻撃を仕掛けられなかった。


「え?」


 オーディンは何かにつまづいたようにして、その場に転んでしまった。敵前での転倒である。


「つ……」


 ま、まさか、もう体が動かなくなってしまったのか?

 そう思いながら、ひんやりとしたリングに手をついた。オーディンは受け身には成功していたが、それでもカッコ悪いのに変わりはない。気恥ずかしさを感じながら、オーディンはすぐに立ち上がろうとする。

 そして、その手に体重をかける。その瞬間だった。


「なっ?」


 止まっているべき手が、止まらなかった。体重を預け、支点となっているべき手は、無情にも冷たいリングの上を前方へと滑ってしまう。

 そう、滑ったのだ。そして、それによる体のバランスの崩壊。それに逆らう術は、起き上がる前のオーディンにはなかった。すぐに転んでしまう。手と足が大の字になってしまったように、べちゃっと。みっともなく。

 って、これは試合直後と同じ手じゃないか!

 オーディンはそこで気付かされた。滑りながら。大の字にべちゃっとなりながら。

 そのオーディンの姿を見ながら、デオドラント・マスクは軽く左手に魔力を集中させる。そして、親指以外の4本の指で、ざっとアーチを描いて半円状の氷の棒を出現させた。

 それをデオドラント・マスクは、オーディンに向かって放った。4つ氷の曲線は、オーディンの四肢を捉える。その半円のリングがブレスレットのように、倒れたオーディンの両手足首を掴み、冷たく輝くリングに突き刺さる。その氷のアーチと氷で覆われたリングがくっついて、オーディンの体はがっちりとリングに倒れた形のまま固定化された。


「な、何だこりゃ?」


 オーディンは外そうとする。だが、外せない。力も無ければ、落ち着きも無いからだ。


『拘束系の魔法ですね。実戦ではあまり使い勝手が良くない魔法なんですけれど、今のオーディン選手には効果覿面ですね』


 モナミは解説を入れる。

 オーディンには外せない。そのように彼女は見ていた。そうする為の力はオーディンには残されていないし、落ち着いて外せるような心も今のオーディンには無い。さらに、オーディンは今倒れている、ダウンしている状態である。つまり、10カウント以内にそれを解除して立ち上がらなければ、それで負けなのだ。

 そして、無情にもカウントは始まる。


『カウントを始めます。1、2、3……』

「な! 俺はまだ戦えっ」


 オーディンは焦る。その焦る気持ちが、余計にオーディンを動けないものにする。カウントに対する反発心がオーディンを突き動かそうとするが、それでも動けないものは動けないのだ。


『4、5、6……』

「ま、床に這ってりゃダウンになるわな」


 動いていようと、固定化されていようと、リングの上に倒れていたら、ダウンとして扱われる。カオスは特に反発はしなかった。あのような手にかかる方がマヌケなのだ。


『7、8、9……』

「…………」


 このまま、動けないままの方がオーディンにとってもいいだろう。

 クロードはそのように思っていた。なぜなら、そこで仮にオーディンが立ち上がったとしても、戦いが続行したとしても、彼には勝ち目は無い。オーディンが満身創痍なのに対して、デオドラント・マスクは全くの無傷。それどころかデオドラント・マスクは今まで何一つ喋らないどころか、声一つ上げることもなく、息を切らすこともない。戦いとしては、話にならない。5回コールド負け状態の野球の試合より酷く、まるで大人と子供くらいの差がある。

 それでも、最後までオーディンは戦い続けるのは明白である。だが、そうするメリットは無い。この戦いには、護らなければならない者もいなければ、それを侵す外敵も存在しない。戦い抜いても、戦う者、オーディンが傷付くだけだ。言ってしまえば、勝てないのなら早々に退いた方がいい。

 それが出来るのだから、この状態はオーディンにとっては良いのだとクロードは感じていた。今年は駄目であるが、ここで酷い怪我をしないで退けば、それを来年に繋げるからだ。

 来年、そしてそこでオーディンの今年の夏は終わる。


『10。デオドラント・マスク選手の勝利です! よって、Bクラス試験合格者の3人目は、デオドラント・マスク選手に決定しました!』


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