Act.104:騎士道精神Ⅱ~表層と内面~
☆対戦組み合わせ☆
二回戦<Bランク試験合格決定戦>
9:× Dr.ラークレイ vs リスティア・フォースリーゼ 〇
10:〇 ルナ・カーマイン vs アッシュ ×
11: オーディン・サスグェール vs デオドラント・マスク
12: クロード・ユンハース vs カオス・ハーティリー
『解説のモナミさん。この戦い、どう見ます?』
『感じる魔力では、僅かながらオーディン選手の方が上ですね。少々、彼が有利に進めているようにも見えます。まあ、まだこれだけでははっきりとは分かりませんが』
断言は避けていたが、解説者もオーディンが今のところ有利と感じていた。
オーディンとデオドラント・マスク、報道の2人が喋っている間も攻防は続く。攻撃、防御、攻撃、防御、その動きはそれまでと変わらないように見えた。だが、すぐにその動きに変化が現れる。オーディンがデオドラント・マスクからの胸部への攻撃を食らったのだ。幸い当たった場所は急所ではないので、特に大きなダメージは受けない。だが、それでも今までと違ってゼロではない。
が、それはオーディンの策謀。オーディンはその攻撃が大したダメージにはならないと予測した上で、それを敢えて食らったのだ。そうやって食らって、間合いを詰めたのだ。
「はっ!」
肉を切らせて骨を断つ。オーディンはそこから反撃を食らわせる。左の拳を食らわせる。
至近距離からの反撃。攻撃直後で、かつ至近距離からということもあり、デオドラント・マスクは回避も防御も出来ずにそれを食らってしまった。
そして、それによってデオドラント・マスクは体勢を崩してしまう。それも隙。オーディンはそれを見逃さない。体勢を崩したデオドラント・マスクに今度は右の拳を食らわせて、そこからさらに蹴りを入れてデオドラント・マスクを蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされたデオドラント・マスクは受身は取れたものの、きちんと着地は出来ず、そのままリングの上に倒れこんでしまう。
倒れた対戦相手、だがオーディンはそんな相手にも容赦しない。攻撃の手は緩めない。むしろ、これは絶好の機会。これを逃す手は無い。
「トドメだ」
素早く魔力を上限まで引き上げて、それを発動させる。
その刹那、周囲は光に包まれる。魔力発動の起点、デオドラント・マスクの下の部分からオーディンの魔力が光を放ちながら炸裂したのだ。
「地熱魔法、ヴォルカニック・イラプション」
その言葉と共に、会場内は爆発音のような轟音に包まれた。否、実際に爆発しているのだ。デオドラント・マスクの下部にあったリングのその下で。火山のそれのように、熱を持った地熱が爆発を起こして、それがそのまま上部へと吹き上げられたのだった。
リングは削られ、月面のクレーターのようになる。そこから悪夢のような炎が噴出して、それを空に吸い込ませる。地を揺らしながら、その破壊の光景は観客達に恐怖の色を染み込ませていった。それは、地の揺れが収まってゆき、吹き上げられた炎が消え、それと共にあった煙が空中に紛れても薄れる事はなかった。
恐怖、そして驚愕は観客を支配する。だが、少し時が経っていくらかの観客はそれを口に出来るようになっていた。
その声を隠さず、吐露する。
「な、何だったんだ。あれは?」
「し、死んだぞ。間違いなく」
「うわっ。怖~っ!」
1つの声が出たら2つ、2つ出たなら3つと、観客の声は次第に広がっていた。観客はデオドラント・マスクがそれを食らって殺されてしまったものだと思っていた。何も出来ず、消え失せてしまったと思っていた。
だが、オーディンはそうは思っていなかった。あの攻撃でデオドラント・マスクが死んだとは夢にも思っていない。だからこそ、冷静な眼差しのまま、戦闘時の緊張を解かないままでい続けていた。
死にはしないだろう。
オーディンはそのように確信していた。そんな程度の攻撃で死ぬのならば、さっきの攻防だけで決着をつけられていた筈だ。そう思っていた。
もっとも、あれを食らってしまったらいかにデオドラント・マスクでも意識は無くなっているのだろうが。
オーディンは自分の技に対してそのくらいの自信は持っていた。
とは言え、無事か、気絶か、死亡か、実際はハッキリとその目で見なければ分からない。百聞は一見にしかずというものだ。だから、審判は安全圏から飛び出して、オーディンが穿ったその穴の中をのぞく為に飛び出していった。
『カウントをとります』
審判はすぐに穴の傍に辿り着き、その中を見渡す。丸くクレーター状になった穴、その周囲部分から底までぐるりとしっかりと見渡す。そこで、彼女は首を傾げる。
『あれ?』
『審判、どうかしましたかー?』
穴を見るだけで、カウントをとろうとしない審判に、実況アナウンサーはマイク越しに声をかける。何かトラブルがあったのではないかと。
トラブル、それはあった。彼女は報告する。
『いません。デオドラント・マスク選手、穴の中には影も形もありません』
「何?」
オーディンは心の底から驚く。
無事か、気絶か、死亡か。それはその3つの内で、オーディンにとっては悪い結末の“無事”だったからだ。客観的に考えれば、“死亡”で失格になるよりはマシと思えるのだろうが、その“無事”の選択肢は考えもしなかったので、それは彼にとって大きなショックとなった。
ショック。だが、試合は続く。オーディンは落ち着きを取り戻そうと試みる。そして、そうしながら辺りの様子を探ってゆく。
デオドラント・マスクはあの穴の中には居ない。それはすなわち、ダウンをしていないこととなる。十分に戦える状態であるということだ。
ならば、自分もそうしなければならない。オーディンはそう考えながらデオドラント・マスクの姿を探し求めるが、一度集中を失ったオーディンにはなかなか見付けることは出来ないでいた。
そして、それが隙となる。いち早くそれに気付いたクロードは、届かぬと分かっていながらモニターに向かって思わず叫ぶ。
「う、後ろだ。オーディーンッ!」
気を乱しながら対戦相手を探すオーディンの背後、音もなく影のようにデオドラント・マスクはその姿を現した。外傷等は全く無し。オーディンが何もしなかったかのように、デオドラント・マスクのその姿は無事だった。
後ろ。デオドラント・マスクはあっさりとオーディンの背後を取った。そのデオドラント・マスクは躊躇無く、素早く、隙だらけのオーディンに攻撃を仕掛ける。
蹴り。デオドラント・マスクの攻撃は単純な蹴りだった。魔力を籠めて特別な効果を添付すらしない、ただ普通の蹴りだった。
だが、それを食らうのは隙だらけのオーディンの背中。オーディンはそれをマトモに食らい、マトモにダメージを受ける。蹴り飛ばされてしまうのだ。
オーディンの体は大きく飛ばされた。リングに1回、2回と叩きつけられ、跳ね飛ばされ、それでもその勢いは止まらなかった。吐血しながら、オーディンの体は再び宙に舞っていた。
「くっ!」
2回リングに叩きつけられたオーディンは、今度またリングに叩きつけられるのはさすがにマズイと一瞬で悟った。いくら体躯に恵まれていても、何度も何度もダメージを食らい続けていたら、体を壊してしまうのは普通の人と同じ。
かと言って、体を翻したりして受身が取れる状況ではない。リングに叩きつけようとする勢いは、未だに強過ぎる。
だから、オーディンは攻撃を仕掛ける。対戦相手のデオドラント・マスクではなく、自身にダメージを与えるであろう直下のリングに。エネルギー波を叩き込み、それを相殺するのだ。
それは成功する。リングに向かって下方に落とされていたオーディンは、そのエネルギーによって勢いを殺しつつ後方へ、上方へと逃れていった。それにより、オーディンはリングのちょっと上方でふわりと浮いているような状態となった。
それでもオーディンは何度もリングの方に引き寄せられる。大地に引力がある限り、それは避けられない。だが、デオドラント・マスクの蹴りによる勢いはもう無い。あるのは、ただの引力。それならば、彼にとっては何の問題も無い。オーディンは簡単に体勢を整え直してリングの上に着地したのだ。
着地して、オーディンは対戦相手のデオドラント・マスクに向き直る。睨み直す。そして、少し笑う。
「ほう。アレを回避したのか。パワーは無くとも、スピードと運は素晴らしいじゃないか」
無傷のデオドラント・マスクを見て、オーディンはそう理解する。そうでなければならないと無意識に思い込んでいた。先程の技は必殺。食らえば必殺。そう自負していたのだから。
何かしらの悪い偶然が重なって、そうなったのだろう。そう思い込むことによって、自身のプライドを守っていた。愚直なまでに長年鍛え続けていた実績と、その誇りを。
それは素晴らしいものだ。だから、負ける訳がない。そう思い込んでいるからこそ、オーディンはその口元を緩める。笑っていられる。
「面白くなってきたぜ」
そんな暢気なことを言っていられるのだ。そう、見えずにいたのだ。
「違う」
それをモニター越しに見ているクロードは、ポツリと呟く。違う。オーディンは間違っていると。
オーディンの生き方や、考え方、楽しみ方についてはどうでもいい。口を挟むつもりはクロードには毛頭無かった。だが、それでもオーディンは間違っている。勘違いしている。クロードはそう感じていた。
この戦い、オーディンはパワーの大きさで勝っており、デオドラント・マスクはスピードや技の鋭さで勝っている。その前提そのものが間違っている。勘違いなのだ。自分勝手な思い込みでしかない。
既に全力全開であるオーディンに対し、デオドラント・マスクはそうではない。デオドラント・マスクは戦いの要所要所の一瞬だけその魔力を上げている。それはとてつもないパワーで、ここのBクラス受験者の一般レベルどころか、国内に居る騎士のレベルをも凌駕している。そして、それすらもMAXだという保証は無い。
そう、オーディンが優秀な戦士だとしたならば、デオドラント・マスクは化物だ。優秀な人材というレベルを軽く凌駕しているに違いない。
クロードはその事実に密かに気付いた。そのつもりだった。
だが、そこから少し離れた場所でカオスはあっさりと断言した。
「あの鉄仮面の勝ちだな。おっさんとはレベルが違う」
「だね」
「ですね」
ルナとリスティアも、そのカオスの見立てに賛同する。さも当然のように。
その光景を見て、クロードは言葉を失っていた。自身は前回の大会から将来有望の天才ともてはやされていた。そのことに誇りを持っていたし、心の何処かで自負もしていた。
だが、それは大したものではないと気付かされた。分かってはいたが、改めて思い知らされる。自分レベルの実力者は、まだまだたくさん居る。自分以上の実力者も、まだまだたくさん居る。それ故、まだまだ慢心して良いレベルには到達していないと。
それが歯がゆくもあり、嬉しくもあった。そんな良い気分のまま、次の試合に望める。クロードはそう感じていた。そして、それはすぐに始まるだろう。
しかし、オーディンはまだまだ現実が見えていなかった。試合続行、まだまだ拮抗状態と思っていた。
だから、言う。
「ああ、面白い試合だ。だが、そろそろ終わらせよう。俺の最高のパワーでな」
などと夢見ていられるのだ。