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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter5:トラベル・パスBランク試験
124/183

Act.103:騎士道精神Ⅰ~直線と曲線~

☆対戦組み合わせ☆

 二回戦<Bランク試験合格決定戦>

 9:× Dr.ラークレイ       vs リスティア・フォースリーゼ 〇

10:〇 ルナ・カーマイン     vs アッシュ          ×

11:  オーディン・サスグェール vs デオドラント・マスク

12:  クロード・ユンハース   vs カオス・ハーティリー

「非常にやりづらかった!」


 控室に戻ると、ルナは開口一番にそう言った。目標としていた訳ではないけれど合格して嬉しいとか、相手のアッシュの強さがどうのこうのではなく、ただひたすら戦いづらかったと。


「まあ、確かにな」


 アッシュの能力は非常にクセのあるものだが、その戦い方や性格は眩しいくらいに真っ直ぐだった。それ故の未熟さは大いにあったが、あのような姿になっても、ああいう性格のままでいられるならば、いずれ誰もが讃える騎士になれるのではないかと思えた。

 自分と違って、とカオスは自己判断していた。カオスは自分で自分を自己中心的と思っていたし、性格的に模範的な岸にはなれないし、なるつもりもないと考えていた。そしてルナもアッシュ程に性格は真っ直ぐではなく、かつ人々を守ろうという広い意味での正義感は持ち合わせていない。自分の周囲の、大切な人が守れればいいという考えの持ち主だ。その点ではカオスと大して変わらない。

 その二人と違い、アッシュの性格は模範的な騎士に近い。だからこそ、讃えたくなる。応援したくなる。


「俺も最後の辺りで立ち上がったアイツに思わず軽く拍手しちまったしな」

「裏切り者。でも、気持ちは分からなくもない。あたし、メッチャ悪者になった気分だったし」

「俺もそんな気分にさせられるかもな」

「そう?」


 そうでもないんじゃない?

 ルナはそう思った。カオスの相手であるクロードも非常に人気があるが、カオスも別に観客から嫌われている訳ではない。決してクロードの初戦の相手だったガイルのようにはならないだろう。ガイルは気持ち悪い感じではあったけれど、それを加味しても超アウェーで少し可哀そうではあった。

 ただ、少なくともカオスはそういった感じにはならないだろう。ルナはそう考え、カオスもまた同じように考えていた。


「ま、どーでもいいけどな。せっかくのチャンスだ。やれることをやるだけだ。思った程に届かないのならば、それはそれでいい。此処で死ぬ訳じゃあるまいし、また頑張ればいいだけの話だ」

「そうね」


 カオスにとって、アレクサンドリア連邦の騎士になることは目標ではない。そして、カオスにとってこの試験は、自身が何処までやれるのかを知る為の試金石である。まだ道半ばなのは百も承知だが、それでも自身の成果を感じ取れるのは今後の励みになる。

 今回のはそれだけ。だから、騎士になれるかどうかはどうでもいい。

 それを考えると、死ぬ気で騎士になろうとしているアッシュ達の中で、カオス達は異端な存在に違いなかった。



◆◇◆◇◆



 この場での典型的な人間が間もなくスクリーンに映る。そう、最多挑戦回数であるオーディンだ。審判兼司会者は、大きくポーズを取ってそれを宣告する。


『続きまして、第3試合。オーディン・サスグェール対デオドラント・マスク! 両選手の入場です!!』


 そのコールと共に北ゲートと南ゲート、両方の上方にあるモニターに、それぞれオーディンの『ODIN』の文字とデオドラント・マスクの『Deodorant Mask』の字が映し出される。その直後、ゲート横のパイロが爆発による演出を見せると同時に、その両方のゲートは開いた。

 その派手な煙と閃光の中、大きな歓声に包まれてオーディンとデオドラント・マスクは入場した。花道を歩く両選手を追うようにスポットライトは当てられ、その2人を際立たせる。そんないつも通りの演出だ。

 オーディンとデオドラント・マスクは、それぞれ真っ直ぐに会場内に入ってきた。オーディンは彼の真面目さ、ストイックさが垣間見れるのに対して、デオドラント・マスクのそれにはその性格等は見て取れなかった。謎のままだった。

 それはリングに上がっても同じ。両者は黙ったまま、その対戦相手を見据える。見定めようとする。が、その時間はすぐに終わる。試合はすぐに始まるからだ。

 それを、審判兼司会者の女性がコールする。


『それでは、始めて下さい!』


 オーディンはそのコールの直後にデオドラント・マスクに対する睨みつけを強める。敵意でも殺意でもなく、気合いの表れだった。

 そして先制。オーディンは迷わず、真っ直ぐデオドラント・マスクに向かって突撃した。

 策を弄するのは得意ではないオーディン。それはオーディン自身も分かっていた。それ故の選択だ。ごり押しのパワーファイターの彼には、そうするしかないのだ。そして、そういうスタイルの自分に誇りも持っていた。

 だから、突撃。先制攻撃。パワーファイターにとって、躊躇する時間はただの無駄でしかないから。

 だが、その攻撃はデオドラント・マスクには届かなかった。先制攻撃を仕掛けられなかった。


「え?」


 オーディンは何かにつまづいたようにして、その場に転んでしまったのだ。敵前での転倒である。


「つ……」


 ひんやりとしたリングに手をつき、オーディンは受身だけは成功していた。だが、それでもカッコ悪いのに変わりはない。気恥ずかしさを感じながら、オーディンはすぐに立ち上がろうとする。

 そして、その手に体重をかける。その瞬間だった。


「なっ?」


 止まっているべき手が、止まらなかった。体重を預け、支点となっているべき手は、無情にも冷たいリングの上を前方へと滑っていってしまう。

 そう、滑ったのだ。そして、それによる体のバランスの崩壊。それに逆らう術は、起き上がる前のオーディンにはなかった。すぐに転んでしまう。手と足が大の字になってしまったように、べちゃっと。みっともなく。


「だーっはっはっはっはっはっは! 何だありゃ?」

「あは、あははははは、カッコ悪~い」

「ギャハハハハハハ!」


 開始早々、攻撃し掛ける前に転倒。起き上がろうとして、さらにべちゃっ。そんな状態のオーディンを、観客が笑わない訳がなかった。爆笑。爆笑。大爆笑。


「チッ。ツカミはオッケーじゃねぇかよ、あの野郎。クソッ」


 カオスはその方向違いの盛り上がりを見て、忌々しそうに舌打ちをする。


「って、そこで悔しがらないでよ。コントじゃないんだから」


 ルナはそうたしなめるが、本気ではない。カオスが本気でオーディンを羨んでいる訳ではないと理解していたのだ。別に爆笑を取りにここまでやって来たんじゃないのだから。

 爆笑。それは、放送席でもそうだった。


『アハハハ、どうしたんでしょうか? オーディン選手! プークスクス、昨晩のお酒が残っているんでしょうか? 今頃千鳥足か?』


 実況アナウンサーは、笑いを噛み殺せないながらそう言った。マスコミとして正確に伝えねばならないと考える故、笑ってはいけないと考えているのだが、それについていけなかったのだ。今頃酔いが戻ってきてステーン♪ みっともなく、笑われるべきものでしかない。

 だが、そんな彼を隣に居る解説のモナミは冷静なままで否定する。


『いいえ、違います』


 実況アナウンサーは間違っている。彼の言うようなことはない。そう思うのではなく、断言出来る。オーディンという人となりを知っているからこそ、モナミは断言出来る。

 何か訳があると。


『彼はストイックな戦士です。そのようなこと、あり得ません』

『え?』


 実況アナウンサーが不思議そうな視線をモナミに向ける頃には、オーディンは既に体勢を整えていた。爆笑の渦という屈辱に耐えながら、ゆっくりと、かつしっかりとそのバランスを保たんとしたのだった。


「…………」


 そのオーディンはバランスを取り戻した後も、自分をみっともない目に遭わせたリングに視線を向けていた。そのリングの表面は冷たく、日光を反射して光っていた。

 透明故に不可視。冷たい。滑る。

 そのことから、オーディンはすぐにピンときた。リングに拳を食らわせて、リングの一部の表面上に覆われた異物を叩き割る。そして、その一部を掴んで立ち上がった。カラクリは解けたのだ。


「これだな? 俺を転ばせた要因は」


 どれ?

 爆笑し終わった観客は、オーディンの手元をじっくりと見るが、何も分からなかった。何かを持っている“振り”をしているようにしか見えなかったのだ。

 だがそれは、オーディンの持っている物が透明である上、オーディンの持っているのがその中のほんの一部でしかない為でしかない。オーディンは嘘をついてはいない。それを彼自身が証明する。


「氷だ」


 自分をみっともなく転ばせた原因を、オーディンはそのように言う。

 氷。今は8月という真夏なだけでなく、例え冬だとしても水気のないこのリングの上では氷が張る事はない。自然ならば。だが魔法で、かつ人為的ならば話は別だ。


「この魔法で作られた氷を要所要所にしかけて、相手を転ばせたり滑らせたりする。相手がみっともなく転べば転ぶ程、頭に血がのぼって冷静さを欠くようになり、さらにかかり易くなるって寸法か。昨日の相手、コルラとかいう小僧に勝った時もこの手段だったんだろう?」


 昨日のデオドラント・マスクの試合をオーディンは観ていた。その中であまり顕著ではなかったが、コルラが“転ばされた”という明らかな他者による作為のようなものが見え隠れしていたのも事実だった。その時はモニター越しだったのでリングの上の魔力の波長等は知る由もなかったが、こうして自らリングに立つとそれはハッキリと分かる。魔力自体は弱い。注意してみなければならない程に弱い。だが、この氷には確かに魔力が通っているのだと。

 そして、それも故意。故意に弱くしている。それだからこそ、罠として強く作動している。全て、デオドラント・マスクによる策謀なのだ。

 それは事実。だから、デオドラント・マスクはそれを素直に認める。言葉にはしなかったが、首を少し縦に振ってそれを肯定のサインとする。最早、デオドラント・マスクにとってそのトラップのカラクリが分かろうが分からなかろうがどうでもいいのだ。それだけで終わるわけでもないからだ。

 それをオーディンは知らない。だから、オーディンは暢気に笑う。


「成程な。良く考えてる。良く考えて、魔法を使っている」


 オーディンは、素直に感心する。自分はパワーファイターで、力によるストレートな攻撃を好み、得意としているが、そのような技能の優秀さも存在し、それが素晴らしいものであると認めているのだ。

 だが、それはオマケに過ぎない。やはり、最後は力がモノを言う。その一方で、オーディンはそのようにも考えていた。それは強がりでもあるが、ひたすら力を求め続けてきた自分の道が誤りではないと思う為の心の鎧でもあった。

 だから言う。


「だが、見破ったからにはもう通用しない」


 オーディンは胸を張って言う。自分は正しい。間違っていない。疑ってもいない。

 だから言う。きっぱりと、はっきりと。


「そんなせこい技はもう、な。ならば、お前も騎士を目指す者として、騎士らしくその実力を堂々と見せてみろ。堂々と戦ってみせろ」


 そう言いながら、オーディンはその魔力を充溢させる。接近戦の準備万端だ。

 だが、その言葉にデオドラント・マスクは反応しない。だが会場は、観客席はオーディンの意見に賛成であり、そうなって欲しいと望んで歓声を上げていた。罠の張り合いでは、分かり辛くて観客的には面白くないのだ。

 そう。観客は、正々堂々とした真正面からの戦いを望む。オーディンのスタイルの戦い方を望んでいた。

 だから、デオドラント・マスクの内心がどうであれ、それに従わざるをえない空気になっていたのだった。それを、誰もが感じていた。鈍い実況アナウンサーさえも。

 それだから、彼はこのように判断した。


『オーディン選手、これで有利になりましたね』


 肉弾戦を得意とするオーディンと、罠や作戦を駆使して戦うのを得意としているデオドラント・マスク、真正面から戦えば普通前者が勝つだろうからだ。

 それは当然だと。だが、解説のモナミは簡単には首を縦に振らない。


『まだ分かりませんよ』


 その可能性もあるが、そうでない可能性もある。


『せこい手を使うのは、実力が無い証拠。正々堂々と戦ったら弱いものだろう。そう考えるのは普通ではあります。が、罠をはり巡らせられる、罠として全てが機能する程に純粋な氷を魔法で再現出来る、そういった技能もまた、高い実力があるという証拠なんですよ』


 そう言うモナミ達の目に、魔力を充溢させるデオドラント・マスクの姿が映る。その魔力は、モナミの言う通りであった。この決定戦に出て来るに相応しい、強い魔力であった。

 オーディンはそれを感じながら楽しそうに笑う。


「やはりな」


 それはオーディンの予想通り。デオドラント・マスクがせこい罠だけに止まらない実力者であることは。


「思った通り、なかなか良い魔力の持ち主だ」


 しかし、と付け加えながら、オーディンは自身の体にさらに力を籠める。魔力を送る。


「はっ!」


 さっきまで、デオドラント・マスクとオーディンの魔力の絶対量は同じ位であった。だが、ここでオーディンはデオドラント・マスクよりもさらに大きな魔力を見せつけたのだ。愚直に、真っ直ぐ、長い年月をかけて成したその魔力を。

 出し惜しみはしない。そうするだけの価値が、この対戦相手であるデオドラント・マスクにはある。オーディンはそのように考えていた。彼は決してデオドラント・マスクを馬鹿にしてはいない。過小評価はしていないつもりだった。


「いくぞ!」


 だから、全力で向かっていく。スピードもパワーも全て。


「はっ!」


 オーディンの拳はスピードとパワーがのってはいるものの、それはあくまでも真っ直ぐ。ただの一直線。デオドラント・マスクは体を翻しつつ、その拳を無理のないように流して回避する。

 そして、そこからその翻した際の体の流れに沿って、そのまま体の回転を強めて回し蹴りへと移行する。遠心力を加えた反撃だ。

 だが、それはオーディンも予測済みの攻撃だった。腰を落とし、その攻撃をオーディンはしっかりとガードする。

 そこから、すぐさまオーディンは反撃する。拳、蹴り、どんどん繰り出してゆく。しかし、デオドラント・マスクはその攻撃の全てを防御して、そこからダメージを受けない。

 そのデオドラント・マスクも、それに負けじとオーディンに向かって攻撃を仕掛けてゆく。同じように拳、蹴り、どんどん繰り出してゆく。けれども、オーディンはそれらの攻撃の全てをきっちりと防御して、そこからダメージを受ける事はなかった。

 双方攻撃と防御を繰り返しながら、ダメージを受けることはなかった。この段階では、この戦いの戦局はほぼ互角のように見えていた。が、オーディンの方が見える魔力の強さは少々強い。そして、華奢なデオドラント・マスクとは対照的に、オーディンは筋肉質で体力等にも恵まれているように見える。

 だから……


『解説のモナミさん。この戦い、どう見ます?』

『感じる魔力では、僅かながらオーディン選手の方が上ですね。少々、彼が有利に進めているようにも見えます。まあ、まだこれだけでははっきりとは分かりませんが』


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