Act.101:対極Ⅲ~Power and Volume~
☆対戦組み合わせ☆
二回戦<Bランク試験合格決定戦>
9:× Dr.ラークレイ vs リスティア・フォースリーゼ 〇
10: ルナ・カーマイン vs アッシュ
11: オーディン・サスグェール vs デオドラント・マスク
12: クロード・ユンハース vs カオス・ハーティリー
「何! あの化物みたいな奴に勝てる方法があると言うのか?」
アッシュは倒せる。
そのカオスの言葉に、オーディンは非常に驚いていた。不死身の相手では倒しようがないと思っていたが、それが本当だとすると何かしらの策略があるのか、そもそもアッシュ自体が不死身ではないという話になる。
オーディンはにわかには信じられなかった。だが、カオスの自信は揺るがない。
「ああ、あるぜ」
「な、何だ?」
オーディンは動揺していた。その近くで、リスティアは冷静に試合を観ることで、アッシュに“試合で勝つ”方法だけは既に理解していた。
そして言う。
「とりあえず、試合で楽に勝てそうな方法は場外ですね」
「ああ」
それが正解。
カオスは言う。それが、“試合で勝つ”方法なのだ。
「奴が今やっているのは、自分の体を切り分けて相手にぶつけるという技だ」
そこにリスティアも解答を補足する。
「でも、この試合では体の何処か一部分でも場外に落ちてしまうと、その時点で負けとなってしまいます」
「要するに、あの玉の内のどれか1個でも場外に落ちてしまえば、それでお終いってなる。まあ、出来ねぇって話じゃないだろ?」
「か、観客としては、納得出来そうにない結末だがな」
オーディンは感想を漏らす。確かに、盛り上がりには欠けるお粗末な試合となってしまうだろう。他人にも胸を張れるような勝ち方でもない。
とは言え、それはそれ。卑怯っぽくてもルール違反ではないし、やっていい作戦の一つではある。もっと言えば、そんな攻めをしてきたアッシュが阿呆なだけでもあるし。
「しかし、実戦で倒す方法とは?」
クロードは訊く。その方法では、場外負けという概念がなくなってしまう“実戦”ではどうにもならないからだ。そして、それを言った本人であるカオスが最も良く知っている。なぜならば、そうでない限り“試合で勝つ方法”と“実戦で倒す方法”とわざわざ区別したりしない。
だから、アッシュは実戦でも倒せる。そのようにカオスは言っていたのだ。だが、カオスは教えない。
「そんぐらい、ちっとは自分で考えろや。素人じゃねーんだからさ」
「ぬ」
クロードとオーディンは、その言葉を失う。それ以上訊くことは出来なかった。カオスの言うことはもっともで、やはり自分でアッシュを分析して、その特製を把握しなければならない。そう思い直したのだ。
そのヒントとして、カオスは言う。
「だが、その“倒す方法”を知られるのは奴、アッシュにとっては命取りになる。そこを突かれると、奴は殺されかねない事態に陥ってしまうだろう」
「命取り、だと?」
「そして、それはこの戦いが進むにつれ明らかになる」
その時点では、クロードもオーディンも何の事なのか全く理解出来ないでいた。
◆◇◆◇◆
そうやって、カオス達が無駄話をしている間も試合は続く。アッシュの右腕を分解して丸めた黒い玉が、引き続きルナに突進し続けていた。ぶつかっては通り過ぎ、通り過ぎては軌道を変え戻ってきて、またぶつかる。その繰り返しがずっと続いていた。
ルナは両腕をきっちりと締め、顔面を守り、ちゃんとした防御体勢を崩さないでいた。だが、それでもこの状態がずっと続けば、どんどん消耗させられていくのは目に見えていた。
だが、その間にもルナは読み続けていた。その黒い玉の弾道を。規則的に巡っている黒い玉の動きを。
「よし」
そして、素早く腕に魔力を充溢させ、それを放つ。撃つ方向を見向きもしないで、その炎魔法を放った。それは空を切るだけと思われた。だが、それはアッシュの黒い玉の1つにきっちりと命中し、それを木っ端微塵に吹き飛ばした。
それを、ルナはもう2つ放ち、やはりアッシュの黒い玉を木っ端微塵に吹き飛ばす事に成功した。
合計3つ、ルナはアッシュの放った黒い玉を全て木っ端微塵にした。それによって黒い玉による襲撃はなくなり、リング上には攻撃前にあった静けさが戻った。
「成功」
ルナはちょっと口元を緩める。あの黒い玉を壊せるかどうか絶対の自信はなかったが、やってみたら成功した。それで、あの鬱陶しい攻撃は2度と食らわないことになる。
魔法で壊せる。それならば体全体に魔力を纏ってしまえば、その魔力に触れた時点でその黒い玉は壊される。体に当たらなければ、ダメージを食わない。それすなわち、その技は役に立たなくなるって寸法だ。
だが、アッシュも少し口元を緩める。もう、あの技は通用しないだろうという思われることは予測はついていたが、アッシュの技はそれだけではない。そして……
「粉々にしたか。素晴らしいパワーだ。だが、残念だったな」
そのように言って口元を緩めたその直後、アッシュの右手のあった辺りに黒い霧のようなものが発生し始めた。黒い霧はその中の1粒1粒が合体し、大きくなってゆく。そして、それが次第に形を成していった。周りから集まり、それに飛び込み、どんどん合体してゆく。
そして、完成する。アッシュの右腕が。
ルナによって粉々に吹き飛ばされたアッシュの右腕は、塵と同等の大きさとなってもそれが元あった場所に集まり、元あったその形に戻っていったのだ。そして、復活した。
「な、何なんだ、アイツは!」
「すっげーっ!」
「化物だ!」
観客はそのショーを見て次々と驚きの声を上げる。信じられない気持ちでいっぱいだった。
その復活した右腕を掲げ、その声を受けたアッシュは誇らしげな表情をする。
「はあっ。はっ、この程度ならば再生出来るのさ。は、当然な」
少し息をつきながら、アッシュは笑う。そう出来る。だからこそアッシュは、あのような技を繰り出したのだ。
そのアッシュの様子を見ながら、カオスも少々口元を歪める。予想通りだったのだ。先程までは微量の変化でしかなかったが、今回は大きく復活させたせいか、それは少々大きくなって見れた。
それで確実。間違いない。カオスは確信していた。
それを知らず、アッシュは誇らしげに次の攻めの一手を繰り出す。
「ははっ、この力。何もちぎって投げるだけが能じゃないぞ」
そう言いながら、アッシュは魔力を充溢させる。体を魔力が覆うと、そのアッシュの体に変化をもたらす。両腕の下、肋骨の両サイドが蠢き、動き始める。そして、そこから黒い棒のようなものが飛び出して、それが次第に形を変えて、新しい腕となっていった。
4本。それによって、アッシュの腕は4本となった。
「ぴゅう~、こういう使い方もあるんだぜ。は、は、はははは」
『お~っと! アッシュ選手、何と腕が4本になってしまいました~!』
実況アナウンサーは驚き、興奮していた。だが、その隣に居る解説のモナミは驚かなかった。平静なままで、平静なままのコメントを出すだけ。
『何かもう、何が起こっても驚かないって感じですけどね』
欠けた体の復活、四肢の分割及び遠隔操作、そして今回の変形、びっくりショーも続けてやってしまえばびっくりでも何でもなくなってしまうのだ。
そして、それは観客としても同感であった。
「た、確かにそうだな」
「今更って感じねぇ」
「凄くはあるんだが」
そんな驚くことさえやめた観客の声など気にせずに、アッシュはルナに向かっていく。今度は腕を切り取っての遠隔操作ではなくて、そのまま真っ直ぐに襲い掛かっていった。4つに増えた腕を駆使しての肉弾戦に持ち込んだのだ。
「はっ!」
間合いをしっかりと詰めたアッシュは、まずは下の右腕で挨拶代わりにパンチを繰り出す。それをルナが自分の腕で防御した途端、下の左腕でまたパンチを繰り出した。ルナはさっきと同じように、その攻撃も防御する。さっきとは逆の腕で攻撃を防いだ。
普通の者相手ならば、それでいい。だが、今のアッシュの腕は4本だ。その2回の攻撃で両手が塞がったルナは、アッシュにとっては腕の無いダルマも同じ。
上の両腕の指を組み合わせ、1つの大きな拳にして、それをルナの頭にハンマーを振り下ろすように打ち落とす。その攻撃はマトモに当たり、ルナはリングに叩きつけられる。
だが、ダメージは大きくない。すぐに立ち上がって、ルナは反撃に移る。充溢させた右手の魔力を、炎のビームにして至近距離のアッシュに向けて発射したのだ。
それは見事に当たる。アッシュの腹に、大きな風穴を開けたのだった。
「くっ!」
マトモに攻撃を食らいながらも、大してダメージを受けたように見えないルナに、アッシュは少々苛立ちを覚えていた。
しかし、自分が今優位であるのに変わりはない。そう信じ、また向かってゆく。しっかりと足を踏み込んで、パンチを繰り出してゆく。4つの腕で攻撃を仕掛けてゆく。
何回かはルナも防御に成功していたのだが、すぐにそのアッシュのパンチをその顔面に食らってしまった。
アッシュのパンチはルナの頬に当たり、ルナの姿勢はちょっと後ろに傾いた。が、すぐに戻る。アッシュのパンチをマトモに食らっても、そこで倒れたり飛ばされるどころか、ちょっとよろめいただけですぐに戻る。
「やはりね」
その4本腕の攻撃を食らいながら、ルナは自分の予想が外れていないと知った。
「ええ。やはり、この程度の攻撃か」
ルナは言う。ダメージなんかは受けていないと。アッシュのへなちょこパンチなんか、マトモに食らってもダメージなんか受けないと。
それは強がりでも何でもない。真実である。現に、ルナには何の外傷も無い。
「何だと?」
アッシュは不満気だが、それが強がりでないと気付いていた。気付かされていた。ルナには外傷は見当たらず、魔力やその他のものも特に減っている感じはないと。
ルナは言う。
「元々、アンタの攻撃は比較的軽い部類に入る。2本の腕の時でもね。変形しても体の体積そのものは変わらないのか、4本になったことでただでさえ小さいパワーがさらに落ちた」
「くっ」
それはアッシュ自身にも分かっていた。体を変形しても体積は変わらず、その分筋力が落ちてしまうのは言われなくても実証済みだった。だから、その分手数で攻め抜いていこうと考えた。
だが、それは駄目だったと思い知らされた。マトモに攻撃を食らっても、体勢もロクに崩されずに反撃出来るようでは、攻め抜いても意味がない。
「ならば」
アッシュは再び自分の体を変形させる。
「ならば、今度は1本だ!」
次はダメージ重視にする。3本の腕をひっこめて、右腕1本に変化させた。これならば、通常時の半分になった4本時とは逆に、単純計算で通常時の倍の攻撃力となる。アッシュの腕は、力に溢れていた。その変化に、観客は驚きの声を上げる。
「おー」
「ほー」
「はー」
『おおっと、これは良い手ですね。攻撃力が倍になりましたよ。これでアッシュ選手は有利になったでしょう』
実況アナウンサーも驚き、そして感心していた。だが、解説のモナミはすぐに首を横に振る。否定する。
『いいえ。あんなのは良い手ではありませんよ』
『え?』
そのモナミの声は聞こえないまま、アッシュは再びルナに攻撃を仕掛けてゆく。右の拳をお見舞いしてゆく。
「はっ! とうっ! ずりゃっ!」
1回、2回、3回、どんどんパンチを放ってゆく。正拳、裏拳、手刀、色々種類を織り交ぜながら攻撃を繰り出していった。
だが、当たらない。ルナは、その拳をひらりひらりと容易にかわしてゆく。右、左、右、左、アッシュが何度攻撃しても、どんな攻撃をしても、どれ1つとしてルナには当たらない。ルナはその全てを回避していた。
「くあっ!」
渾身の力を入れた攻撃も、ルナは簡単に回避した。
「はっ! はっ! ば、馬鹿な! 何故だ? 何故当たらない?」
息を切らしているアッシュの前で、ルナは涼しい顔をして答える。その答を教える。
「通常、防御というものは両手両足、場合によっては頭突きを含む4~5箇所からの攻撃を防ぐ。腕が1つになって対象が1つ減っただけでなく、最後の決め手は右腕以外ないと明らかになった。そう、警戒すべきなのは右腕だけ。こんなに楽な防御はない」
『そういうこと。実際のバランスとしては、元の2本が一番良い』
モナミはルナの言葉に捕捉して解説した。
リングではその声が聞こえていたというわけでもないのだが、そこではアッシュは絶句していた。力の重視にばかり頭がいった、完全な失策だったと痛感したからだ。
もっとも、それは誰に言われなくても、アッシュ自身が体で痛感していることなのだが。
「ルナってば、さっきからそんなに詳しく教えちゃっていいのかな? 自分に不利になってるんじゃないの?」
サラはその試合を観ながらそう思っていた。自分が有利に運んだ理由、思ったことを口にしてしまっては、その試合でのアドバンテージを失ってしまう。そのように思っていたのだが。
マリアはそんなルナを褒める。
「あれでいいのよ~♪」
「え?」
「1つのことを教えると、自然とそっちに意識が向いてしまうわ。そうしたら、それに上手にカモフラージュされてぇ、本当の目的が見えなくなるものよ~♪」
「本当の目的?」
サラには見えていなかった。この試合中にルナが、何を目的として動いていたのか。何を目的として色々教えていたのか。それが見えていなかった。
「そうよ~♪」
だが、マリアにはそれが何か分かる。リニアにも分かる。
そして、カオスにも分かっている。
「ルナの本当の目的は、アッシュに再生&変形能力をたくさん使わせることだ」
そのようにカオスは解釈し、言った。その解釈に、カオスは絶対の自信を持っていた。なぜならば、自分がルナだとしたら、やはり同じようにするに違いないからだ。
能力を多用させる?
その言葉をオーディンは何度か頭の中で反芻させる。そして、そうしながらアッシュの姿を見定める。
「はあっ! はあっ! はあっ!」
アッシュは息を切らしている。疲れている、消耗しているようだ。
その姿を見て、オーディンは気付いた。悟ったのだ。ルナの目的も。そして、カオスが言う“アッシュを実戦で倒す方法”も。
それを叫ぶ。
「そ、そうか! 奴は無尽蔵に復活出来る訳じゃないのか!」
「その通り」
カオスはあっさりと肯定する。
「体を再生したり、変形させたりする毎に、奴は魔力を使用している。だが、奴はあくまでも生物、人間だ。奴が人間である限り、奴の体力も魔力も無尽蔵じゃない。いずれ尽きるって寸法さ」
息を荒げているアッシュを見定めながら、カオスは判断する。
「奴が能力を使えるのは、多くてもあと数回だろう。それが過ぎれば奴はもう、バラバラになっても回復すらできなくなる。ま、こういったところが命取りになるんだ」
アッシュは消耗している。それは間違いない。自らの行き詰まりを、アッシュはその身に強く感じさせられていた。