Act.099:対極Ⅰ~Hide his face~
☆対戦組み合わせ☆
二回戦<Bランク試験合格決定戦>
9:× Dr.ラークレイ vs リスティア・フォースリーゼ 〇
10: ルナ・カーマイン vs アッシュ
11: オーディン・サスグェール vs デオドラント・マスク
12: クロード・ユンハース vs カオス・ハーティリー
『それでは第2試合、始めて下さい!』
その宣言と同時に、ルナは構えを取り、戦闘態勢に入った。神経を尖らせ、内に秘めた緊張感を戦意へと昇華させる。
そんなルナとは対照的に、対戦相手のアッシュは何の動きも見せなかった。戦意は特に感じられず、構えも取っていないので隙だらけだ。
1回戦もそんな感じだった。ルナは試合を見ていた。だがそれでもこのアッシュは、今大会随一のパワーファイターのクライドに勝ったのだ。このアッシュには何か秘密がある。ルナはそう考えていた。それが何なのかまでは分からなかったけど。
何かある。だが、それが何なのかは分からない。ならば、知るべきだ。
ルナはそう考え、とりあえず情報収集に徹しようと考えた。
「はっ!」
ルナは真っ直ぐにアッシュへと向かっていく。そのスピードもパワーもルナの中では大したものではなかった。手抜きモードだった。
そんなルナに対し、アッシュはその接近に気付いていながらも、何もしようとしない。構えも取らなければ、迎え撃ちもしなかった。向かっていってすぐ繰り出したルナの拳もその腹へマトモに食らう。大きな音を立て、その拳はアッシュの腹へと食い込む。
が、アッシュは呻き声一つ漏らさない。クリティカルヒットであるのに関わらず。
しかし、ルナはそのようなことはまだ気に留めない。気にはしていたが、そこでは止まらない。次の攻撃に移る。右、左、拳を繰り出し、そこに追い討ちをかける。
その拳もどんどん入っていった。だが、そこでもアッシュは呻き声一つ漏らさない。ルナは最後の拳をぬくと、そこから腰をひねって蹴りを繰り出す。
しっかりと腰が入っている蹴りは力強く叩き込まれ、アッシュの体を大きく後方へと飛ばした。アッシュは受身すら取らず、そのままリングに叩きつけられた。
普通の者ならば、それで大ダメージであろう。起き上がるのにも苦痛を伴う筈だ。だが、アッシュはそのまま何事も無かったように起き上がった。床に寝転がった人が起き上がるのと同じように。
その姿に何らかのダメージがあったようには見えない。アッシュは薄ら笑いを浮かべたままで、そこに見栄や強がりがあるような感じもしない。
嗚呼、やはり。そう、“やはり”であった。それは、ルナの中でも同じ。こうなるとは予想済みだった。
「ダメージなしか」
ただ観戦しているだけのカオスの横で、リスティアはそうなると予想済みであったと言う。それは……
「ええ。1回戦の時もそうでした。相手はクライド選手、今大会で最も大柄な肉体に見合った典型的なパワーファイターでした。しかし、あのアッシュ選手は、打たれても、蹴られても、何をされても、腕押しされたのれんのように、全くダメージを受けた様子がなかったのです」
そのように、1回戦の時のアッシュの様子をカオスに説明する。
「成程な。それでそのクライドって奴は、倒す為の何かが出来ないまま負けてしまったのか」
「ええ、そうです」
クライドはパワーファイターである。己の拳や蹴り、そういった肉体を武器として戦う。だが、相手はそれではちっともダメージを食らってはくれない。それすなわち、己の誇る武器は全くの無意味とされてしまうのだ。
そうされると、クライドは戦いようがなくなってしまう。肉体の武器が通用しなくなったクライドは、手足をもがれたダルマも同然。手も足も出なくなるという寸法だ。
その試合の概要は分かる。しかし、カオスの中には解せないものがあった。
「それは分かるんだけどなぁ、あのアッシュとかいう奴が何者であったとしても、とりあえず何をやられてもダメージは受けませんってことはありえねぇじゃん、フツーは。ああして肉体があるんだから、別に幽霊って訳でもないんだろうしさ」
「そうですね」
リスティアは同調する。
生物にしろ、機械のような非生物にしろ、はっきりとした形としてこの世の中に存在している限り、衝撃を受ければ何かしらの形でそのダメージは必ず負う。それを逃れられるのは形としてハッキリしない幽霊、亡霊の類のみだろうが、アッシュがそのような存在ではない。だから、ダメージを一切受けないというのは明らかに異常なのだ。
異常……
「だから、何か訳っつーか、カラクリがあるぜ」
「ですね」
「とりあえず、あの全身を覆っているローブ、特に頭のトコのフードを何とかしたら、何か分かるかもな」
カオスはそのとりあえずの打開策を、そのように言っていた。勿論、控え室でカオスとリスティアの喋っている声はリング上に居るルナには届かない。
だが、ルナはそのアッシュの姿を見ながら、次の一手を考え、それを行動に移そうとする。絶望に彩られていない、その真っ直ぐな瞳がそれを如実に語っていた。
「はっ!」
ルナは魔力を充溢させる。体の中に秘められていた魔力が溢れ始め、体を覆う光としてルナの体内を覆い始めた。
それは大きな力。それは今までのルナのトレーニングの賜物。完全な全力ではないけれど、それでも普通に見たら大きな魔力がルナの周りに具現化していた。
さっきまでよりもずっと強い力……
それはアッシュにも分かっていた。だが、その口元に浮かんでいる笑みは崩さない。まだ、それでは負けるようになるとは思っていないのだ。だから、余裕の笑みのまま。
それをルナは知らない。また、気に留めない。ルナは構わず攻撃態勢に入る。
「すう……」
腕を引き、それで拳を作る。溢れる魔力は力となり、そのまま突くだけで魔法の矢となるのだ。
「はっ!」
ルナはアッシュに向けて放つ。容赦なく放つ。魔力は炎の矢となり、真っ直ぐにアッシュを襲う。傷はつかない攻撃だが、それに当たると炎に包まれるという攻撃だ。当たれば無事には済まない。
「!」
アッシュはその攻撃を横に回避する。炎の矢はアッシュの横をすり抜け、リングを少し暖めただけで消えた。
ルナはアッシュに向けて手を休めない。外したことを気にも留めず、右に左にどんどん攻撃を仕掛けていく。アッシュも元々良い動きの持ち主なのか、淡々とその攻撃をかわしてゆく。
アッシュから外れた攻撃は煙を巻き上こす。それは、選手や観客から視界を奪ってゆく。リングの上を黒煙が覆ってゆくのだ。
「…………」
その戦法に、観ていたクロードは一つの戦法を思い出していた。そう、そのルナが1回戦で戦ったケヴィンがやった戦法だ。それと同じように見えていた。
ただ、その戦法は良くない。そして、良くないと冷静に見破ったからこそ、こうして2回戦で戦っていられるのではないか?
そう思うと、クロードはルナのやっている事が解せなかった。
だが、そのような視線をルナは気にしない。気にしないで“自分の”戦法を続行させる。魔法の炎をばらまき、煙でリング上の視界を奪う。それがほぼリング全域にわたったその時、ルナは動きを見せた。そこで、クロードは自分の見立てが間違っていると気付かされた。
ルナはその場で飛び上がり、リングの上空へと舞い上がる。そこから間髪入れずに、リングに向かい炎魔法を撃ち下ろした。細い炎の波をそのまま落としたのだ。
その炎の波はリングを覆う。一瞬だが、リング上全てを炎の海と化していた。
さすがに、その一瞬だけで致命的な火傷を負わせることは出来ない。だが、アッシュのだぼついているローブに引火させるにはそれだけで十分だった。
炎の中から、アッシュは上方へと脱出する。だが、その長いローブには、既にルナの放った炎の一部が纏わりついていた。
「チッ」
アッシュは舌打ちをする。そこで悟ったのだ。これが、ルナの狙いであったのだと。そして、自分はそれに従うしかないのだと。
アッシュは火がついてどうしようもないローブを脱ぎ捨てる。すると、その中から動きやすさを重視した、襟も袖も無いシャツと、普通のズボンを穿いた軽装となった姿が現れた。中まではルナの炎は行き渡ってなかったようだ。アッシュ自身には傷も火傷も無かった。
体勢を整えてアッシュはリングの上に着地する。その頃には、既にリングから炎の海は消え去っていた。そこから少し離れたリング上に、ルナも着地した。ルナは満足そうな顔をしていた。狙いはそのまま成し遂げられたからだ。
「やっと顔が見えた」
だぶだぶしているローブを脱ぎ捨て、軽装となったアッシュの姿は、もう秘密でも何でもなかった。その姿がハッキリと見える。
アッシュはグレーがかった黒い色の肌をしていた。毛の類は一切生えておらず、髪の毛、眉毛、まつ毛……その他諸々全て無かった。
見た一瞬では、異様な風体ではあった。だが、肢体は普通の人間と全く変わらず、顔もおかしくないので、アッシュの姿を見てとりたてて異常のようには見えなかった。ローブで隠さねばならぬと感じる箇所はなかった。だから姿を晒した本人である、アッシュ自身も特に気に留めない。普通に話す。
「具現化した魔力の大きさの割りに力の入らない攻撃だと思ったら、これが目的だった訳だな」
これ、それすなわちアッシュの姿を晒すこと。晒し、そこから勝機を探り出そうということ。
それはアッシュにも予感していたことだった。自分が勝ち進んでいく為には、その能力を知られなければ手っ取り早い。だから、ローブで隠していた。だが、それで騎士になれる程甘くはないとも思っていた。
そしてそれがどうであったにしても、こうして表に出たからには、遅かれ早かれ能力は知られる。だからこそ、知られただけで負けないように修行を重ねてきたのだ。自信はある。
だから、ここからが本当の勝負なのだ。
「面白い」
アッシュは言う。心の底から。面白いと感じている。心の底から。
「ならば、我が力。これから存分に見せてやろうではないか」
アッシュにとっても、これからの戦いは楽しみであり、高鳴る鼓動を隠せないのであった。
◆◇◆◇◆
その姿を見て、カオスはずっと黙っていた。アッシュの姿、言葉、その他言動を見て、その首を傾げる。
リスティアとしてはアッシュに変な所は感じなかった。だが、もしかしたらカオスはそのアッシュに何か特別なものを感じているのかもしれない。そう思い、訊ねる。
「カオスさん、どうかしましたか?」
そんなリスティアに、カオスは笑う。
「いやぁ、あれがわざわざ隠すようなツラかよって思ってな。ハッハー、ツラ自体はモブじゃねぇか♪」
「…………」
今度はリスティアが閉口する番だった。