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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter5:トラベル・パスBランク試験
115/183

Act.097:魔と薬の宴Ⅱ~肉体~

☆対戦組み合わせ☆

 二回戦<Bランク試験合格決定戦>

 9:  Dr.ラークレイ       vs リスティア・フォースリーゼ

10:  ルナ・カーマイン     vs アッシュ

11:  オーディン・サスグェール vs デオドラント・マスク

12:  クロード・ユンハース   vs カオス・ハーティリー

 Dr.ラークレイは思い出す。幼き日に抱いた憧れを。

 プロレスや空手等の格闘技選手を見て、その肉体に憧れたあの日を。あのような筋肉質の体、マッチョになりたいと願ったあの日を。

 しかし、自分の家系は学者等を多く輩出するような家。頭でっかちばかりが揃っている一族で、そんな才能は誰にもなかった。自分も一族と同様、いくら鍛錬を積んでみたところで筋肉がつくことはなかった。才能がないという訳だ。

 奇しくも自分には魔法の素養があった。だから、魔法で肉体的な弱さを補完してゆこうと思った。魔法の力で、強い力を手にしようと心に決め、鍛錬を積んできた。

 魔法は力を与えてくれた。今まで試合で一度も勝てなかったような相手にも勝てるようになった。だから、そのまま魔法の鍛錬を積んでいけば、幼い頃に見た格闘家のように、そしてそれよりももっと強い男になれるんじゃないかと思うようになっていたが。

 また挫折を味わわされる。前回のトラベル・パスBクラス試験・本試験の1回戦、オーディン・サスグェールに負けた。圧倒的に負けた。

 みっともなく地に伏した自分に、オーディンは言い捨てる。


『確かに、お前の魔法は素晴らしい。その発想も、技術も、一級品と呼んでも良いものだろう。だが、そこに身体能力が備わっていなければ、いざという時に困る。いつでも、何処でも、魔法が全開で使えるとは限らないからな』


 クソが。クソが。くそったれがぁああああっ!

 開かぬ口で、Dr.ラークレイは強く思っていた。オーディンが吐き捨てた言葉は、全て百も承知。分かりきっているものだ。だが、それでもこうなったのは、自分にはそれしか選択の余地がなかったからだ。肉体に恵まれたオーディンのように、身体能力を伸ばしてゆけなかったのだ。

 何も知らぬ者が偉そうに!

 憤っていた。だが、その憤りはまもなく解消される。そのコンプレックスは、もう解消される。

 今回ひっさげてきた新しいサイコ・ドラッグ、そいつで全て解決するのだ。そして、これから生まれるのは、そんなコンプレックスを乗り越えた自分なのだ。こんなに嬉しいことはない。

 だから、笑う。Dr.ラークレイは笑うのだ。



◆◇◆◇◆



「ぬああああっ!」


 笑うDr.ラークレイはその数秒後、全身に力を充溢させていた。それと共に、魔力が全身の隅々まで行き渡るようになり、筋肉の脈動を活性化させる。

 そして、異変は起きる。

 破裂音が周囲に大きく響き、Dr.ラークレイの羽織っていた白衣が弾け飛ぶようにビリビリに破れた。その奥には今まであったガリガリの肉体はなく、ボディービルダー並みに分厚い筋肉が顔を出す。その分厚い胸板と腹筋や背筋等が、その白衣を突き破っていた。


「いいっ?」


 その変貌は、周りを驚愕させる。だが、Dr.ラークレイの変貌はそれに止まらない。胴の次は肩、そして両腕へと筋肉の爆発的な増加は移行してゆく。やはり、それらの部分も筋肉が異様に盛り上がり、ヘビー級ボクサーのそれのような太い腕となる。着ていた服を破り捨てる。

 次は下半身。筋肉がズボンを突き破り、黒のブリーフ一丁となる。ブリーフだけは作品の最低限の品質を保つ為、もといゴムという素材の上で、破られずに済んでいた。

 だが、パンツ一丁のDr.ラークレイの変貌はどんどん進んでいく。


「…………」


 観客は茫然自失としていた。

 Dr.ラークレイの筋肉増加は胸板等の胴体部分に始まり、上半身の腕の部分、それから下半身の足の部分へと進んでいった。そして、最後の首の部分が増加される。砲丸投げの某選手のような、土管のような首へと変わった。

 それで完成。


「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ!」


 息を切らせながら、Dr.ラークレイは真っ直ぐに体勢を整える。整えて、リスティアの姿を真っ直ぐに見据える。その明らかに不健康そうな顔とは裏腹の、はちきれんばかりの肉体からは大きな力が溢れていた。


「待たせたな」


 魔法を成功させたDr.ラークレイの表情には、自信が満ち溢れていた。それは、今までの虚弱な魔術師から、屈強な格闘戦士へと変貌出来た喜びだった。

 Dr.ラークレイは喜ぶ。だが、その姿を見て観客はただ驚くばかり。


「な、何なんだありゃ?」

「し、信じられねぇ!」

「つか、化物?」


 むしろ、ひいていた。

 だが、そのようなことをDr.ラークレイは気にしない。自信たっぷりに拳を作り、そこに力を込める。今までとは段違いの大きさの力の訪れに、その喜びをさらに増していた。

 Dr.ラークレイは嬉々として語る。


「こいつが、サイコ・ドラッグのニュー・ヴァージョンである“筋肉増加”の効果だ。サイコ・ドラッグを自らの体内に取り込み、その身体能力を最大限に引き出すのだ」


「いや、これは“増加”と言うよりも“変身”だろ」


 観ているカオスは、そのように感想を漏らした。ガリガリの不健康体がヘビー級ボクサーになったんだから、それは増加と呼ぶようなレベルで収まる話ではない。同じように思っていたルナは、それを聞いて苦笑いをする。

 さて、リスティア。奴はこう出て来たが、どうする?

 カオスはリスティアがどう動くか少々楽しみにした。負けるとは全く思っていないが、今までののらりくらりとした試合運びのままではいられなくなるだろうとは思っていた。少々かもしれないが、その実力が見れるようになるだろうと。

 だが、先にDr.ラークレイが動く。足に力を込め、リスティアに向かって真っ直ぐに襲い掛かる。


「はっ!」


 そのスピードには目を見張るものがあった。先程、サイコ・ドラッグを飲む前までとは、まるで別人だった。段違いの速さで、リスティアに襲い掛かる。その勢いのままに、膝蹴り。

 先程までとは格の違う動きに対する驚きと戸惑い……

 そのせいか、リスティアは回避も防御も出来なかった。Dr.ラークレイの膝蹴りをマトモに食らってしまう。蹴りは腹部に当たり、リスティアは大きく後方へと飛ばされた。


「速い!」

「パワーも強い!」


 観ているクロードとオーディンも、その驚きを隠せなかった。ここまでの力をDr.ラークレイが見せるとは思わなかった。そして、見た目からするとただ力を増強しただけのようだったが、スピードアップまで成し遂げたのだ。

 Dr.ラークレイは、サイコ・ドラッグによって身体全体の筋肉を増強した。それすなわち、足腰の筋肉も増強されたということだ。そこから脚力、スピードの強化となる。

 そんな予想外のパワーアップ。そして、それで飛ばされたリスティア。リスティアはDr.ラークレイの攻撃をマトモに食らいながらも、素早くその体勢を整える。綺麗にリング上に着地し、Dr.ラークレイに向かって反撃を開始する。

 右、左、右、左、リスティアは拳を繰り出してゆく。素早く、的確に。

 だが、Dr.ラークレイにダメージを与えられない。Dr.ラークレイは腕でガードし、顔面への攻撃を完全に防ぐ。拳は腕や胴体には当たっていたのだが、それらは増強された分厚い筋肉の壁によって、全くダメージにはならなかったのだ。


「はああああっ!」


 Dr.ラークレイは防戦となっていた。それに対して痺れを切らし、Dr.ラークレイは反撃に出た。大きく蹴りを繰り出した。

 その蹴りはリスティアに当たり、リスティアは再び後方に飛ばされた。前かがみに二つ折りになっているような状態で飛ばされたリスティアは、飛ばされながらもその魔力を地面に叩きつける。そして叩きつけて、その飛ばされている軌道を横から上へと修正した。

 リスティアはそれで場外負けを回避。なおかつ、上空へと逃れた。

 しかし……

 Dr.ラークレイは飛ぶ。ジャンプする。増強された脚力を活かし、高く飛び上がった。そしてその跳躍によって、上空へと逃れたリスティアまでの間合いを一気に詰め、追いつく。


「!」


 リスティアが気付いた時にはもう遅い。Dr.ラークレイは両手で一つの大きな拳を振り上げて、それを一気に振り下ろした。リスティアに向けて。

 上空では逃げ場は無い。その拳はリスティアに直撃する。強力な拳がリスティアに炸裂した。

 それは叩きつけ。Dr.ラークレイの振り下ろしパンチによって、リスティアは下方にあるリングに向け、一直線に叩きつけられた。大きな音を立ててリングの上のタイルは割れ、そこに穴が開き、リスティアはその中へと落ちた。そこから大きく粉塵は巻き上がっていた。

 その様を観客は驚き、そして少し驚愕しながれ観ていた。


「凄まじいな。普通じゃねぇっ!」

「や、やばくねぇか?」

「し、死んだ?」


 普通は大ダメージである。重傷で当たり前。むしろ、死んでもおかしくない。だから、観客はそのように思っていた。リスティアが生きていたとしても、これで勝敗は決したと思っていた。

 だが、そうはならない。リスティアはその穴の中からひょいと出て来る。無論、その穴はリング内に出来た穴なので、そこに落ちたからと言って場外にはならない。試合続行である。

 そして、その出て来たリスティアの姿。普通に考えれば重傷を負って当たり前なのに、重傷どころか軽傷の一つさえも無い。完全な無傷だった。その上、何事も無かったように息一つ切らさない姿がそこにあった。

 そこから少々離れたリングの上に、攻撃を終えたDr.ラークレイは降り立った。降り立ち、そのリスティアの姿を真っ直ぐに見据える。


「…………」


 声も何も上げず、態度も変えなかったが、Dr.ラークレイは驚いていた。あの攻撃で死ぬとは思っていなかったが、何らかのダメージは確実に与えただろうと踏んでいた。そのダメージの大小で、これからの試合が長引くかどうかがかかっていると考えていたのだが、それがゼロとは思っていなかった。ましてや、息を切らしもしないとは。

 だが、この試合は現時点では自分が押せ押せモードである。そこに不自然な所があるのだが。


『形勢逆転ですね。本日の解説のモナミさん』


 実況アナウンサーはそう言う。表面上の試合の優劣だけで、そのように喋っていた。解説のモナミは、とりあえずそれは間違いではないと言う。


『そうですね。Dr.ラークレイ選手が、今年このような底力をもってやって来るとは予想外でした。これには、リスティア選手も驚いているんじゃないでしょうか』

「まさか。んな訳ねぇだろ」

「そうねぇ」


 が、少しは生でリスティアと接しているカオスは、そのように言う。ルナも、同じようにそうだと分かっている。今までの経験からして、目の前で何があっても、リスティアが驚いているような素振りは全く見せない。取り乱すマネはしなかった。内心はどうであれ、それで混乱はしない。

 そして、この状況はリスティアにとって驚きでも何でもない。この試合展開ではリスティアが焦る要因も、取り乱す要因もないからだ。

 なぜなら、今見せているリスティアの全てが本気ではないからだ。謂わばアレックスと対戦していた時のカオスと同じ状態だった。その余裕たっぷりの振る舞いが、それを語っていた。


「やはりな。リスティア・フォースリーゼ、貴様はまだ全然本気を出していないな」


 リスティアは本気で戦っていない。

 それは対戦しているDr.ラークレイ自身が一番良く分かっていた。そして、それがたまらなく不愉快だった。馬鹿にされているような気分だった。

 本気対本気、その勝負に買ってこそ意味がある。そうして、初めて意味がある。

 だから、言う。


「手を抜いている者に勝ったとしても、それは真の意味で勝ちとは言えない。本気を出せ!」


 リスティアとしては、その力を隠しているわけではなかった。隠さなければならない理由はないし、出し惜しみするようなものでもないと思っていた。

 だが、出すべきではないと思っていた。自分の本気に、相手が耐えられるとは思っていなかったのだ。馬鹿にしているわけでもなければ、なめているわけでもなんでもない。冷酷な事実として。実際、全く力を出していないリスティアと、本気のDr.ラークレイの戦いはほぼ均衡のものとなってしまっているからだ。

 均衡。それだけで格下となるのだが、ここまでやれるなら、その一欠片を見せても死にはしないだろう。リスティアは、そのように踏む。踏んで、軽く首を縦に振る。


「では、少しだけ」


 リスティアは軽く魔力を充溢させる。本人としては、軽くだった。だが、その充溢させられた魔力にDr.ラークレイは驚愕させられる。


「な、なななな!」


 ただ軽く充溢させただけの魔力、それだけで絶対量はDr.ラークレイの魔力の最大値を遥かに凌駕していた。それだけで格の違いを見せつけていた。

 勝てない。

 それだけで、Dr.ラークレイに強く思わせていた。


「では、今度はこちらから行きますよ」


 リスティアはそう言い、Dr.ラークレイに向かって真っ直ぐに攻め込む。策も何も無い、一直線の突撃だった。だが、Dr.ラークレイは何も出来ない。リスティアの素早い動きについていけず、あっさりと至近距離まで接近を許す。

 リスティアは腰を落とし、すぐさまキック。Dr.ラークレイは防御も回避も出来ない。腹部にその蹴りがクリティカル・ヒット。

 筋肉を増強したDr.ラークレイではある。だが、その体は後方に簡単に飛ばされた。飛ばされ、リング上に叩きつけられ、バウンドする。そうして浮き上がって、また落ちて、またバウンドする。それを何度か繰り返し、リングの上をずるずると後方に引き摺られていった。

 それはリングの端、場外負けギリギリの所でそれは終わり、Dr.ラークレイの体は止まった。仰向けに倒れる形となったDr.ラークレイは、なかなか起き上がれなかった。


「ぐはっ!」


 口からは、そのダメージによって鮮血が漏れていた。


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