Act.095:二日目の朝
☆対戦組み合わせ☆
二回戦<Bランク試験合格決定戦>
9: Dr.ラークレイ vs リスティア・フォースリーゼ
10: ルナ・カーマイン vs アッシュ
11: オーディン・サスグェール vs デオドラント・マスク
12: クロード・ユンハース vs カオス・ハーティリー
月は西に、日は東。語呂が悪いが、朝となった。本試験2日目の朝だ。試験会場という名のスタジアムでは花火が打ち上げられたりして、昨日と同じお祭り騒ぎだ。その騒ぎの中、試験開始よりも早く観客達は集まっていく。それぞれの選手のファンや、純粋に試合を楽しみに来ただけの者、ただ何となく観に来ただけの者まで、色々な人が集まっていた。
観客のボルテージは少しずつ、しかし確実に上がっていた。
その喧騒とは無縁な閑静な場所、そこにカオス達の泊まっていた宿はあった。もうすぐ試合が始まり、カオス達はそこへ行く。合格しようがしまいが今日が最終日なので、ここを出ると同時にチェックアウトだ。
カオスは用意を整えて、自分一人だけになった部屋から出る。すると、そのほぼ同時に隣の部屋からルナ達も出て来た。ナイスタイミングだ。
「おう、出たか。じゃ、行くか」
「そうね」
そう言うカオスに、ルナも言う。
「そっちも用意出来たみたいだし、行きましょうか」
「ああ。今日はフラフラ出来そうにねぇしな。とっとと行こうぜ」
昨日のカオスの試合は、8番目だけだった。だから、あのようにフラフラ出来た。だが、今日は4番目。そこで負ければそこで終わりだが、もし勝ち続ければ6番目、7番目の試合もある。だから今日試合中に外出は出来ない。それは、カオスにも分かっていた。それだから、今日は控え室で大人しくしていようと思っていた。
そんなカオスとルナ達は、適当な世間話をしながらぞろぞろと会場へと赴いた。
その数分後、カオス達は会場に辿り着く。喧騒に包まれている一般の入口とは対照的に、カオスとルナの入る選手入場口は静けさに包まれていた。今日出場する選手は、カオスとルナを含めても8人しかいない為であろう。集まる人そのものが少ないのだ。
その静けさの中、カオス達はしばしの別れをする。そのところに、人影がカオス達を待っていた。
「やっと来たか」
その中の1番大きな人影、マリフェリアスがカオス達に気付いてその方に歩み寄ってきた。
「あ、性悪ババァ」
「………」
当然のように、ババァ呼ばわりするカオスに鉄拳制裁して、その体をぶっ飛ばす。だが、それは通常運転。今更誰も気にしない。カオスの体が飛び、落ちても誰も目を向けない。
そのカオスは放っておいて、ルナはマリフェリアスに訊ねる。
「で、何かご用なんですか?」
開口一番に『来たか』と言ったことから、自分達を待っていたのは分かっていた。それすなわち、何らかの用があるということなのだろう。
「まぁね」
そう言うマリフェリアスの後ろからミリィとメルティが飛び出し、ハイテンションな彼女等はその用をマリフェリアスよりも先に言ってしまう。
「席が取れたのー♪」
「のー♪」
「席?」
「そう」
マリフェリアスはそう言うものの、ルナにはそれが何のことだかサッパリ分からなかった。
自分やカオスはそういったものを手配するまでもなく控え室が用意されており、観戦するならばそこでモニター越しに観戦しなければならない。そして、マリア達には既に手配してある指定席のチケットがあるので、そういったものは今更必要ない。
だが、そんなルナにマリフェリアスは詳しい経緯を話す。
「狭く、うるさい席で観戦しているだろうから、出来るならば良い場所を用意してくれって昨日頼まれていてね。昨晩会食の時にアーサーの坊やに話したら人数分取れたという訳。さ、案内するから観客はこちらに来なさい」
指定席から、特別観覧席へ。マリフェリアスのような、元とは言え国王が座るような席に案内される。そのような無茶をマリフェリアスに頼んだ。無謀な話だ。
「カオス」
リニアはそこで我関せずのような顔をしているカオスの方を振り向く。
「何?」
カオスの言動も、我関せずのようであったが。
「あまり無茶なお願いをするんじゃない。私達のことは気にしないでいいから」
「ぬ? つか、俺がしたって決定かよ?」
カオスはリニアを始めとして、今回の『お願い』を周りの人間に一切喋っていない。本当にそうなるとは期待出来なかったので、ぬか喜びさせるのもナンだと思っていたのだ。
だから、言わなかった。マリフェリアスも、ここでは言っていなかった。だが、それでもリニアにはカオスがやったとお見通しだった。おそらく、他の面子も口にはしなくても分かっていたのだろう。
「他にそのような無茶をする者はいないからな」
「…………」
嗚呼、空は青い。良く晴れているなぁ。
カオスは視線を逸らし、誤魔化すだけだった。
◆◇◆◇◆
カオスはいつもの調子だった。ルナもいつも通りだった。居る人数が昨日の半分になった控え室に二人が着くと、それからまもなくしてトラベル・パスBクラス試験最終日の開始時間となった。
中央のリングを囲んだ観客席は既に満員。年に1度の大きな祭のクライマックスを目の前にして、試合前にもかかわらず観客のテンションは既にかなり高かった。
大きな歓声が飛ぶ中、機能と同じ審判兼司会者の女性が現れ、試験の再開を宣言する。
『それでは、アレクサンドリア連邦トラベル・パス本試験、第2回戦を開始します! この4試合が、今年の騎士を決定する重要な試合となっております』
そして、コールする。
『では、第1試合! Dr.ラークレイ対リスティア・フォースリーゼ! 両選手の入場です! どうぞ!』
そのコールと共に北ゲートと南ゲート、両方の上方にあるモニターに、それぞれリスティアの『LYTHTIA』の文字とラークレイの『L』の字が映し出される。その直後、ゲート横のパイロが爆発による演出を見せると同時に、その両方のゲートは開いた。
その派手な煙と閃光の中、大きな歓声に包まれてリスティアとDr.ラークレイは入場してくる。花道を歩く両選手を追うようにスポットライトは当てられ、その二人を際立たせる。
「…………」
その様を、マリフェリアスは特別観覧席で今日も見ていた。
下らないショーである。その意見は、昨日アーサーに言った時と変わらない。むしろ、その意見は強くなり、ほぼ確信となっていた。
だが、それでいいのだとマリフェリアスは思っている。この試験が下らないショーであればある程、マリフェリアスにとっては都合が良い。理想の展開を見せてくれているのだ。
ただ単に多くの人達に同時に見てもらうという目的でカオスを出場させたが、これが下らないショーであればある程、それを見る目は選手に対して贔屓目になってゆく。活躍するスポーツ選手がヒーロー視されるように、カオスもヒーロー視されるだろう。
そして、そうなるようにカオスは活躍すればそれでいい。ここで活躍すれば、その実力はこの観客だけでなく、マスコミや口コミ等を通して広く知れ渡る。そして、その強さが知られれば、国の守りとして将来有望な騎士として讃えられるようになるのだ。
そうなれば、アーサーは不用意にカオスを消せなくなる。魔王アビスと同じ闇の魔法を使うということで消したいのかもしれないが、それを周りが許さなくなる。国民にとってカオスが使う魔法が闇だろうが何だろうが関係なく、ここで活躍した者はヒーローとなる。それだけでいいのだ。だからそのヒーローを、魔法の属性が気に食わないというだけで消すと、そこで国民の反発が起こるのは必至。魔法の属性が気に入らないというのは、誰が見ても正当な理由ではない。
それが分からないアーサーではない。マリフェリアスの数少ない騎士であるというのも、カオスを消せなくなる理由の1つにはなるのだろうが、そこに国民感情が入ればそれを奪うリスクはさらに高まることは、重々承知している筈だ。
だから、消せない。絶対に殺せない。そうなるので、それでいいのだ。
狙い通りに進んでいるマリフェリアスは、少々ニヤリとした。だが、その狙いは誰にも話しはしない。心の中だけで、そっと笑う。マリフェリアスはそんな女だった.