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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter1:トラベル・パスCランク試験
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Act.010:デンジャラス・テスト・アフター

 トラベル・パス試験の翌日もまた、ルクレルコ・タウンは快晴に恵まれていた。空を見ても、町並みを見ても、何を見ても、いつも通りの平穏で穏やかな日常だった。


「こんにちはー」


 ルナはカオス&マリアの家に挨拶しながら入っていった。だが、返事は無い。その上で、扉は何の施錠もされていなかった。それから、カオスもマリアも二階にあるカオスの部屋に居るんだなとルナは考えた。そして、勝手知ったる家とばかりにルナも二階へと向かう。今日はカオスのお見舞いだ。

 昨日あの試験官からトラベル・パスCランクの合格を言い渡され、それからルクレルコ・タウンのこの家まで交通機関を使用して戻ってきた。そして、そこでマリアに会ったその時もまだカオスは眠り続けていたのだ。

 カオスはどこか身体が悪いのではないか?

 ルナが帰宅途中に思っていたことをマリアも考えたのか、カオスをカオスの自室のベッドに運んで看病を始めたのだ。それが、今でも続いているのだろう。

 今は午前9時頃。カオスが洞窟内で眠り始めた時から、18時間が経過しようとしていた。だから、そろそろ目が覚める頃だろう、とルナは考えていた。

 ルナは一応ノックしてからカオスの部屋のドアを開けた。


「カオス、起きてる?」


 もしかしたら、目覚めていてもいつものカオスではなく、あの時のような残虐なカオスかもしれない。

 ドアの前に立ったルナの脳裏に、ふとそんな不安が浮かんだ。それを脳裏の片隅に追いやって、少し不安な面持ちのままでルナはカオスの部屋に入った。


「ん?」


 カオスは自室に居た。一応パジャマ姿でベッドに入ってはいたが、目は覚めていてペラペラと漫画を読んでいた。そんなカオスの横に椅子を置いて、マリアはいつもと同じような笑顔でニコニコしていた。

 ルナは少し安心した。何もかもいつもと同じ日常に戻った気がしていた。そんなルナに、カオスはぶすっとした表情をする。


「何だ、ルナ? こんないい天気の朝っぱらから雨降りのようなしけたツラしやがって。外はお前とは真逆の良い天気だぞ?」


 ドアを開けて入って来たルナに、カオスは文句を垂れる。その様子からルナは、このカオスはガイガー惨殺の時のカオスとは違う、いつものカオスであると感じた。


「いつもと同じようね、カオス」


 ルナは少しの安堵、そして喜びと共にそう口にした。それを聞いて、カオスは訳が分からないような顔をした。


「は?」


 いつもと同じ? 俺はいつだってマイペースだ、この野郎。何トンチキなこと言ってやがんだ、このすっとこどっこいが。

 何も口にしていないが、カオスの顔がルナにそう言っていた。いつもと同じでなくて良い所までいつも通りのカオスに、ルナは少し溜め息をつきつつ未だ不安材料である点をカオスに訊ねた。


「身体の方は大丈夫かって訊いたのよ。大丈夫なの?」


 身体の方の傷は、昨日試験会場のゴール地点に着いた所で救急班による治療魔法によって身体の表面上からは完治したように見える。だが、昨日カオスは試験中に明らかに様子が普段とは一変したし、訳の分からない魔法と共に普段以上の力を発揮してガイガーを惨殺していた。そんなカオスには、ガイガーにやられた傷以外にどこか身体に負担がかかっているのかもしれない。目には見えなくても、肉体の内部の何処かでは、昨日の無理が祟ってまだ悲鳴を上げているかもしれない。ルナはそう思ったのだ。


「ふ~ん。身体ねぇ」


 カオスは視線をルナから逸らし、窓の外を見た。天井を見た。床を見た。そして何も無い壁を見てから、視点をルナに戻した。そして、口を細く下に開けてルナに向かって変な顔をした。


「いつもと何も変わんねぇな。何でも俺はずっと眠っていたらしいが、俺としてはさっぱり分かんねーくれぇだ。と言うか、何故俺はこんな良い天気なのにベッドで拘束されてなければいけねぇんだ? 大切なことなので二度言うぞ。こんな良い天気なのにっ!」


 カオスはそう報告する。そして、その倍の文句も言う。

 ルナが姉に、試験中にカオスの様子がおかしくなった。それで、こうやってずっと眠り続けている。どこか身体が悪いのではないか? そう報告をしたので、過保護な姉によってこうやって今もベッドに寝かされ続け、退屈でしょうがない時間を過ごす羽目になっている。要するに、今こうしてつまらなくて仕方がないのはルナのせいなのだ。

 カオスの頭の中で、そう結論付けられていた。それで、カオスは不満で不満で仕方がない顔をしていた。その横で、マリアは微笑みを浮かべたままカオスの言うことに賛同する。


「そうね~。ルナちゃんが何か様子がおかしかったって言うからこうやっておとなしくさせているけど~、この様子じゃ大丈夫みたいねぇ~♪」

「ああ。別に心配するようなことじゃねぇよ。ただちょっと疲れたのか、ちょーっと長い時間眠っていただけじゃねぇか?」


 カオスもマリアの言葉に乗っかる。そして、少し間を置いてからヘラヘラしていた顔を少しシリアス風味に戻して、マリアの方を真っ直ぐ向き直した。そして、問う。


「まあ、それはいいんだけどな、姉ちゃん」

「何かしら~、カオスちゃん?」

「さっきから訊こうと思ってたんだけど、そのカッコ何?」


 カッコ?

 ルナはそう言ったカオスの言葉を聞いて、改めてマリアのカッコウを見てみた。普段着の上に、白衣のような物を着用していた。例えて言えば、保健の先生のようだった。ここは、自宅。そのカッコウは明らかに異質な物だった。と言うか、マリアは教師ではあるが保険医ではない。

 カオスもそう思ったのか、少し引きつった顔をしている。そんな二人にマリアは満面の笑顔で答える。


「女医さんよ~♪ コレでカオスちゃんの病気を治すの~♪」

「いや、病気じゃねぇし」

「あ、それともカオスちゃんは看護婦さんが好きだったのかしら~?」

「人の話聞けよ!」


 マリア=ボケ&カオス=ツッコミの漫才を、頭を抱えたい気分で眺めていたルナだったが、放っておくといつまで経っても話が進まないと分かっていたので、手を大きく数回叩いてキリの良さそうな所で止めさせた。


「はいはい、カオスが女医さんと看護婦さんのどっちが好みなのかはどうでもいいとして、それよりも体調の方は本当に大丈夫なの? アンタ、テストの時様子が変だったから何か影響でもあるんじゃないかと思ってたんだけど」

「変?」


 カオスは不思議そうな顔をする。その表情から、ルナはカオスにはガイガーを惨殺した時の記憶は無いんだな、と感じ取った。


「そう、変だったのよ」


 幻?

 もしかしたら、そうだったのかもしれない。一瞬、そう思う。だが、ルナの脳裏には今でもあの時のカオスの姿が焼きついて離れなかった。



「あはははははははは」


 カオスはそんな怯えるガイガーを大笑いする。絶望するガイガーを嗤う。


「な、ちょ、ちょっと待て。あ、あ、ああああっ!」


 千切れた両腕の傷跡を掲げ、ガイガーはもう戦えないことを、少し待ってもらいたいことをカオスに向かってアピールする。

 カオスはそんなガイガーを待たなかった。容赦しなかった。カオスは自分の右手をガイガーの顔面に繰り出し、髑髏型ヘルメットの目の部分の隙間から人差し指と薬指をガイガーの両目に突き刺した。

 不気味な音を立ててガイガーの両方の眼球は潰れ、その所からは潰れた眼球の白い汁が飛び出し、耳からも大量の血が吹き出た。

 カオスは突き刺した右手を引き抜きながら、死刑宣告をガイガーに贈る。



 引き千切った相手の両腕を、笑いながら投げつけるカオス。

 ボロボロに死に逝く魔族を、嘲笑しながらトドメを刺すカオス。

 


 鮮明に浮かんでくるそのようなカオスが全くの幻である訳が無いし、アレが幻だとしたら今こうして無事に生きていられることも無い。そうだとしたら、あの髑髏ヘルメットの上級魔族の存在そのものが幻でなければならなくなる。

 存在そのもの?

 ルナはカオスに問うてみた。


「カオス、アンタあの骸骨魔族との戦いも記憶に無いの?」


 そう問うと、カオスは気まずそうな笑顔を見せた。


「覚えてるぜ。ありゃあ、ださかった。最低だな。あ~っと言う間に気絶させられちまったもんなぁ」

「そうねぇ。でも、助かってよかったわ~♪」


 カオスとマリアは、そう笑い合う。その様子からは、何だか良く分からないけれどとりあえずこうして生きているんだから結果オーライ、と言ってるようにしか見えなかった。

 しかしあの光景が真実だからこそ、自分もカオスもこうしてここで無事でいられているのだ、とルナは分かっていた。だから、またルナは言う。


「そうじゃなくて、カオスさ」

「ん?」

「アンタが気絶した後、またアンタは立ち上がってあの上級魔族をあっと言う間に殺したじゃない」


 真面目にそう言うルナに、カオスは眉をひそめる。


「俺が? あの上級魔族を? はぁ? どうかしちまったのか? 馬鹿も休み休み言えよ。自分で言うのもナンだけどよぉ、俺の実力で奴を殺せる訳ねーじゃんか。天と地が狂った水車のようにグルグル大回転しても無理だぜ?」

「カオスちゃん~、そういうことをハッキリ言わないの~」


 マリアは苦笑いする。そして、カオスは馬鹿にしたような笑みを浮かべながらも、少しルナを心配しているような表情も見せた。

 何も言わなくても皆が分かっている。そう、馬鹿にしているのだ。


「ルナ、お前夢でも見てたんじゃねぇの? それとも、熱でもあんのか?」


 そんな様子を見せられはしたが、ルナは冷静な表情を崩さない。


「あたしは見た。カオスの魔法をね。カオスはそれを無意識に使っていたのかもしれない。多分、そうなのだろう。でも、カオス。アンタはあたしが見たことも聞いたことも無いような不思議な魔法を使ってあの上級魔族を殺した。それだけは事実。大体、そうじゃなかったらあたし達はこうして生きていられなかったんだからね。あの場にはあたし達しかいなかったんだから」

「ルナ?」


 嘘でもなければ、からかっている訳でもない。熱にうなされてる訳でもなければ、妄想を口走ってる訳でも無い。ルナは大真面目なのだ。カオスはそう分かっていた。

 その時の自分の様子を詳しくルナに訊くべきなのか?

 カオスが一瞬そう思った時、邪魔が入った。


「カオスー!」


 下から馬鹿でかい声が聞こえてきた。考えなくても分かる。アレックスだ。アレックスがお見舞いに来たのだ。アレックスは大きな足音を立てて、ズカズカと階段を昇ってきて、勢い良くカオスの部屋のドアを開けた。


「元気か? わははははははははっ!」


 無駄に元気な声を出して、アレックスは笑う。その後ろで、一緒にお見舞いに来ていたサラとアメリアが困ったような顔をしていた。カオスは、招かざる客人に冷たい視線を送る。

 何より絶妙な空気ブレイカーだった。


「ったく、暑苦しい野郎だなお前は」

「何を言うか。元気を出せ。元気があれば何でも出来るんだぞ。多分なっ! わははははははははっ!」

「うっせぇよ」


 突如現れた筋肉馬鹿のせいで、ルナの言っていたことはそのまま有耶無耶になってしまった。ルクレルコ・タウンの穏やかな青空に、脳ミソ筋肉男の馬鹿丸出しの大きな笑い声が響き渡っていたが。

 そんな馬鹿な空気の中でもルナの脳裏からしばらくあの時のカオスの姿が離れなかった。あの時のカオスと、今日のいつも通りのカオスが脳裏で互いに交錯する。

 今日のカオスはいつものカオスだった。

 では、あの時のカオスは?

 明日のカオスは?

 あの時のカオスは一体何だったのか?

 その問いを、頭の中で何度も繰り返す。だが、それはカオス本人にも答えられなかったこと。他人であるルナにその答えが出ることは無かった。



◆◇◆◇◆



 その日の晩のことだった。ルナ達はそれぞれ家に帰り、ハーティリー家に再び静寂が戻った。鏡を見ながらカオスは、昼間にルナが言ったことを思い返していた。


『アンタがあの上級魔族を倒したんだよ』


 粉微塵にしたので、現場に物的証拠は残されていない。監視用の擬似生物も即座に破壊されてしまったので、映像を見れた人もいない。その為、試験官達にはガイガーを倒したとは言わなかったらしい。信じてもらえると思わなかったようだ。カオスも信じられない。だが、カオスはルナの性格をよく分かっている。

 そういう嘘をつくような人間ではないのだ。


「人間、か」


 カオスは左横の髪を除けて、自身の耳を晒す。あのガイガーとかいう魔族の耳は長く尖っていた。そしてカオスの耳もまた、アレ程ではないが尖っている。

 これはハーティリー家の秘密その一。この耳を曝さないように小さい頃からカオスは言われ、髪を長くすることでそれを守ってきた。それはカオスが異端として迫害されないようにとの心遣いなのだということはカオスにも分かる。だが、心の片隅で思ってしまう。

 こんな俺は何者だ?


「あら、カオスちゃん。何してるの~?」


 そのタイミングで、姉マリアがやって来た。マリアはカオスの様子を見ても、その耳を見ても驚かない。知っているからだ。

 カオスは髪を戻し、また耳を隠すヘアスタイルになる。それからマリアに話す。


「俺達はトラベル・パスの実技試験で上級魔族に遭遇してしまった。そして、そいつの名は魔王アビス軍の幹部であるガイガーとかいう奴らしい」

「みたいね~」

「そんな輩、今の俺の実力じゃ足元にかすることすらねぇ。だが、そんな輩を俺が倒したんだと昼間のルナは言いやがった。試験官共はどうせ信じないと言うが、奴等以前に俺が信じられん。だが、ルナは頭にクソが果てなく付くくれぇ真面目な奴、そんな嘘をつくような、つけるような奴じゃない」

「そうね~」

「まるで俺じゃない俺が何処かからやって来て、無双をかましたかのようだ」


 とは言うものの、それは物理的にないだろう。ルナの話を聞く限り、他所からの介入があったようには思えない。そのような場所でもない。

 ならばルナの言う通り、カオスが倒したのだろう。物理的に。


「では、俺は何者だ?」

「弟よ~」


 マリアは即答したが、カオスは『そうじゃない』と首を横に振った。そうじゃない。そうじゃない。


「俺達には血の繋がりがねぇじゃないか」

「でも、弟よ~」


 これがハーティリー家の秘密そのニ。マリアはハーティリー家の実子であるが、カオスは養子である。何でも母カトレアの親友の子らしい。カトレアに預けてすぐにカオスの実母は亡くなったらしいが、ふざけた言動の多かった母なので、何処まで本当なのか分かったものでない。

 カオスとマリア、そしてカトレア。三人共に揃った金髪で、カオスの言動はカトレアに似たところがある。だからこそ誰もハーティリー家の関係性を疑うようなことはしないし、カオスもまたそれを意識しないが、こういうことがあると自問自答してしまうのだ。

 俺は何者だ?


「弟よ~」

 いつでも、何処でも、姉マリアの答は変わらないけれど。


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