表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter5:トラベル・パスBランク試験
108/183

Act.091:初戦ⅩⅠ~第7試合と二人の入場~

☆対戦組み合わせ☆

 一回戦

 1:× ジェイク・D        vs Dr.ラークレイ        ◯

 2:× ナイヤ・ソヴィンスカヤ  vs リスティア・フォースリーゼ ◯

 3:× ケヴィン・アノス     vs ルナ・カーマイン      〇

 4:〇 アッシュ         vs クライド          ×

 5:〇 オーディン・サスグェール vs ベス            ×

 6:〇 デオドラント・マスク   vs コルラ・モルコーネ     ×

 7:  クロード・ユンハース   vs ガイル

 8:  アレックス・バーント   vs カオス・ハーティリー

「ぬひひひひひひひひひ……」


 クロード・ユンハース対ガイルの一戦、開始前からガイルは嫌らしく笑っていた。服装はふんどし一つだけで、スカーフェイスの不気味な容姿を歪め、だらしなくヨダレを垂らしている。その姿は男が見ても気分の良くないものであったし、女性からすれば尚のことだった。


「うわっ、あの男ヨダレなんか垂らしてるよ。きったなーい」

「げげっ、超キモイよあの男ー」

「スーパー最低野郎」


 クロードのファンは勿論、クロードのファンでない人もクロードの応援をし始めていた。特に悪事をした訳でも何でもないのだが、ガイルにしてみればここは完全なアウェーであった。

 とは言え、そんな観客の大ブーイングも、ちょっとお馬鹿な彼の耳には届かない。届いても、自分じゃないと思い込んでいる。


「ぬひひひ、おれ、かつ。おれ、かっこいい。おれ、もてもて♪」

『いや、それは絶対にないでしょう。ありとあらゆる意味で』


 妄想世界の住人の妄言に、解説のデケムは訊かれてもいないのに適格にツッコミを入れる。その言葉に実況アナウンサーも同調する。もし自分が女だとしたら、もしガイルが騎士になったとしても、その男に好意を寄せることは絶対に無いからだ。

 そのガイルを、リング上のクロードは冷静に見据えている。外見の気持ち悪さや、言動のお馬鹿さではない。その中にある力を見抜こうとしていた。

 そんなクロードには、ガイルからは何も見えなかった。何かを感じ取れなかった。そして、それによって導かれる見解は二つ。一つは見抜く力が未熟で分からなかっただけ。そして、もう一つは……

 というところで、ガイルが先制を仕掛けてきた。


「おれ、さいこー!」


 右の拳に力を入れて、クロードに向けて繰り出す。力も、スピードも、予選を勝ち抜いただけはあって、周りから見れば結構優れていたように思えた。しかし、それはあくまでも素人ならばの話。

 クロードはその拳を難なく捕らえる。そこでガイルの拳は止まり、それ以上はクロードの方には進めない。


「ぬ?」


 ガイルは戸惑った。明らかにクロードの体の方が華奢だし、パワーも無いように見えた。しかし、自分は拳を捕らえられたまま動けないでいるのが現実。

 そのガイルを、クロードは興味の欠片も無いような目で見て、吐き捨てるように言い放つ。


「この程度か」


 そう。もう一つは、相手の中にそれ相応の実力が無い場合。そして、実際にそうであった。


「つまらん。消えろ」


 クロードは拳を押さえていた手を離す。それと同時に素早く回し蹴りをして、それをガイルの腹部に食らわせる。

 防御も何も、ガイルには不可能だった。蹴りをマトモに食らわされたガイルは、血反吐を吐きながら飛ばされる。そして、そのままリング外へと落ちた。

 ガイルはもう、白目を剥いて気絶していた。もっとも、それがなくても場外で負けではあるが。


『場外。クロード選手の勝利です!』


 審判は勝敗を決する。試合開始から一分にも満たない、秒殺であった。明確な格の違いを見せ付けたクロードを見て、女性ファンは黄色い歓声を上げる。


「キャーッ、クロード様ー♪」

「愛してるー♪」

「抱いてー♪」


 そのクロードの戦いを見て、男性客は驚きと戸惑いの声を上げる。


「もう終わりか?」

「すっげぇ。秒殺かよ」

「俺はあのガイルっつー変態野郎に、あっと言う間にやられたっていうのによ」


 信じられないものを見ているような気分だった。そして、それは実況アナウンサーも同じで、その試合結果に対して驚きの声を上げる。


『あっと言う間の結末でした。さすがはA評価と言うべきでしょうか、凄まじい強さですね、解説のデケムさん』

『そうですね』


 解説のデケムは認める。どう見ようと、クロードが強いのに変わりは無いと。


『クロード選手だけでなくオーディン選手もそうですが、前回も合格して恥ずかしくない強さは持っていました。が、両者共に今回はそこからさらに実力を飛躍させてきたように見受けられます』


 彼等がまだ騎士になれていないのは、単に運に恵まれなかっただけ。実力的にはもう、そこら辺の騎士よりはずっと上と、デケムには見えた。

 その陰で、係員によってガイルは担架で運ばれていった。その様を見ている者はもう、誰もいなかった。


「…………」


 しかし、そんな試合結果にも、様子にも、クロードは興味無さそうにしていた。それだけでなく、周りの自分を褒め称える声にも耳を貸さなかった。彼の視点はただ一つ、次の試合へと向けられていた。

 次の試合、楽しみに待っているよ、カオス・ハーティリー……

 花道を静かに退場しながら、クロードは次の試合を思い描きながらワクワクしていた。現実としては、次の対戦相手はまだ決まっていないのだけれど。

 お互い下らない初戦だ。さっさと勝ち上がって来い。

 負けるとは毛頭思っていなかったのだ。


「強いね」

「ホント」


 サラとアメリアはそう実感していた。カオスとアレックス、どちらが勝つか分からないけれど、どちらにしてもこの相手に勝たなければB級試験は不合格。素人目にも、これは易々と突破出来る関門ではないように見えた。

 クロード・ユンハースは今回の出場者の中でも屈指の実力。それはマリアも気付いていた。だが、それでも心配はしていなかった。これが特に命が懸かった戦いではないのもあるが、それだけでなくカオスならば勝てない相手ではないと信じていたからだ。


「…………」


 その様子を、会場の様子を、マリフェリアスもじっと見ていた。今の試合そのものではない。次のカオスの試合でもない。何かひっかかるものがあるような気がしてならなかった。

 ただ、その様子はミリィの目には、カオスの試合を思ってるように映った。


「カオスさんが心配ですか?」


 回答にYesはないと分かっていながら、ミリィはマリフェリアスに訊ねる。そして、予想通りマリフェリアスはYesとは言わない。


「心配などはしていない」


 そう、ここはNoが彼女にとっても本当。マリフェリアスとしても、カオスがこの試合で負けるとは思っていなかったし、それ以前に試合結果なんてどうでも良かった。だから、カオスそのものに関しての心配は何も無いように見えた。

 しかしそれでも、何かがマリフェリアスの中でひっかかっていた。もしくは、そうしなければならない何かがあるのかと。

 マリフェリアスは色々と考えをめぐらせるが、答は出て来そうになかった。

 そのようにマリフェリアスが色々と考えをめぐらせていた時、会場内に一つのアナウンスが流された。


『続いて第8試合、1回戦の最終試合となりますが、両選手の準備がまだ整っておりませんので、少々お待ち下さい』


 と。

 マリフェリアスはそのアナウンスを聞いてカオスが遅刻したのではないかと一瞬考えた。が、それはすぐに否定した。自分がここに来た時刻を元にカオスの到着時を予測すれば、遅刻ではないと予想がつくからだ。

 では、試合開始が遅れる理由は……


「クロードのせいだな」


 控え室で、オーディンは苦笑いをした。

 1回戦は前の試合が行われている間に、控え室から直前の部屋へと選手が移動して待機する。その決まりに従って、カオスとアレックスもそのようにしていた。

 ところが、クロードは異例の早さでガイルを倒してしまった。つまり、カオスとアレックスがその直前の部屋に辿り着く前にクロードは勝ってしまい、その為に2人はまだ入場が出来ないのだ。


「さて」


 そんなことを考えていたオーディンの横に、クロードは戻ってきていた。戻ってきて、モニター越しにリングの様子を眺める。


「って、早いな」


 オーディンは驚く。さっき試合を終えたと思ったら、今ではもう隣で何食わぬ顔してモニターを眺めていた。だが、それだけ急いでやって来たというのも窺い知れる。

 しかし、カオスとアレックスを導いている係員は急ごうとはしない。急げば早く着くが、その分体力は削られて100%の実力が発揮できなくなってしまうからだ。そして、そんな焦らなくてもすぐに目的地には辿り着く。1分少々経ち、カオスとアレックスは直前の間に到着して、そこから待ち時間ゼロですぐに試合となる。それが宣言される。


『皆様お待たせ致しました。両選手の準備が整いましたので、早速試合といかせて頂きます』


 そこで審判兼司会が進行する。


『それでは本日最後の試合、第8試合アレックス・バーント対カオス・ハーティリー! 両選手入場して下さい!』


 その瞬間、パイロが爆発すると同時に北と南の両方のゲートが解放される。それを合図にカオスとアレックスは入場するのだ。

 2人は入場する。カオスはマイペースに、アレックスはガチガチに。そんな2人を、観客の拍手と歓声が暖かく迎えていた。カオスへの声援の方が多かったが。

 それはそれとして、実況アナウンサーと解説者は入場する2人を見ながらこれから始まる試合に思いを馳せながら、その話をする。


『この1回戦最後の試合、奇しくもアレックス選手とカオス選手の2人はクラスメイト同士だそうです。これは楽しみな一戦となりましたね、解説のデケムさん』

『確かに』


 実況の言う言葉に、デケムは一応の賛同は見せる。


『お互いの手の内を知っているでしょうし、それだけを考慮に入れたならば白熱した戦いとなるのかもしれません。が』


 そこまでは表面上のものでしかない。デケムは釘を刺す。


『ちょっと気になることがあります。アレックス選手とカオス選手、同じ年齢で、同じ場所で育ち、同じ学院で学んでいるにもかかわらず、予選での2人の評価は雲泥の差となっています』

『た、確かに!』


 実況は思い出し、驚愕の声を上げる。

 そう。カオスの評価はAだが、アレックスはC。ただ単に予選での相手のレベルに差があっただけとは思えない差であった。アレックスが故意に予選での実力発揮を抑え、相手に油断させる作戦をとるようには思えないし、それが効果的であるとも思えない。

 つまり、その評価は純然たる実力の差。デケムはそう判断し、解説する。


『カオス選手には学校教育以外の何か、そういったものがあるのかもしれません。何処かでの特別な訓練、実戦、そのようなものが、彼を上の領域に押し上げているのでしょう』


 そのカオスは女性の黄色い歓声に応え、笑顔を振りまいていた。白い歯がチラリと見えて、それがキラーンと光る。そして、投げキッスを飛ばすのだ。


『あ、あの様子からは全く想像出来ませんね』

『まあ、そうでしょうね』


 そう話している間に、カオスとアレックスはリングの上に到達する。アレックスは少し視線を下げて、そこで目を瞑る。観客の声も視線もシャットアウトし、自分だけの世界に入る。そこでは他者の声は聞こえず、自分の声のみが聞こえる。そうしている間に、アレックスの心は幾分落ち着きを取り戻し、心臓の高鳴りも収まってきていた。

 そんなアレックスの中にある言葉はただ一つ。




 勝つ!




 この試合、必ず勝利してやる。その意気込みだけであった。

 そうして目を開くと、真正面にカオスの姿が映る。柔軟柔軟と言いながら、手足をタコのようにクネクネしてるカオスの姿が。

 そのあくまでもマイペースなカオスに、アレックスは少々ペースを乱されたが、すぐに気を取り直して向かい合う。真剣な表情に戻る。


「カオス」

「ん? 何だ? アレックス」

「これはあくまでも真剣勝負、どっちが勝ったとしても恨みっこなしだ」

「ま、そーだな」


 その点で、カオスに異存はない。負ける気はしないが、仮に負けたとしてもそれを原因で恨もうとはしないし、それは筋違いと分かっていた。

 真剣勝負、だがその結末に怨恨は残さない。その宣言に、双方が安心する。安心したところで、アレックスは叫ぶ。


「真剣勝負なんだ! だから、カオス! ぜってー手を抜いたりするんじゃねーぞ!」


 力を出し切っていないカオスに勝ったとしても、それを真の意味で勝利とは言えない。そんな勝利に意味はない。だから、カオスには全力で戦ってもらわなければならない。これは真剣勝負なのだから。

 そんな言葉に、アレックスは少々酔っていた。その酔っている状態をカオスは分かっていたし、予選の最終試合からアレックスにそんな実力がないのも分かっていた。実力を隠しているという可能性もなくはないが、アレックスにそんな悪知恵が働くとは思えないし、隠しているのなら予選では少なくとも結果の見えない判定勝ちは避けるのが普通であり、予選最終試合以上の実力があるのなら勝利した時のあの心の底からの喜びようは絶対に出てこないからだ。

 だから、カオスは適当にあしらう。


「はいはい。ったく、相変わらず無駄に暑苦しい野郎だ」

「熱血と言え! さもなくば闘魂!」


 アレックスは激昂する。その真正面で、カオスは適当にしている。合ってるようで合っていない、そんなグダグダな雰囲気に審判兼司会の女性は困っていた。その為、どこか恐る恐る2人に訊ねる。


「あの、試合始めてもいいですか?」


 ダメと言われても困るのだが。

 ただ、カオスとアレックスはあっさりと承諾する。


「「勿論」」


 合うようで合っていない二人の言動は、ここだけはピッタリと合っていた。ハーモニーとなっていた。

 それでは、何の問題もない。そのように安心した審判兼司会の女性は、試合を開始させる。


『それでは、第1回戦最終試合、アレックス・バーント対カオス・ハーティリー、試合開始!』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ