Act.090:初戦Ⅹ~前置き~
☆対戦組み合わせ☆
一回戦
1:× ジェイク・D vs Dr.ラークレイ ◯
2:× ナイヤ・ソヴィンスカヤ vs リスティア・フォースリーゼ ◯
3:× ケヴィン・アノス vs ルナ・カーマイン 〇
4:〇 アッシュ vs クライド ×
5:〇 オーディン・サスグェール vs ベス ×
6: デオドラント・マスク vs コルラ・モルコーネ
7: クロード・ユンハース vs ガイル
8: アレックス・バーント vs カオス・ハーティリー
カオスに手渡された者達はハンバーガーを食べていた。その中の一人、ルナはそのハンバーガーを齧りながらふと思った。
「そう言えば、珍しいね」
過去を振り返りながら、ルナはカオスに話を振る。
「何がだ?」
「コレよ。と言うか、カオスが土産なんて買ってきたことなんてあったかしら?」
ルナの記憶には見当たらない。それはカオスが出かける時は大概一緒に行ってるから、という訳でもない。一緒に行った場所でも、そこから帰った後誰かに土産を渡している姿を見たこともない。エスペリアに行った時も、アレックス達にお土産は買っていない筈だ。
だからこそ、カオスがハンバーガーを買って来て、自分達にタダで渡すというのが非常に不思議だったのだ。ルナは訊ねる。
「どういう風の吹き回しで今日は買ってきたの?」
だが、今回はその不思議な出来事ではない。カオスは否定する。
「ん? いつ俺がそいつを“買って来た”なんて言った? そんなこと言ってねーぞ」
言っていない。そして、ナレーションにも記していない。
カオスがこれらのハンバーガーを購入したわけではない。買ってはいない。それがルナの思考を一つに結びつける。
「買ってないって、アンタ盗んだのかー!」
「ちゃうわ、ボケー」
盗んだ訳ではないとカオスは言う。その証拠もある。コッソリと盗んだのならば、店のロゴの入った紙袋は入手出来ない。と言うか、基本的にファストフード店は先払いだ。
「じゃあ、何なのさ?」
「金はちゃんと払ったんだよ。俺じゃねー奴がな。つまり、奢らせたのさ」
きちんと金は支払い、正規に入手したハンバーガーである。が、それはカオスが金を払って手に入れたのではなく、他の誰かが金を払い、それをカオスが手に入れたということだ。
「え? それじゃあ、誰が……」
ルナの中に、一つの疑問が残る。カオスに奢ろうとする者がいなそうだからだ。マリアはずっと観客席に居るから不可能であるし、他に来た見物人もそう。自分達もずっとリングかこの控え室に居たので、それも出来ない。それら全て除くと……
「それは、私。私なのだよ」
マリフェリアスは特別観覧席で突如そんな言葉を発した。そこには何の脈絡も無かった。ハンバーガー片手にミリィは首を傾げ、そして訊ねる。
「どうかしましたか? マリフェリアス様」
「ん? 何となくね」
それだけ、マリフェリアスは何も言わなかった。
「えー?」
その頃、選手控え室ではルナの驚きの声が響き渡っていた。カオスが奢ってもらった相手が、自分にはとても信じられなかった人だからだ。
「マ、マリフェリアス様に奢らせたー?」
ルナの口元から、パン屑がポロポロと落ちる。その様を見て、カオスは眉をしかめる。
「食うか喋るかどっちかにしろって言ったの、何処のどいつだよ?」
それはルナ。カオスが、他ならぬルナに注意されたばかりである。
それはそれとして、ルナはルナの中では大変なことをしでかしたカオスの肩をつかみ、激しく揺さぶる。勿論、ハンバーガーを持っていない手で。
「アンタはとんでもないことしてくれたわねー」
「ん? 別に大したことしてねーだろ?」
ルナが揺さぶる以上に、カオスは身体を海底のワカメのように揺らしていたのだが、そのルナによる揺さぶりが収まると、そのように言い放ったのだった。ルナの中ではとんでもないことでも、カオスにしてみれば小さなことなのだ。
それがルナには信じられなかった。だから、怒鳴る。
「大したこと、なくないでしょーが! 君主にハンバーガーを奢ってもらう騎士が何処に居るってのよ!」
「ここ」
カオスはためらいもなく自分を指差す。その仕草に迷いはなく、自分のしたことに罪の意識も何もない様子だった。その様を見て、ルナは呆れた。心の底から呆れていた。
そんんあルナに対して、カオスは止まらない。
「つーか、いつからあのクソババァが俺の君主になったっていうんだ?」
そのカオスの言葉に、ルナは憤慨する。
「∵○⊥$∑∝㊥*≒!」
「@%■〒±£◎α‰!」
そうして、何の実にもならない無駄な口論が始まる。それがいつものパターンだった。が、今回はそのようにはならなかった。口論を始めようとしたその瞬間、控え室のモニターから一際大きな歓声が飛んで、それを阻害したのだ。
カオスとルナはどうでもいい口論をやめて、モニターの方に視線を移す。そのモニターの先では、デオドラント・マスク対コルラ・モルコーネの試合に決着がついていた。それを、審判兼司会が宣言していた。
『場外! デオドラント・マスク選手の勝利です!』
そこでさらに歓声が上がる。試合そのものは単調だったが、とりあえず終われば盛り上がるのだ。それはそれとして。
「ああ。そう言やぁ、試合してたんだっけ?」
ずっとハンバーガーの話をしていたんで、すっかり忘れていたよ。
カオスはそのように付け加える。ふざけているのだ。ルナは分かる。カオスは悪賢いだけの馬鹿だが、そこまで馬鹿でもなければ呆けてもいないのは、付き合いの長さから分かる。
とは言え、ここはそういったボケを飛ばす場ではない。怒りはしないが、ルナは呆れていたように溜め息をついていた。
その一方で、報道席ではこの試合についてまとめの解説をしていた。まずは実況アナウンサーから。
『この試合、終始有利に進めていたコルラ選手でしたが、最後にはリング外に落ちてしまいました。無念。ここで敗退となります』
そのように話を出してから、隣の解説者に解説を求める。
『油断、ですかね? 解説のデケムさん』
『かもしれませんね。しかし』
解説のデケムは、それに専門家らしい言葉を加える。
『どの程度なのか分かりませんが、デオドラント・マスク選手の力はこの程度ではないでしょう。少なくとも、C評価に甘んじるような選手ではなかったと思いますよ』
『そうですか。では、これからが非常に楽しみですね』
『ええ』
実力を出さないで、勝てる程度にしかやろうとしない。そんな姿勢があるように、解説のデケムには思えていた。だが、それはすぐに忘れてしまう。次の試合が始まるのだ。
審判兼司会が進める。
『それでは、続いて第7試合を行います。クロード・ユンハース対ガイル! 両選手の入場です!』
その声と共に、一時期クールダウンしていた観客の歓声、特に女性の黄色い声援が大きくなった。女性に絶大な人気のあるクロードに向けられたものだった。
そんなヒートアップした会場とは裏腹に、選手控え室では落ち着いていた。選手もそうで、係員ならば尚更。係員はしっかりと自分の務めを行う。次の試合の準備だ。その次の試合の選手である二人を呼ぶ。
「アレックス・バーント選手、カオス・ハーティリー選手、時間です。試合の準備をして下さい」
カオスとアレックスは、ほぼ同時にその方を振り返る。試合の準備、カオス対アレックスの戦いは目前までに迫っていた。
カオスとアレックスは歩いてその係員の方へと向かう。係員は案内する。
「この試合が終了したら、アレックス選手には南側の、カオス選手には北側のゲートから入場して頂きます」
「まあ、開いたゲートから入るってだけだよな?」
「そうです」
「じゃ、簡単だ」
試合が終わるまでそこに待機して、試合が始まってそのゲートが開かれたら、そこをくぐって花道を通り、入場してゆくのだと改めて説明がなされた。
「では、ゲート前まで案内致します」
「ほい」
そして、案内。
十数歩、カオスとアレックスは並んで歩く。だが、控え室を出てすぐに二人の道は分かれた。カオスは北側、アレックスは南側、それぞれ逆方向にそれぞれの係員によって連れられていくのだった。
尚、係員と喋っていたのはずっとカオスだけであり、アレックスは緊張によりずっと無言であった。