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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter5:トラベル・パスBランク試験
106/183

Act.089:初戦Ⅸ~カオス帰還とハンバーガー~

☆対戦組み合わせ☆

 一回戦

 1:× ジェイク・D        vs Dr.ラークレイ        ◯

 2:× ナイヤ・ソヴィンスカヤ  vs リスティア・フォースリーゼ ◯

 3:× ケヴィン・アノス     vs ルナ・カーマイン      〇

 4:〇 アッシュ         vs クライド          ×

 5:〇 オーディン・サスグェール vs ベス            ×

 6:  デオドラント・マスク   vs コルラ・モルコーネ

 7:  クロード・ユンハース   vs ガイル

 8:  アレックス・バーント   vs カオス・ハーティリー

 アレックスは緊張していた。それは最初からだが、自分の試合が近付くにつれて、その緊張は治まるどころかどんどん大きなものになっていた。前書きに書いてある試合経過が、いつの間にかしれっと進んでいることにも気が付かない。

 アレックスはそんな緊張に支配されつつ、考えを巡らせる。

 俺の試合は次の次、もうすぐ俺はあの大観衆の前で試合をやる。そうなるとここに集まった人皆、俺の一挙手一投足に注目する。いや、それだけではない。この試合の結果によっては……


「○¥Π■☆θ*⊿Ω√÷」


 そのアレックスの思考は、次第に口から漏れ出す。それは周囲には訳の分からない独り言にしか聞こえなかった。それを目の当たりにしながら、ルナは呆れたように溜め息をつく。


「ったく、小心者ねぇ」


 どうせ勝てやしないのだから、胸を借りるつもりで気楽にやればいいのに。

 ルナはそのように思っていた。それと同じように思っていた訳ではないのだが、その声に対する同調の声が、その時ルナ達の背後から聞こえてきた。


「全くだ。でけぇ図体のくせに気が小せえ。小せえ」


 聞きなれた声と口調だ。ルナ達が振り向くと、そこには勿論カオスが立っていた。手にはハンバーガーを持ち、それを齧りながら喋っている。実に行儀が悪い。

 その当人であるアレックスは、そのカオスの帰還にも気付かずに独りでブツブツ言っている。発しているのはやはり訳の分からない毒電波だ。


「△ε◎♯∞Ё♂≠♀〒……」


 その姿を見て、カオスは首を傾げる。緊張の『き』の字もしていない図太いカオスにしてみれば、ガチガチになって震えているアレックスがサッパリ分からないのだ。

 そんなアレックスのことを、カオスはルナ達に訊ねる。


「何だ、ありゃ? くちゃくちゃ。アレックスの野郎は何してんだ? くちゃくちゃ。ありゃ、呪いの一種か?」

「汚いなぁ。喋るか食べるかどっちかにしなさい。行儀悪いよ!」


 ルナの言葉は、答になっていない。と言うか、ポロポロとパン屑をこぼしながら喋っているカオスへの注意であった。まあ、当然である。

 そんなカオスは、黙ってハンバーガーを咀嚼し始めた。食べるのではなく、喋るのをやめたらしい。カオスは黙ってアレックスの様子を窺うことにした。

そんな珍獣、もといアレックスは緊張を紛らわせる為に掌に人の字を書いて飲み込む仕草を始めた。3回と言わず、10回も20回も何度でも。

 それを見ながら、カオスはハンバーガーを食べていた。ハンバーガーが不味くなりそうだった。興味もなくしたので、カオスはアレックスから視線を外してルナ達に戻す。


「ま、アレはどうでもいいや。それより試合は何処まで進んでんだ?」


 口に入ったままだと口煩いルナが怒るので、今度は口の中に入ってる物を綺麗に飲み込んでから訊ねる。


「試合?」

「今はコルラさんが戦ってます。カオスさんの番は、この試合の次の次ですよ」


 リスティアは現状をカオスに簡潔に説明する。

 今日は試合を潤滑に進める為、次の試合を行う者はゲートの前にある控え室で待機しなければならない。つまり、カオスとアレックスはこのコルラの試合が終わったら、そちらに行かなければならない。だから、今来たばかりのカオスは、遅刻ではないが早いとも言えなかった。

 つまりはちょうど良かったということ。


「いやいや、ナイスタイミングだ。さすが俺様♪」

「たまたまでしょ。大体、威張るようなことじゃないじゃないの! と言うか、何処行ってたのよ?」


 ヘヘーンと胸を張るカオスに対して、ルナはすぐさまツッコミを入れる。真面目なルナにとってみれば、ここで試合になるまで静かに待っているというのは当然すべきことだった。

 カオスがそうするという期待は全くしていなかったが。


「まあ、いい」


 カオスは勝手に話を切り替える。


「それはともかくとして、土産があるんだった。こいつはお前等の分だ。食え」


 そう言って、カオスは自分の持っている紙袋をルナとリスティアに向けて突き出した。その紙袋に『N』のロゴ、その店のマークが入った紙袋だった。


「ハンバーガー?」


 ルナは訊ねる。カオスが今食べている物を思えば、中身はそのように簡単に推測される。その言葉に、カオスは軽く頷く。


「ああ。ノスバーガーだ。後3つあるんだよ。お前等も食うだろ?」

「ええ。貰うわ。あたしの今日の試合はもう終わったからね」


 遠慮する理由もないので、ルナはそのカオスの差し出したハンバーガーを受け取る。


「私も頂きます」


 そして、リスティアも受け取る。残ったハンバーガーは1つだ。


「あ~と~は、アレックスかー」


 カオスが首をグルリと回してアレックスの方に視線を向けると、アレックスはまだ蒼い顔でテンパっていた。歯をカタカタ鳴らし、後ろ向きな発言を繰り返す。


「どうしよう? 緊張で実力を発揮できなかったら。どうしよう? 緊張で試合中にトイレに行きたくなったりしたら。どうしよう? 緊張で突然の豪雨に襲われたりしたら。どうしよう? 緊張で試合中に突然宇宙人が乱入して、両腕掴まれて連れ去られたりしたら」


 カオスは思わずパン屑を少し落とした。アレックスにしてみれば本気で、重大な問題だったのかもしれないが、カオスにしてみれば只の阿呆だった。と言うか、緊張で宇宙人襲来って。

 その阿呆のアレックスは、ド阿呆な妄想と独り言を続ける。


「そうだ! カオスがこのまま会場に来ない、もしくは遅刻して棄権にでもなればその心配はない!」

「だ~れが、棄権だって?」


 カオスは既に来ている。欠場もなければ、遅刻もなく、棄権はありえない。だが、アレックスは気付いていない。カオスの来訪にさえも気付いていない。それだけでなく、自分の後ろから来るカオスの言葉にも気付いていない始末だった。

 そこでとても阿呆なアレックスは、とてつもなくド阿呆な妄想と独り言を続ける。続ける。だだ漏れにする。


「そう! そして次の相手も体調不良、もしくは前の試合での怪我等で棄権にでもなれば!」


 俺が晴れて騎士になれるのだ。

 アレックスはその様を想像してニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべ始めた。人の話も聞かず、人の姿も目に入っていない、ただの独りよがりだった。

 と。


「人の話くらい聞け、このクソボケ!」


 カオスの鉄拳が、凄まじい程阿呆なアレックスに炸裂する。アレックスは宙を舞い、床に落ちる。その結果としてアレックスは正気に戻り、ようやくカオスの存在に気付いたのだった。やっと。


「カ、カオス、いつの間に?」

「さっきからずっとおるわ、このヴォケー」

「ぬ!」


 棄権説消滅!

 この瞬間、アレックスの頭の中ではそのような言葉が脳内を占め、勝手にショックのどん底へと落ちた。

 とは言え、そんな自分勝手な妄想などカオスには関係ない。と言うか、知らないし、どうでもいい。カオスは自分の用事を重視する。


「まあ、いい。そんなことよりも土産があるんだ。ハンバーガーだ。まあ、食え」


 カオスは残り1つのハンバーガーが入った紙袋をアレックスに突き出す。その紙袋を見て、アレックスは少し後ずさった。


「は、はむばぁがぁ、だぁあ~?」


 その行為は、アレックスにとっては信じ難いものだった。だから、怒鳴る。


「試合前にモノ食えるかー! つか、お前も食ってんじゃねー!」


 カオスはハンバーガーを咀嚼している。その様を見て、試合を目前としている者の姿でないとアレックスは怒るのだ。

 その考え方は、日常の中の突然の実戦に対応できるような力を身につけるというカオスの考えに反する。だが、カオスは反論しない。アレックスにはアレックスの考えがあるので無理強いする気はないし、それ以前にどうでもいいのだ。

 それはそれとして。


「じゃ、ハンバーガーは要らねーのか?」

「要らん」

「あ、そう」


 ハンバーガーも無理強いする気はない。カオスはアレックスから離れていく。


「しゃあねえ。じゃ、誰か他の奴にやるとするかな」


 さすがに1人で2つ食べる気にはなれないので、そのようにしようと思って控え室内を見渡す。そして、1人の男の姿が目に入り、それに近付いていった。

 カオスはアレックスから離れた。その時、アレックスはさっきのハンバーガーを思っていた。

 試合前に、物を食べてはいけない。これは本当だ。だが、それならば試合後に食べればいいだけの話だ。どうせそんなに時間はかからずに今日の試合は終了する。それまで待てばいいだけだった。

 アレックスはそのことに気付き、少し後悔した。だが、今更『やっぱりくれ』とは言えない。だが、こうすることによって、自分のハングリー精神は保たれたのだ。いや、さらの燃え上がったのだ。そうさ。そうに決まってる。自分自身に、そう強く言い聞かせているアレックスの腹が少し鳴った。アレックスは後悔していた。だが、やはり今更『やっぱりくれ』とは言えないのだった。

 カオスの目に大柄でマッチョな中年男、オーディン・サスグェールの姿が映った。カオスはそこに近付いていた。そして、話しかける。


「オッサン、確かオーディン…だったか?」

「何か用か、カオス・ハーティリー?」


 返事はする。だが、オーディンの目は試合中のスクリーンから離れない。その態度は、短気な人は怒るかもしれない。だが、カオスは気にしない。どうでもいいのだ。それより、自分の用事を優先する。


「これ、余ったんだ。ノスバーガーだが、食わないか?」


 紙袋を見せる。それをチラッと見て、オーディンは確かに自分の小腹がすいているのに気が付いた。

 本音としては、ここで頂いておきたいところだった。しかし、自分はこのカオスとは親しくないどころか、話をするのもこれが初めてだ。自分の為に買ったということはありえないので、誰か他に受け取るべき者がいるのではないかと考えた。

 そして、確認を取る。


「良いのか?」

「良いから訊ねてる」

「それもそうだな」


 オーディンは自分の想像が杞憂だと悟る。カオスの言う通り、自分以外に渡すべき者が居るのならば、初めから訊きはしないものだ。

 だから、受け取る。


「頂こう。すまないな」


 こうしてカオスの持ち込んだハンバーガーは、全てはけたのだった。

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