Act.087:初戦Ⅶ~ベンチ裏(裏番組:カオス劇場⑥)~
☆対戦組み合わせ☆
一回戦
1:× ジェイク・D vs Dr.ラークレイ ◯
2:× ナイヤ・ソヴィンスカヤ vs リスティア・フォースリーゼ ◯
3:× ケヴィン・アノス vs ルナ・カーマイン 〇
4: アッシュ vs クライド
5: オーディン・サスグェール vs ベス
6: デオドラント・マスク vs コルラ・モルコーネ
7: クロード・ユンハース vs ガイル
8: アレックス・バーント vs カオス・ハーティリー
二回戦<Bランク試験合格決定戦>
9: Dr.ラークレイ vs リスティア・フォースリーゼ
10: ルナ・カーマイン vs ?
11: ? vs ?
12: ? vs ?
首都アレクサンドリアの外の砂漠地帯で、カオスはまだ戦い続けていた。
カオスは真っ直ぐ間合いを詰める。詰めながら体を捻り、グレン(偽)に向かってパンチを繰り出す。素早く、正確に。
グレン(偽)はすぐさまそれに反応し、それを防御。知能はコピーされなかった筈だが、それでも上級魔族。体の反応は素早いらしい。
カオスはそんなグレン(偽)に次々と攻撃を繰り出す。1発ダメなら2発、下手な鉄砲の発想と同じようだが、そうしてゆくのが効果的であるとカオスは思っていた。
そんなカオスの攻撃をグレン(偽)は全て防御してみせた。ただ、カオスの攻撃に効果が無かった訳ではない。攻撃がグレン(偽)の急所に当たらなかっただけだ。防御をさせ続け、グレン(偽)の体力を奪い、どんどん追い詰めてはいるのだ。
マズイな。
グレン(偽)はそう思ったのか、そこで反撃に入る。目を見開き、それをギョロッとカオスへと向ける。それと共に、魔力が瞳に充溢される。視点が完全にカオスへと向けられると、そこで魔力が弾けた。カオスを襲う空気弾となり、カオスを襲ったのだ。
それを避ける暇は無い。ショートレンジで攻撃し続けていたカオスには、目に見えぬ空気弾を回避することも、防御することも不可能であった。
カオスは飛ばされる。矢のようなスピードで後方へ。
そして、そのまま大きな岩へと叩き付けられる。その勢いは凄まじく、岩は真っ二つに割られる。それでもカオスの体が止まらず、その中へとカオスは飛び込んでいく。大きな岩を二つに割り、崩して、さらにその後方へと飛ばされ、いくつかの大きな岩を小さなそれへと変えてしまったのだ。
岩は落ちる。ガラガラと。バラバラと。それと共に、砕け散った岩は土埃となって宙を舞う。その様が、その場に残した大きな爪跡となって周囲に強く語っていた。
ミリィとメルティは青い表情になってその様を見ていた。その中心部に居るカオスの安否を心配していた。
「カ、カオスさん」
「あ、あれは普通死ぬ」
だが、マリフェリアスとアリステルは冷めた顔をしていた。冷静にその場を見ている。
「死んではいない」
マリフェリアスは言う。
「え?」
「カオスは、あの中でちゃんと生きているわよ」
岩の中から、カオスの魔力はきちんと感じられていた。死んでしまっていたら、それはなくなる。魔力が感じられるならば、それだけで生きているという証拠になるのだ。
そして、そのカオスの魔力は殆ど減っていない。体力云々まで詳しくは分からないが、それだけで判断するとカオスは殆どダメージを受けていないように思える。
あれだけの攻撃を食らって尚、殆どのダメージを受けていない。
それすなわち、それ相応のタフさを想像以上の鍛錬で身につけていたに他ならない。
マリフェリアスは確信する。やはり、カオスは思った以上に鍛錬を積み、思った以上の実力を身に付けてきたのだと。
「ったく、どんな訓練をしてきたのやら」
マリフェリアスは素直に驚嘆していた。
◆◇◆◇◆
「す、すげえっ!」
その一方でアレックスも、ルナの試合を見て素直にそう感じていた。キッチリ練られた作戦、無駄の無い攻撃、それらどれを見ても優等生的な戦いの運びに見えた。
同じような戦いは自分には出来ないだろう。だが、自分は自分らしい戦いをすればそれでいい。アレックスは、そのように考えた。
「よし。俺も負けねーぞ!」
そして、その決意を声に出して叫ぶ。
「俺もカオス相手に圧勝してやるわ!」
「それは難しいですよ」
そんなアレックスに水が差される。リスティアだ。アレックスがその声の主の方を振り返ると、ルナの前に勝利を飾ったリスティアが戻ってきていた。
「彼はとっても強いですよ」
リスティアは断言する。
このアレックスが、どの程度の力を秘めているのかは分からない。ただ、カオスがとても大きな力を秘めていることだけは気付いていた。リスティア自身もカオスと戦うと仮定した場合、かなりの激戦になるのは間違いないと感じていた。そんなカオス相手に圧勝する? そんな実力がアレックスにないのはすぐにリスティアには分かった。むしろ、カオスに圧倒的に負ける程度の実力しかないようにも見えた。
だが、それにアレックスは気付いていない。
「怠け者のカオスが強いねぇ。はっはー、随分とアイツを買い被っているようじゃないか」
「そんなことないですよ」
リスティアは反論する。
このアレックスのカオスに対する評価は明らかに過小評価。それは100%確実。5つ星レストランを、星1つか2つ程度にしか見ない、酷い過小評価だった。それ程、アレックスには人を見る目がなかった。
「カオスさんは強いですよ」
「らしいな」
リスティアの後ろから、リスティアの賛同者が現れる。アヒタルの警察官、コルラだ。
「コ、コルラ!」
「楽しそうだな。俺も混ぜろよ」
ただ黙って他人の試合を見物しているのにも飽きた。だから、俺も会話に加えてくれ。コルラは、そのように言った。アレックスとしては断る理由はないので、その申し出をアッサリと受け入れる。そして、早速アレックスはコルラに訊ねた。自分だけは納得出来ないことを。
「カオスが強い? 何でそう思うんだ?」
「これは聞いた噂、予選の敗退者や取材に来ていた人間の喋ってるのを耳にしたってだけなんだが、昨日の予選ではカオスのCブロックが一番レベル高かったらしいぜ」
「え~、ホントかよ? そいつら、見る目ね」
「確かに」
リスティアはキッパリと言う。
「私はDブロックだったので、隣だからずっと見ていたんですけど、実際そんな感じでしたね」
「アーミット・ムーリも負けたしな。他にも本戦常連組が散ったらしいぜ」
「!」
コルラの言う『アーミット・ムーリ』の名前に、アレックスは反応する。ファンなのだ。他人に言ったことはなかったが、髪形を真似する位の熱狂的なファンだったのだ。
「ア、アーミット・ムーリさんですか? ああ、カオスさんの予選1回戦の相手ですね」
少し考えながら、リスティアはコルラの言った名前がカオスの最初の対戦相手の名前だったと思い出した。そして、その試合の内容も。
「その人なら、カオスさんが蹴り一つで倒してしまいましたよ」
「あ、アイツが倒したのか。しかも軽く。どうりで評価がAになる訳だな」
「!」
コルラは驚いたが、その一方で予定調和な気もしていた。そんなことでもなければ、マスコミは初出場の人間にA評価を与えないに違いないからだ。
その一方、アレックスは非常にショックを受けていた。アレックスにしてみれば、とても信じられない出来事だらけだった。憧れのアーミット・ムーリが予選であっさりカオスに葬られていた。リスティア達がそのような嘘をつく筈がないと分かっているが、全て嘘だと思っていたかったのだ。
「ああ、そうそう、予選のレベルってんで思い出したんだけど」
コルラはそんなアレックスを放っておいて話題を変える。
「一番レベルが低かったのはAブロックだったって話だぜ。誰だったんかね、そのラッキーな奴は。あはははは」
Aブロックだったアレックスの耳に、最早その声は届いてはいなかった。
そんな中、試合の終わったルナは控室に戻ってきた。勝った彼女が見たのは、呆然としたアレックスと困った顔をしたリスティア達だった。
「ただいまっと。って、どうしたの? 何なの、あの呆けたのは?」
「さあ?」
「大方自信でもなくしたのだろう」
首を傾げるリスティアの代わりに、コルラがそのように予想して答える。
「自信?」
ルナには一瞬ピンとこなかった。
自信とは日々の鍛錬を積み重ねた成果によって生まれるものであって、自分の積み重ねたものに偽りがなければ、易々と崩れるものではない。だから、アレックスもきちんと鍛錬していたならば、例えカオスに負けてもその自信が崩れはしないだろう。
そのように思っていた。だから、自信を失うというのが良く分からなかったのだ。そんなルナに、コルラは補足説明する。
「さっきまで対戦相手、カオス・ハーティリーを馬鹿にしていたみたいだからな」
「あー、成程。確かにそんな言動でしたね」
リスティアはさっきのアレックスの言動を思い返して、そのような節があったと思い出した。だが、ルナは逆だった。
「は?」
ルナの表情は険しくなる。カオスを馬鹿にする自体が信じられなかったのだ。カオスがそんな馬鹿にして勝てるような相手ではないのは、誰よりもルナ自身が分かっていた。率直に言って、ルナ自身もカオスと戦って勝つ自信はない。それは近場の人間として分かっているので、アレックスも当然分かっているべきと思っていた。
思っていたよりも、アレックスの目は節穴らしい。人を見る目が無い。その言動から過小評価され易いカオスを、近場の人間であるアレックスが過小評価している。他の誰よりも低く見ている。
話にならない。
「そんなんじゃ、誰にだって勝てやしないわ。馬鹿じゃないの」
「馬鹿だな」
「ですね」
言い放つルナに、リスティアとコルラのフォローはなかった。
ルナ達は分かっていたのだ。カオスとアレックスの力のレベルはとてつもなく離れていると。カオスの方が圧倒的に強いのだと。だから、カオスを馬鹿にしたようなアレックスの言動は、ちょうど大人の力を馬鹿にしている小さな子供のようであった。
そんな馬鹿アレックスは、自分の今までの思い込みを改め、考え直していた。
カオスに良い評価を下したマスコミは、馬鹿の集団ではない。それは納得する。彼等もその方面のプロであるからだ。ならば、評価Aと彼等が言うなら、それ相応のものがあるのだろう。
しかし、自分も一生懸命特訓してきた。憧れのアーミット・ムーリにも、きっと勝ってみせる。怠け者と言っても、カオスは力を身につけてきた。そんなカオスに油断はしない。隙は見せない。だから、今回の試合は自分が勝ってみせる。
アレックスは思考をそのように締めくくり、最後に気合いを入れたのだった。
「シャアアアアッ!」
「気合い十分ですね、アレックス・バーント選手」
そんな認識の甘いアレックスに、一つの影が迫る。マイクを持った女の人だ。
「だ、誰だ?」
「私? 私は」
突撃レポーターとなった女性が、カメラに向かってポーズを取りながら宣言する。
「突撃、ベンチ裏レポート!」
拳を前に突き出して、力強く。しかし、笑顔だけは忘れない。
「…………」
しらけ鳥が飛んでいったのは言うまでもない。あの空に、あの空の彼方に。
◆◇◆◇◆
あの空、青空……
首都アレクサンドリアの外の砂漠地帯、そこでは変わらず土埃が青空を舞っていた。岩が欠け、落ちる。その影響から土が舞い上がる。
それがあらかた終わると、その中から人影が一つ現れた。言うまでもなくカオスだ。岩の影響で体の表面に少々傷は負っているものの、体そのものはどこも悪くしていないように見える。それどころか、息も殆ど切らしていない。
「さて」
カオスはグレン(偽)の方に目を向ける。グレン(偽)もカオスに目を向けている。が、動かない。まだ互いに動こうとはしない。膠着状態のようであった。
「カオスさん♪」
「良かった。ホントに無事で」
それはそれとして、ミリィとメルティは嬉しそうだった。普通の人間では死ぬような攻撃を食らってしまって不安になっていたのだが、こうして無事な姿を見れたので、一安心だった。
「…………」
そのカオスの様子を、マリフェリアスは冷静に見ている。冷静に、カオスの強さを判断しようとする。
体の動きや体力にしろ、魔力や魔法の使い方にしろ、何の問題も無かった。そして、今回の戦いからタフさに関しても問題は無く、十分に合格点を与えても良い成果だった。
十分に合格点? カオスが?
そんなカオスを、鍛えた張本人であるアリステルは苛立った様子で見ていた。舌打ちをする。そして、怒鳴りつける。
「下らぬ茶番など、さっさとやめてしまえ、カオス! 試合に間に合わなくなるぞ! 棄権はお主の本意ではあるまい!」
「?」
マリフェリアスはその言葉に驚いた。アリステルの言葉からすると、カオスはまだ真の力を見せてはいないと言うのだ。つまり、この程度で合格と思った力を見せたカオスではあったけれど、そのカオスもまだ全力のカオスではなかったのだ。
一方のカオスは、それがアリステルにお見通しなのは百も承知であった。戦いが再開していないので、冷静に受け答えする。
「確かにな。もっと技を盗んだり、今後の戦いの参考になったりするかもしれねーかと思ったんだが」
そう言いながら、魔力を充溢させ始める。
「それで、そのせいで遅刻してしまったとなると、本末転倒ってなっちまうな。しゃーねぇ。昼飯も食いたいし、ここらで終わらせてしまうか」
カオスはそう言って、左手に魔力を充溢させ始める。充溢すると、それをすぐさま闇魔法へと変換させる。カオスの左手の周囲には、黒い炎のようなものが生まれ、纏うようになった。
「こいつで、な」