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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter5:トラベル・パスBランク試験
103/183

Act.086:初戦Ⅵ~ケヴィン・アノス vs ルナ・カーマイン:後編(裏番組:カオス劇場⑤)~

☆対戦組み合わせ☆

 一回戦

 1:× ジェイク・D        vs Dr.ラークレイ        ◯

 2:× ナイヤ・ソヴィンスカヤ  vs リスティア・フォースリーゼ ◯

 3:  ケヴィン・アノス     vs ルナ・カーマイン

 4:  アッシュ         vs クライド

 5:  オーディン・サスグェール vs ベス

 6:  デオドラント・マスク   vs コルラ・モルコーネ

 7:  クロード・ユンハース   vs ガイル

 8:  アレックス・バーント   vs カオス・ハーティリー

 ルナの攻撃。

 ルナの放った炎の矢が一つ、煙幕を掻い潜って真っ直ぐケヴィンに向かっていった。素早く、そして的確に。


「くああああっ!」


 ケヴィンは避けられない。自身の起こした煙幕がカモフラージュとなり、仇となり、その接近に全く気付けなかった。ルナの攻撃はケヴィンのみぞおちにクリティカルヒットし、ケヴィンの体を大きく吹き飛ばす。

 1回、2回、3回、ケヴィンは石のリングに叩きつけられてはバウンドし、リングの上に倒れた。この時点で、形骸的には勝敗は決していない。試合は続行。

 ただ。


「くっ!」


 ケヴィンは立ち上がる。だが、大ダメージからは避けられない。先程のルナの攻撃が、ケヴィンの調子を明らかに狂わせた。


「マトモに食らってしまったな。ケヴィンは」


 ルナ対ケヴィンの試合を観ながら、クロードとオーディンは会話する。


「ああ、そうだな」

「ケヴィンの奴は、豊富な魔力を使い、魔法を乱発する作戦に出た。下手な鉄砲も数撃てば当たるんじゃないかという考えだろう。一つ当たれば、続けて当てるのは簡単だからな」

「まあ、そんなところだろうな、オーディンよ。だが、彼女にはそれは通用しなかった。落ち着いた試合運びをした為だろう」


 ケヴィンの猛攻に動揺したり、いきり立ったりしては、そのような芸当は出来ない。クロードはそのように結論付け、それはそれで終わらせる。

 情けない作戦立てるから、こうなるのだ。

 クロードは、ケヴィンをそのように評した。拳と拳の戦いに勝てないからと言って、そのような乱れ撃ちをしても勝機は生まれない。逃げの戦法だからだ。


「まあ、何にしろ勝負あったな」

「ああ」


 クロードとオーディンはそのように言うが、ケヴィンの戦意は衰えてはいなかった。むしろ、ますます燃え上がっていた。


「はあっ、はあっ!」


 息を切らし、吐血もする。ルナを見据えながら、その血を拭っても、体力と魔力の喪失はごまかせない。その二つの喪失を、ケヴィンは気力で補おうとする。

 その様子を、ルナは落ち着いた面持ちで見ていた。ルナにも分かっていた。もう、これ以上ケヴィンは戦えないと。

 それでも尚、ケヴィンは戦おうとする。そのケヴィンの脳裏に、クロードの姿が映る。


『ケヴィンよ。俺は逃げも隠れもしない。いつでも相手になるぞ』


 去年の試合でケヴィンがクロードに破れた際、クロードはケヴィンにそのように言葉を残していた。いつでも、クロードはそのように言っていたのだが、ケヴィンにはそれが恒久的なものとは思えなかった。このトラベル・パスBクラス試験は、合格してしまえばそこで受験資格を失う。つまり、クロードが今回合格してしまえば、今回の試験がクロードとの再戦の最初で最後のチャンスなのだ。

 だからこそ負けられない。1回戦なんかで、俺が負ける訳にはいかない。

 そのように意志を燃やすケヴィンは、ルナとの戦いを続行させようと魔力を燃え上がらせる。


「くおおおおっ!」


 ケヴィンの魔力が燃え上がる。それが具現化して、ケヴィンの周囲に光となって現れる。その光だけを見たならば、ケヴィンはまだ戦えると勘違いしただろう。だが、その魔力はひどく不安定だった。


「馬鹿野郎、これ以上の無茶はするんじゃない!」


 モニター越しに怒鳴るクロードの声は、ケヴィンには届かない。あのまま戦って無茶をすれば、ケヴィンは命を削る羽目となる。そうクロードは分かっていた。ならば、無茶をしないで来年に繋げるのが建設的で、利口で、ケヴィンの為だと思っていた。


「まだだ……」


 ケヴィンは自分に言い聞かせるように口にする。


「まだ、俺は戦えるっ!」


 一瞬燃え上がった魔力の炎は、既に消えてなくなっていた。


「まだ、だ」


 言いながら、ケヴィンは倒れる。戦意を失わず、気力もやる気も充分だったが、それにはもう、体がついていけなかった。倒れ、動けなくなる。そして、気を失った。


「倒れたか。限界だったんだろうな。だが、この敗北も奴の未来にとっては良い糧となろう」

「…………」


 オーディンは試合を見ながらそう言うが、クロードの返事はなかった。おかしいと思って周囲を見渡すと、そこには既にクロードの姿はなくなっていた。いなくなっていた。


「ん? 何処行ったんだ? 便所か?」


 クロードがその場からいなくなったが、オーディンはそう思い、全く気に留めなかった。

 ケヴィンは倒れた。審判はカウントを取ろうとするが、そのケヴィンの様子を見てそれをルナの勝利へと変える。


『ケヴィン選手、気絶。よって、ルナ・カーマイン選手の勝利となります』

「わぁあああっ!」


 観客から歓声と悲鳴が上がる。その中、ルナは冷静な顔をしてリングの上に立っていた。

特別な喜びはない。昨日の組み合わせ抽選で見かけただけの、ほぼ初対面のケヴィンに対して意識は無かった。自分にとっての目標は、いざという時にカオス達の足手まといにならず、カオス達と肩を並べて戦い、頼りある戦力となること。試合の一つや二つの結果はどうでもいい。この大きな歓声も。

 その歓声。その大きいヴォリュームの中で、気を失ったケヴィンはすぐに目を覚ました。


「くっ」


 ケヴィンはふらふらした足取りで立ち上がる。次第に頭がハッキリとしてきて、今の自分の状態と、記憶との間の微妙なタイムラグに気付く。そこから、自分が気絶をしてしまったと悟る。

 気絶は負けだ。


「お、俺は負けたのか?」

「ああ、そうだ」


 ケヴィンの後ろ、花道の方からある男の声がした。ケヴィンが振り返ると、そこにはそこに居る筈のない男が立っていたのだ。


「ク、クロード!」

「おおっ、アイツいつの間に?」


 オーディンはモニター越しにその光景を観て驚く。自分の隣に居たクロードは、いつの間にかリングの所に行っていたのだ。


「肩、貸してやる」


 そう言うが早いか、クロードはフラフラのケヴィンの腕を掴んで、自分の肩に載せてその体を支える。同い年で、同じ出場回数故にライバル視されていた二人だったが、その二人が肩を支えて花道を退場してゆく。その姿に観客は喜び、大きな拍手を送っていたが。

 そうやって支えられたケヴィンの心中は複雑であった。


「ケッ」


 ケヴィンは口の周りの血を吐き捨てる。面白くはない。


「まさか、今大会で一番倒したい奴の肩を借りる羽目になるとはな。頭にくるぜ、チクショウ」

「別に焦ることはないさ」


 クロードは言う。


「俺はいつでも相手になると言っただろう? こんな大会じゃなくてもな」

「フッ」


 ケヴィンは笑う。馬鹿馬鹿しくなったのだ。このような試験にこだわりすぎた自分、クロードに対して無駄に大きな対抗意識を持っていた自分、それら全てが小さく、おかしなことのように思えた。



「…………」


 二人は花道を退場してゆく。それとは逆方向にルナも退場してゆく。背中に遠ざかる二つの影を感じながら、ルナは思っていた。

 この試合で、自分は勝てた。しかし、気迫やそういった点では完全に負けていた。クールになるのも必要だけれど、ああいう熱意もまた大切。

 この試合からも学ぶべき所はたくさんあった。得られるものはたくさんあった。そう考えながら、反省しながら、ルナは花道を退場してゆく。

 その姿を見て、リニアはルナの教師として驚きを隠せないでいた。


「ルナも随分と成長したようじゃないか」

「でしょ~♪」


 ルナの成長に、マリアも嬉しそうな顔を見せる。

「体術や魔力、身体的な成長は勿論、精神面でも随分とレベルアップしたようだ。戦いの運び方が、以前と比べて随分と落ち着いたものになっている」

 カオスと組み手をやっていた影響だろうか?

 リニアは思う。カオスは不真面目だが、それ故にやり方が曲線的だ。力任せの戦いをしない。そんなカオスと組み手をして、そのカオスの良い箇所を自分なりに貪欲に吸収していったように見えた。

 後は、カオス。

 リニアは5試合後のカオス対アレックスの試合が、ますます楽しみなものとなっていた。



◆◇◆◇◆



 一方、首都アレクサンドリアの外でトレーニングタイムとなっているカオスは、まだグレン(偽)との激闘を繰り広げていた。

 カオスは真っ直ぐグレン(偽)に向かっていく。間合いに入り込んで繰り出した右のパンチはグレン(偽)に回避される。

 グレン(偽)は無駄な動きをしない。回避からすぐさま反撃に移る。パンチ、キック、パンチ、キック、どんどん繰り出してくる。しかし、無駄を極力省き、隙を少なくする動きを心がけているのはカオスも同じ。カオスは空振りの拳すら防御に使ったりし、そのグレン(偽)の攻撃を全て完全に防御してみせた。

 合間を見てすぐさまカオスは反撃に移る。


「カオスさん、がんばれー」

「ファイトー」


 ミリィとメルティは、カオスの戦いを観ながら、そう純粋に応援していた。その後ろで、マリフェリアスは静かに見守りながら、カオスの戦いをじっくりと観察する。

 あのグレン(偽)には、知性を組み入れなかった。そこまでするのが不可能だったのも嘘ではないが、仮に出来たとしても組み入れはしなかっただろう。

 マリフェリアスは魔獣の卵(改造ヴァージョン)を出した時を思いながら、そのように判断していた。それは、カオスの戦いぶりを現時点のものより過小評価していたからに他ならない。

 だが、それは誤りであった。マリフェリアスは、素直に認める。カオスの現在の戦いを見ると、そのようなハンデなどなくても、そこそこ戦えたように見えた。本当のガチンコ勝負は出来ないけれど、もし出来るのならば少し観てみたい気がしていた。

 カオスは思ったよりもずっと強くなっている。

 それは紛れもない事実。そして、それはこのアリステルによる効果も大きいのだろう。

 マリフェリアスはチラッとアリステルの方に目を向けた。しかし、アリステルはずっとカオスの戦いを観ているまま。そのマリフェリアスは、少々イライラのつのったような顔をしていた。


「チッ」


 そして、舌打ちする。

 不満?

 それはカオスの動きがあまり良くないのを表すに相違ない。マリフェリアスから見るとこれでも想像以上に良いとは思うが、アリステルにはそれでもダメらしい。ならば、想像以上に熱心に、真面目にトレーニングを積んでいたらしい。

 真面目にトレーニング? カオスにしてはらしくない。

 マリフェリアスはそう思い、心の中だけで驚いて笑ったのだった。

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