Act.083:初戦Ⅲ~ケヴィン・アノス vs ルナ・カーマイン:序章(裏番組:カオス劇場②)~
☆対戦組み合わせ☆
一回戦
1:× ジェイク・D vs Dr.ラークレイ ◯
2:× ナイヤ・ソヴィンスカヤ vs リスティア・フォースリーゼ ◯
3: ケヴィン・アノス vs ルナ・カーマイン
4: アッシュ vs クライド
5: オーディン・サスグェール vs ベス
6: デオドラント・マスク vs コルラ・モルコーネ
7: クロード・ユンハース vs ガイル
8: アレックス・バーント vs カオス・ハーティリー
「さてカオス、アンタには肩慣らし代わりにこれから出すモノと戦ってもらうよ」
さっきまでのやり取りはなかったことにして、マリフェリアスは自分中心に話を進める。
「だから、人の話を聞けよ!」
「相手はコレ」
当然、マリフェリアスは聞かない。カオスの言葉は全く聞き入れず、奇妙なものを取り出して、それを地面の上に置いた。それは人型ではあったけれど生物的ではなく、素体のようであった。
「何だありゃ?」
「魔獣の卵(改造ヴァージョン)よ」
改造ということで、マリフェリアスは説明する。
「既存の魔物を封じ込めておくのが、従来の魔獣の卵であるけど、これはそれとは全く違うものよ。これは使う者がイメージした魔物を生み出せる代物なの。自分より強いものは生み出せないけれど、それをクリアすれば上級魔族でも生み出せるのよ。ま、中級や下級にも出来るけどね」
召還するだけの魔獣の卵とは異なり、魔物の記憶から魔物をコピーする。生み出すという点では同じだが、その点で言えば全くの別物と言っても過言ではない。マリフェリアスはそう付け加えた。
そう話している内に、その素体は変化を始めた。魔物となるのだ。
「で」
カオスは訊ねる。
「アレは結局何になるんだ?」
「な~に? 何だかんだ言って、やる気出て来たみたいじゃないの」
「いや。やる気は一向に出てねーな」
「…………」
マリフェリアスは閉口する。だが、カオスはあくまでもマイペースだ。
「ま、何やらやらなきゃならねーようになっているみたいだし、実戦でもいつでもやる気いっぱいの時に戦えるとは限らねーからな。そう考えると、これも実戦を想定したトレーニングな感じになるか。ま、それはそれでいっかって感じさ。いいや。どーでも」
カオスは何やらグダグダ言った。少し自棄が入っていた。
その間に魔獣の卵(改造ヴァージョン)は変化を終えて、魔物の姿を完成させる。それに伴い、強烈な閃光を辺りに放った。その閃光が完成の印なのだ。カオス達はその眩しさに目を晦ませながらも、その様子を探る。
「出来たみたいね。眩しい!」
「つか、結局何だってんだ? 眩しい!」
その光の中で、一人の上級魔族の男が現れる。それは、マリフェリアスの記憶の中から生まれた姿だ。
男にしては少々小さめなカオスと同じ位の優男のような体型、童顔、ピンと尖った両耳に左耳にピアス、大きめな瞳に、針金のように硬そうな長い赤毛を持った男であった。
カオスにとって、会った経験はない。それは確実だ。だが、その姿にカオスはどこか見覚えがあるような気がした。
「何か、どっかで見たような?」
「ああ。そう言えば、写真を見せたことがあったわね」
もうその姿が現れてしまっているので、マリフェリアスはもったいぶらない。答を教える。
「元・魔の六芒星のグレンは」
グレン、16年前の対魔戦争で大暴れした魔王アビス軍の副将を務めた男である。
「って、そんな相手でウォーミングアップしろってのか? 殺されるだろーがっ!」
カオスは激昂する。当然だ。命がかかってしまったのだから。
そんなカオスを見ても、マリフェリアスは平然としている。楽観視しているのだ。無論、理由はあるが。
「大丈夫、大丈夫。見ての通り、グレンは元々知将タイプ。でも、この魔獣の卵(改造ヴァージョン)では、その知性まではコピー不可能だから、その分強くはならないのよ」
知性の欠けた知将ならば、その得意分野を生かす事が出来ない。
「それなら、大丈夫……かな?」
知性以外の部分がどれ程か分からないので、カオスには自信はなかった。その自信のないカオスに、マリフェリアスは追い討ちをかける。
「ああ、そうそう。それでも、ガイガーよりは強いから♪」
ガイガー、狂乱ヴァージョンのカオスが惨殺したけれど、ノーマルヴァージョンのカオスではあっと言う間にやられた相手だ。それより強いということになる。やはり、ウォーミングアップと呼ぶには、ハードになり過ぎるようだ。
だが、それはそれ。ただ戦意のままに動く魔獣の卵(改造ヴァージョン)は、その魔力を充溢させて臨戦態勢に入る。
「おやおや、あっちはもう準備バッチリでかかってくるみたいね。カオス、アンタも用意した方がいいんじゃない?」
「死なす。てめぇ、いつか絶ッテー死なすッ!」
カオスが文句を言い切らない内に、グレン(偽)は真っ直ぐにカオスの方に攻め込んできた。そして、そのまま右の正拳で攻撃。普通の攻撃だった。
カオスはそれを流して防御。それと同時に、相手の体勢を少々前のめりに崩した。
グレン(偽)は、バランスを崩した。そこに隙は生まれる。
カオスはぐっと腰を落とし、そこからグレン(偽)のみぞおちに蹴りを食らわせる。蹴りは見事に当たり、グレン(偽)は少々後ろに飛ばされる。
それもまた隙。カオスは追い討ちをかける。体を素早く翻しながら、左手に魔力を充溢させる。翻り終わるとほぼ同時に、左手への魔力の集中も完成する。間髪入れず、グレン(偽)に向けて真っ直ぐにその左手をかざす。
その魔力を放つ。
「はっ!」
魔力による光の大砲。それは真っ直ぐにグレン(偽)を捉え、蹴りの時と同じ場所に激突する。激しく。強く。
グレン(偽)の体は大きく後方へと吹き飛ばされる。普通の人相手ならば、これで『The End』であろう。だが虚構の物であれ、相手は上級魔族。元・魔王アビス軍の副将。そのまま終わってしまうようなものではない。
グレン(偽)は吹き飛ばされながらも体勢を整える。足で空を蹴り、体を回転させる。回転させ、勢いを殺す。それを何度か繰り返せば勢いは殺され、静止状態へと落ち着く。それでOK。
グレン(偽)はゆっくりと地面に降り立った。カオスはその様子を窺う。グレン(偽)がどうなっているか、見定める。
「効かなかったか」
この程度で倒せるとは思っていなかったが、ダメージさえ無いとも思わなかった。
だが、落ち込みはしない。今日のトレーニングはまだ始まったばかり。今のところは、この程度でもいい。いくら頭でっかちなタイプの頭脳以外を模した敵とは言え、これで終わるようならばトレーニングにはならないからだ。
「…………」
その戦いの様子を、アリステルやマリフェリアス達4人は、そこから少し離れた場所で横に並んで見物していた。
見ていて、とりあえずカオスの動きに問題はない。そのように感じた。力が出せているかどうかは、まだこの小手調べでは分かりかねる。
それはいい。だが、アリステルの中で1つの疑問が消化できずに残っていた。それを、マリフェリアスにぶつける。
「今日は、何故このような真似を?」
マリフェリアスとは、昨日今日を除けば1度しか面識は無い。だが、その短い面識の中でも、アリステルはマリフェリアスの性質をある程度見極めていた。人は悪くはないのだろうが、積極的に何かを行うとはどうしても思えなかったのだ。
それが、今日は自ら進んで行った。それが、謎だったのだ。
「ん? ああ」
マリフェリアスは具体的に問われなくてもアリステルが何を訊きたいか位は理解していた。自分が普段とは違うというのは、既に自覚済みだ。
「カオスがどの程度やれるのか知っておきたくてね。今すぐに」
100%では答えない。具体的にも答えない。それも性質。
「相手にグレンのコピーを選んだのも、そんな理由から。普通の魔獣の卵なんかで出てくる魔獣レベルでは、今では力試しにすらならないでしょう?」
「それはな」
アリステルは分かっている。マリフェリアスも察している。カオスの実力を買いかぶりはしないが、過小評価もしない。その程度はやるだろうと、マリフェリアスは踏んでいた。
とは言うものの、どの程度までやれるのかまでは分からない。カオスの性格上、試験で本気を出すとは思えない。ならば、自らこうやって命を懸けた戦いを強制的にやらせるしかないのだ。
それは昨日感じた予感のせい。水銀が腹に溜まるような、不快な予感のせいだった。
何かが起こるかどうかは分からない。何も起こらないかもしれない。だが、何かが起こった際、カオスがどの程度まで貢献出来るのかを知っておけば、今日明日じゃなく遠い未来でも、それが必ず役に立つと感じていた。そして、それは口にしない。それが、マリフェリアスの性格。
そして、それは今日しか出来ないと分かっていた。後日に改めて呼び出すようなことではないし、ずっと予選で拘束されていた昨日や、試合がずっと続く明日では、自由な時間が取れなくなるからだ。
もっとも、今日の相手が強敵だと言うならば、マリフェリアスとてその試験の為に少しは遠慮しただろう。だが、マリフェリアスはアレックスに強い力を感じなかった。口も利いたことない男だったが、その実力が他の参加者と比べても落ちると分かっていた。運で予選を勝ち残ったようなものだ。アレックスについては、その程度に思っていたのだった。
アレックスには残酷だが、それも的を射ていた。
◆◇◆◇◆
その頃、試合会場でも試合開始のコールがされていた。審判兼司会による、試合開始のコール。
それに呼応するかのように、観客の歓声が一際大きくなった。試合開始、楽しみの再開の喜びだ。
その様子は、選手控え室のモニターでもハッキリと映し出されていた。アレックスはその試合の様子をモニター越しに静かに見守っていた。
始まったか。
知り合いのリスティアに続き、同級生のルナの試合である。興味ないと言えば嘘になるし、勝って欲しいとも思っている。それは友として当然とアレックスは思っていた。
だが、もう1人の『友』は此処に居ない。それが、アレックスには疑問だった。カオスはまだここに居ない。友であるルナの試合にも興味がないと言うのだろうか?
訊きたかったが、答えてくれる者はここには居ない。居たとしても、カオスの性格では正直に答えるとは思えない。アレックスの疑問は、消化不良のまま終わるのであった。
そうやって、アレックスは心の中はどうであれのんびりしていた。それとは対照的に、緊張感走るリング上では、今試合が始まったところであった。
「来るがいい」
この試験では先輩格に当たるケヴィンは、構えを取ってルナを誘う。とりあえず、実力を見ようという魂胆だ。
「言われなくても」
ルナはそれに乗る。何も言われなくても、自分から積極的に攻め込もうと考えていたからだ。リスティアのように、待っていて罠にかけるのは性に合わない。
「やっ!」
ルナはケヴィンに向かって真っ直ぐに攻め込む。それにケヴィンは応じる。姑息な罠等は一切ない。両者は激しくぶつかり合うのだ。
まずはルナから様子見の意味も籠めての攻撃。パンチを繰り出す。ケヴィンは手のひらでルナの拳の横を叩いて防御する。理想的な受身だ。
そこから、すぐさまケヴィンは反撃に移る。右の膝蹴りだ。普通の蹴りでは、この近い間合いでは使えない。パンチでは軌道が見えやすい。それは理想的なカウンターに思えた。
だが、それはルナもお見通し。短い膝蹴りを難なくかわし、それと共に回し蹴りをケヴィンに向かい繰り出す。ケヴィンは多少驚いたが、すぐに腰を落とし、またルナの攻撃を流す。
そして、またまた反撃。
そんな試合の流れ、試合開始当初は、両者共に教科書通りのような戦いの運び方だった。マリアは、ケヴィンコールの中でも落ち着いていた。落ち着いて試合を見ていて、そこからルナの対戦相手であるケヴィンの力量がどれ程のものなのか見ていた。
アイドル的な扱いを受け、実力の方は軽く見られがちそうだった。だが、ケヴィン本人は真面目にトレーニングに励んでいる。その姿勢は、この短い戦いの中だけでもすぐに分かった。実力も、結構なものを持っていると。先程負けたジェイク・Dや、ナイヤ・ソヴィンスカヤといった選手と戦えば、間違いなく勝つだろう。その位は、最低でも持っている。
ルナにとって、強い相手ではある。マリアはその様子を見て、少々厳しい戦いになるだろうと踏んでいた。
けれど、普段通りの貴女でさえいれば、必ずしも勝てない相手ではないわ~。
マリアは今までのルナの短所が出なければ、この試合はルナが勝てるだろう。そのように予測した。信じていたのだった。