Act.001:勇者への道-Side.A-
世界は四つの国に纏められている
まずは我々の住むアレクサンドリア連邦 そこから南に行くとイカルス連邦
東に行けばエスペリア共和国 エスペリアから南に行けばオースラキア王国
かつては多くの国々が存在していた
しかし魔王アビスが勇者アーサーに倒された後 欲に塗れた政変が生じ
力ない民衆を想い アーサーはそれに対してノーを突き付けた
三人の仲間 高潔な為政者 そして民衆の応援を得た彼は政変を治め
それによって既存の国家の枠は崩壊を迎えた
そして四つの新しい国が生まれ それぞれの頭に勇者アーサーと三人の仲間が就任した
此処アレクサンドリア連邦の王は勇者アーサーである
それから十五年以上の時が流れ その間人同士の戦争は起きていない
戦争に苦しめられ 傷付けられてきた民衆は ようやく平穏と救済を得られたのだ
嗚呼 勇者アーサー
貴方こそが我々人類の救世主
そんな叙事詩
◆◇◆◇◆
「またか」
学校の授業を聞き流しながら少し長めの金色のボブカットをかきながら、カオスは溜め息をつきたい気持ちになった。はぁ。
こんな話は幼児向けの絵本から始まり、十六歳になりまで散々聞かされてきた。今では耳にできたタコが群れをなしているくらいだ。すっごい大群だ。このルクレルコ魔導学院というハイティーン向けの学校の授業でもコレだ。つまらねぇ。
とは言うものの、平和が続いているのはいい。だが、それだからこそカオスは分からなかった。
「我々も勇者アーサーのような立派な人になれるよう、頑張らないといけませんね」
真顔でそんなことを言う教師、ポンチメダの考えも。
「勇者アーサーのような強い男になるんだ!」
真顔でそんなことを言うクラスメイトの考えも。
勇者アーサーは魔王アビスを倒したり、政変を治めたりしたことによって、今の評価を得て、そして今の立場を得るようになった。つまり、平和な状況下では彼のようには誰もなれない。戦乱がなければ、誰もアーサーのようにはなれない。アーサーのようになりたい、それすなわち戦乱が起きればいいと願うことと同一である。
平和を有り難く思いながらも、それに反する願いを抱く。そんな気持ちが、矛盾を感じないままでいられることがカオスには理解出来なかった。
そんなカオスが通うルクレルコ魔導学院、そして住んでいるルクレルコ・タウンは、アレクサンドリア連邦の大陸東方端の方、特に海沿いでもない内陸の田舎町である。
◆◇◆◇◆
「何故、全力でやろうとしないの?」
学校での実技授業の後、カオスは黒髪の美少女に絡まれた。切れ長の目をした彼女はルナ・カーマイン。物心つく前から隣の家に住んでいる、所謂幼馴染だ。ついでに言うとカオスと同い年で、クラスもずっと一緒。呪いであるかのような腐れ縁でもある。
そんな彼女は学校で非常に優秀な成績を修め、あらゆる人から優等生と讃えられている。その一方で、カオスが修めた成績は大したものではない。だからこそ、彼女はカオスに発破をかけようと、こうして頻繁に絡んでくるのだ。
ただ、それはカオスにとっては大きなお世話。だからこそ、カオスは首を傾げて訊ねる。
「何故に?」
「カオスはやれば出来る人間だからよ。魔法はちょっと苦手かもしれないけど、そんなハンデがあったとしても活躍出来るようになる筈よ」
「そうじゃねぇ。何で俺が活躍しなきゃならねぇんだって訊いているんだ? そんな面倒くせぇことを」
「え? だって、活躍くらいしたいでしょう? 他人より凄いって褒められたいでしょう? そして、お金だってたくさん欲しいんじゃないの?」
「興味ねぇな」
カオス達の住んでいるこのルクレルコ・タウンの本屋にもファンタジー小説は売っている。カオスは別に興味がなかったが、カオスの友達であるアレックスが『俺TUEEEE小説』にハマッていた。流行っているらしい。まあ、何か今ルナが言ったような内容なのだろうとカオスは思った。
つか、カオスは小説自体そんなに興味を抱いていない。好きなのはエログラビア程度。そんな閑話休題。
カオスはルナに言う。
「何かしらで大きな活躍を見せれば、それで名が知られるようになる。顔が知られるようになる。それで金や女、名誉は得られるようになるだろうが、それで失うのは自由だ。立ちションも気軽に出来なくなっちまう。ましてや、本屋の片隅でのエロ本立ち読みなんてもっての外じゃねぇか。そんなの、俺は嫌だ」
「まあ、カオスがそこまで考えているのならば、その点についてあたしが文句を言えるようなことじゃないのかもしれないけど、ただそれでも一言だけ言わせて。立ちションと嫌らしい本の立ち読みはするな。幼馴染として恥ずかしいから」
話はそれで終わる筈だった。だが、終わらなかった。
カオスとルナ、二人の後ろに気配を殺した一つの影。それが口を挟む。
「あらあらダメよ、ルナちゃん。そこで引き下がったら~? カオスちゃんは怠ける為の詭弁だけは色々と考えちゃっているんだから~。分かってるでしょ?」
「ぬ?」
「あ」
口を挟んだその影は、この学園の教師であるマリア・ハーティリーであった。長い金髪をなびかせ、眼鏡をかけ、ボンキュボンのセクシーボディを誇る女教師。そして、カオスの姉でもあった。そう、若干今更ではあるがカオスの氏名はカオス・ハーティリーであるのだ。
カオスとマリア、二人共お揃いの金髪碧眼であり、二人が姉弟であることを疑おうとする者はいない。ただ、学生時代から凄まじい活躍をした上で若くして学園教師となったマリアと比べ、カオスは学園の問題児であった。カオスのことを讃える者は、何処にもいなかった。何処の誰もが姉や幼馴染は優秀なのにカオスは〇〇だと言い、その〇〇の中には必ずロクでもない言葉が入っていた。
それをルナもマリアも覆してほしいと願ってはいたが、カオスはそのことに対して気にした態度を取ろうとはしなかった。自身を変えようとはしなかった。それを二人は変えようと今日もカオスの前にやって来たのだ。ルナは言葉で説得しようとし、マリアは姉力で変えようとする。
その姉力が今発動される。
「さあ、カオスちゃん。トレーニングのお時間よぉ~?」
マリアはそう言って、カオスの腕を取り学園の外へと向かう。カオスの返事を待たない。問答無用であった。
学園の今日の授業は終わったので、カオスのスケジュールは残念ながら問題はない。だが、教師であるマリアのスケジュールはそうではないだろう。カオスはその点を指摘して、トレーニングの中止を打診するが、マリアはあっさりと大丈夫だと断言してしまう。
「同僚のリニアちゃんに、カオスちゃんの補習を行うって言ってあるからね~」
「くっ!」
「それにぃ、私はこの学園の教師である前にカオスちゃんのお姉ちゃんだからねぇ~♪」
話は通じない。そして、カオスでは力でも通じない。マリアはこのアレクサンドリア連邦で騎士の資格まで取っている。それはこの国内で屈指の猛者である証左なのだ。見た目は華奢なインテリ系巨乳眼鏡なのに。
そうしてドナドナのように連れて行かれた先は山の中腹辺りであった。ルクレルコ・タウンはちょっとした繁華街はあるが、基本的には自然に恵まれた場所である。内陸なので海はないが、山があり、高原があり、水が綺麗な川もある。要するに片田舎。そんなルクレルコ・タウンのちょっと開けた、それでありながら人気のない場所へカオスとマリア、そしてついでにルナがやって来ていた。
尚、どうでもいいのだろうが、仮にも補習と言ったのだから学園から出ちゃダメなんじゃ? そうツッコミを入れる者は此処にはいない。
「そして、トレーニングで使うのはコレよぉ」
マリアはそう言いながら、懐の中から卵らしきものを一つ取り出した。鶏の卵を少しだけ大きくしただけのようなものは、食えばあっと言う間に昇天してしまいそうな毒々しい色をしていた。
カオスもルナもそれが何なのか知っていた。それは『魔獣の卵』と呼ばれるものであった。卵と言っても、何かしらの魔獣がそれを産み落とした訳ではない。ただの卵の形をした封印具。魔獣をそこへ無理矢理封印しているだけだ。
その封印は力を込めて割れば解ける。そして、そういった封印の経緯があることから、封印が解かれた魔獣の殆どは人間に対して敵意を抱き、そして襲ってくる。つまり、マリアの言うトレーニングというのは、その封印を解かれた魔獣と戦えということなのだ。
ロクなもんじゃねぇ。
カオスはそう思ったが、それを言葉にはしない。マリアというのは普段は甘い姉であるが、トレーニングとエロスを嫌う点については厳しいのだ。問答無用なのだ。それを弟として十分に理解していた。理解してしまっていた。
甲高い音が上がり、マリアによって魔獣の封印があっさりと解かれた。それによって強い風が吹いた。木々を揺らし、葉を飛ばし、花を散らせる程に強い風が吹いた。上空から吹き下ろされたその風は、その下に立つカオス達をも彼方に吹き飛ばそうとしていた。
地に足をしっかりと踏みしめ、ルナはぐっと空を睨む。その上空には、風上には、強風を起こしている元凶が留まっていた。
マリアが解放した魔獣だ。
象と同等か、それ以上に大きなその魔獣は、大きく翼を広げて空を舞い、時折耳をつんざくような大きな奇声を発した。
「キシャアアアアアアアアアアッ!」
鼓膜に響く魔獣の大きな奇声。
それは一般人ならば竦み、動けなくなってしまってもおかしくないものだった。しかし、ルナはその魔獣から目を離さない。その勇姿を見て、そこから少し離れた場所でマリアは穏やかに微笑み、そして嬉しそうな顔をした。その二人の様子を見たカオスは、魔物と見比べながらとても嫌そうな顔をした。だるそうな顔をした。そして、何もしない。しようとしない。視界から消えていた。
ルナはそんなカオスの様子など目もくれず、大きく息を吸って魔獣と対峙した。表情は魔獣が出現した時よりも凛々しさが増してゆく。そして、気合を入れるかのように大きな声を発した。
「喰らえッ、化け物!」
ルナの体に纏う魔力が充溢し、右手に炎が宿る。それからすぐに右手に生まれた炎をその精神力でもって剣の形へと変えた。模範的なマジックソードの作り方だ。マリアはその様子を見て満足そうに微笑んでいる。ルナは、禁呪の妹的存在はいつでも優等生だったから。
「グギャア?」
魔獣は黒髪少女の闘志、魔力を察知し、その方向へと敵意を向ける。そして、奇声を発しながら躊躇せずに襲いかかる。
「キシャアアアアアアアアアアッ!」
己の鋭い爪を大きく振り翳し、ルナ目掛けて振り下ろす。しかし、ルナはその攻撃を間合いを読みきったバックステップで難なくかわす。そんな大振りの攻撃なんか避けられて当然だ、というような自信に満ちた微笑みを少し浮かべながら。
バックステップで体制を崩さずに魔獣の攻撃をかわしたルナは、攻撃後に生まれた魔獣の隙を見逃さない。素早く間合いを詰めて、そのマジックソードで魔獣の胸部を切り裂いた。
斬撃。爆音。奇声。悲鳴。
魔獣は悲鳴を上げながら後ろへよろめく。だが、それでも倒れない。ルナの攻撃は魔獣の隙を鋭く突くクリティカルヒットではあったが、所詮は鋭さに劣るマジックソードによる攻撃だ。余り深いダメージにはならなかったのだろう。一撃必殺にはならなかった。そう思わせた。しかし、ルナはまだ自信ありげに笑ったまま。そして、凛とした言葉をそれに投げかける。
「バーン!」
すると魔獣につけた切り口から激しい炎が現れ、あっと言う間にそれを炎に包んだ。避ける暇も、反撃する暇も与えない。そうして魔獣は断末魔の叫びをフェイドアウトさせながら、あっと言う間に炭の塊になっていった。そして、死んだ。
ルナは魔物の死を確認すると、達成感に満ち溢れた笑顔を見せた。マリアもルナに対して満足そうな笑みを浮かべている。ただ一人、カオスだけは憮然と、どうでもいいような顔をしていた。
そうしてトレーニングとして召喚された魔獣の姿は消滅した。結局、補習対象であった筈のカオスは何もしないままに。
「ルナちゃん。素晴らしかったわ~」
パチパチパチパチ。マリアは単独で大型魔獣を倒したルナに、惜しみない拍手を贈る。ルナの年齢はまだ十六。その年齢でそこまでやれる人材は殆どいないからだ。
カオスにもそれは分かる。ルナは非常に優秀であると。そして、自分はそんなルナと並ぶに値しないと。だが、それをカオスは悔しいとは思わなかった。負けないぞ、というライバル心すら持たなかった。ただ、マリのルナに対する誉め言葉を聞き流す。
「え? そんなことありませんよ」
「いえいえ~。今のは風属性の剣技魔法のマジックソードと~、炎属性の魔法を組み合わせて作った技でしょう? 貴女位の年ではぁ、なかなか出来る技じゃないわよぉ~?」
もっと言えば、フィジカルに優れている大型魔獣の攻撃を受けようとはせず、かわし、流し、それによって生じた敵の隙を的確に穿つ正確さ、そしてそこまで至らせる思考力も優れたものだろう。
カオスは頭の中でそう評したが、それは口にしない。誉め言葉はマリアがするから別にいいだろう。そう考えたのだ。そして、そうしていたら矛先がカオスへと向けられた。マリアはニコニコ微笑みながらも迫力のある顔でカオスの顔を覗き込む。悪い予感しかしねぇ。そう感じたカオスは、その視線からさっと逸らす。
「そ・れ・に・比べて、カオスちゃぁ~ん? 貴方、さっき何もしなかったわねぇ~?」
さっきの戦いぃ、ルナちゃんに全て任せてぇ、貴方は全く戦おうとしなかったわねぇ~?
そう責めるような顔をする。ニコニコとした笑顔のままで。その笑顔はまるで般若のよう。だがそんなマリアに対して、カオスは開き直ったように笑ってみせる。
「フフフ。いいんだ♪」
「は?」
マリアとルナは不思議そうな顔をする。
「俺はね、気付いたんだよ」
「自分の阿呆さ加減にか?」
間髪入れずにルナはカオスにツッコミを入れる。そんなルナのツッコミに、カオスは心外そうな、そして不愉快な顔をしてルナを睨む。
「果てしなく違う。永遠に違う。俺が気付いたってのはな、人にはそれぞれ向く職業、向かない職業ってのがあるんだ」
「ま、そりゃあそうでしょうね」
ルナはいい加減な相槌を打つ。
「俺はな、戦士とか騎士には向かねーんだ。そんな野蛮にはできてねぇんだよ。こんな繊細な俺に向いているのはな、向いているのはな。なんと、なんと、なんと、なんと」
カオスはちょっと勿体つけるように少し溜める。そして、大きな声で発表する。
「吟遊詩人! 俺が相手にすべきなのは化け物じゃねえ。人間だッ!」
誇らしげに笑いながら、カオスは姉と幼馴染に向き直る。
「どうだ。驚いたか? 知らなかっただろう?」
そんなカオスを見て、マリアは貼り付けたような不自然な笑顔で笑ったまま。その一方でルナは、大きく溜め息をついて心底呆れた顔をして自身の頭をポリポリとかく。心底『阿呆か』と思っていた。物心つく前からカオスと一緒に居る身として、カオスが吟遊詩人に他の何よりも向いていないことも重々理解しているようだ。
とは言うものの、カオスはそんなことを百の言葉で言っても理解しようとはしないだろうな。そのことも分かっていた。千の言葉で言ったら少しは違うのかもしれないが、それは面倒くさい。ならば、論より証拠がいいだろう。大きく溜め息をついてから、ルナはカオスに提案する。
「カオス、いいからちょっと歌ってみ」
それはカオスの方としても都合の良いことで、お堅いルナは何かしらの証拠をつきつけてやらないと理解しようとはしないだろう。そう考えていたので、まあ理想通りの展開であると思い、嬉しそうに笑った。そして、その挑戦状を受け取った。
「仕方ねぇな。今回は特別だ。タダで聴かせてやる。その耳をかっぽじって良く聴けよ。次からは金取るからな」
カオスはパシッと意味の無いポーズをとってカッコつける。そして、タイトルコールをする。
「『森の中の乙女』。作詞作曲カオス・ハーティリー」
ジャーン。
とでも効果音が鳴るかのように、また意味の無いポージングをカオスは繰り広げる。そして、カオスはアカペラで自作の歌を歌い始めた。カオスのファンタスティックな歌声がアレクサンドリア連邦東方、ルクレルコ・タウンの北西にある丘陵に大きく響き渡る。
ボゲェエェエ~~~~~~~~~!
カオスの歌声、もとい騒音、もとい破壊音は、世界に存在する全生物の聴覚を破壊するような怪音波を発し続けた。ルナ達は耳を塞がねば命の存続が危ぶまれるので、その耳を強く塞いだ。それの出来ない獣達は奇声を発しながら逃げ惑う。そんな地獄絵図の中で、ただカオスだけが気持ち良さそうに歌っているのが何とも憎らしかった。
拷問の時間は数分も続き、数多の被害を撒き散らした末に終了した。とりあえず、拷問を受けたマリアとルナは肉体的に生き残る事は出来た。が、魂の復活まではまだ少々時間を要していた。そんな二人の状況も知らず、カオスは2人の方を微笑みながら振り向く。
「どうよ? この、俺のスペシャルハイパーミラクルヴォイスは? って、あれ?」
魂の抜けた抜け殻状態となっている二人の様子にカオスもやっと気付き、不思議そうな顔をした。が、未だカオスの脳内では二人は余りの素晴らしい歌声に失神してしまったと映っているのだろう。誇らしげに微笑み続けている。
そんなカオスに、いち早く我を取り戻したルナが開口一番に怒鳴りつける。
「人を殺す気か!」
「し、失礼な! お前に芸術を理解する器がねぇだけだ。この俺の天上に輝く超絶ハイパーミラク」
と言いかけたところで、カオスの肩に手を置かれた。
「カオスちゃ~ん?」
カオスが振り返ると、そこではダウンしていたもう一人が復活し、カオスの肩に手を載せていた。
「一流の歌手というのはねぇ、どんなに音楽の素養の無い人が聞いても~、その良さって分かるものなのよぉー。だからぁ、ルナちゃんにその良さがさっぱり分からない時点で、残念だけどーカオスちゃんにはその才能が無いと思う訳ぇ。分かるぅ?」
正論を振り翳す姉の言葉に、納得せざるをえないカオスは大きな口を開けてショックな顔をする。その後ろで、ルナは安心したようにニヤリと笑った。
「チッ」
カオスは斜め下を向いて舌打ちをする。そして、次の道を模索する。
「吟遊詩人は駄目か。だとすると、あと女にチヤホヤされる職業は」
が、それを口に出してしまったのが間違いだった。後ろで獣、もといルナの目が光った。
「カオスゥ~」
殺気!
殺気を感じたが、カオスには後ろの獣の顔を見る勇気が無かった。怒れる獣は咆哮する。
「仕事を何だと思ってる! その根性叩き直してや、っていない!!」
カオスは、既にルナの視界の先の方で点同然となっていた。
カオスとて丸っきりの馬鹿ではない。殺気を感じれば逃げる。待って殺されるのを傍観するような人間ではない。逃げるのは当然だ。
それはもう、普通では追いつけない距離と思われた。だが、野獣と化したルナは獲物を捕らえるまで決して諦めない。咆哮を発しながらカオスを猛然と追いかけ始めた。その光景を傍観しながら、マリアは穏やかに微笑んでいた。いつも通りの平和な光景だったからだ。だが、その後ふいに彼女は残念そうな顔をする。
「カオスちゃん、才能あるのにねぇ。戦士の」
ルナはオールマイティに優れている優等生だ。そんなルナとマトモに追いかけっこ出来ているいる時点で無能ではないのだ。
それを本人が気付いていないのが、姉としては何よりも残念であった。だが、その後彼女は不敵な感じに笑う。
「ああ、そうそう。いいこと思いついちゃった。うふふふふふふふふ」
幸か不幸か、彼女のその企みを聞く者はそこには誰も居なかった。ただ、彼女のちょっと不気味な笑い声とルナの咆哮だけが青空に響き渡っていた。