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6.........

 懐中電灯の照らす先に光が見えたのは、歩いて一時間近く経った頃だった。


 いや、正確には暗闇の中を歩き続けて時間の感覚が麻痺していたから、それだけ経ったような気がしただけか。


 なにせ時計も何も身につけていないものだから、その確認のしようがない。


 今更だが腕時計の一つでも用意してもらえばよかった。ふとした瞬間にどうでもいい後悔が頭をよぎるが、あまりにどうでも良すぎて俺を思わず頬を緩めた。


 こんな緊迫した状況でこんなことを考えられるあたり、俺の心臓はだいぶ毛だらけになってきているみたいだ。もしくは、緊張が一回転して頭がおかしくなっているんだろう。


 どちらにしてもまだ冷静でいられるのだから、良いに越したことはない。


 だが光を抜けて外の空気を吸った時は、歩いた疲労以上の安堵が心を満たした。


 頭だけ出して通気口の中から外の様子を見る。 


 左右に下水道内の通路が伸びていて、壁には転々と電灯がついていて暗い空洞をずっと照らしてくれている。


 敵もそれ以外の人影も見当たらない。動くものといったら下水とその上を流れていくゴミと壁伝いに這っていくゴキブリの群れ位のものだ。


 ひとまず安全を確かめたところで、通気口から這い出て体についた埃を払う。


 たった一回叩いただけで煙のように舞い上がった。もろに顔にかかる埃にむせかえり、無人の空洞に響かせる。


 一瞬敵が気づいてこっちにくるんじゃないかと思ったが、幸運なことにそれは杞憂に終わった。


 空気の流れも足音も何ひとつ聞こえてこない。


 ほっと胸をなで下ろしていると、背後から物音が聞こえてくる。


 大方の予想はついたのだが、反射的にびくりと体が跳ねてしまう。


 情けないところを見られた。そう思いながら俺はゆっくりと背後を振り返流。


 「何をしているの」


 ゼレカだった。俺と同じように体についた埃を払いながら、代わり映えのない声色で話しかけてくる。


 「い、いや。別に……」


 気まずさを作り笑いではぐらかしたが、それも効果がなかった。


 なぜかって、ゼレカは俺に対してほとほと興味がなかったからだ。


 ただ俺が突っ立っていたから声をかけただけ、それ以上の会話は彼女には必要がない。俺がどんな顔をしていようが、驚いていようが、意識の外に弾かれてしまえばどうでもいい。


 声をかけたと言う目的が果たされた瞬間から、俺が無事だとわかった瞬間から、ゼレカの頭の中は次のことに切り替わった。


 彼女は俺の脇を抜けると通路の先にある扉へ歩みよって、鍵を差し込む。


 開かれた扉の先にあったのは地上へと続く鉄梯子だ。


 ただの梯子、錆び付いていて久しく人が使った形跡のない、ボロい梯子。それなのになぜか俺にはその梯子が仏が落としてくれた救いの糸のように見えてならなかった。


 「あ、あの。アマンダさんとガブリエルさんは?」


 だが梯子に見とれている場合じゃない。頭を振って惚けた思考を動かしてまだ姿を見ていない二人のことを思う。


 「後でくるはず。他人(ひと)の心配するより自分の心配をして」


 「でも……」


 「何、心配してくれてたの?」


 聞き慣れた声が聞こえた。もう一度背後を見ると、そこには通気口から顔を出したアマンダがいた。


 「無事だったんですか」


 「ええ。おかげさまでね。それより、早くこの場を離れましょう。あまり悠々としていると、すぐに奴らに追いつかれるから」


 そう言って、アマンダは埃も払わないで俺の背中を押して梯子へと向かっていく。


 焦る必要があるのは分かるが、けれど俺の頭の中ではまだ問題が一つ片付いていなかった。


 「あの、ガブリエルさんは」


 「あいつなら、あの場に残ったわ」


 えっ。あの場に、残った……?


 アマンダの言っている言葉が一瞬理解できなかった。


 言葉は耳から確かに入ってきたが、それを理解する頭がまるでショートしてしまったみたいに、きちんと機能してくれなかった。


 「……残ったって、そんな」


 「心配しなくてもあいつは死んじゃいないわ」


 「でも……」


 「今は黙って先へ行きなさい。立ち止まったところで、あいつは戻ってくる保証はないんだから」


 それはそうだけど。それはそうなんだけど……。言い返したい、けれど言い返す言葉がこわれた灰白質じゃ見つけられない。


 もやもやとした感情ばかりが先に出て、言葉として形が作られていかない。


 ぐずぐずと動揺する俺を見てアマンダは背中を押すことをやめて、腕を引っ張って先へと急がせた。 


 待ってくれ。頼む、あと数分だけでいいからガブリエルを待ってはくれないか。

 そんな言葉すら口に出すことが出来なかった。

 

 やろうと思えばできたのかもしれない。だが、かすかに見えたアマンダの悲痛な表情を見てしまうと、そのわずかな言葉も飲み込む他なかった。


 「あいつが死ぬわけないわ……死ぬもんですか」


 ポツリと呟いたアマンダの言葉が、耳の奥深くに染み込んでいく。

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