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5.........

 数多の銃弾をなんとかやり過ごしながら、アマンダはバリケードを背にして引き金を引く。


 狙いのない牽制のつもりだったが、運良く一発が敵にあたりくぐもった悲鳴がドアの先から聞こえてきた。


 それで引いてくれればよかったが、アマンダの一発が余計に敵の怒りの炎に油を注いだらしい。

 弾丸の雨あられがドアに多くの穴を作り、ソファの皮を引き裂いていく。


 「ゼレカ、先に行ってリュカくんの面倒を見てちょうだい。私もすぐに追いかけるから」


 ゼレカはすぐにうなずいて見せると、銃を腰にねじ込み通気口へ入っていく。


 「お前もさっさと行ったらどうだ」


 ガブリエルが顔も向けずに声をかける。


 テーブルの陰から銃口を出し、狙いを定めて引き金を引く。弾丸はドアの隙間を縫って敵へと吸い込まれる。


 ガブリエル自身はそれを見たわけではないが、外から聞こえてくる叫び声がそれを証明してくれた。


 「何馬鹿なことを言っているのよ。あんたを置いて行けるわけがないでしょ」


 「だが、このまま二人して粘るわけにはいかねぇだろ。私が引きつけとくから、先にリュカ坊たちを追いかけろや」


 「何よ、あんたにしては珍しい気配りね」


 「ありがたく思えよ。先に行きたいところを我慢して言ってやってんだからな」


 弾丸の嵐が襲いかかる中に二人の会話は不思議なほど日常だった。


 たまたま出会った近所の人間のような気軽さは命のやり取りをやっているこの場において、場違いさを浮き立たせる。


 しかしガブリエルもアマンダもお茶を持つような気軽さで銃を構え引き金を引く。


 銃声と悲鳴による合唱が奏でられ、そこに華を添えるように壁や機械の破片が部屋を舞ってゆく。


 「ほら、行けよ」


 「分かった。後ろは任せたわよ」


 最後の弾倉(マガジン)を撃ち切った所でアマンダはガブリエルに背中を向けて通気口へ入った。


 しばらく進んだところでアマンダは背後を見る。


 そこにはガブリエルの姿はなかった。彼女の代わりにあったのは通気口を塞ぐ戸棚の背中だった。


 「ちょっと、何やってんのよ!」


 アマンダは慌てて入り口へ向かい、思い切り戸棚を叩く。

 通気口に響き渡る鈍い音。大きく音を立てたはずなのだが、ガブリエルの声は聞こえない。


 こんだけどんどんと叩いているのだ、気づかないはずがないのだ。おそらくはあえて無視しているのだろう。それが余計アマンダを腹立たせる。


 「あんた、自分が何やってんのか分かってんの? 自分で死ににいくようなことしてどうすんのよ、ちょっとは考えなさいよ。この馬鹿ッ!」


 「うるせえな。決めちまったんだからしょうがねえじゃねえか」


 ようやく声が聞こえてきた。


 「だいたいなここに一人くらい残って足止めしなきゃならねえじゃねえか。揃いも揃ってそこを進んでいってみろ、格好のだったら私の方がそういう(・・・・)のは得意だし、任せてくれよ」


 「だったら私も残って戦うわよ」


 「リュカ坊とゼレカの二人だけでやらせるのか? 冗談はよせよ、余計に難しくさせてどうするんだ。誰かがあいつらをサポートしてやらなきゃならねえじゃねかよ。そんくらいのことはお前だって考えつくもんだろ」


 「だからって……」


 「ガタガタうるせえな。いいからさっさと行けよ。今にも奴らが乗り込んできそうなんだからよ……あいつらのこと、任せたからな」


 ガブリエルの声の後、ドアが破られる音が聞こえた。


 「ちょっと、聞こえてる……ねえ!」


 心臓がばくばくとやかましく鼓動している。


 嫌な妄想に囚われて、不安がこみ上げる。


 アマンダの叫びを受け取るはずの者の声は聞こえず、耳を揺するのは銃声ばかり。


 助けに行こうか。それとも前に進もうか。 


 迷ったのは、一瞬だった。


 アマンダは戸棚に背を向けて闇を進んだ。


     

                         『・』



 アマンダと馬鹿話をしている間に、ドアが蹴破られ男たちがぞろぞろとなだれ込んできた。


 どいつもこいつも仏頂面をぶら下げて、いかにも不機嫌ですって言いたげだ。


 疲れた顔に殺意と苛立ちを浮かべて、そんなの私なんかに向けたって仕方がないだろうに。


 だがその中に見覚えのある顔を見つけた。

 それはホテルでやりあった男たちだった。確かアーロンの護衛をしていたと思ったが、まあ今となれば些細なことだ。


 その二人は特に私への殺意をたぎらせていて、銃口を突きつける距離も引き金に込める力もより強い。

 なるほど、こいつらならば私への殺意も理解できる。


 さてこのままじゃ私は蜂の巣になっちまうのは目に見えているわけだが。かと言ってどうしようもないのが正直なところだ。


 下手に刺激しないように口を結んで、けれど撃たれても何人かは道連れにしようと銃口は下げずに構えておく。


 しばらくにらみ合いが続いていたが、男たちをかき分けて誰かがこっちにやってくる。


 道を開けて進み出てきたやつは、私でもよく知っている人物だった。


 「これはこれは。ラリー・ザモアさんじゃねえか。わざわざ会いにきてくれたのか?」 


 わざわざ偽名を使ってやったんだが、ラリー……レイ・アーチャーは顔色ひとつ変えやしなかった。


 「ドラゴンの子供はどこだ」


 「ドラゴンの子供? なんだそりゃ。ネズミのガキならそこに転がっているが」


 私が丁寧に顎で指してやった先には騒ぎで命を落としたネズミの死体が転がっている。


 でっかいネズミで灰色の体毛はすかりヘドロまみれになった薄汚くなっている。まさにドブネズミって名前がお似合いだ。


 しかし渾身の冗談にもアーチャーはくすりともしやしない。


 ゼレカ以上の仏頂面で、まるで蛆虫でも見るような冷たい視線を向けてきやがった。


 「冗談を言う余裕があるのか?」 


 そう言いながら、アーチャーは私の額に受けて銃を構えた。


 「なんだ、殺すのか? もしかすれば居場所が分かるかもしれないのに」


 「だったらさっさと喋れ。その方がお互いのためになる」


 「そんな怖い口調を叩かれたんじゃ、おちおち喋れやしない。女性には優しくするもんだと親に教えてもらわなかったのか」


 「敵の女に優しくする義理はねえ。お前は敵に容赦してやれって教わったのか」


 「いいや、徹底的に吐かせて叩けって教わったね」


 有象無象へと向けていた銃口をアーチャーの額に合わせて構える。


 その瞬間有象無象の中に波がたち、一層警戒心が高まる。むき出しの殺意がよりヒリヒリと肌を刺してくるが、引き金を引かないだけ可愛いものだ。


 「……ちゃんと部下たちの(しつけ)はなっているようだな。感心感心」


 男たちの顔をじろっと見渡して、再びアーチャーに視線を合わせる。


 「それで、このまま見つめ合っているか。私は別にそれでもいいが」


 「……いいや、そんなつもりはない」


 情報源を持っているやつをそう簡単に殺すわけがない、そう思っていたんだが、どうやらそれは私だけだったらしい。


 その証拠にアーチャーの指にわずかに力がこもる。


 「……まじかよ」


 我ながらくだらない呟きだったが、口から出てしまったものはしょうがない。


 だが、そのくだらない呟きも、一発の銃声によって綺麗にかき消された。

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