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人員確保をあてにしていたの当初の案では、アーロンが中に入り次第その建物の周囲を囲い、アーロンに合図を送ってもらって一気に突入するというものだ。
いたって単純だが、うまく行けば一斉検挙もできる有効な方法だ。だが、それもロベルトのせいで頓挫する結果となってしまった
午前中のうちから新たな作戦を立てるべく、アマンダとガブリエル、そこに俺も入れて会議の場が設けられたわけだが、その内容のほとんどは彼女たち二人の口論で終始進められた。
いや、俺が口論と思っているだけでそれが彼女たちの通常時の会話なのかもしれない。
だとしても何も睨みつけ唾とともに罵詈雑言を吐きかけなくてもいいとは思う。
口を開けば馬鹿だのアホだのと口汚い言葉が飛び交っている。
急遽作戦を変更させざるを得なかったから、焦りと苛立ちによって荒れた口調になってしまっているのだろう。
だが、その苛立ちによっていよいよ喧嘩になりそうな時には、仲裁に入ることにしよう。
それまではあまり口答えせずに、イエスマンを装うことにする。
しかしこの口論とも言える会議の中でも、いくつか決められたことはある。
一つは、隠密に行動をするということ。人員が少なくほぼこの場にいる人員で動かなくてはならないため、正面からノックするわけにはいかない。
こうなった以上は密かにアーロンが連れて行かれた建物へと密かに忍び込み、アリョーシ共々アーロンたちを救出するという手段が妥当だろう。
もちろん戦闘になったらなったでその時々に対応するしかないが、勝ち目は限りなく低いということだけはこの場にいる全員が理解していた。
もう一つは、忍び込む手段だ。
俺達の面はすでにあっちの連中にバレているだろうし、ホテルでの借りもある。俺たちを見かけ次第喜んで引き金を引くだろう。
そんなところへ忍び込むんだから、なるべく入りやすいところから入った方が俺たちのためになる。
どうやって忍び込むかは、アマンダが役立った。
彼女はリーコンが所有する建築物、ならびにロベルトが持つ建物全ての図面をピックアアップしてくれたのだ。
あとはアーロンが向かった建物に合わせて図面を見て侵入経路を決めるだけ。ゼレカに建物の図面をまとめてもらい、場所が分かり次第検索をかければ瞬時に呼び出せるようにもしておいた。
けれど懸念がないわけではない。
見つかった場合の心配や侵入がうまく行かなかった時の対処など不安材料はいくでもあったが、中でも不安だったのは、アマンダのピックアップした建物以外にアーロンが連れていかれた場合だ。
アマンダが入手できたのは表向き所持している建物ばかりで、裏で手にしているものや『シグルトの舌』が所有するものは分かっていない。
もしも、そこへ案内されれば、予備知識なしの完全アドリブで行動をしなければならない。そして、残念なことにこの可能性が非常に高いとアマンダは考えていた。
考えてもキリがない、むしろ考えれば考えるほど不安の沼へと沈んでいく。
しかし、この状況にいてガブリエルは態度を崩さなかった。
その時になったらその時だ。とあまりに単純に事態を考えていたのだ。
これがきっかけとなって二人の口論が始まったようなものだが、実際俺としてはガブリエルに近い考えを持っていた。近いというか、もはや開き直ったと言ってもいい。
どうせ危険なことは変わりないのだし、今更深く心配したところでロベルト達が銃口を下げるはずはない。
なら、起きたら起きたでどうにかするしかない。
それにアリョーシがそこにいると分かれば、しのごの言わずに行動するに限る。
「……ちょっと休憩しましょ。喉乾いちゃった」
深い深いため息を吐き出すと、アマンダは立ち上がってドリンクゾーンへと向かっていく。
「私のも頼む」
そう言ってガブリエルは空になったカップを持って、ゆらゆらとアマンダに見えるように揺らして見せる。
「いやよ、自分で取りなさいな。面倒臭い」
あからさま嫌悪を顔に浮かべてガブリエルを睨む。
だが、ガブリエルは平気な顔をしてソファに踏ん反り返るばかりで、ひるむとか恐れおののくとそういう表情は一つとして浮かばなかった。
「いいじゃねえかよ、休憩中だろ? だったら恨みっこなしで頼みを聞いてくれたっていいじゃねえか。それに、そこに近いのはお前なんだしさ。ちょっと余計にコーヒーの粉とポットの湯を入れるだけじゃねえか。何を面倒臭がることがあるんだか」
「あんたねえ、それが人にものを頼む態度なわけ?」
「ああ、これでも心を込めてお願いしているんだがな」
その一言でアマンダの額に青筋が伸びたのが俺には見えた。
「俺が注ぎますよ。そんなコーヒー位で機嫌を損ねないでください」
このままじゃ口論どころの騒ぎじゃなくなる。そう思った俺は咄嗟に立ち上がって、ガブリエルからカップ絵音ってコーヒーを作ることにした。
「あんな奴の言うことなんか、聞かなくてもいいのに」
「そんな突き放さなくたっていいでしょ。子供じゃないんだから、そんなにヘソを曲げないでくださいよ」
「別にヘソは曲げてないわよ」
俺の一言で余計にヘソを曲げてしまったらしい。アマンダはそっぽを向いてさっさとコーヒーを注ぐと俺やガブリエルから離れていく。
そして壁に背中を預けると優雅にコーヒーブレイクと洒落込み始めた。
そこまで避けなくてもいいじゃないかと思わないでもないが、それを訴えたところでアマンダは聞く耳を持たない。
その上目も合わせられないとくれば、放っておくしかない。
なんとなく気疲れてしまって思わずため息が口から漏れ出てしまった。とは言え仲裁出来たのだからよしとしておこう。
「……後できちんと謝っておいてくださいよ」
「私が? 何で」
コーヒーを渡しながら一応ガブリエルに頼んでみるが、彼女にはそんな気はさらさらないらしい。首を傾げてまるで身に覚えのないと言わんばかりだ。
「だって、アマンダさんがあんな風になっちゃったのって、ガブリエルさんのせいって所もあるんですから」
「心配しなくても、大丈夫だよ。あいつもあんなではあるが、一時間もああしている訳じゃねえ。後ちょっとでバカバカしくなって戻ってくるさ」
「でも……」
「そんなに心配ならお前が声をかけてやれよ」
「何で、俺が……」
「ほらな。そう言われると途端に面倒臭いだろ」
「まあ、そりゃ面倒ですけど」
「私もリュカ坊と同じ気持ちだよ」
頬を釣り上げながらガブリエルはカップを傾ける。
口論していた訳じゃないから面倒くさいと思ったまでで、ガブリエルの言う面倒とはちょっと違うと思うが、それを言うのもまた面倒くさかった。
それに幸か不幸かガブリエルの言った通り、数分後には大きく息を吐き出したアマンダが戻ってきたから、慰める機会は必要なかった。
空のカップを机に並べて三つの頭がソファに揃う。再びの会議が始まろうかとした時、ゼレカが不意に口を開いた。
「侵入者」
感じで言えば三文字。ひらがなであれば七文字で済む短い言葉。
しかしそのたった一言によってその場にいた面々に緊張が走った。