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2.........

 「それと部長のところにアーロンさんから電話があったみたいでね」


 「何かトラブルでもあったのか」


 「いいえ。ただ、ロベルトに突きつけられた条件について話してくれたみたい。アリョーシさんのところへ案内する代わりに、自分たちのやっていることにアーロンさんも加われって」


 「そんな話、昨日は言ってませんでしたけど」


 「話さなくてもいいと思っていたそうよ。言葉だけ協力すると言いつつ、自分はアリョーシさんを連れて逃げるつもりでいたみたいだから」


 それも分からなくもないが、逃げることを決めていたのなら、別に話してくれたっていいはずじゃないか。そうアマンダに噛み付きたくなったが、彼女に言い返したところで意味がない。吐き出しかけた言葉をぐっと喉から食道へ落とし込む。


 「まあ、とはいえよ。計画の変更は余儀なくされるわね。ゼレカ、社長のGPSは機能しているかしら?」


 「ええ。GPS通りならホテルにいるはず」


 「そう。ちょっと確認してみようかしら。使い捨てのケータイってどこ?」 


 「あっちのダンボールの中」


 「ありがとう」


 そう言うと、アマンダは立ち上がってゼレカの指差す方へと足を向ける。確かにそっちには戸棚があって、その中にみかんの箱くらいの段ボール箱が詰め込まれている。


 蓋を開けて中から手頃な携帯電話を取り出すと、アマンダは喉仏のあたりを押しながら電話をかけた。


 「……ああ、もしもし。これってリーコンの社長さんの携帯で間違えないっすか」


 アマンダにしてはえらく馴れ馴れしい口調で電話に喋りかけた。それではアーロンの機嫌を損ねるのではないかと内心ひやりとしていたが、それよりも俺はアマンダの声質の変化に驚かされた。


 普段のアマンダの声とはまるで違うその声は、若い男の声だった。


 目をつぶればチャラチャラしたチンピラ崩れのいでたちが思い浮かぶ。

 けれど確かにその声はアマンダの口から出ていたし、それがまた奇妙さを助長させて頭を混乱させた。


 「やっば、やっぱホンモンじゃん……いや昨日ね、たまたまホテルで彼女と待ち合わせしてたら、社長さん見かけてさ。んで名刺かりて電話したわけ。ねえ、まだホテルにいんの……へえ、あんだけ騒ぎあったのに、よくあんなとこ泊まれんね。やっぱテレビ出てる有名人は違うわ。てか、うわやっば、俺有名人と知り合いになっちゃったよ」


 滑らかに嘘の事実を並べ立てて、さもナメくさった若者のごとくアマンダは喋り続ける。


「ああ、そうそう昨日俺があげた万年筆って今持ってたりするの……ええ、いいじゃねえかよ俺が知ってたって。せっかく俺がチョイスしたんだから、大事に持っていてくれよ。高かったんだからさ……ああ、切らないでくれよ。もうちょっと話しようぜ。せっかくだしさ、これも何かの縁だと思って……ちょっと、もしもーし。んだよつまんねぇの」


 どうやら電話を切られたらしい。ユミルは耳元からケータイを遠ざけるとおもむろに両手でもって、逆方向へと折り曲げた。


 ケータイはみるも無残に逆折りになって、小さな破砕音を響かせる。プラスチックのかけらが床に散りばめられ、部品と思われる金属片が床に散らばっていく。


 そしてトドメとばかりにコップ一杯の水を持ってくると、ケータイだったものを水の中に沈めた。


 「ホテルにいるのは間違いなさそうよ。声からも嘘を言っている雰囲気はなかったし」


 「そう」 


 アマンダの突然の声変わりに動揺しているのは、どうやらこの場において俺だけのようだ。


 ゼレカは興味なさげにパソコンの画面を見たままだし、ガブリエルは優雅にコーヒーをすすっている。


 今更ながら疎外感を感じずにはいられなかった。


 「あの……今のは」


 「今の? ああ、喉に仕込んだ変声機をつかっただけよ。喉仏をいじれば子供から老人まである程度の声は出せるようになるわ。そっか、そういえばリュカくんは初めて見るのよね。驚いた?」


 「そりゃ、まあ」


 「義体化のいいところよ。まあ、あんまりやりすぎると自分の声が分からなくなる時があるから、注意が必要だけどね。物は使い様よ。ほんと」


 アマンダの話を聞いているともっともなことだとは思うが、それにしても義体化とは本当に便利なものだ。高いところから飛び降りても平気だし、重いものでも持ち上げることができるし、こうして自在に声を変えられる。


 いやはや技術の進歩とはすごいものだと感心させられるばかりだが、ふとある疑問が頭をよぎる。


 義体は道具のはずだ。では、全身を義体化したゼレカやアマンダは人間なのだろうか。と。アンドロイドなんかは人間ではないとはっきり分かるが、では彼女たちは果たして人間なのだろうか。


 ふとよぎる疑問は俺の頭には難しい問いかけだった。

 ダメだ、考えたところで分からない。それらの問題ならきっとこの世界で議論されてきただろうし、されていなかったとしても倫理・道徳とかその手の問題が好きな連中に任せ他方がよりよい答えは出そうだ。


 人間が人間であるための照明よりも、俺にはやらなくてはならないことがある。

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