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9........

 「はい……ええ、ええ……おっしゃっている意味がわかりかねますが……はい。……分かりました。では明朝十時に。場所はどこでしょうか……はい……はい……。畏まりました。では、失礼いたします」


 電話が終わるや否や、ユミルは電話を助手席へと放り投げた。


 が、少し力を入れすぎたようで、シートを大きく跳ねてドアと座席の間に音を立てて落ちてしまう。


 「電話、落ちたぞ」


 「ええ……分かっています」


 そういう割にはどこか上の空で、いくら待っても電話に手を伸ばす様子がない。


 「誰からだったのかね」


 「……副社長からです」


 「ロベルトの奴が? 何か妙なことを吹き込まれたのか」


 「いいえ……そういうわけでは……」


 煮え切らないユミルの態度は私を驚かせもしたが、同時にひどく戸惑わせる。


 長年公私を共にしてきたから、多少なりともユミルの人となりを見知ってきた自負がある。


 だからこそ、彼女の口籠る様子が何か良からぬことが起こったことを予感させた。


 「何があったのか。話す気にはならないか」


 「……副社長の申し出を社長はお考え直しになったのか、と聞いてこられました」


 「何?」


 

                    『・』



 ロベルトの申し出。それは私がホテルで奴と面会を果たした時に繰り出されたものだ。


 暗いホテルの一室で奴は顔に笑みを浮かべたまま、口を動かした。


 今思い出しても背筋がゾッとする。炎に照らされたやつの表情は、おぞましいの一言に尽きた。


 「確かに私は、社長の奥方……いや、愛したドラゴンの居場所を知っています」


 「どこだ。彼女はどこにいる」


 「まあまあ、そうカッカしないでください。社長もいい歳なのですから、そう興奮されるとお体に触りますよ」


 「君に心配される筋合いはないよ」


 「そうですか。まあ、いずれにしてもお体は重々お気をつけください」


 ニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべたまま、ドリンクコーナーへと足を向けてウィスキーを一杯引っ掛ける。


 まるでこの部屋の主人を気取っているかのような傲慢な態度だが、その時は酒の一杯や二杯を気にかけることはしなかった。


 「ああ、思い違いをしてもらいたくはないのですが、私は別に彼女(・・)をあなたに会わせないとは言っていないのです。ただ、会わせるにあたって色々と条件を提示させていただきたくて」



 「条件? 何だ」


 私の言葉に重ねるように、ショットグラスをおいてロベルトが顔を向けた。


 「単刀直入に申し上げましょう。我々の仕事に社長もご協力願いたいのです」


 「何だと……?」


 「前々から思っていたことなのです。ただ申し上げる機会がなかなかできず、言うに言えない状況が続いていましだが」


 「君らがやっていることに、私が賛同すると思っているのか。君のやっていることは重大な犯罪だ。それを分かっているのか」


 「ええ。だからこそ日の目を避けて行動してきたのです。現に貴方には今日の今日までバレてこなかったし、自警団(ミリシア)の連中にも首の皮一枚のところで証拠を握らせてはこなかった。毎日がスリルに溢れていて、実に楽しい日々でしたよ」


 「ふざけているのか」


 「いいえ。いたって真面目ですとも。真面目に悪事を働く勤労人ですよ」


 「ロベルト、貴様……」


 いつにも増して生意気さをあらわにする彼奴に、私は怒りを募らせた。


 ソファの腕かけを堅く握りしめ、今にも襲いかかってしまいそうになるのを理性の縄でどうにかつなぎとめる。


 「そう怖い顔をしないでください。それに、私が悪事を働いて会社が成り立っている側面もあるのですよ」

 

 「どういう意味だ」


 私がそう尋ねるとロベルトは勿体つけるようにゆったりと部屋の中を歩き始めた。


 その手にはグラスを握りしめていて、新たに注ぎ足された酒がやつの足取りとともにゆらゆら波を立てている。


 「我々が現在動かしているセーフ・ドラゴンプロジェクト。これには莫大な金がかかっています。それはプロジェクトの発起人である社長ご自身がよくご存知のはずだ」


 「当たり前だ。このプロジェクトを立ち上げるために会社を作り上げたのだから」


 「そうでしょう、そうでしょう。私自身社長のその素晴らしい理念に惹かれて、この会社へと入社したわけですから。きっと私以外の他の研究者たちや社員たちも同じような志を持っているに違いありません。ただ……」


 言葉を切ったロベルトが酒を一口呷り、乾いた舌に滑らかさを取り戻す。 


 「ドラゴンという獣に一体いくらかかっているとお思いですか。何万どころじゃなりません。何十億、何百億という大金がつぎ込まれているのです。経理部から上がってくる見積もり書を見ただけでも、目が回りそうになりますよ。0の羅列は人の心をたやすく壊す魔力を持っていますからね」


 「だからこそ銀行や民間、さらには国から融資をいただいているのではないか」


 「それが充分でないから悲鳴になっているのです」


 頭の固い私に言い聞かせるように、ロベルトはきっぱりと言い張った。


 「もちろん当初はそれだけでも充分にプロジェクトを回していけました。あまりある資金のおかげでドラゴンの生態観察に調査、さらには遺骸を使った研究まで幅広くやることができました。ですが、新たな研究を始めるたびに、かかる金は乗算され、それによる負担も肩に重くのしかかってきます。金は湯水のように湧き出てくるものではない。限界値が必ずあり、それ以上を求めようとすれば必ず破滅の一途を辿ります。そうならないために私が動いているのですよ」


 「まるで自分が救世主にでもなったかのような口だな」


 「実際、そういえばそうなりますよ。救世主とは見方によれば犯罪者や化け物と同じ類の者たちですから」


 最後の一口を一気に飲みくだしながら、ロベルトはソファへと戻ってきた。テーブルにグラスを置くと、ソファへと腰を下ろし、膝の上で手を組んで私を見つめてくる。


 その顔にはあいも変わらず薄気味悪い笑みを浮かべていて、私を挑発するかのごとく、いやらしく頬肉を吊り上げる。


 「だからと言って許すわけがないだろう。君のやっていることは、紛れもない犯罪だ。いや犯罪というだけでない、君は私の夢であるドラゴンの復興を邪魔しているのだぞ。その犯罪に私も加担しろだと、何を馬鹿なことを」


 「あなたは、きっとそう言うと思いましたよ。貴方は身体こそ大人のそれだが、中身は理想にすがりついた幼子のように、幼稚で現実をまるで見ていない」


 「何が言いたい」


 「我々が自然界からドラゴンを一頭狩るだけで、リーコンで二頭ものドラゴンを生産できる。二頭狩れば四頭、四頭かれば八頭。莫大な資金が動くシステムを私は長い時間をかけて作り上げてきた。それもこれもリーコン・ロジステックスのためであり、そして社長、貴方のためだ」


 「私のためだと」


 「ええ。そうです。貴方の理念も計画も全て素晴らしいものだ。だが、次代になればきっと自然のものと我が社の作り出したものと見分けはつかなくなる。人口生殖によって作り出されたクローンがいつの日か自然界を占拠し、野生のドラゴンと呼ばれる時がくる」


 酒の勢いもあってか、ロベルトの言葉は熱を帯びて私に言って聞かせるような口調に変わっていった。


 「ドラゴンの安定供給が可能になれば、今まで密漁密漁と揶揄してきたドラゴンを狩るのではなく、家畜のごとく牧場ファームで育てるような世の中にだってなっていくはずです。そうなればドラゴン生育の特許技術を持つ我が社が独自でドラゴンの製品を作り、世に売り出すことだって可能になる。販売部門が整えられれば新たな雇用も生まれ、リーコンはより巨大な企業へと成長を遂げるでしょう。さらに付け加えればドラゴンは生態も謎に包まれていますが、その肉や血に宿された効能は、古代より万病に効くとされています。であれば、我が社の研究を使えば新たな万能薬の開発にだってこぎつけるはずです!」 


 テーブルに拳を振り下ろす。興奮のあまりにやったことだろうが、それを責める気にもならなかった。そして、ロベルトの考えを否定する気にもならなかった。

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