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階段が軋み、二つの足音が重なる。緊張は俺の心臓の鼓動を早くさせ、背筋に冷たい汗を流していく。
次第に大きくなっていく靴音達が、ドアの前で止まった。
ゆっくりとドアが動けば金切り声のような甲高くて、耳障りな音が部屋に響く。
やかましいとも思えるその音も開ききってしまえば途端に消え失せて、廊下に立った二人の姿を見ることに集中できた。
アーロンとその秘書、たしかアマンダが言うにはユミルだったか。二人は部屋を見渡しつつ俺たちの顔を一人一人目に入れていく。
それが終われば部屋の中へと入ろうとしてくるのだが、ガブリエルがそれを制した。
「持ち物を確認させてください」
「何も怪しいものは持っていないが?」
「あなたが怪しくなくても何かをこっそり入れられているかもしれない。一応の確認です。お許しください」
アーロンが二の句を告げる前に、ゼレカが即座に動きアーロンの衣服を改めていく。
ズボンの裾から徐々に上へ手を叩いていき、コートとスーツのポケットも入念に。
アーロンが終わればユミルの衣服も隅々まで調べていった。それもアーロン以上に丹念に、しつこく。スーツのポケットにとどまらず、下着の中まで調べていた時には流石に目をそらしてしまったが、やりすぎだとは思わなかった。
二人の身につけていた腕時計やスマホ、財布、それに筆記具なども一緒にも預かってそれを部屋に置いてあった金属の箱へと放り込む。
工具箱のようにも見える箱だったが、中身は空になっていたため保管するにはちょうど良かった。
そしてガブリエルは自分のスマホを取り出すと、大音量で音楽をかけ始めた。
静かな部屋の中にギター掻き鳴らす音が聞こえる。ガブリエルの好む激しいロックナンバーだ。
音楽が鳴ったままのそれを集めた貴重品と一緒に金属箱の中へと放り込む。そして蓋を閉じた。
硬い金属の内側からくぐもったドラムの鼓動が聞こえてくる。
こんな箱なんかに俺たちの音楽が負けるか。そんな強い意志というか執念を感じさせた。
「お二人は義体化はなさっていますか?」
「いいや、二人とも生身のままだ」
ガブリエルの鋭い視線にも負けずにアーロンが答える。続いてユミルが静かに頷いた。
「……そちら女性は?」
「秘書のユミルくんだ。君たちには悪いが、今回の件で彼女も巻き込んでしまった」
アーロンが言い終わると、ユミルがぺこりと頭を下げる。
秘書という職業柄か、その所作は美しく淀みない。ただ、それに注目し感想を浮かべるのはどうやらこの場において俺以外に誰一人いなかった。
「巻き込んだ、とは? どこまでお話になられたんですか」
「ロベルトがドラゴン密漁に関係しているのではないか、というところまで」
つまりは全てということか。面倒なことになったと俺は心の中で舌打ちをするが、アマンダは隠すことなく盛大に舌打ちをかました。
眉根にはくっきりとシワが寄り、不快感はありありと伝わってくる。
「ひとまず、そちらの方は部屋の外で待っていただけますか? 貴重品などはこちらでお預かりしておきます。お帰りの際にはお渡しいたしますので」
「かしこまりました」
「リュカくん、彼女についてあげて」
「え、でも……」
「お願い」
有無を言わせぬアマンダの物言い。
なんとなく察していたが改めて彼女の顔を見れば彼女の苛立ちはよく分かった。
笑っていた。にっこりと、頬を歪ませて。でもそれは自然に作ったものではなくて、どこかの誰かが無理やり頬を吊り上げさせたような、ひどくわざとらしい顔だ。
アマンダは苛つきが高まるにつれてこんな顔を浮かべる。
楽しいことへの笑みとは違って、その笑みは相手に恐怖を与えて萎縮させる効果がある。ようは恐怖以外の何物でもないということだ。
「……はい」
これは下手に抵抗するよりも、一目散に部屋から退散した方が良さそうだ。そう思って俺はソファから立ち上がってユミルの元へと向かう。
「行きましょう。あの人、怒るとおっかないですから」
ユミルの手を引いて部屋を出る。ユミルはアーロンの背中を名残惜しそうに見つめていたけど、流石にいてはまずいことは重々承知しているようで俺と一緒に廊下へと出てくれた。
『・』
「彼女を巻き込んだわけは、お聞かせくださいますね」
「ああ。もちろんだとも」
アーロンはそう言うもののガブリエルも、アマンダも銃を二人に向けたまま下ろそうはしなかった。
「……その物騒なものはおろしてはくれないのか」
「お気になさらずに。少々こちらの気が立っているものですから。ああ、わけはそのままお話くださって結構です。こちらが納得し次第銃は降ろさせていただきます」
アマンダの言葉は淡々としたものだったが、言葉の端々には警戒の色が見え隠れしている。
あの女を殺さないでおいてやるだけありがたいと思え、言外に込められた想いはアマンダの体から空気となって漂っている。
アーロンはそれでも何か言いたげでモゴモゴと口を動かしていたが、アマンダの空気に当てられてついに口を開くことはなかった。
「ご了承いただけて嬉しい限りです。では、お聞かせください」
にこやかに微笑むアマンダの目は、どこまでも続く闇をたたえていた。