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1........

 「ゼレカ、車は?」

 

 暗闇の中に隠れながらアマンダはゼレカに向けて通信を飛ばす。


 俺たちが降り立った場所はホテルの正面から少しずれた場所。顔を少し傾ければ多くの車がロータリーの中に密集して、その一帯だけ明かりが集中している。


 明かりに集まる羽虫のように人々の影が車と車の間に入り乱れて、影を乗せた車は次々に出口に向かって走り出す。


 「今正面から出た。道路沿いに停めているから。来て」


 「了解」


 腰に巻いたワイヤーを片付けると、すぐさま動き出す。


 景観のために植えられた木立の林を抜けて、背の高い生垣を飛び越える。

 俺もガブリエルを背負ながら、ハードル跳びの要領で生垣を跳び越えてなだらかな斜面を下っていく。


 斜面の下には歩道があるはずだが、停電のせいで闇の中に沈んでいる。


 道路に並んだ非常灯の赤い点滅が闇の中に浮かび上がる。だが周りを照らすにはあまりに不十分で、それよりか道路を行き交う車のライトの方がよっぽど闇を消し去ってくれている。


 歩道に立ち並んだ街灯は明かりが消え、ただ道路に並んだ置物になっているだけ。本来の照らす機能を忘れて邪魔げなガラクタとかしている。


 ゼレカの車は、すぐに見つけられた。


 路肩に乱暴に止められた一台の車。車内は照明がつけられ、運転席側に座るゼレカの姿が良く見える。


 アマンダを先頭にして素早く車に乗り込むと、ゼレカは照明を消して車を走らせた。


 「遅かったじゃない」


 「カメラの映像を消すのと、これを回収するのに少し手間取った」


 そう言うと、ゼレカはポケットから小さな端末を取り出した。

 それはアマンダが警備室で仕掛けた端末だ。


 「あら、気が効くのね」


 「どこかの誰かさんはきっと忘れているだろうから、必要にかられて仕方なく」


 「それはご丁寧にありがとう」


 軽い会釈をしながらアマンダはにこやかに微笑む。


 しかし、その目は笑ってなどいない。外の闇に負けないような黒いまなこがじっとゼレカを見つめている。


 「にしても大分大胆なことをしてくれたわね。これがアナタのせいって分かったら減給どころじゃ済まなくなるところよ」


 「バレなきゃ、いいんでしょ?」


 「それにしても限度ってものがあるでしょ。いい大人なんだから、そういうところは分かっていると思っていたんだけどね」


 いよいよお小言の時間が始まった。


 助手席に座るアマンダはまるでお姑にでもなったかのように、ネチネチとお小言をゼレカに吐きかけていく。

 よっぽど思うところがあったようで、口と一緒に鋭い視線を使って不満を投げかけていく。


 しかし、ゼレカは特に表情を変えることなく淡々とハンドルを握り、前を向いてアクセルを踏んでいる。


 「都市の電力をいじることがどんなことか分かっていたんでしょうね? 一区画だけとはいえ何万人と言う人間とアンドロイドがここには住んでいるのよ。無用な混乱を招きかねないし、犯罪の口火を切るきっかけを作ってしまいかねない。子供だって危ないことだって分かることだし、治安を守るはずのアナタだったら余計に分かっていなくちゃならない。それなのにあなたは……」


 そこまでアマンダが言ったところで、車が急停止した。


 シートベルトを締めていたが、勢いのあまりアマンダや俺たちの体は前のめりになってベルトが胸と腰に食い込む。


 うっと息がつまる。危うくデコを運転席の背中にぶつけるところだった。


 「な、何」


 ダッシュボードに手をつけながら、アマンダは顔を上げる。


 そこには赤色灯を横に持ったロボットが横に手を広げている。これ以上進むなと訴えかけているようにも見える。実際そうしているのは赤信号を示すためで、ゼレカはその指示に従っただけのこと。


 急ブレーキをかけたものの、見事停止線の前で止まってみせた。


 「赤だったから、仕方なく」


 肩をすくめながらゼレカは言う。

 相変わらずその態度は淡白で、顔も何を考えているのか分からない仏頂面だ。


 だが、彼女と言葉と態度にどこかわざとらしさを感じたのは、多分気のせいじゃない。

 わざわざアマンダの言葉を遮るようにブレーキを踏んだあたり、怪しいところだ。まあ、きっと自分からわざととは言わないだろうけど。


 そんなゼレカの態度を見てアマンダの視線はますます鋭くなっていく。

 座席に座り直せば背もたれにふんぞり返り、むすっとしたままそっぽを向く。


 それっきりゼレカに何を言うこともなく、車内は重苦しい空気に包まれてしまった。


 「……あの、ここに向かってくれませんか」


 空気を変えるためでもあり、会話が途切れた隙を狙って俺が口を開く。

 それまでに手に握りしめていた紙片をゼレカに渡す。


 「これは?」


 「アーロンさんからもらったものです。そこで待つようにって言ってました」


 「社長さんが?」


 「ええ。今日中にはそこにいくようにすると行ってましたけど、それは本当かどうかは分かりません」


 「……そう」


 肩越しに向けられるアマンダの目は訝しげに細められていたが、一応は俺の話を信じて紙片に書かれた住所に目を落としてくれる。


 そして紙片を俺に返したところでちょうどロボットが態勢を変えて手を横に振り、進めと指示をしてきた。

 アクセルを踏んで車はまっすぐに進む。


 しばらく車を走らせていると、街の姿も変わっていく。


 暗闇に閉ざされた街から、光に溢れ返った街へ。


 同じ都市の中に存在する光と闇。どうやらゼレカの話は本当のようで、停電は一区画だけの話に過ぎないらしい。


 夜の闇に浮かぶ3Dの広告に道路沿いに並ぶ街灯、車を見下ろすビルにも明かりが戻っていて、いつものエデンの街が迎え入れてくれた。


「本当に一区画だけだったな」


 ガブリエルが外を眺めながら呑気に言った。


 こちらはアマンダに対してゼレカの行為にあまり気にも留めていない様子だ。

 長い付き合いがなせる技なのか、それとももはやゼレカに対して忠告するのも面倒なだけになっているのか、ガブリエルのことだからその両方ということも考えられたが、改めて尋ねるほどのことでもない。


 俺はといえばゼレカのしでかした行為のでかさに現実味がなくて、責めるとかどうこういう気も起きなかったのだが。 


 再び沈黙が訪れた車内で、ゼレカは気まぐれにラジオをいじり始める。

 電源を入れくるくるとノブを回していくと周波数があって音声が聞こえてくる。


 『先ほどありました東地区での大規模な停電ですが、どうやら何者かが発電所のコンピューターにアクセスし、電源を停止させたと判明しました。現在発電所内での復旧作業は終わり、十分後には電気が回復する見込みです。自警団の方々はテロの疑いも含めて操作を進めているとのこと。電力会社は後ほど記者会見を開き、詳しい説明がされるそうです。それにしてもびっくりしましたよねえ。突然パッと電気が消えて……』


 ラジオMCの女性の声が淡々と原稿を読み上げて、感想を口に出す。その後は男性との会話を弾ませてミュージックコーナーへと移っていった。


 どうやら無事に電気が戻ってくるみたいだ。

 ほっと息をつきながらもラジオに表示された時間を見る。


 午後八時半。たった数時間の滞在だったが、事態は思ったよりも良い方向へと転がったように思う。


 これでアリョーシにまた一歩近づけた。


 でも安心してもいられない。アーロンがロベルトとうまく交渉できるか否かで状況は一変する。


 それにもし交渉に成功したとしてもアーロンが別の場所に移動させられるケースだって考えられる。そうなれば全てが水の泡に消えるだろう。


 人に頼ると言うのは本当に難しい。

 自分でない分どうなるかまるで分からない。


 ただ、今はアーロンを信じて待つことだ。それしかすべきことが見つかない。


 アリョーシへつながる細くて長い糸。それはちょっとしたことで簡単に途切れてしまうほどの危うさと、もしかすればうまく手繰れば引き寄せられるのかもしれない期待を半々に織込められている。


 どうか切れないように、そして無事に繋がってくれるように。両手を組み合わせ静かに祈りながら、背後に流れていく街を見送った。

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