16.......
「ところで、一つお伺いしたいことがありまして」
「何だね」
「先ほどここへとくる途中に、私の部下が二人ほど倒れていたのですが、何かご存知ではありませんか?」
「君の部下が?」
「ええ。派手にやられたみたいでしてね、手首は折れているわ顎は砕けているわ、加えて手足を縛られ用意周到に身動きを封じられていました。ちょうど社長を送らせた部下と見て間違いはないんですが、何かお心当たりはないかと思いまして」
そう言われてようやく思い出した。
確か赤髪の、アマンダにガブリエルと呼ばれていた女性が派手に暴れていったのだ。
ロベルトは口には出していないが、男たちが放った弾丸の跡も目に入ったはずだ。
「いいや、知らんな。彼らはきちんと部屋に送り届けてくれたが、その後のことはさっぱりだ」
「……そうですか」
値踏みするように私の目の奥を覗き見てくる。
嫌な目つきだ。頭は切れるし仕事は早いが、この男の目だけはいつまで立っても慣れることはない。
まるで蛇が獲物を見定めるような、凶暴さと冷淡さが混ざり合って不穏な色を纏った目。
居竦むわけにもいかず、言葉で濁すこともせずに私はその目を見つめ返した。
「分かりました。夜分遅くに失礼いたしました。でしたら、今日はもうこの辺で私は退室させていただきます」
「そうか。わざわざすまなかったね」
「いいえ。社長はお気になさらずとも」
頬を歪め軽く頭を下げると、ロベルトはそのまま立ち上がり、私に背中を向けてドアに向かっていく。
「……そういえば、君に尋ねたいことがあったんだ」
私が声をかければロベルトの背中がピクリと止まった。このタイミングはもうここしかない。
「何でしょうか」
肩越しに、こちらに顔を向けることなくロベルトは言う。
どんな表情をして居るのかは分からない。メガネのフレームが炎に照らされて怪しく光る。
遠回しに話しても良かったのだが、私はまどろっこしいのは好きではない。
「君はドラゴンについてどう思う」
「……いきなりどうしたのですか? そんなこと」
「私はこの世界にドラゴンを存続させることを悲願として、ここまでやってきた。会社を設立し、研究を進めるためにあらゆる手を尽くして、ドラゴンのデータをかき集めてきた。そして、最近になってようやくドラゴンを人工的に作り出せるまでになった」
「ええ。社長の手腕あっての偉業です。後世にまできっと、アーロン・ロドリゲスの名は語り継がれることになるでしょう。今、この時代に貴方と肩を並べることのできている私は、本当に幸せ者です」
「ありがとう。しかしだ。今でもドラゴンは我々のエゴによって狩られ、どこかへと売りさばかれている。密漁という名の乱獲によって、自然の個体は失われる一方だ」
「ええ。実に嘆かわしいことです。貴方が夢を追うことで成し遂げられてきた成果の反面、現実はその逆へ向かおうとしている。人工ドラゴンは自然界のドラゴン減少を止める新たな光になろうとしているのに、その自然界のドラゴンが人間の横暴によって絶滅の淵へ向かおうとしている。全く遣る瀬無いことですね」
「確かに、確かにその通りだ」
ロベルトの言葉を聞いていると、ふつふつと密漁者たちへの怒りが湧いてくる。
愚行だ。愚かで救いようのない行為だ。知能を使う人間の行いではない、獣によるただの搾取だ。許せる行いではなく、断罪すべき行いだ。
だが、そんな行いに自分の部下が加担しているというのは今なお信じられない。
ましてやその男はリーコンの中でも信頼を置いていた男で、もっとも私の考えを理解してくれていた男のはずだった。
怒りとは裏腹の悲しみが、私の沸々と湧き出る黒い濁流に清らかさを与えてくれる。
なぜだ。
どうしてそんなことをする。
本当にお前が加担しているのか。
疑問が浮かんでは消えて、頭の中に疑問の残骸がたゆたっていく。
それらの疑問はこの場において邪魔なものでしかない。忘却の彼方へと押し流し、私は新たに言葉を紡ぐ。
「最近、私の元にある情報が入ってきた。私が昔愛した女性が、何者かによって誘拐されたと」
「……それはそれは、大変ですね。早く自警団の方にお伝えしなければ」
「その女性はただの女性ではない……人間の姿に化けていたドラゴンだ」
そのことを告げた時、背後から息を飲む音が聞こえた。
恐らくはユミルの口から出た音だろう。これまで誰にも告げたことのない私の過去だ。驚いても無理はない。
しかし、ロベルトには驚いた様子はなかった。
「まあ、それは驚きましたね。さすが社長ともなれば、ドラゴンとの恋に溺れたこともあるらしい」
淡々と、そして平然と。
口では驚いていると言っておきながら、その態度はまるで変わらない。
それに言葉の端々には余裕も見え隠れして、まるでこのことを事前に知っていたような、そんな気さえした。
「しかも、そのドラゴンをさらった連中は他のドラゴン密漁にも大きく関与していると聞く。そして、その根本にいるのが……」
私はそこで言葉を切る。ここまで言えば私が何を言おうとしているのか、ロベルトにも分かるはず。
しかし彼は相変わらず背中を向けたままで、どんな顔をしているのかも分からない。それがどこか薄気味悪さを感じさせた。
「……レイ・アーチャーとそして君だ、ロベルト」
それを言った途端、ようやくロベルトの体が動いた。
右足のつま先がこっちに向いてふくらはぎが、腰が、背中が回転する。
そしてようやく肩が動きいよいよロベルトの顔が見えてきた。
困惑か驚きか。それとも敵意か。何にしてもきっとその顔はひどく歪んでいるに違いない。そう思った。
だが、困惑したのはむしろ私の方になろうとは思ってもみなかった。
ロベルトの顔が炎に照らされる。炎が揺れるたびに彼の顔は影が落ちる。
それもあいまってか、ロベルトの浮かべた笑みがひどく不気味な何かに見えた。