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暗闇に消えていく女二人と子供。自警団を名乗る女の話によれば、あの少年が私の息子なのだという。
いまだに信じられないことだが、自分の子供を間違うはずがない。
例えあの子が生まれる瞬間に立ち会えずとも、例え何年もの間会えずにいたとして、自分の子供を分からない親などいない。
あの少年は間違いなく、私とアリョーシの子供だ。
「社長、いらっしゃいますか?」
ロベルトの声が聞こえてくる。
あの男はいつも感情を忍ばせているが、ドア越しだと余計に感情が窺い知れない。
くぐもった声色は落ち着いているようにも、また心配しているようにも聞こえる。
ベランダの窓を閉めて鍵をかける。それからソファについた皺を伸ばしてからドアに向かう。
「何だね、こんな夜更けに」
眠りから覚めたばかりを装って、ドアの向こうに立つロベルトに声を掛ける。
「お休みになられていましたか。申し訳ありません」
恭しい謝罪の言葉がドアの向こうから返ってきた。
礼儀正しいあの男のことだ、きっとドアに向かって頭を下げているに違いない。試しに覗き穴から様子を伺ってみれば、案の定ロベルトの後頭部がそこから見えた。
しかしロベルトの後ろの秘書のユミルが立っていたことは意外だった。
彼女はロベルトの背中を見つめ|いや、あれは睨んでいると言った方がいい|ながら腕を組んで立っていた。
彼女も彼女で仕事に実直な女性だ。私が休んでいることを知りながら不躾に部屋を訪ねたロベルトを失礼の極みだとでも思っているのだろう。
もとより社内でもあまり親しくしていない二人だから、単に癪に障っているだけかもしれないが。
その後ろには何人かの男たちが廊下に立っている。恐らくはアーチャーの部下たちだろう。
のぞき穴から外を見るのは子供心をくすぐるようで楽しいものだが、何にせよドアを開けないわけにはいかない。
それは訪ねてきた者たちへの礼儀を欠くことであるし、息子との約束を果たすためでもある。
何となくを装いつつも、施錠を解く間に覚悟を決める。
ドアを開いている間に顔を作りポーカーフェイスを決め込む。そして二人の前に現れた私は、いつもと同じリーコン社の社長を演じるのだ。
「それで、何かあったのかね」
「ええ。ちょっとしたトラブルが」
「トラブル? 何があった」
「ここでは何ですから。お部屋に入らせていただいてもよろしいでしょうか。お前たちは外を見張っていてくれ。何があるとも分からない」
「了解」
軽く敬礼を送った部下に挨拶もなしに、ロベルトは私の脇を抜けて部屋の中へと入ってくる。
「ユミル君も入ってくれ。野郎二人だと実に心苦しい」
「かしこまりました」
私の冗談にかすかに頬を緩めたユミルは、黙礼をした後にそっと部屋の中へと来てくれた。
二人が部屋に入ったところでドアを閉め施錠する。
ロベルトはソファへと座り、ユミルは私とロベルトの分のコーヒーを淹れてくれている。
二人を待たせているわけにもいかず、私もロベルトの対面のソファに腰掛ける。
ユミルのコーヒーがテーブルに並び、彼女は私のそばに控えてくれた。
座ってくれてもいいと促したが、彼女はその方が落ち着くらしく丁重の断られてしまった。
社長のそばに控えてこそ秘書の妙持だとか何とか言葉を並べていたが、まあ彼女のプライドに従ってのことだろうとは思う。尊重こそすれど貶すものではない。
「さて、トラブルとは何だね」
「ええ。実はホテル内でちょっとした騒ぎが起こりまして」
「騒ぎ?」
「非常階段付近で発砲騒ぎがありましてね。ウチの警備員の何名かが怪我を負いました。幸い命に別状はありませんが、犯人はいまだ逃走している最中なのです」
「それはまた物騒な話だな」
「全くですよ。それに加えてこの停電騒ぎでホテル内はもうパニック状態で、収集するにも一苦労でしたよ。パーティにお越し下さったゲストの方々には帰っていただきまして無用の混乱は避けられましたが。どっぷりと疲れましたよ、今日は」
「すまなかったね。私もすっかり眠ってしまって気がつかなかったよ」
「さすが社長は肝が座っていらっしゃる。私も社長のそういうところを見習いたいものです」
「それは褒めているのかね?」
「ええ。もちろん」
はにかみながらロベルトはコーヒーを口に含む。
確かにロベルトの部下に運ばれている最中に何やら階段の方が騒がしいとは思っていた。その時は何のことかさっぱり分からないが、今になって思えばそれはあの自警団の女たちがしでかしたのではないかと思えてくる。
彼女たちなら銃を持っていても不自然さはない。敵と見定めたロベルトの部下を足止めするために引き金を引いたと考えるのならば、すんなりと理解できる。
それに誰も死んでいないという点で言えば、無差別に手を出す狂人とは違うことは明らかだ。
今になって確かめる方法は彼女たちに会いに行く他ないが、出来上がりつつあった仮説を頭の奥へとしまっておく。
「犯人はどうやら上の階に逃げたようでして。もしかすれば社長を襲ったのではないかとヒヤヒヤしていたのですが、大事なかったようで安心しました」
「心配してくれてありがとう。だが、私はこの通りピンピンしている。怪我ひとつなく幸せな夢を見ていたところだ」
「それは何よりです」
軽い冗談を交えての会話だったが、本題ではない。
ここに彼を招き入れたのは、世間話をするためではない。さっさと本題に入りたいが、どうやって切り込むべきか。
いきなりお前の秘密を知っていると言ってやるべきか、それとももう少し世間話を引き延ばし、遠回しに攻めてみるか。
言葉と言葉による探りあいは暴力を使うよりも頭を使う。
それにたとえ暴力に訴えかけたとしても、ロベルトの方にはアーリャーが付いているらしいので、自分一人が暴れたところで勝ち目は薄い。
頭でいくつもの方策を立てていると、ロベルトがカップをテーブルに置き、先に動いた。