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14.......

 アーロンからの返答は長い時間を要した。

 数分か、數十分か。


 空白の時間を沈黙が埋めていく。どれほど短い時間であろうと、体感では何時間も経っているかのように錯覚する。


 「……わかった」


 その答えをどれほど待ちわびたことか。

 がぶりと顔を上げれば、覚悟を決めた男の顔がそこにはあった。


 「ありがとうございます」


 俺とアマンダの声が重なって響く。


 「いや、感謝される覚えはないよ。そもそもこうなったのも私の管理不十分が招いたとも考えられる。先に君らには謝っておかなければな。私の社員が、本当にすまなかった」


 「それを言うのなら、アリョーシさんを救い出してから、直接言ってあげてください」


 「ああ……そうだな」


 ため息とともに漏れる言葉。

 アマンダの諭すような言葉に、アーロンは何度もうなずいていた。


 「社長、もうお休みになられましたか?」


 その声は突然やってきた。

 ドアの外、固く無機質なノックの音とともに。


 ロベルトの声だ。


 ガブリエルとアマンダは瞬時に目配せをすると、部屋の奥へと向かい窓を開ける。


 「では早速お願いいたしますね。成功することを願っております」


 そう言いながらアマンダはポーチから黒いベルトを取り出して腰に巻きつけていく。

 ベルトには細くて長いピアノ線のような紐がくっついており、その先端にはフックが付いている。


 アマンダはフックをベランダの手すりにくくりつけた。


 「……少し待ってくれ」


 飛び降りる準備を進めていると、アーロンが俺たちに声をかけてきた。


 「何です? あまり時間がないのですが」


 「分かっている。そんなに時間が取らせない」


 アーロンはメモ帳を一枚切り取ると、乱暴にペンを走らせる。そして書き終えた紙を俺の手に握らせた。


 「これは……?」


 「来てくれれば分かる。今日が終わるまでに必ずそこに行く。そこで詳しい話をしよう」


 「本当に来てくれますか」


 「ああ。必ず。そうだ、それとこれを預けておこう」


 アーロンはさらに首にかけていたネックレスを俺に預けてきた。金色の小さな鎖に貝殻のような金属の装飾がついたものだ。


 「必ず行く。約束だ」


 アーロンはその言葉とともに、俺をそっと抱き寄せた。

 寂しげに、別れるのを惜しむかのように、ひしと抱きしめてくる。

 

 暖かさは感じた。父の温もりも確かにあった。けれどドアから聞こえてくる激しいノックの音で感傷は全て焦りに飲み込まれた。


 「さあ、行きなさい」


 「……はい」


 わずか数秒の抱擁が終わり、アーロンに背中を押されて俺はベランダへと向かう。

 ガブリエルを背中に乗せて、ベランダの手すりに立つ。


 「では後ほど。いらっしゃるのをお待ちしておりますよ」


 軽い会釈をアーロンに送ると、アマンダは先頭を切ってベランダから背面から倒れるように落ちていく。

 腰に巻いたベルトからはワイヤーがスルスルと伸びていき、世闇の中へ消えていった。


 俺もアマンダに続いて手すりを蹴る。


 一瞬の浮遊感の後、重力に導かれるままに闇の中へと落ちていく。


 落ちる間際、ふと目を部屋の方へ向けると、アーロンが神妙な顔つきで俺を見送っている。


 何か言いたげな顔に見えたけれど、アーロンの声を聞く間もなく、風を切って下へと落ちていった。

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