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「今回貴方様とこうして面会の場を設けてもらったのは外でもない、貴方の愛しいドラゴンとその子供に関してのことなのです」
「それは先ほども聞いた。それで、アリョーシに一体何があったのかね?」
「それについてお話しするのは、私よりもこの子の口からの方がよろしいでしょう」
「その子は、もしや……」
「ええ。貴方とアリョーシというドラゴンの女性のお子さんです。名前は、リュカ」
「……そうか。君が」
何か眩しい物でも見るかのように、アーロンの目がふっと細められる。
そして笑い皺がわずかに深くなり、口元には優しげな微笑を浮かべた。
「驚かないのですね」
「初めて見た時から、何となくそんな気はしていてね……もう少し、こっちに来て顔をよく見せておくれ」
アーロンは手を俺の方に差し伸べる。少しの躊躇はあったけど、アマンダから背中を軽く叩かれたのを機に踏ん切りがついた。
ゆっくりとソファとソファのわずかな距離を進み、アーロンの前に立つ。
「目元が……アリョーシそっくりだな」
そう言って俺の頬を撫でるアーロンの手は、暖かった。本当に父親に撫でられているような、愛おしさとそれに懐かしさを感じる。
「そう、ですか」
曖昧な返事を返してしまう。
しばらくの間、それも成人して自ら命を絶ってからも感じることのなかった父の温もり。
子供なら笑顔を浮かべるなり、恥ずかしさにそっぽを向くなりするのだろうけど、俺にはそれが出来なかった。
久しく会っていなかった子供に対する父親の感情を思ってしまったから。
きっとこの撫でるという行為の中にアーロンの様々な感情が渦巻いているのだろう。
喜び、悔恨、懐古、それ以外にもいくつもの感情があって、アーロンの表情は何とも言えない表情になっている。
俺も、あっちに残してきた子供にあったら、こんな顔をするのだろうか。
考えて馬鹿馬鹿しいと思う。そんなこと叶いっこないというのに。
「ああ。よくは似ているよ。顔立ちは私の子供の頃に似ているようだ。……そうか。もう、こんなに大きくなったのか」
ロベルトの手がそっと俺の後頭部へとまわり、そっと俺をその胸のうちに引き寄せる。
アーロンの心臓の鼓動が聞こえる。
ドクン
ドクン
ドクン
一定のリズムが刻むその音色を聴いていると、何となく落ち着いてくる。
アーロンは、俺を抱き寄せてから何も言わなかった。
ただひしと俺を抱きしめて、頬を俺の頭部に添わすだけ。
きっと聞きたいことも山ほどあるはずだ。アリョーシのその後を聞きたいと思っているはずだ。
だが、今はそれを胸のうちにしまって俺という、いや、リュカという少年の存在を確かめているに違いない。
「……それで、私に話があるんだろう」
そっと腕を解くと、ようやく本題へと入る事を許された。
たった数分の抱擁だったけれど数分前よりもアーロンの顔が引き締まっているようにも見えた。
「母さんが、さらわれたんです」
「さらわれた? 一体誰に」
「レイ・アーチャーとその部下たちに。でも、奴らを率いているのはロベルトという男だということは最近わかりました」
アリョーシがさらわれたと聞かされた時、アーロンの表情には驚きを浮かべていたが、さらに二人の男の名を伝えれば驚愕のあまり口を大きく開いた。
それはひどく間抜けにも見えたけど、今は口に出すことは控えておく。
「ロベルトにアーチャーだと。何かの間違いではないのか」
「いいえ。間違いありません。自分も奴らに捕まったんです」
「そんな……馬鹿な」
「その子の言っていることは本当です」
補足するように、アマンダの口が動く。
「アリョーシというドラゴンの他にも、ドラゴンの密漁に関してこの二人は大きく関わっています。それも一頭や二頭どころの騒ぎじゃない。調べただけでも数十頭のドラゴンがこの二人の手によってって密漁されています」
アマンダの言葉に、アーロンは愕然としている。
まだ信じられていないと言いたげだ。けれど、アマンダは彼の心情など御構い無しに切り込んでいく。
「リュカくんのお母さんであり、貴方の恋人を救ってあげたい。それに加えて、他に捕獲されたと思われるドラゴンを解放したい。そこで、アーロンさん。貴方に協力してもらいたいのです」
「……私などに、何かお役にたてるのかね?」
「ええ。充分に。ですが、危険はあります。下手をすれば誰もが奴らに捕まり闇に葬られるかもしれませんし、上手く言ったとしても五体満足にはいかないでしょう」
「そんな危険なことに、一般人である私を巻き込むのか」
「一般人であるそのリュカくんが動いているからこそ。私たちも躍起になっているのです」
強い口調でアマンダは言う。
それは初耳だ。俺が動かなくても事前に自警団の人たちは動いていたはず。きっと俺の存在の有無に限らず、ロベルトやアーチャーを検挙する方向へ運んで行ったはずだ。
ちらっと肩越しにアマンダを見ると、彼女は俺にウィンクを返してきた。
ああ、なるほど、方便か。
アマンダが少しだけ話を盛っていることは俺には分かるが、アーロンには多分気づいていないだろう。
現に信じられないと言う顔を俺に向けている。
俺はここで何かを言う必要はない。ただ、こくりとうなずいてやればいいだけ。
するとどうだ。アーロンの顔に真剣さが取り戻され、その眼差しをアマンダに向け直した。
「私は何をすればいい」
「ロベルトと会って、アリョーシさんの居場所を暴いてください。部下によって内密に調べ、そしてロベルトがドラゴンを密漁していることと、その中にアリョーシさんがいることを突き止めた。お前が喋らないのであれば自警団へと通報するしかない。そうされたくなければ、アリョーシに合わせろ。筋書きはこれでいいでしょう。もちろんアドリブで付け加えてくださって構いません。それと……」
アマンダはポーチの中から万年筆を一つ取り出した。
「それは?」
「万年筆型のGPSです。これを鞄などに入れて持ち歩いていてください。もし貴方の交渉がうまくいき、アリョーシさんの元へ迎えたら、それを頼りに私たち自警団がそこへ乗り込みます。そうなればあとは私たちで解決します」
「もし、交渉がうまくいかなかったら?」
「その時はまた別の手段を考えます。ですが、できることなら成功させていただきたい。時間は早い方が救出できる可能性も増えますので」
「これでアリョーシを助けられるのか」
「ええ。助けられます」
正直そんなことは誰も分からない。
けれどアマンダはあえて確固とした答えを引き出した。
ここで曖昧な答え方をすればアーロンの不安を煽ってしまいかねない。
そんなことで協力をしぶられたりでもすれば、目も当てられない。
「本当に……助けられるのか?」
しかしアマンダの断言を信用するかどうかは、アーロン次第だ。
そして彼は信頼よりも疑念を脳裏に浮かべたらしい。
怪訝な顔つきに変わり、いぶかしむようにアマンダを睨む。
「ええ。間違いなく。しかし、それは貴方様の協力の是非に寄るところが大きい。もしすんなりと協力してくださるのなら、貴方の身もお子さんの身も私たち自警団が命を賭してお守りすると誓いましょう」
「誓約書のない誓いなど何の役に立つと言うのかね」
「ならば書きましょうか? あいにく書面はありませんが、指の一本や二本貴方に差し上げて覚悟を見せるといこともできますが、如何しますか?」
物騒な事を言うもんじゃない、と俺はアマンダに目で訴える。
だがその訴えも虚しく、彼女は腰からナイフを一本取り出すと左手の指に沿わせて今にも切り落とそうと力を込める。
「や、やめなさい」
これを制したのはアーロンだった。
焦りと困惑が顔に現れて、真剣さで作られた精悍な顔立ちが一瞬にして崩れる。
アーロンの制しにアマンダは頬を歪めてにこやかに応じる。そしてナイフを再び腰に隠した。
「お止めくださり感謝いたします」
「止めなければ本当に切り落としていたのか」
「ええ。こういうのは勢いが肝心ですから。そりゃあ、スパッといきましたよ」
左手についた傷をアーロンに見せながら、アマンダは言う。
自分を傷つけたというのに、その顔には痛みをこらえる様子はない。ただただ起きた事を理解して、アーロンに伝えているに過ぎない。
「私はこういう人間です。傷つく事を如何程にも思わない。自警団の連中には私のような手合いがゴロゴロと転がっています。それも任務のためならば喜んで四肢を投げ売るような連中が。表向き治安を維持すると言う名目で成り立っておりますが、中を開けばまあ死にたがりが大勢いる。どいつもこいつも馬鹿どもで、貴方に比べたら爪の垢程度の知能しか持ち合わせていない連中です。ですが、人を守ると言う一点で言えば、喜んで命を投げ出すような連中です。そんな連中の端くれが言うのですから、間違いはありません。私どもの命は貴方と貴方のご家族を守るために差し上げましょう。ですから、どうかご協力くださいませ」
アマンダは深々と頭を下げる。
一気にまくし立てた言葉の雨を、アーロンは何と捉えるだろうか。
彼女の覚悟と捉えるのか。それともイカれの戯言と捉えるだろうか。
「俺からもお願いします。どうか、母さんを助けてください」
戯言なんかにさせてたまるものか。俺はアーロンから一歩下がってアマンダと同じように頭を下げる。
何のためにここまできた。
危険な思いをしてまでどうしてこの男を訪ねようとした。
全ては母のため、アリョーシのため。そしてこのリュカのためだ。
こんなところで、アーロンに断られてはたまったものじゃない。