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12.......

 アーロン・ロドリゲス。

 リーコン・ロジステックス社社長、ドラゴン研究を率いてきた偉大な人物、テレビにも進出してドラゴンの生態を広く伝えてきた人間。


 そして俺の、いやリュカと言う少年の父親。


 テレビから飛び出して今俺の目の前にアーロンが立っている。

 あの時テレビに映った顔が、そっくりそのままそこにある。


 この世界の父親を前にして感動の一つや二つ浮かんでくるかと思ったけど、そういうのはこれっぽちもなかった。


 リュカにとっては近しいのだろうけど、俺にとって赤の他人。

 アーロンに問題があるのではなく、きっと俺の心と体の奇妙な齟齬で空っぽの感想しか頭の中に浮かんでこないのだろうと思う。


 けれどようやく、ようやく会うことができた。

 嬉しいと言う気持ちは正直あった。ただ、それが感動の再会にまで発展はしないけれど。


 会談の場はアマンダの部屋から移り、アーロンの部屋で行われることになった。

 提案したのは外でもない、アーロン本人だ。


 自分が部屋にいないのは返っておかしい。もし秘書やロベルトが訪ねてきて出られないとなれば、怪しまれることになるのではないか。そう言うのだ。


 アマンダも別に会談をする場所に執着はない。アーロンがそこがいいと言うのなら、応じるまでだ。


 予備電力によって明るさの保たれた廊下を進み、アーロンはスイートのドアを開ける。


 中に全員を入れたところで、廊下側のノブにドアプレートをかけておく。それから鍵をかけ、いよいよ準備が整った。


 「いいお部屋ですね。私の部屋とは大違い」


 アマンダが広々としたリビングを見渡して言った。 


 「支配人が用意してくれたのだよ。まあ、私には少し大きすぎる部屋だがね」


 「そんな謙遜なさらずとも。あなたほどの人間なら、お似合いのお部屋だと思いますよ」


 アマンダの言葉に微笑で応えると、アーロンは暖炉に歩み寄って火を灯す。


 薄暗い部屋の中を煌々と燃える炎が照らし出す。陽炎が闇の中で踊り、俺たちの影も飲み込んで歪ませる。


 「さて何もこの部屋を探訪しにきたんじゃないだろう。本題に入ろうじゃないか」


 暖炉から離れソファに腰を下ろしたところで、アーロンが口を開いた。


 アマンダはこくりとうなずいて、アーロンと対面のところに座りその横に俺を座らせる。

 ガブリエルはドアのすぐ横に控えていて、ドアの外と窓の外に警戒を払ってくれている。


 「あなたを無理に連れ出したのは、あなたが過去に深く関わっている。というのは、先ほどもお話しいたしました」


 「そう遠回しに言わなくていい。事情を知るようだから、君には隠すつもりもないよ」


 アーロンは膝の腕に肘を置いて両手を組む。


 「確かに私は若い時分にアリョーシと……人の姿をしたドラゴンと恋に落ちた」


 昔を懐かしむように、過去の思い出を記憶の棚から取り出して俺たちの前に広げてみせる。


 「あの時ほど、恋に溺れた時はなかった。毎日のように彼女を思い、空いた時間があればすぐに彼女に会いに行った。楽しい日々だったよ。時々喧嘩もしたが、あいつは腕っ節がめっぽう強くていつも負かされていたものだ」


 ふっと緩んだアーロンの頬。微笑を浮かべた彼の顔は優しげで、テレビで浮かべるような笑顔とはちょっと違う。


 これがアリョーシの知るアーロンという男の素顔なのだろうか。


 「三十も半ばの恋だったが、あの時ほど世界がきらびやかに光っている瞬間はなかった」


 「でも、それも長くは続かなかった」


 アマンダがそう言うと、それまで微笑を湛えていたアーロンの顔から表情がなくなった。


 「ドラゴンと人間。二つの種族には恋という感情だけでは超えられない壁がある。人間の暮らしに慣れるためにアリョーシは必死に努力していた。一時はドラゴンをやめて本気で人間になろうとしていたのだ。私もそれに賛成していたし、アリョーシと共に暮らせると思ったらこれほど喜ばしいことはなかった」


 だが、とアーロンは言葉を切る。


 「思えばそれがアリョーシを苦しめていたのだろうと思う。人間という窮屈な生活の中で、彼女は日に日に気力を失っていったんだ。私には大丈夫だと気丈に振る舞っていたが、それで彼女の体から何か大切なものが抜け落ちてしまっているような、そんな気がしてならなかった」


 「だから、彼女を元いた世界に戻そうと考えたのですか?」


 「簡単に言えば、そういうことになる。だが、アリョーシが暴れでもしなければ、きっとそういう気も起こらなかっただろう」


 「暴れた?」


 俺は自然と口を開いていた。口を挟むつもりはなかったが、アーロンの一言が気になって口に出してしまった。

 突然口を開いたことも気にせずに、アーロンはこくりとうなずいてみせる


 「ああ。ストレスが限界に来たんだろう。家にあるものを全部なぎ倒してね。家具も食器も何もかも粉々になっていたよ。その時、私は外に出ていて現場に居合わせてはいなかったんだが……帰ってきた時、膝を抱えて泣いている彼女を見て居たたまれなくなってしまってな」


 本当にすまないことをした。言葉には出さないが後悔の浮かんだ顔はそういているように見えた。


 「それで列車に乗ってせめて彼女の生まれた場所に近いところで、彼女を見送ることにしたのだ。だが、不幸は連続する。乗り合わせた列車が事故に巻き込まれてな」


 そう言えば、以前アマンダに列車から出るアリョーシの姿を捉えた映像を見せられたことがあった。


 あの時はただただ俺の正体がバレてしまって戸惑うばかりだったけど、確か映像の中に名残惜しげにアリョーシと会話をしていた男がいたはずだ。


 あれが、若かりし頃のアーロンだったのかは分からない。


 けれどアーロンの話を聞く限りじゃ、どうやらあの男の背中がアーロンのものなのだろうと思う。

 

 確証はないけれど、そんな気がした。

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