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8.......

 誰だろう。まさかガブリエルが帰ってきたのだろうか。


 ベッドから立ち上がって、ドアに近寄ってみる。そしてのぞき穴から外をのぞいてみれば、見知らぬ男が廊下に立っていた。


 目つきは悪く、体はがっしりしている。警備服を着ていることから警備員だということは分かった。


 「どなたかいらっしゃいませんか」


 どうやら本当にこの部屋に用があるらしい。


 出た方がいいだろうか、と思いもしたがこの部屋を借りたのはガブリエルだ。彼女ではない見知らぬ子供がドアから出てきたら、警備員も怪しく思うに違いない。


 コンコン、と再び警備員がノックをしてくる。


 出てやりたいのは山々だが、悪いがここは居留守を使わせてもらう事にする。

 

 そっと足音を立てずに後ろへと下り、息を起こしてクローゼットの陰に隠れた。


 そこまでする必要はないかもしれないが、何となく悪いことをしているような気がして隠れたくなったのだ。


 まあ、正直にいえば無断で部屋に入っている時点で悪いことをしていることに変わりはないのだが。


 その甲斐があったかは分からないが、ドアの前から気配が消えた。

 観念して立ち去ってくれただろうか。確認のためにもう一度ドアに近づいてみる。


 息遣いは聞こえない。廊下を歩く靴音も聞こえない。


 だが、覗き穴の外にはまだ警備員は立っていた。


 なんだ、なかなかしつこい奴だな。なんて呑気に考えていると、警備員がおもむろに腰ベルトに手をかけた。


 角度的にのぞき穴からは見えなかったけど、警備員が手にしたのは鈍色に光る拳銃だった。


 何をするつもりか。それを見届ける余裕はなかった。なぜなら警備員はその銃をおもむろにドアの方へと向けてきたから


 俺はとっさに横っ跳びになって横の洗面所に飛び込む。するとすぐに銃声がドアの外から轟き、ドアノブが吹っ飛んだ。


 ガシャンと音を立ててノブが部屋を転がって、廊下の明かりが穴から射し込んでくる。


 ドアがゆっくりと開く。外から銃を構えた警備員が入ってきた。


 注意深くあたりに警戒を払いながら、警備員が寝室の方へと向かっていく。


 すぐに状況を把握できるほど、俺の頭はできていない。


 えっ?

 えっ?

 えっ?


 と驚きの感嘆符がいくつも頭の中に浮かび上がってくるだけで、まともに思考を巡らすことができない。ただ本能的にやばいということだけは分かった。


 どういうやばさかといえば、生き死にに関するやばさだ。頭の奥の方でアラートが鳴っていてそのせいか耳の奥で耳鳴りが鳴り止まない。


 早い所ここを出た方がいい。俺の中の警報はそう急かしてくるが、俺のもう一つの警報はもう少し様子を見ろと言ってくる。


 今迂闊に動いて奴の銃口がこっちに向いてきたらどうするつもりだと。

 あの男が引き金を引いて当たりどころを悪くして死んでしまったらどうするつもりだと。


 けれどここを動かなくてもいずれは奴は俺を見つける。


 そうなった時、奴の行動は二つに一つだ。俺を殺すか、俺を殺さずにどうにかするか。


 もしちょっと乱暴な警備員だったら後者で済むかもしれないが、もしそうでなかったら。奴が警備員ではない何者かだったら。


 身の安全を保証するものなんかこの部屋にはない。

 さっきまで安心できる一室が、一瞬でパニックルームのようになってしまった。それもただ驚かすだけじゃなく、実害を与える可能性のある最悪のものだ。


 心臓が早鐘を打って、バクバクとやかましい血流の音が耳に張り付く。うるさいと思っても鼓動が止まるどころか、心配と恐怖によってさらに大きな音を立てる。あの男の耳にも聞こえてしまうんじゃないかと思ったくらいだ。


 パニックに陥りかけていたその時、腰に何か固い物が当たった。


 手で触ってみると、それは先ほどガブリエルから渡された拳銃だった。


 そうだ、俺にはこれがあるじゃないか。


 腰のベルト拳銃を取り出してグリップを握る。

 安全装置を外して、ハンマーを下ろす。

 そしてスライドを引く。一発目が装填され引き金を引けば弾丸が発射される。


 銃という武器を手にしたおかげか、俺の頭も多少なりとも冷静さを取り戻してきた。


 両足の膝に一発ずつ、できなければ肩に一発撃ち込んで動きを封じて、それから部屋を出よう。


 それに銃声がなんども聞こえればあたりも騒ぎになり、本物の警備員なりガブリエルやアマンダも駆けつけてくれるはず。


 いや、俺が撃たなくても先ほどの銃声でもしかすれば駆けつけている途中なのかもしれない。


 無理に戦う必要はない。そうだ。死なずに済むのならいくらでも方法はある。


 今のうちに男の様子を見ておくに越したことはない。男がこの広いようで狭い部屋の中で、いつまでもベッドの方にいるとも限らないのだから。


 ゆっくりと洗面台の陰から顔を出す。

 そして冷たくて固い感触が額にぶち当たった。


 洗面台、ではない。そんな近くまで顔を近づけた覚えはない。


 濡れたタオル、でもない。そもそも使っていないしましてや固い感触がするはずもない。


 「立て」


 低く鋭い男の声が俺の頭の上から降ってくる。


 それがほとんど答えでもあり、また俺のデコに突きつけられている何かの正体も分かった。


 ゆっくりと目は上に向けると、そこには鈍色に光る拳銃と男の顔があった。


 「抵抗はするな」


 抵抗しようにも銃口を突きつけられたのでは、しようがないじゃないか。


 俺は両手を後頭部に組んで、ついでに拳銃も床に置いておく。


 男は俺の銃を足で遠くに蹴り飛ばす。洗面所をぬけて廊下へと滑っていく銃を俺は名残惜しげに見つめていた。


 「……荷物を確保した。繰り返す。荷物を確保した。場所は十三階八号室。至急応援を頼む」


 男は無線機を口に向けて早口に仲間へと連絡する。


 出口は男の背後にある出入り口のみ。


 窓を壊して出る手段もあったが、いずれにせよこの男をどうにかしなければならない。


 けれど、こっちは丸腰、あっちは拳銃片手に俺を睨みつけている。


 劣勢も劣勢だ。下手に動けば俺の頭を弾丸が通過する。この距離で外すほど男も間抜けなはずもない。


 隙でもあれば少しは状況も変わるだろうが、あいにくと男には隙が見当たらない。


 注意深く俺をにらみつけながら、いつでも引き金を引けるように人差し指をかけている。ちょっとでも不審な動きをすれば、容赦無く引き金を引くだろう。


 万事窮す。昔から使い古されてきた言葉がこんなに当てはまる状況もない。


 逆立ちしたってこの危機を乗り越える方法が、俺の頭では到底思いつかない。


 でも諦めはしなかった。絶望と諦めに染まりかけた思考を振り払って、今はただ男をきつくにらみ続けた。これまで抱えてきた怒りや苛立ちで恐怖を隠して、強く見つめ続けた。


 それで状況が変わるはずもないことは、バカな俺でも理解できる。こんなガキに睨まれたところで男にとっては屁でもないことも重々分かっている。


 だけど、それ以上に男から目をそらすことが嫌だった。目の前の恐怖から目を背けるのが嫌だった。


 恐怖が振り切って頭がおかしくなったのかもしれない。極限の緊張でついに神経に異常をきたしたのかもしれない。


 言葉で表すならそんなことだ。


 もっと単刀直入の表現はたった一言、イかれたと言う言葉だけですむ。


 しかし、しかしだ。恐怖の象徴である男と銃口を見ることだけに注力したせいか、それまでやかましくなっていた耳鳴りも、心臓の鼓動も、聞こえなくなっていた。


 ただ、俺と男の息遣い。洗面所で会いたいする二人の人間の息の音が俺の耳を満たしていた。

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