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7.......

 『ちょっと計画変更よ。今アーロンが男二人に部屋に運ばれている。ガブリエル、あなたは途中で降りて隙を見てアーロンを連れ出してちょうだい。私はそっちに駆けつけられないから、よろしく』


 脳の中で通信を行い、矢継ぎ早に終える。返答を効いている時間も、返している時間も惜しい。これだけ伝えておけばあとはやってくれるはずだ。やってくれなければ、困る。


 「どうして君がここにいるんだ」


 アーロンを見送っていると、ロベルトの声が背後から聞こえてくる。


 当然の疑問だ。アマンダがここにいることをロベルトには教えていないのだから。


 「部長の警護で来ていたの。教えてなくてごめんなさいね」


 「部長? というとレイモンド氏か。それは珍しいな。あの方がこういう公の場に出るとは」


 「いやいや出てきたのよ。他の連中が面倒臭がって、仕方なくね。でもあの人先に帰っちゃったみたい。いくら探してもいないんだもの」


 「そのようだな。私もできることなら挨拶をしたかったんだが」


 「残念でした。あの人帰るときはすごく早いから。またの機会にね」


 残念そうに肩を落とすロベルトに対しても、アマンダは茶化す態度を崩さずにいる。


 変に態度を強張らせてしまって怪しまれるわけにはいかない。いつも通りを意識せずにありのままの態度を貫く。 


 「おかげで私もお役ごめんね。おとなしく部屋に戻ろうかしら」


 「なんだ、君もここに泊まっているのか」


 「ええ。こう言う時くらいいい思いしたいじゃない。部長の警護って理由で経費も落ちるしね」


 「自分の財布でいつでも泊まれるじゃないか」


 「あなたと違って庶民は自分の生活を過ごすので精一杯なの。税金やら家賃やらで金はあっという間に吸い取られていくんだから。あんまりそう言うことを他の人に言わないほうがいいわよ。いらない恨みを買うことになるからさ」


 「ご忠告ありがとう。気をつけておくよ」


 肩をすくめてロベルトが言う。本当に気をつけてくれるのか、あまり期待はできなさそうだ。


 まあ、正直この男がいくら恨まれようと、アマンダには知ったことではないが。


 「それじゃパーティを楽しんで。仕事もなくなったし、今日は休ませてもらうわ」


 あくびを漏らしながら、手をひらひらと振ってロベルトに背中をむける。


 「良い夜を」


 アマンダの背中にロベルトのキザなセリフが飛んでくる。


 何が良い夜をだ。お前に出会わなかったたらよりよい夜になっていたさ。


 アマンダの顔がいつもよりも険しくなり、ふざけた調子は消えている。仕事の邪魔をされるのが一番腹が立つ。


 怒りに任せて何かを蹴り上げたいところだが、アマンダも大人だ。自制の一つや二つできなくては世の中やっていけない。


 息を大きく吸い込み、鼻から一気に吐き出す。息とともに怒りと苛立ちも一緒に外に出して気持ちを整える。


 これでよし。気持ちをスッキリさせてエレベーターへと向かう。


 あとはガブリエルとどうにか合流してアーロンにリュカを引き合わせるだけ。ちょっとしたトラブルには見舞われたが、今の所は順調だ。


 このあとにトラブルが起きないように祈るばかりだ。ただ、こう言う時の祈りほど効き目の薄いものはない。


 二つ、いや三つ。


 アマンダの背後から革靴の硬い靴音が聞こえてくる。

 足音はアマンダを囲い込むように広がり、足早に近寄ってくる。


 たまたまアマンダに用があるだけなら話は簡単だ。アマンダの肩を叩き声をかけてくればいい。

 しかし、そんな気配はない。ただ彼女を囲い、逃げ場を徐々に縮めていく。


 ちらりと肩越しに背後を見ると、そいつらも警備員の格好をしていた。

 ただ顔には傭兵上がりのいかつい顔が並んでいる。どれもこれもみたことのある顔ばかりだ。

 ロベルトが仕掛けてきた奴らであることは間違いがない。


 やはりあんなでまかせでは騙されてくれなかったか。ロベルトを侮った訳ではないが、もしあれで騙されてくれたらよかった。


 エレベータを見てもまだまだおりてくる気配はない。片方は上へ登り、もう片方もまだ下に降りてこない。

 

 途中途中止まりながら二階へと向かってはいるが、あと数分は待たなければならなそうだ。


 とことん思った通りにはいかない。ため息も出るが、残された道へ向かうしかない。


 エレベーターへと向かっていた足を非常階段へと向ける。足早に歩けば背後の足音も早くなる。巻くことはできないのなら全力で走って距離を開ける他ない。


 階段の曲がり角、廊下から一瞬死角になるそこで、アマンダは一気に駆け上がる。

 二段、三段と飛ばし気味で義体化した体をフルに使って。


 男たちは一瞬の虚をつかれ急いでアマンダを追って階段を登ってくる。


 アマンダは腰に差した拳銃を引き抜くと、先頭を走る男の膝に狙いを定めて引き金を引く。


 消音器によって小さくなった発砲音の後、銃口より弾き出された弾丸がまっすぐに、そして鋭利に男の膝頭を捉え撃ち抜く。


 真っ赤な血しぶき。

 

 クリーム色の階段に赤黒い血液が飛び散り、男の顔は苦痛に歪む。


 体は勢いを支えきれず前のめりに倒れていき、段の角にしたたかに顎をぶつけた。


 ぐるんと白目をむいて倒れていく男の体は、傾斜によって下へと落ちる。


 これがうまい具合に後続の体にぶつかり、足を引っ掛けて倒れていく。


 多少なりとも時間を稼げた。すぐに拳銃をしまって階段を登る。


 三階、四階、五階……。


 息をつかずに駆け上がる。時折背後を見ては先を走る男たちの足や腹に銃弾を打ち込んでいく。


 そうしている間に男たちとの距離もあき、次第にいくばくかの余裕も出てきた。


 「……これでスパイも終りね」


 言い訳を取り繕ったところで、ロベルトにたてついたことは間違いない。


 これであいつらの元に戻って何食わぬかをするほど、アマンダの面の皮は厚くはない。


 決別の思いとともに弾丸をロベルトの部下へと送る。


 もはやアマンダの背後に男たちの姿はない。


 なんとか足を引きずりながら、腹を抑えながら昇ってきてはいるが、手負いの身では大した早さもない。


 あっという間に突き放し、遥か階下にまで消えていた。


 これで少しは余裕を持って昇れる。しかし、階段に響く銃声でその余裕もかき消えた。


 銃声は上。ガブリエルの部屋がある階から聞こえた。


 「……ちょっと、嘘でしょ」


 瞬時に脳裏を駆け抜けた、嫌な予感。緩みかけた体に叱咤をかけて、舌打ちとともにアマンダはもう一度足に力を込めた。

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