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1.......

 「さていよいよ明日、パーティの時間よ」


 アマンダの声がいつにもましてウキウキしている。パーティという言葉に気分が上がっているのかもしれないが、俺は彼女のテンションについていけなかった。


 ここ数日の間はとにかく自分の身を守るために訓練に勤しんだ。銃の撃ち方から格闘の心得。さらには俺の持つ力の応用の仕方まで。朝起きて寝るまでの間。常に体と頭をフル稼働させて訓練に勤しんだ。


 疲労は確かにあったけど、それでもドラゴンの血の通った体は多少の無理でも利く。


 銃の衝撃も特に問題なく対処できたし、今はどんな体勢からでも撃てるようになり、また格闘も元々なんとなく覚えていたプロレスの技に加えて、徒手格闘の心得も色々と教わった。


 この体が純粋な人間の体だったらこの短い時間ぶっ続けで活動していたら、多分倒れていたかもしれない。それだけ密度の濃い時間だった。ここにきて改めてドラゴンの血に感謝した。


 「さてあらためて計画のおさらいをしておきましょうか」


 アマンダはそういうとゼレカにプロジェクターを起動させて、壁に図面を映し出させる。


 それはリーコン・ロジステックスのパーティが行われる会場だ。場所は一流ホテルであるローズ・スクエア・ガーデン。


 図面を入手したのはゼレカがやったことだが、その方法については詳しく聞いていない。なんでもちょっと法に関わることらしいというのはガブリエルから聞いたが、ゼレカ口から真意を聞くことはなかった。


 ただゼレカの顔に不敵な笑みがわずかに浮かんだことで、なんとなく察してしまったが。


 「私とガブリエルは部長付きの警護として中に入る。部長には話を通してあるから安心して。それでガブリエルは屋上に上がって鍵を開ける。私は警備室に行って発信機を繋いでくる。ゼレカとリュカくんは近くのビルに忍び込んでちょうだい。それでリュカくんは屋上からこっちに飛びうつって、ゼレカは発信機からカメラをいじる。ここまではいいわね」 


 何度も頭に入れた工程だ。迷わず俺は頷く。


 「よろしい」


 アマンダは満足そうに頬を緩めた。


 「それから私とガブリエルでアーロン・ロドリゲス氏を連れ出す。方法は中に入ってからのアドリブになるだろうけど、どうにか説得するわ。そういうのは私得意だから」


 「口から出まかせはお前の十八番だからな」


 「嘘も時には武器になるのよ。あなたには分からないかもしれないけどね」


 ガブリエルの軽口にアマンダはムッとしながら言い返す。


 「それに今回は無駄に嘘をつく必要はないもの。あなたの息子があなたに会いたがっている。母親の危機よ。父親の威厳を見せつけて。こう言うだけできっと乗ってくるに違いないわよ。家族の危機は男を動かすのには一番いい理由なんだから」


 どこからくる自信なのかは分からないが、なんとなく説得力はある気がする。自分の子供や妻がトラブルに巻き込まれたら、何があろうと駆けつけるだろうと思う。駆ける足も余裕もなかったあの頃じゃ考えしなかったことだろうけど。


 でも、世には様々な男がいる。トラブルに巻き込まれていても我が身惜しさに妻や子供を置いて逃げる輩もいれば、自分のトラブルを妻や子にかぶせて我関せずを決め込む輩も存在する。

 この世界のことではないが、人間が世界をかえただけで変わるとは思わない。


 アーロンは、この世界の俺の父親はどんな男なのだろうか。

 テレビ画面の中でしか見たことがないあの人は一体どんな人なのか。


 こればっかりは会ってみたいことには分からない。巷に流れる評判だけで人間を判断するわけにはいかない。


 一応この場にいる三人には、俺がアーロンの血も引いていることはあらかじめ言ってある。そこそこの驚きは三人にはあったけど、根掘り葉掘りと聞いてくることはなかった。


 アーロンの赤裸々な青春を明かしてしまったことになるかもしれないが、彼には許してもらうとしよう。


 「それで彼を呼び出した後は、ロベルトが預かっているリュカくんのお母さんに会いに行くように説得する。応じてくれれば、彼を密かに追って隠している場所を発見する。そしてあわよくば救出をする。一応部長には援護として人員を配置するようにお願いしてあるから、多少の無茶は効くと思うわ」


 「もし説得ができなかったら、どうします?」


 「それは心配しなくていいわ。そういうの得意だって言ったでしょ」


 いらぬ心配をしていたようで、アマンダには愚問だったようだ。取り調べや事情聴取で鍛えられた話術は相当のものなのだろう。


 なにせ自分でも言っているくらいなんだから。これがはったりだったらどうしようもないけれど。


 「会場はここ。大ホールで行われる。集まるのはリーコンの社員の他に医療機関と薬剤企業の幹部に政治家も何人か、部長は挨拶だけして帰るつもりらしいから数には数えないけど、だいた百五十人くらいは会場に集まる。午後七時にパーティが始まって午後九時には解散。アーロン社長は頃合いを見てスピーチをすることになるから、仕掛けるのならこのスピーチが終わる間際ね。それはガブリエルに任せようかしら」


 アマンダからのご指名にガブリエルは静かに頷いた。


 「それからホテルに予約しておいた部屋に連れて行ってちょうだい。そこでリュカくんが隠れてまっていて。私たちじゃない誰かが来ても開けないで。無理やり開けようとしたら、窓から隣の部屋に逃げなさい。そこはガブリエルの部屋にしてあるから」


 「分かりました」


 「よし。何か質問は?」


 アマンダの言葉を最後に、その場に静けさに包まれる。


 「ないわね。なら明日に備えて今日はもう休みましょう」


 両手をパンと叩き、それを合図に壁に映された図面も消えた。


 各々が寝床に行くためにソファを立ち上がる。もう迷いはない。あとはやるだけだ。


 「そうそう。リュカくん」


 扉へと向かったアマンダに呼ばれ俺はひょいと顔を向ける。


 とその時だ。アマンダの手に握られたリボルバーが目に入った。


 それは自警団で使っているものではなくアマンダ個人が所有しているものだ。普段の護身用にと持っていると聞いたが、それの銃口をおもむろに俺に向けた。


 シリンダーが回転しアマンダの指はよどみない動作で俺に弾丸を撃ち込んだ。


 一瞬の火花。うるさい発射音が響くが構ってはいられない。


 腕にモヤを宿したまま腕を前に伸ばす。そして手のひらから指先、さらにそこから先へと伸ばすイメージで分厚くモヤを広げていく。それを弾丸が到達するコンマ何秒の間にやってのける。


 俺の手のひらを貫通するはずだった弾丸は、分厚いモヤに阻まれて失速し、手のひらの中心にコツンと当たった。


 それが数日の間に身につけたモヤの応用だ。滑空するためだけにあったモヤを自分の身を守るいわばバリアとして使う。


 練習でボールやナイフ、それにレンガとか。全力で投げたものをモヤで受け止めることはやってきたが、銃弾を止めるのは今日が初めてだった。


 「いきなり何するんですか!」


 「よかった。銃弾も止められたじゃない」


 俺の非難もなんのその。アマンダは満足そうに頷いた。一歩間違えば死んでいたかもしれないのに。なんとも他人事だ。


 これにはガブリエルも唖然とするばかりで、アマンダを叱りつけるのも忘れて口を開けて彼女を見つめるばかりだった。


 「これで本番も大丈夫ね。安心安心」


 「何が安心だ。危うく殺しかけたじゃねぇか」


 ガブリエルは呆れ交じりにアマンダに一言ものを申した。


 そうだその通りだ。今でも冷や汗が止まらないし、心臓もばくばくと早鐘を売っている。


 「大丈夫よ。リュカくんもあの通り生きているし、弾丸も見事止めて見せた。問題どころか充分な成果よ。これ以上ないってくらいのね。数日しか時間がなかったけど、あそこまで能力を伸ばしたのは、リュカくんの努力の賜物ってやつよ」


 リボルバーをしまいながら、アマンダの口は動く。悪びれもせず、謝罪の言葉もない。


 「確かにそうかもしれないですけど、何も合図なしじゃ……」


 「人を撃ち殺すのにいちいち合図なんてしないわ。静かに引き金を引いて相手は死ぬ。簡単な話よ。君に呼びかけただけ優しいと思いなさい。やつらは呼びかける前に引き金を引くんだから」


 「そりゃ、そうですけど……」


 「明日のために体力を温存しておきなさい。喋る体力があるなら、一刻も早くねること。分かったわね?」


 有無を言わさぬ物言いだ。なおも俺が口を動かそうとすると、「分かったわね」と念をおされて言葉を塞がれる。


 「……はい」


 アマンダの圧に押されて俺は返してしまう。


 女性の圧というのは、どうしても逆らえない何かがある。事故を起こす以前、妻と暮らしていた頃に死ぬほど感じたことだが、まさかここに来てその感覚が蘇るとは思わなかった。


 「よろしい。物分かりの良い子は好きよ」


 満足げに笑うと今度こそ背中を向けて部屋を出た。


 「まあ、アマンダの言うことにも一理ある。明日のために今日は休め。その弾丸、テーブルの上にでも置いておけ」


 ガブリエルは肩をすくめながら、アマンダを追って部屋を出る。


 硝煙の匂いが漂う部屋に残ったのは、俺とゼレカの二人。


 ゼレカは相変わらずパソコンの画面とにらめっこを続けていてアマンダの行動にも特に関心を向けもしなかった。


 いつも通りともだなと思ったが、少しは俺の援護に入ってもいいではないか。もちろん物理とかではなく、言葉を使っての援護だ。


 「……何?」


 じぃと見つめている俺を見て、アマンダが顔をしかめた。たった一言だったが、その一言の中に不快感がありありと含まれていた。


 「なんでもないです」


 そう言ってから、俺はゼレカから視線をそらしてソファに身を投げる。


 とにかく明日だ。明日のことを考えて今日はもう寝よう。


 アマンダは無茶苦茶だが、言っていることには多少なりとも正しいものはある。明日に備えて今は休むこと。これを優先しよう。


 しかし寝よう寝ようと思うほどに眠気は一向にやってこない。ようやく寝付けたのは、それから小一時間ほど経ってからだった。

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