3......
「さて、話を聞かせてもらおうか」
アマンダがソファに座ったところ見計らって、ガブリエルの口が動いた。
「話って?」
「今更とぼけるなよ。ゼレカとリュカ坊に聞いたぞ。しらばっくれても時間の無駄にしかならねぇ。私はそういう意味のない長話が嫌いなんだ。分かるだろ」
「せっかちなのが災いして、彼氏ができないんじゃない? もう少しゆとりを持って会話を楽しまなくちゃ」
「何年も男のいないお前に言われたくわねぇな」
「あたしは彼氏を作らないんじゃないの。運命の王子様を待っているだけよ」
アマンダはそういうと俺に視線を送って、軽いウィンクを送ってきた。これがアマンダでなく、この場所でなかったらさぞ胸が踊ったことだろう。ふざけた彼女の調子も緊張の張り詰めたこの場所ではひどく浮いている。
「減らず口も御託ももうたくさんだ。それで、なんでお前がリーコンの中にいたんだ。まさか、奴らとつるんでいるんじゃねぇだろうな」
「仮にそうだとしたら、どうするの?」
挑発めいたアマンダの発言にガブリエルはわずかに頬を歪める。
優しげな微笑み、なんてものじゃない。獲物を狙う獣のような、野蛮な笑いだ。
ガブリエルはコートのうちに手を入れるとそこから黒塗りの拳銃を取り出した。
物騒な物。人殺しの道具。その手の道具にあまりいい思い出はない。その狂気の矛先をガブリエルはアマンダに向けた。
「……冗談でしょ?」
「お前には冗談に見えるか?」
互いに見つめあったまま、言葉が消えた。
銃を向けられてもアマンダは態度を崩さず、ガブリエルは頬を歪めたまま銃口を突きつけている。
指が滑って引き金を引いてしまったらどうするんだ。俺は内心ヒヤヒヤしながら二人の様子を見ていたけど、ゼレカに至っては興味のないのか、ずっとパソコンの画面を見つめている。
せめてガブリエルの銃を下ろさせた方がいいだろうか。そんなことを考えていた時だ。アマンダの表情が緩み、それにつられてガブリエルも獣の笑みから人間の微笑みを浮かべた。
「おふざけはここまでにしよう」
「ええ。そうね。あまり時間もないしね」
ガブリエウは銃をしまい、アマンダは頑なだった態度をといた。緊張が一気に緩和して突然訪れた脱力に俺は戸惑うばかりだ。
「あなたのいう通り、私は今リーコンの連中とつるんでいる」
「それは、上からの命令でか」
「ええ。私と部長。それと何人かの上司しか知らない極秘の任務。だったんだけど、こうなってはあなたたちには知らせておいた方が良さそうね」
「極秘って、そんなの教えて大丈夫なんですか?」
「あなたが私の名前をガブリエルに教えさえしなければ、こうはならなかったんだけどねえ」
アマンダのジト目が俺を見る。恨めしげに睨まれても困るんだが。
「そんな目で見ないでくださいよ。そもそも説明するなって方が無理ですよ。俺が自力であの場から逃げ出せるわけがなかったんですから」
「まあね。あんだけ縛られてちゃ動くに動けないわよね。感謝しなさいよ、ほんと」
ジト目からドヤ顔に変化して、アマンダは得意げになって胸を張る。
「冗談はさておき、私がリーコンとつるんでいる理由は二つ。一つはドラゴンの密輸に関する証拠をリーコン側から掴むこと。リーコン、というかあの中の一部連中がしでかしていたことだっていうのは前々からわかっていたけど、それを誰が指揮してどんなやつらが表立ってやっているのかは分からなかったからそれの捜査ね。これでも入り込むのに色々苦労したのよ」
「主犯格は誰だ」
「副社長のロベルト・モーガン。それと、レイ・アーチャーって警備部門のトップと彼の部下たちよ」
「リーコンのNo.2が関わってやがんのか」
「ええ。しかも肝いりよ。会社の金を使ってエデンの街中にいくつも建物を保有してる。そこに捕まえたドラゴンを保管しているみたいなんだけど、どこに隠されているかまではまだ分かっていない。管理はレイ・アーチャーと部下たちが担当しているんだけど、あいつら自分たち以外の連中は絶対に関わらせないようにしているから」
「そのレイ・アーチャーってのは何者なんだ」
「ああ、そっか。あなたたちは知らなかったわね。ラリー・ザモアって言った方がよかったかしら」
「ラリーだと? やっぱり偽名を使っていやがったか」
「ええ。あなたたちはまんまと引っかかったみたいだけど」
アマンダはそう言うと頬をわずかに歪めて喉の奥で笑ってみせる。なるべく声にならないように気を使ってのことだろうけど、その気遣いが逆にしゃくにさわる。
それは何も俺だけじゃないらしく、ガブリエルも眉を寄せて不快感をあらわにしている。
「ごめんごめん。別に笑う気は無かったんだけど」
「いいさ。この件が終わったらお前をとっちめてやる」
「ちょっと八つ当たりはやめてよ。教えてあげたかったけど、あの時は任務中だったし、黙っているしかなかったから。もしあんたにバラしていたら、私の首が危なかったもの」
「……たくっ」
吐き捨てるようにそう言うと、なかばやけ気味にコーヒーに手を付ける。だがカップの中身はすでに空。いくら傾けても黒く濁った水滴が落ちてくるばかりで、喉の渇きは一向にいえない。それにガブリエルの苛立ちも一向にはれなかった。
当たるところをなくした彼女はカップを乱暴において、ガシガシと頭を掻く。
あまりに乱暴にかくものだから自慢の赤い髪が一本二本と落ちてしまう。将来禿げるんじゃないかなんて心配にもなるが、機嫌の悪さをこちらに向けられても困るから、黙っているのが賢明だ。
「そういえば、リーコンに行った時殉職者の紙が一枚消えていたな。あれもお前の仕業か」
「ああ、あれ。そうよ。リュカくんがリーコンを調べる気になっていたから、もしかしたらと思って破いといたのよ。私はあの会社では死んだ存在として名簿に載っていたから」
「なんで名簿なんかに」
「ロベルトがそうさせたの。殉職した連中のIDを使ってロベルトの保有している建物に入る仕組みにしていたから。まあ、アーチャーと一緒で名前も住所もデタラメにしておいたから、大丈夫だと思っていたけど、一応処分しとこうと思って。ちょうどリュカくんと一緒にリーコンに行ったし、都合がよかったから」
リーコンへ見学に行った時か。あの時確かに俺とアマンダはエレベータで別れてそれぞれ調べることにしたのだ。
だがまさか資料を破きに行ったとは思いもよらなかった。
「それならそうと教えてくれてもよかったじゃないですか」
「だから、言えるわけがないでしょ。あれはあくまで仕事を続ける上でしかのないことだったんだから。それに君やガブリエルに仕事の邪魔をして欲しくなかったから、仕方なくやったまでのことよ」
腕組みをして不服そうにアマンダは鼻を鳴らす。
「ずいぶんとその副社長に気に入られているようじゃないか」
「まあね。私は自警団を裏切ったスパイってことになっているから」
「スパイ?」
「ええ。リーコンについて今進んでいる捜査の状況とか。誰がマークされているかとか。色々情報をリークするのが私の役目」
「おいおい。重大な裏切り行為じゃねぇか」
「大丈夫よ。情報って言ってもうわべだけ、当たり障りのないものばかりだから。機密性の高いものは教えてはいないわ」
「……まさかとは思うが、今日部長のところに電話をかけてよこしたのは」
「それはロベルトが仕組んだことよ。私は関与してないわ。あなたたちがリーコンで調べに来た時点でマークしていたんでしょうね。あの人手を打つのだけは早いから。だから私も事前に救い出すルートを確保していたのよ」
「今回はそれに助けられたわけか」
「そういうこと。感謝してよね。危うく死にかけたんだから」
「危うく死にかけたのはアマンダさんだけじゃないんですけど」
「生きているんだから、いちいちつっかかるんじゃないよ」
非難の言葉をあびせてみるが、アマンダは軽くいなすだけで取り合わない。それでももう一言くらい言おうとしたけど、「喧嘩は後にしてくれ」とガブリエルに仲裁されやむなく飲み込むことになった。
「それで、もう一つってのは。なんだ」
「ロベルトたちが売り払ったドラゴンの行方の調査。現時点で東に二頭。南に五頭売られていることはわかっている。どこの組織か分かり次第回収をさせているところ」
「回収できたのは?」
「今のところ二頭だけ。一つの組織を潰してもまた新たな組織が買い取りに来る。いたちごっこもいいところよ。ほんと」
疲労の滲んだため息がアマンダの口から漏れる。ドラゴンの需要はどこにでもあるらしいけど、当人たちからすればたまったものではない。人間の欲望のために殺されたくはない。少なくともアリョーシを殺されてたまるものか。
「それともう一つ」
「二つじゃなかったのか?」
「元々は二つだったわよ。でも、ロベルトとつるんでいるうちにもう一つ調べなきゃならないものができたの。……ゼレカ、コード伸ばして。それと今から映像出すから、二人が見えるようにしておいてちょうだい」
アマンダの言葉にゼレカは頷きもしないが、ちゃんと聞いてはいたようで、テーブルの下からコードを引っ張り出してアマンダに投げ渡す。
彼女はコードを自分の首に差し込む。
「結構ショッキングな映像だから、気をつけてね」
そう言い残すと、目を閉じて電池が切れたようにうなだれてしまった。
ゼレカはパソコンを操作して、アマンダから送られてきた映像をレンガの壁に投射する。
映像がより鮮明になり、音声まで明瞭になるまで少しの間が空く。そしてクリアな映像が壁に映された時、痛々しいドラゴンの悲鳴が部屋にこだました。
映像は上から下を見下ろすような角度で撮られている。中心には一頭のドラゴンが寝かせられている。暴れないように羽はもがれ、両手足の腱も切り裂かれている。それに口には猛犬につけるような口輪がつけられていて、そこから痛々しい叫びが聞こえてくる。
何が行われているのか俺には一瞬理解できなかった。
ただいくつもの人間たちがドラゴンの腹に集まって、何かをしている。
カメラがその人間たちを拡大する。
赤々とした肉の中に顔を埋める人間たち。人間たちの顔も赤に染まっている。
食っている。ドラゴンの肉を、人間たちが蟻のように群がり食っていた。
貪り味わう。肉を食いちぎった人間の顔は恍惚に歪み、口元から垂れる肉片を吸い込み、舌の上で転がしている。
肉が引きちぎれる音。咀嚼音。それに獣のような卑しい笑い声。
広々とした空間に広がる、忌々しいその音色は邪悪さとともに吐き気を催させる。
そして一人の男がカメラの方を向いた。
ああ、ロベルトだ。綺麗なスーツを血で濡らしているのに。メガネも血の中に沈んでいるのに。やつは笑顔を張り付かせて、臓器の破片を口から垂らしている。
それが限界だった。胃の中から押し寄せた吐き気はついに決壊して、俺の口から水っぽい吐瀉物が口からあふれ出た。