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2......

 電話がなってから三十分が過ぎた。


 暇つぶしがてら俺はゼレカからここの見取り図を見せてもらった。


 部屋のではなく、下水道の通路のだ。


 ゼレカの家に伸びる通路は一つ二つじゃない。十重二十重に伸びる通路は蟻の巣のようで、道順を覚えるのも一苦労だ。


 それにゼレカの家もこの部屋だけでなく、この下水道の中にいくつか点在している。その数四部屋。


 どれもマンホールから近いところにあるから入りやすいことは入りやすい。だけど部屋と部屋を行き来するのは少し面倒そうだ。右へ左へと入りくんでいて歩いてみろ言われても、迷う気しかしない。


 見取り図とにらめっこして覚えようと思ったが、ノックの音に中断され、それを理由に諦めがついた。


 「入って」


 カメラで扉の外を確認した後、ゼレカが入るように促す。彼女の声の後扉がゆっくりと開かれ、外からガブリエルが入ってきた。


 「無事だったか」


 ガブリエルの口からほっと息が漏れる。


 「ええ。あなたがいない間に、いろいろなことがあった。ねぇ、リュカくん」


 「え、ええ。まあ」


 「だろうな。すまなかった、肝心な時にいてやれなくて」


 ガブリエルは俺たちに向かった深々と頭を下げた。突然だったから驚いたけれど、彼女を責める気にはならなかった。


 「やめてくださいよ。ガブリエルさんのせいじゃないんですから。……コーヒー、もう一ついれますね」


 何となくいてもたってもいられなくて、俺はソファを立ち上がって給湯ゾーンに足を向けた。


 勝手に戸棚の中をいじるのはどうかとも一瞬思ったが、ゼレカは「お願い」というだけで、苦言を呈してくることはなかった。


 「どうしてここが?」


 「たまたまだ。もしかしたら帰っているかもしれねぇから、何度かかけているうちにお前が出た」


 「そう……それであの後どうしたの?」


 あの後(・・・)とは俺とゼレカが連れ去られた後のことだろう。確かガブリエルは電話をかけたという男を探しに路地に入っていったはずだが。


 インスタントの粉をカップに入れながら、二人の会話に耳を傾ける。


 「ああ。ホームレスに聞いた男の住処にいったんだが、案の定ダミーだったよ」


 「いなかったってこと?」


 「いや男はいたんだが、喋れる状態じゃなかった」


 「死んでたの?」


 ゼレカの疑問にガブリエルはこくりと頷く。


 「頭に一発。それと胸部と脇腹に一発。どうみたって生きちゃいないと思ったね。銃創からは血が流れてしたし、それに死後硬直もまだなっていなかった」


 額。胸。腹。ガブリエルは弾丸が打ち込まれたのと同じ場所を指でさす。


 「一応あたりに犯人がいるか探してみたんだが、手がかりはなし。途方にくれて戻ってきた時には、お前たちが車ごと消えていた」 


 背もたれに体を預け太ももの上で手を組む。


 フゥと息を吐きながらガブリエルは次に言うべき言葉を選んでいるようだ。


 そんなの決まりきっているだろうに。俺はコーヒーをテーブルのわずかな隙間に置きながらそう思う。


 「お前ら、あの後何があったんだ」


 コーヒーを一口ふくんで舌を滑らかにしたところで、ガブリエルがついに疑問を繰り出した。


 それに対して答えたのはゼレカだった。


 「リーコンの連中にさらわれた」


 思ってもみなかった名前に、ガブリエルの眉が訝しげに釣り上げられる。


 「リーコン? あのリーコンか」


 「ええ。もっとも用があったのは私じゃなくて、リュカくんの方だったみたいだけど」


 ゼレカはちらっと俺に視線を送る。彼女につられてガブリエルも俺を見ると、納得がいったように何度も頷いていた。


 「なるほど。大胆な策に打って出たわけか」


 「そうみたいね。こっちはリュカくんのついで(・・・)に拐われたみたいだから、いい迷惑だったけど」


 「無事に出れたんだから、よかったじゃねぇか」


 「それもそうだけど。もう二度とごめんだわ」


 カップをあおり残ったコーヒーを腹に収めると、ゼレカは流しの方へと向かって行った。


 会話は一時中断。かと思えばガブリエルは俺に話しかけてきた。


 「お前ら、どうやって脱出してきた?」


 「どうやってって……」


 「まさかお前らをほっつき歩かせるほど、あいつらの警備がザルな訳がないだろう。特にお前をだ。人間とドラゴンのハーフっていう貴重な存在をみすみす逃すようなことをあいつらがするはずがない」


 もっともな疑問だ。ガブリエルは見ていないから分からないだろうけど、あんなおっかない集団から逃げるなんて俺だけではできっこない。


 たとえゼレカがいたとしても、ここまでこれたかどうか怪しいところだ。


 二人だけならできなかったことを可能にさせたのは、アマンダのおかげだ。


 「アマンダさんに、助けてもらいました」


 「アマンダ? あいつがリーコンのところにいたのか」


 「ええ。どうしているんだって聞いたんですけど。訳は後で話すからって言って教えてもらえませんでした」


 「そうか……ゼレカ、アマンダは今どこにいる」


 「さあ、リーコンのとこにいるかもしれないし。そうでないかも」


 ゼレカは流しから戻ってくると、パソコンの前に座った。


 「そうか。あいつのことだ何か理由があってリーコンに近づいたんだろう。が、本人がいなくちゃ確かめることもできねぇ」


 背もたれに体を預けガブリエルは天井を仰ぐ。


 会話が途切れる。そのタイミングを見計らったように、ガブリエルのスマホがブルブルと震えだした。


 「私だ」


 スマホを耳に当てて、スマホの向こうに話しかける。


 「ああ……いや、もう会ってる。目の前にいるぞ。……そうか……わかった」


 そういうとガブリエルはスマホをしまい、先ほどよりも険しくなった顔を俺たちに向けた。


 「アマンダからだ。今からこっちにくるってよ」


 ガブリエルの言葉と扉のノックの音はほぼ同時に聞こえた。その場にいた全員がドアの方へ目を向ける。


 金属の擦れる音。甲高く耳障りな音。音を引き連れて扉がゆっくりと開かれる。


 「やあ、皆さんお揃いで」

 手をひらひらと振りながら、何食わぬ顔でアマンダが立っていた。

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