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8.....

 爆発のおかげでアマンダの居場所は簡単に敵にわれてしまった。


 最初の一団は手榴弾と自動小銃のおかげで難なく撃退できたものの、それでも人数差まではカバーすることはできない。すぐに第二、第三の敵集団が彼女の後を追って渡り廊下を渡ってくる。


 だがアマンダは敵の男たち全員を倒そうなんて腹はなかった。

 リュカとゼレカが逃げるまでの時間稼ぎ、それとあの二人の元へ向かう追っ手への足止め。


 この二つを達成できればアマンダはこの小競り合いに負けたとしても意味のある勝利を得られる。 


 しかしそのために命を投げ出すつもりはアマンダには毛頭ない。


 逃げながらも自分を見失ってくれないように、かといって追いつかれないような絶妙な距離感を保ち続ける。


 今のところは順調に逃げ続けていたが、しかし状況はじりじりと悪くなっていく。自動小銃は早々に弾切れになり、残った拳銃の弾もあとわずかだ。頼みの手榴弾も残り一つとなり、手持ちの札は次第になくなっている。


 渡り廊下で少々弾を使いすぎたのがいけなかった。と内心反省らしい文言を並べ見るが、いつまでもそれに浸っていても状況は変わらない。


 階段を登って最後の手榴弾を奴らに向けて投げる。爆音とともに衝撃が建物を揺らし、悲鳴が敵から聞こえてくる。少しは牽制になっただだろう。


 階段を駆け上がり、屋上一歩手前の階へと登る。


 左右を見渡して敵がいないことを確認すると、曲がり角に身を隠して階下を見る。すると幾つもの足音を引き連れて敵が階下から登ってくる。


 先頭を走る男の頭と胸に狙いを定めて引き金を引く。一発づつ。二回の小さな発砲音の後、男の頭とスーツに赤い染みが浮かび上がった。


 男の体がぐらりと傾き、階段下へと転げ落ちていく。


 それを避けて進む者もいれば、足を持って行かれ死体とともに階段を転がっていく者もいた。大勢ではないにしろ足止めにはなった。


 アマンダはすぐさま廊下の先に進み、そして曲がり角を曲がる。そこにはあらかじめ用意しておいた衣服と二丁の拳銃の入ったバッグ。それとアマンダと同じ衣服を着た別の人間が横たえられていた。


 アマンダはバッグの中から衣服をつかみ出すと、手早く着替え、身につけていた衣服はバッグごとダストシュートの中に放り込む。


 手だけを角から出して牽制に引き金を引いた。弾倉が空になれば手を引っ込めて残った銃に手を掛ける。


 そして横たわった人間の足元に立って、その頭を撃ち抜く。人間の体はピクリと跳ねるけど、構わず腹と胸に何発も打ち込んだ。


 人間の衣服から染み出した血液が床を伝って広がっていく。

 廊下の奥から男たちが追いついたのはちょうどその時だった。

 倒れ伏せる不審者と銃を構えたアマンダ。交互に視線を向ける。


 「やったのか?」 


 男が一人アマンダの前に歩み出てくる。


 ラリー・ザモア。いや、それは適当に作られた偽名だ。


 本名、レイ・アーチャー。傭兵崩れの警備員。アマンダは話したことはなかったが、リュカにひどく憎まれている男という認識はしている。


 アーチャーは倒れる不審者の横に屈む。


 「ええ。誰、こいつ」


 「分からん。どこからか侵入したネズミだ」


 そう言いながアーチャーの手は不審者のマスクに手を掛ける。警戒のためか彼の部下たちは銃口を不審者に向ける。


 マスクの下にあったのは、目をかっ開いた男の顔だ。東洋人らしくほっそりとした顔に切れ長の目。口からは血を流していて、一目見ただけでも死んでいるとわかる。


 「ネズミは捕まえたのか?」 


 聞きなれた声。声の主は男たちの間を通ってアマンダの前に立った。


 ロベルトだ。


 「ええ。この()です」


 アーチャーはロベルトのために横に退く。ロベルトは軽い会釈をすると、倒れ伏せる東洋人の顔を覗き見た。


 「……見たこともない顔だな。雇われの傭兵か何かか」


 「その可能性が高いかと。念の為調べてみます」


 「ああ、そうしてくれ」


 こともなげにそういうとロベルトの目がアマンダに向いた。


 「ところでなぜ君がこんなところにいるんだ? 君には君の仕事があったはずだろう?」


 ロベルトの鋭い視線がアマンダを射抜く。


 そらきた。予想通りの問いかけに内心ほくそ笑みながら、どうにか無表情を貫き通す。


 「仮眠してただけよ。ちょっと疲れて眠かったからね」


 アマンダは親指で後ろの部屋を指す。そこには仮眠室と書かれた表札があり、ドアの前には使用中と書かれたプレートが下げられている。


 ロベルトはアマンダの指につられて仮眠室に目をやる。それだけで信用してくれたなら良かったが、この男は念には念を入れるタイプだ。すぐに背後に合図を出して部下に部屋を覗かせにいく。


 「ちょっと。女子の寝室を荒す気?」


 「いつから仮眠室が君の寝室になったんだ」


 「いつからも何もここを使うのは私だけなんだから、実質私の寝室でしょ」


 「まあ、そう言われてしまえばそうだが。一応の確認だ。悪く思わないでくれ」


 苦笑をしながらもロベルトは部下を向かわせる。


 部下が扉を開けると、そこには目立ったもののない普通の部屋があるだけだ。室内のエアコンからはとめどなく暖気が流れ込んでいて部屋は生暖かい。


 ベッドの毛布はめくれて使用感が残り、乱雑に転がったビール缶のせいか、アルコールの匂いが鼻を突く。


 「異常はありません」


 部下からの報告を受けながらロベルト自身も部屋の中に入って様子を確かめる。


 「ここは居酒屋ではないんだから、もう少し綺麗に使ってくれないか」


 「いいじゃない。酒の一つや二つくらい」


 嚙み殺しきれないあくびをつきながら、アマンダは非難たっぷりの目をロベルトに向ける。ロベルトはやれやれと肩をすくめながら部屋の隅々目を通していく。


 そしておもむろにベッドに歩み寄ると、シーツに手のひらを当てた。そしてゆったりとシワの一つ一つに触れながら艶かしい手つきでシーツをさすっていく。


 「ちょっと、何。あなたって女の温もりに欲情するタイプなの?」


 軽口を叩きながらも内心アマンダは焦った。部屋の温度を高めに設定してベッドをそれなりに温めておいたが、果たしてそれが功を奏したのか不安だったためだ。


 「……そんな性癖は持ち合わせていない。それだったら君を抱いた方がよっぽどいいさ」


 「まあ、口が上手いのね」


 アマンダの言葉に笑みを浮かべながら、ロベルトはシーツから手を離して部屋から出てきた。


 「アーチャー。そのネズミの正体を突きとめろ。雇われの男に過ぎないとは思うがそれでもどこから放たれたのか分かるはずだ」


 「わかりました」


 「それとここはもう引き払う。バレてしまった以上ここを使う理由はもはやない。痕跡は一つも残すな。明日までにここをもぬけの殻にするんだ」


 「はっ」


 短い返事をすればあとは早い。アーチャーの指示で数人の男たちが死体を運び、残った男たちは部屋の荷物を片付けるべく散っていった。


 「アマンダ君」


 「何?」


 「君にもしっかりと働いてもらうから。そのつもりでいてくれ。君はこちらにとっても貴重な情報源なのだから」


 「分かっているわよ。そんなこと」


 「くれぐれもバレないようにしてくれ」


 「あんまり私のこと見くびられても困るわ。心配しなくても重々承知しているわよ」


 「それなら、いいんだが」 


 と、不意にロベルトの視線がアマンダの背後にあるダストシュートに向けられた。


 「ちょっと、失礼」


 そういうとロベルトは蓋を開けて中を覗く。下へと続く闇がぽっかりと口を開き、サビの匂いが鼻をつく。


 「どうしたの? 大切なものでも落とした」


 「いや……なんでもない」


 蓋を元に戻しロベルトはアマンダに顔を向ける。


 「今後ともよろしく頼むよ」


 そのセリフとともにロベルトはアマンダに軽い会釈をしてその場を立ち去った。


 「ふぅ……」


 心のそこから込み上げてきたため息を口から深く吐き出した。


 流石にダストシュートを覗かれた時は生きた心地がしなかった。今日まで磨き上げたポーカーフェイスに感謝を送らなくては。


 まあいい。危なげない場面は全て切り抜けた。だがあまりゆっくりもしていられない。ゴミ捨て場にあるバッグを拾ってここを立ち去ろう。


 血だまりをまたいでアマンダは足早にその場を後にした。

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