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7.....

 俺があっけにとられていることなんて、アマンダは気にしていない。さっさと俺の手をとって、アマンダは部屋を飛び出した。

 

 「ちょっと、どういうことなんですか?」


 当然俺は説明を求めた。

 なんでアマンダがこんな場所にいるのか。

 それにどうして俺の居場所が分かったのか。知りたい疑問は山ほどある。


 しかしアマンダは俺の疑問に答えるつもりはないらしい。無言のまま俺の手だけはしっかりと握って、足はやに廊下を進んでいく。


 廃工場とは言っていたがリフォームはしっかりと行なっているようだ。壁も天井も真新しく傷や染み一つ見当たらない。埋め込み式のライトが天井から照らしているし、床に近い壁にも非常用と照明が配備されていて、とても廃工場とは思えない。


 廊下をまっすぐに進むと右手に降り階段が見えてくる。アマンダは迷いなくそっちに足を向けて急ぎ足で下っていく。


 かんかんかんと心地のいい音が壁に天井を跳ねて俺の耳に入ってくる。


 階段を下り切ると突き当たりの扉を乱暴に開ける。 

 そこには男が二人と椅子に縛られズタ袋を被せられた女性がいた。


 「何者だ……!」


 物音に気付いた男達が、自動小銃と一緒にこっちに体を向けてきた。


 まずい。そんな風に思ったのはどうやら俺だけだったみたいだ。


 アマンダはすかさず空いた手を懐に入れ拳銃をつかみ出すと、素早く引き金をひいた。

 通常の発砲音より小さな音が二回。続けざまに聞こえてくる。


 すると男たちの額に赤い穴が開き、小さな血しぶきが目と鼻にかかる。衝撃によって体は後ろへと仰け反り、糸が切れたように膝から崩れ去った。


 男たちの額からはとくとくと血が流れ出している。それは床の溝を伝って広がっていく。脅威は排除されたがまざまざと見えせつけられた射殺現場に俺は息を吸うのも忘れて見入っていた。


 アマンダは俺から手を離して、女性の元へと歩み寄る。ズタ袋をとるとその下からはゼレカの顔が現れた。


 「調子はどう?」


 「……まあまあ」


 まるで世間話をするような気軽さで短い言葉を交わす。そして俺と同じように手足を縛る拘束具を解くと、ゼレカに男たちが持っていた自動小銃を手渡す。


 「ここからリュカくんを連れて逃げてちょうだい。できるわね。できないと言われてもやってもらうけど」


 「分かった」


 短いやり取りを経てトントンと話を進めていく。


 「その前に教えてくださいよ。なんでアマンダさんがここにいるんですか」


 だが俺だけは二人の理解の速度についていけなかった。いや理解よりも疑問の方を優先しただけか。


 複数の疑問が俺の理解を阻んでその先へと進ませない。


 「リュカくんごめんね。じっくり教えてあげたいところだけどちょっと時間がないの。お願いだから今は言うことに従ってちょうだい。大丈夫ちゃんと後で教えてあげるから」


 アマンダの声に苛立ちが混じる。それは俺に対すると言うよりも逼迫した状況に対するものと思いたいが、結局はそのどちら苛立ちの対象になっていたんだろう。


 その証拠にレンズの内側から見えるアマンダの目は鋭く睨みをきかせている。


 「それともここで一から十説明してあげましょうか? それもいいけどその代わりここに乗り込んできた奴らに殺されるわよ。奴ら金のためならなんでもするから、女子供だろうと簡単に殺すでしょうね。それでもいいって言うんなら腰を据えて離してあげるわ。私の言っている意味、分かるでしょ?」


 一気にまくし立ててアマンダは俺の様子を見る。


 アマンダに対する疑問は尽きない。しかしそれが命よりも大事かといえばそうではないと答える。


 疑問は俺自身が生きてこそ出てくるものであり、アマンダが生きてこそ答えてくれるのだから。


 ついさっきまで死に傾いていたくせにいざ救われてみると生きるために必死になるんだから、我ながら勝手なものだと思う。


 「……落ち着く場所へ行けたら、ちゃんと教えてくださいよ」


 悩んだ末にここは一旦疑問の矛先を引っ込めることにした。


 「理解が早くて助かるわ」


 アマンダはそう言うと自動小銃を拾い上げて、構えながら先頭に立って進む。その後を俺が続き最後にゼレカが自動小銃を構えて部屋を出る。


 階段を登り右手に折れる。そこには渡り廊下が続いていて人影はない。通路を挟むようにして壁につけられた窓から街灯の明かりが差し込んでいる。


 外はすっかり夜の闇に包まれていて、ちらとのぞいてみれば遠くに街の明かりを望める。


 アマンダの指示のまましゃがみながら廊下を進む。すると左手に上り階段が見えて来た。


 「あなたたちはこのまま上に行きなさい」


 「アマンダさんは……?」


 「私はここでお別れ。あとは二人にまかせるわ」


 ポンポンと肩を叩かれるがどうしろって言うのだろうか。


 「ガブリエルの時と一緒よ。よく分からないドラゴンの能力使って、大きく羽ばたけばいい。土地勘はゼレカに任せれば大丈夫よ」 


 「なんでそれを……」


 「脱走だ!!」


 俺の疑問はことごとく何かによって邪魔される運命にあるらしい。


 今度のはアマンダでもゼレカでもない男の声だ。それはさっき通ってきた渡り廊下の向こうから聞こえてきた。


 肩越しに振り返ってみると、そこには急ぎ足でこっちに向かってくる男たちの姿があった。


 「早く行きなさい」


 「でも……」


 あんな数の男たちでは流石にアマンダでも対処できないのではないか。そんな心配もあって俺の顔には不安がにじんでいたことだろう。その顔をアマンダに向けてみるが、ふと彼女の手に握ったものに目が止まった。


 それは小さな青リンゴに金属製のピンが付いたような形をしていた。なんだそれはと聞く前にアマンダはピンを外して敵のいる方向へ投げる。


 カラカラと小さな乾いた音が渡り廊下から聞こえてくる。なんなのかとひょいと目で追ってみるが、すぐにゼレカに首根っこを掴まれ階段の影へと連れて行かれた。


 何をする。そんな文句も浮かんだが、残念ながらそれも轟音によってかき消された。

 渡り廊下ら伝わってくる衝撃と崩壊の音。それに混じって男たちの悲鳴と呻き声も聞こえてきた。


 一瞬のことで何が起こったのか分かったもんじゃない。階段のかげからちらっと渡り廊下をのぞいてみて唖然とした。


 窓と壁が粉々に砕け、廊下には赤々とした液体が散りばめられ、誰かの足がいくつか転がっている。


 そして足の持ち主であろう男が、血が流れ出る足を抑えて涙を流して痛みに苦しんでいる。

 この男だけじゃない。廊下の奥からこっちに向かってきていた男たちもまた爆発によって体の至るところを怪我している。


 「何を、したんですか」


 「手榴弾よ。緊急用に持ってきたの。ほら、今の内にいっちゃいなさい」


 手を前後に振って先を行くように促してくる。


 「行くよ」


 俺はまだアマンダに後ろ髪を引かれていたけど、ゼレカに襟首を掴まれ階段を引きずられながら登っていった。その様子をどこか面白そうにアマンダは見つめていた。


 階段を一番上まで登り切ると錆びついた鉄扉に出くわした。

 長いこと開けられていないのか。扉を押してみればギィギィと耳障りな音が鼓膜を揺らしてくる。


 どうにか扉を開ければ、目の前にはコンクリ床の屋上が広がっていた。屋上の縁には落下防止の鉄柵がはられている。


 街の方角は正面。屋上の縁に歩み寄って下を覗いてみる。

 はるか下に街灯が転々と続く道路と、工場に隣接する建物の屋上が見える。この高さならいける。


 「行くよ」


 「え……」


 俺がゼレカに顔を向けた時、彼女は鉄柵を飛び越えそのまま宙へと身を躍らせた。あっという間に彼女の体は落下していく。


 死んだ。そう思ったけどゼレカはなんてことなさそうに屋上に着地してみせた。


 ただ屋上の床がひび割れ埃がゼレカの周囲に舞い飛んだだけ。なんてことなさそう俺の方を見上げて、早く来いと手招きをしている。


 「なんなんだよ、あの人」


 人という範疇に入れていいのかはわからないけれど、とりあえず俺も鉄柵を越えてゼレカを追うことにしよう。

 足に力を入れて宙に飛び立つ。両腕を広げてモヤを出してゼレカよりも少し先に着地する。


 「さっさと行く」


 俺の肩をたたくとゼレカはさっさと屋根伝いに先を進んでいく。ガブリエルと違って俺のモヤを見てあまり驚いた様子がない。


 喜怒哀楽。感情の機微があまり表情に出ない人だというのは前々から思っていたことだけど、あまりに無表情だったからなんだか調子が狂う。


 いやガブリエルみたくジロジロと見られるのもそれはそれで居心地悪いけれど。


 ゼレカの後に続いて屋根伝いに廃工場を離れていく。


 結構全力で走っているけどゼレカは付かず離れず付いてきている。

 それはゼレカの身体能力の賜物なのか。それとも義体化による産物なのか。


 大方後者のおかげなのだろうけど。変に気を使うことなく走れるから、俺としても楽だった。


 ある程度離れたところで廃工場を振り返る。

 錆びたトタン板でできた外壁は廃工場という名前がぴったりだ。外側まではリフォームの手を回さなかったらしい。 


 あの中にはまだアマンダがいる。ここまで来といて今更彼女を心配しても仕方ないが、かといって心配をせずにはいられない。


 死んでしまわないか。もし捕まって拷問なんて受けてしまっていたら……。考え出したらきりがないが、それもゼレカに肩を叩かれればいっときは頭の中から消えてくれた。


 「アマンダなら大丈夫」


 まるで俺の頭をのぞいたように、ゼレカの言葉は耳に染み込んだ。


 無表情で何を根拠にそんなことを言っているのか分からない。けれど彼女の言葉には力があって、不思議とそんな気がしてくる。


 「ここは危険だから、先を急ぐ」


 「そうですね……行きましょう」


 俺がそう言うとゼレカは背中を向けて、屋根伝いに走っていく。俺はもう一度廃工場に視線をやってから、ゼレカを追って夜の街を走った。

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